二百二十五話 西の街
──ブラック、エマ、ラビア、猪八戒side
時を少し遡って昨日の正午前。
色々と会話をしながら進んでいたブラックたち四人と幻獣の部下兵士たち四、五〇人。
彼らは西の街を目掛けて進んでいたが、その前には大きな壁が立ち塞がっていた。
「岩か……」
「岩だな……」
「岩だね……」
『岩だ……』
文字通り、読んで字の如く巨大な壁──大岩。
その岩の高さは数十メートルはあり、常人ならば爆弾でも使わなければ砕けない岩だった。
その大きさがある分、強度もそれなりだろう。ちょっとやそっとの攻撃では砕けない筈だ。
「うし、通るか……」
「ああ」
「うん」
『うん』
次の瞬間、その岩は粉微塵に切り刻まれていた。
砂程の大きさとなっており、サラサラと流れるように落ちつつ風を受けて消え去った。
「……チッ、つまらねェ仕掛けだな……この程度の岩で止められるとでも思ってんのか敵さんはよォ……」
「ふふ、一秒でも足止めをしたいんじゃないか? それとも、幻獣の国に居る者が敵の進行を阻止する為に大岩を置いた……とかな……」
ブラックがつまらなそうに言い捨て、それに対して笑って返すエマ。
ブラックは敵組織側が大岩を置き、自分たちを止めようとしていたと推測するが、エマは寧ろ幻獣の国側の者たちが敵の進行を止める為に大岩を置いたと推測する。
「……そうか、その考えもあるな……じゃ、破壊じゃなくて飛び越えた方が良いか……いや、敵の仕掛けって可能性もあるからな」
エマの言葉を聞き、一理あると頷いて返すブラック。
ブラックは歩きながら思考し、先に進みつつ呟くように言う。
幻獣の国側がその岩を仕掛けたのなら破壊しない方良いのだが、敵側が仕掛けたのなら幻獣の国の者を通さない為という可能性もあるので破壊した方が良い。
つまるところ悩みどころという事である。
「次は亀裂……」
「……ああ」
「……うん」
『……うん』
そして、数分もしないうちに巨大な亀裂が目の前に現れていた。
その長さは数十メートル。縦に同じくらいの長さだった大岩より威圧感は無いが、落下したら最後、ブラックは掠り傷を負ってしまうだろう。それ程の深さはある。
「なんだかなぁ……百パー罠なんだろうが……幾ら何でも簡単過ぎる敵が仕掛けたにしても幻獣が仕掛けたにしても……こんな簡単な罠、敵も幻獣もあっさり突破されちまうだろうよ……」
それを飛び越え、西の街を目指すブラックは訝しげな表情をして思考を続ける。
此処に来るまであった二つの罠。それは大岩と大きな亀裂。
しかし、それはブラックたちのみならず、幻獣や敵の兵士ですら突破出来るモノだろう。
ヴァイス達が連れている敵は魔族の国から連れてきた兵隊である。
つまり、常人よりも鍛えられつつ能力が高い兵隊ならば容易く突破出来るだろうという事。
そして幻獣も、翼のある者が多く身体能力も高いので大岩や亀裂程度で閉じ込める事は不可能に近いだろう。
「そもそも……これは敵の兵士や幻獣の国に居る者が仕掛けた罠なのか……という風にも考えられるな……」
「成る程な。第三者の可能性もあるか……となると、俺たちはこの場で襲われる可能性もあるって事だな」
「悪魔で可能性だが、襲撃に備えるのは既に全員が行っている……まあ、用心するに越した事は無いな」
ブラックとエマが二つの罠から推測し合って話、二人が警戒を高める。
第三者というのは、幻獣の国に棲む知能のあるどの街にも属さない幻獣か、別の国から幻獣の国に入り込んだ盗賊・山賊などである。
そういった輩が潜んでいる可能性も否めないという事。
「……」
『……』
そして、ブラックとエマが真剣な顔付きで話す中、ラビアと猪八戒はそんな雰囲気が苦手という事を自負しており居心地が悪い様子だった。
その証拠に先程から相槌しか打っていない。話に入る隙が無いのだろう。
「何か……置いてけぼりにされている気がする……」
『……ブヒ……』
ラビアが呟くように言い、猪八戒が豚の鳴き声で返事する。
後ろに居る兵士たちもブラックとエマの話に集中しており、警戒を高めているのが直に伝わってきた。
「敵の気配らしきモノは無いが……」
現在、ブラック、エマ、ラビア、猪八戒と幻獣兵士たちが居る場所は森の中。
その森に道という道は無く、複雑に入り乱れて居る状態。
先程の大岩や亀裂があったのは細道で、片脇が崖となっている場所だった。
そこから移動して西の街に行く為森に入ったのだ。
念の為に落とし穴などのような罠も警戒したが、それを造ったかのような跡は無く、怪しい点も無かった。
つまり此処には罠などは仕掛けられていないという事だ。
「テントか何かの跡があるな……」
そして、ふとエマがしゃがんで一つの地面に手を当てる。
そこには何かを刺したような跡があり、それが四つあった。
その事からテントか何かの携帯用建物が立てられていたと推測するエマ。
それが意味する事はつまり、『つい最近まで此処でキャンプが行われていた』という事。
キャンプが行われていたという事はつまり、最近までこの森に張っていた者が居るという事である。
要するに、誰かがこの先へ向かったという事になる。
「西の街に急ぐか……この跡から見れば私たちがこの場所に辿り着く数時間前の出来事……となると何者かはヴァイス達と関係無いと考えて良いな……」
「ああ、幻獣を狙った狩人も居る……そういった奴らの可能性もあるって事だな」
推測の結果、ブラックとエマは幻獣を狙った狩人が此処でキャンプを取り、自分たちが目指す西の街へ今朝向かったとなった。
そしてブラックたちは全員歩みを進め、目的の街に急ぐのだった。
*****
──"西の街"。
それから歩を進め、幹部が居るという西の街に辿り着いたブラック、エマ、ラビア、猪八戒の四人と幻獣兵士たち。
森からは割りと近くにあった為、エマたちは数分で辿り着く。
それでも常人なら数時間は掛かっただろうが、エマたちは常人という領域からは掛け離れており他の者も鍛えられた幻獣兵士なのでそれは愚問だろう。
「此処が西の街か……」
西の街に着くや否や、ブラックは辺りを見渡して呟く。
この街は春という事もあって全体的に暖かく、快適な気候だった。
目には多くの大樹が留まり、見渡す限りに透き通るような青空と鮮やかな緑の自然が目に映る。
ヒュウと暖かく花の香りを纏った風が吹き抜け、エマたちの髪を優しく揺らして天空へと上って行った。
そこには背丈の高い木々が多く、日差しの与える恩恵をしかと受け取っている様子だった。
足元には短い草が多くあり、その草が風に揺れてザァザァと擦り合わさる音が鳴る。
ガサガサと何かが歩く音や、バサバサと何かが飛ぶような音も耳を突くがそれは狩人と関わりが無さそうだ。
「幻獣の気配はあれど此処に来たであろう狩人の気配は無い……何処か高い場所か物陰からでも見てんのか?」
然り気無く辺りを見渡し、狩人を探すブラック。
この街に来たという事実は揺るぎ無いだろうが、如何せん狩人らしき殺気のある気配が見つからないのだ。
つまりその事から、中々の手練れ狩人という事が分かる。
上手く殺気を消せるというのは、狩りの基本は完璧に熟なしている事実だからだ。
「やれやれ……面倒だな……幻獣ハンターとヴァイス達一行を相手しなくてはならないという事は……まあ、幻獣ハンター側はヴァイス達と敵対する可能性もあるけどな」
ブラックの方を一瞥し、横に軽く首を振って呟くエマ。
エマは狩人を面倒という事は本当に思っており、ヴァイス達と敵対する可能性があるというのも本当に思っている。
ヴァイス達の目的は優秀な幻獣を連れ去り、己の目的である全生物を統一する事。
対するハンターの目的は幻獣を狩り、その幻獣を金持ちに売り付けるか研究する事。
今居る? ハンターは恐らく後者だろうが、生態系や病気など真面目な事を調べるハンターも居るので敢えてそう述べる。
何はともあれ、無差別に狩るハンターだった場合、ヴァイス達からしても面白くないという事だ。
「オイ豚、さっさと幹部の元に案内しろ。俺たちが思う以上に厄介な事になるかもしれねェぞ……狩人とヴァイスとやらの組織……中々面倒だ……」
深く思考を続け、その可能性を推測したブラックは荒い口調で猪八戒に向けて案内を促す。
しかし事は本人の言うように厄介な事になりそうだった。
『ブヒィ! 豚とはなんだい豚とは! 僕は誇り高き"天蓬元帥・猪八戒"だぞ! 一応神に近い存在なんだから敬意を払って貰わなきゃ案内する気になんてなれないね!』
「だから猪八戒も狙われる可能性が高いって事なんだよ。知名度は高いからな。世界中の金持ちも興味を示すだろうさ……」
『よし、誇り高き猪八戒様に着いて来い! 地の利が無い君たちを案内してしんぜよう!』
猪八戒はブラックに反論したが、ブラックは知名度が高く力もそれなりの猪八戒が狙われる可能性は高いと告げ、猪八戒は即座に向き直る。
数ある背丈の高い大樹だが、その中でも一際生命力を感じる大樹を指差して胸を張る猪八戒。
やはり命は惜しい、命どころか、金持ちに買われたら食住は保証されるが自由を奪われる。
自由を好む猪八戒はそれが嫌なので即座に態度を変えたのだ。
『この街の幹部は温厚だからね。話くらいなら僕たちだけでも聞いてくれると思うよ。まあ、話を聞いたとしても協力してくれるかは幹部次第だけどね』
「ほーん?」
猪八戒に案内されつつ道を歩き、適当に相槌を打つブラック。
態度は軽薄で適当だが、しかと話は耳に入れていた。
そのような態度を取る理由は一つ、何処かに潜んでいるであろう狩人が自分たちにも目を付けているのではないかと警戒しているからだ。
少しでも不自然な動きを見せた場合、ブラックたちはこの街で幻獣たちと会う前に面倒事に巻き込まれ兼ねない。
恐らく余程の事が無ければ負けないと思われるが、中々の実力を持つであろう狩人。なので念の為に警戒しているのだ。
「まあ、温厚なら話し易そうではあるねぇ。妙に堅い雰囲気の幹部だったら私の気が滅入っちゃうよ……」
ため息と共に肩を落として吐露するラビア。
堅い雰囲気の者に苦手意識が高いラビアだからこそ、温厚な性格で話を聞いてくれると言うのはやり易いのだろう。
「ハッ、ラビア。テメェは少し堅い奴とも話せるようになれや。側近業は真面目に勤めているが……まあ、仮に俺が死んだりしたら魔族の国幹部は側近の中から選ばれるんだからな。強ェ奴が第一条件だが、真面目に幹部業を勤められる奴も重要だ。強くて上手く纏められる者……それが幹部に必要な事だ」
そんなラビアに向け、軽く笑って話すブラック。
幹部はその幹部が何かしらの問題を抱えて勤められなくなったり、戦闘やあらゆる事柄で死んでしまった場合は側近へ受け継げられる。
仮に今回ブラックが幹部を勤められなくなってしまったら魔族の国"マレカ・アースィマ"の幹部はサイフ、ラビア、シターの何れかに引き継げられるという事。
「ふぅん……でも、ブラックさんが死んじゃう事なんて無いと思うけどねぇ……私たち"マレカ・アースィマ"組みの中で一番強いんだし……」
そんなブラックに対し、全く心配している様子の無いラビア。
側近たちとマルスはブラックを信頼している。それは強さと人望の両方だ。
なので仮だとしてもブラックの言った事が起こる訳無いと考えている。
「クハハ。まあ、その可能性もあるって事だよ。常日頃から死ぬ確率はあるんだからな。それが今日か明日か数年、数十年、数百年後か……仮定の話は未来の話だからな。可能性を残しておくって事だ」
「うーん……ブラックさんは数百年後でも普通に戦っているイメージしか湧かないなぁ……」
ブラックは未来にそうなるかもしれないと告げ、ラビアは困惑するように返す。
何はともあれ、今死ななくとも何れ消え去り死ぬ命。備えるだけ備えるのだ。
「ふふ、消える命か……私には実感が湧かないな……。この傘があれば今のように快晴の昼間でも弱らない……傘が無くとも居るだけで死ぬという事は無い……」
ブラックとラビアの会話を聞き、不死身にして不老不死であるエマが呟くように話す。
数千年鍛えたエマは、日光を浴びたり十字架を見るだけでは死なない。
死ぬ為には再生が追い付かない程の攻撃を食らい続けるか、心臓に杭を打ち付けられる。それか銀の銃弾や剣のような物で攻撃される事。
半永久的に生きられるエマはそのような失敗を犯さず、"死"に対して実感が無いのだ。
「クク……だから良いんじゃねェか……さっきも似たような事を言ったが……簡単に死なない……もしくは死ねなかったり死んでも復活するって事はその分無限に戦えるって事……魔族にとっちゃ最高の能力だ」
「……ふふ、そう言って貰えるとありがたいな。生まれた瞬間に死ぬ事すら許されなかったからな……永遠の時というモノは飽きないが退屈だ」
そんなエマに、好戦的なブラックは不死身にして不老不死の身体は最高だと告げる。
理由は幾ら戦っても直ぐに戦えるようになるから。
死ねない不幸よりも死なない幸福が勝る魔族のブラック。
『ブヒ……もう何だか哲学みたいな話になってるね……僕にはよく分からないよ……』
「……ハハ……私も分からないなぁ……」
そんな二人の会話を横目に、理解し切れない猪八戒とラビア。
戦いを嫌いでは無いが、好きという訳でも無いラビアと、サボり癖があり怠け者の猪八戒にはブラックの感情がよく分からなかったのだ。
『……あ、着いたよ。此処がこの街の幹部が居る大樹さ!』
そのような会話をしつつ、目的だった幹部の居る大樹に辿り着いたブラック、エマラビア、 猪八戒の四人と幻獣兵士たち四、五〇匹。
見上げるとそれなりに威圧感のある大樹であり、ドラゴンの居た大樹同様他の幻獣たちも住み着いている様子だ。
そして幻獣の国西の街に居る幹部に出会う為、ブラックたち四人と猪八戒たち数十匹は大樹へと踏み込むのだった。