二十二話 海底廃都市
ライたちは山と海に接している街から抜け、『海の中を進んでいた』。
その表現に語弊や訂正というものは無く、本当に海の中を進んでいるのだ。
「いやあ。まさか成功するとはなあ」
「うん。私も驚いたよ」
「ふふ、そうだな」
「……ああ、上手く行くものだ」
海を進む中にてまずライが言い、レイが応える。それに頷くエマとフォンセ。
何が成功したのかというと、魔法・魔術を応用した水中でも活動できる物を創り出す事だ。
それはライの水とフォンセの風を組み合わせた物だった。
まずライが水の球体を創り出す。その次にフォンセの風を水の球体に送り込み、空気を循環させる。これで完成である。
使用後に形が消える魔術ではなく、使用後でも形が残る魔術を使った結果、上手くいったのだ。
そしてヴァンパイアのエマだが、通常は海を渡ったり浸かったりすることが出来ないのだが直接でなければ身体能力が普通の人間レベルになる程度なので、行動する分には問題ないとの事。
本人曰く、"日光に比べればまだまだ余裕よ"。らしい。
「まあ、海の中なら魔王の力を使っても人がいないからバレる心配もないしな」
「そうだね。幻獣や魔物も今見渡す限りは見えないし」
ライ一行はゆったりと、リラックスモードに入っていた。そう、海で生活する生物は多いが目に見える範囲ならば危険そうな他の生物は少ない。なので何かが起こったとしても対処出来るだろう。
そこは海の中といってもまだ光の届く範囲であり、視野は広くて明るい。
日の光に照らされてキラキラと光るコバルトブルーの色は見ていて落ち着く。
辺りには魚がおり、物珍しそうにライたちの球体を見ている。
「あ、かわいい。ほらほら~」
「お、こんな近くに」
魔力で創られた球体をつつく魚に指で触れるレイと、それを眺めるライ。
こうして見ると魔王を連れていたり、勇者の子孫という感じではなく普通の少年少女と指して変わらない。
数千歳ほどのエマは微笑ましそうにそれを見ており、フォンセはボーッとしている。
今いる所には比較的生息している幻獣が少ないのだろう。
数でいえば地上よりも多いと思うが、海は広い。なので鉢合わせる事も少ない筈だ。
海が荒れる様子は無く、魔力で創られた球体はゆっくりと進む。
暫く進むと、ライたちの目にあるものが映り込む。
「あれは……」
ライが身を乗り出して目を凝らしてそれを見る。それは明らかに人工物という感じの物だった。全体的に巨大で全貌を見ることは出来なく、それでいてちらほらと建物らしき物が建っている。
それはまるで──
「……街?」
──街のようだとライが言う。
大分深層まで来たので、日の光も届きにくくなり薄暗いがしかし、ライの目はハッキリと捉えていた。
数十、数百戸を越えるであろうビル棟。そして人が住んで居たかのような住宅街。
それはまさしく、海の底に沈んだ街──廃都市だった。
その街にライたちは近寄り、改めて街を見渡す。まずライが訝しげな表情をして一言。
「海底にこんな場所があったなんて……。昔の街か? 大分朽ちてるけど、こんな細長くて窓があったかのような穴が沢山ある建造物見たこと無いが……宿はこんなに細長くないし……時計台か城みたいな物の一種か……?」
そこにあったのは、ライたちが見た事も無いような造りの街という事だ。目立つ建物は巨大であり、幾つもの窓が付いていたらしい。その形は縦に長方形で、数百、数千人程の人間が入れるような大きさだった。
ライの言葉に続くようにレイ、エマ、フォンセの三人も言葉を発する。
「うん。……でも、『住んで居た人がそのまま居なくなった』ような……不気味な感じ……」
「うむ。建物などの生活感は残っているが、突然の天災・災害などで沈んでしまったようだな」
エマの推測は突然の自然災害によって運悪くこの街が海に沈んだと言う。
そう、意図的に沈んだにしてはあまりにも朽果ていた。何かに破壊されたような跡があり、街の形が何とか残っているような、そんな雰囲気だったのだ。
フォンセも同意するように頷いて建物の方に目をやり、呟くように言葉を発する。
「ああ、そのようだな。……ほら、見てみろ。運良く流されなかったのか、人骨が建物に引っ掛かっている。まあ一部は無くなっているがな」
「ひゃっ……!?」
フォンセが自分の視界に入った人骨に指を差して話した。その人骨の腕は波に揺れて此方を手招きしているように見え、かなり不気味である。
それを見たレイは小さく悲鳴を上げ、ササッとライの後ろに隠れてライの背中からそっと顔を覗かせていた。
完全に肉体が無くなっているのを見ると、やはり結構な時間が経過しているらしい。
「おいおい、ビビり過ぎだろ。数日前まで人間やってた俺でもそんなに怖くないぞ?」
人骨を見て怖がっているレイの方へ目を移し、ライが言う。どうやらレイはこの手の物が駄目らしく、意外な一面を知った。
そきてそれを聞いたエマはクスッと笑い、一言。
「ふふ……じゃあ、ライも少しは怖いのか?」
それはライの言った、"そんなに怖くない"の部分だ。
"そんなに"ということは、ライ自身も少しは恐怖を感じているということになる。
ライはうっ、と痛いところを突かれたように言う。
「ああ、少しは……な。幻獣や魔物なら一部を除けば簡単に倒せるけど、幽霊や霊魂とか物理攻撃や魔法・魔術すらを無効化してしまうようなモノはちょっとな……」
「ほう?」
ライの言葉を聞き、エマは楽しそうにライを見る。
普段はライ自身弱味という物を見せないので、エマ的には新鮮なのだろう。
それを見兼ねた魔王(元)が久々に言葉を発する。
【クク……大丈夫って言っただろ? 俺は呪術とかも無効に出来るんだからよ】
そう、魔王(元)は魔法・魔術系統の攻撃を無効化出来るのだ。
その為、"神"・"勇者"・"魔王"・"支配者"クラス以外の攻撃は効かない。
要するに、惑星一つを軽く粉砕できるレベルじゃなければ心配無用なのである。そしてその攻撃ですら、場合によっては無効化出来るだろう。
(無効に出来るってもなあ……何か……ほら、俺の精神に来る……みたいな?)
それに返したライ。ライ本人は無効化出来ようと出来なかろうと、その不気味さが嫌なようだ。そんな言葉を聞き、魔王(元)は苦笑を浮かべているような声音で言う。
【ま、精神的な意味だったらお前自身が自分を鍛えるしか無いし、仕方ねえけどな】
要するにライ自身の体感だ。
忘れているが、ライの年齢は十四、五。と、人間でいっても子供だが、魔族でいえば生まれたばかりの赤ん坊に等しい。
その為本人の精神力はまだ育ちきっていないのである。なので魔王(元)はそれを鍛えるしかないと笑うような声音で話した。
ライの様子を見たエマがライに向かって言う。
「どうした? また魔王に何か言われているのか?」
「ああ、まあそんなところだ」
ライと魔王(元)の会話は、傍から見ればライが黙っているようにしか見えない。
なのでエマが気になったのだろう。それに対し、ライは取り敢えず返事をした。ライは魔王(元)が自分の中に居ると教えてから大分肩が軽くなったように感じる。秘密を明かせる存在というものは、中々に有り難いものなのだ。
そして恐怖心だが、恐怖心というものは生き物なら全てに宿るので、仕方の無い事だろう。
──という事でライは、一旦この話はここで終わらせ、頃合いを見て提案する。
「じゃ、街を探索してみるか? 世界征服には関係無いけど、何かの情報か面白い物が見つかるかもしれないし。時計台や城とはまた違う、長くて巨大な建造物も気になる」
それは海底廃都市を調べるという事だ。
本来の目的とは全く関係無いが、海に沈んだ都市というものはライの好奇心を擽るものである。
「ふむ、私はどちらでも良いぞ。気掛かりといえば私の身体能力が並の人間レベルということくらいだ」
エマは良いらしく、ライの言葉に賛同するように言った。身体能力が低下している現在、些か不安がある様子だがそれが理由で拒否する事は無いと言う結論に至ったのだろう。
そしてエマに続き、レイとフォンセもライへ言葉を返す。
「私も……ちょっと怖いけど大丈夫……。まあ、ライたちが居るからね」
「私も別に構わない。強いていえば探索するのに四人で行動すると少し時間が掛かりそうな事くらいか?」
そんなこんなで全員了承した。
しかし、確かにフォンセが言った"四人での行動は時間が掛かる"というのにはライも概ね同意見だ。
それを見たエマが提案するように話す。
「ならばチームを作れば良いさ。私たちは四人いる。つまり二人ずつのチームが作れる」
エマが提案したのは二手に別れるということだ。確かに纏まっている必要も無い。二手に別れるのならば時間も短縮され、効率よく見て回れるだろう。
がしかし、ライは一つだけ気に掛かる事があった。
「二手に別れるか。……確かに良い案だと思うけど、どういう分け方にするんだ? 今のエマは身体能力が著しく低下しているんだからな。今此処には幻獣・魔物が少ないから良いものの、幻獣・魔物が出てくる可能性は十分にあり得るぞ?」
ライが気に掛かったこと、それはエマの状態だ。
確かに日光を直接受けるよりはマシだが、身体能力が並の人間レベルだと武器も無しに幻獣や魔物に勝てる訳がない。
ライはその事を危惧していた。
「そうか、確かに今の私じゃ勝てないな。まあ、どのみち二つチームが出来る訳だからそこまで不安に思わなくとも良いと思うが……そこまで言うのなら取り敢えず……──」
──その後、なんやかんやあり、二チームが決まった。
チームはライとレイ。エマとフォンセになった。
レイが元々人間の少女という事と、今のエマが人間並みの力しかないという事から、魔族であるライとフォンセが二人に付くという事で話が纏まったのだ。
そして二チームはそれぞれで街を探索するのだった。