二百二十二話 交渉
──"カトル・ルピエ"、大樹。
レイとワイバーン。シターとジルニトラが合流し、幻獣たちも相まって辺りは依然として賑やかだった。
だが、問題はそこでは無い。目の前に置いてある果実類や肉類、魚類が次々と無くなっている事が問題だ。
手の長い幻獣、舌の長い幻獣、首の長い幻獣。
その他諸々の幻獣が居るので味わう時間はほぼ無いに等しい。
幻獣は肉や魚を焼く必要も無く、強靭な歯を持っているが故に果実や野菜も皮が付いたままバリバリ食べられるのでその分早さが違うのだろう。
「……えーと……シターさん……どうしようかな……」
「……そうね……どうしようかしら……彼処に割り込むのは中々苦痛だわ……幻獣たちは力も強いし……」
それを見たレイは苦笑を浮かべながらシターを見やり、シターも頷いて返す。
実際、幻獣たちは野生。野生というものにはゆっくりと食事を摂る暇など無いのだ。
ゆっくりと食事を摂っていた場合、他の動物に取られてしまったり、自分自身が餌となってしまう場合がある。
自然は弱肉強食。強い者と賢い者のみが生き残る世界。
人間・魔族で言うところの"盗み"や"殺し"というモノは──盗まれた者や死んだ者が悪いという事になる。
つまり現在の食べられないこの状況は、割って入らないレイとシターが悪いという事になるのだ。
「そうね……じゃあ、今から食事をしましょう……レイちゃん」
「……え? ……うん……?」
そしてシターは何かを思い付き、レイに向けて笑顔で言った。
突然言われたレイは一瞬戸惑ったが、シターには何か考えがあるという事に気付いたのか戸惑いしながらも頷いて返す。
「じゃあ早速……"盾の壁"!」
『『『…………!?』』』
──ガンッ。その瞬間、餌に飛び付いていた幻獣たちは突如として現れた魔術の壁に激突して弾かれた。
弾かれた幻獣たちは一瞬何が起こったのか理解出来ずに困惑し、その食べ物を見やる。
「……さて、これでゆっくりと食事出来るわね……頂きましょう」
「……う、うん……そうだね……」
そして自分たちが食べる分の量を確保したシターは無邪気なら笑顔を向け、レイは若干顔を引き吊らせていた。
しかし幻獣たちは取れないと理解するや否や、即座に別の食べ物に手や脚、頭に舌を伸ばして確保する。
ゆっくり食事するのは性に合わないのか、食べられないと確信したら行動は早い。
「わぁ……美味しそう……」
そして改めて食料を見やるレイ。
その果実と野菜は新鮮であり、ふっくらとしていて水々しかった。
肉類は油が乗っており、その中でも霜降り肉には細かい繊維一つ一つが鮮明に見える。
魚類も新鮮その物で、魚の目は澄んでいるのでその事からイキの良い物だと分かる。魚はその目が重要であり、澄んだ目をしている物は新鮮と言われているのだ。
その三つはどちらも店で出すならそれなりの値段になりそうな物だった。
「……けど……流石に生肉はね……」
「……うん……生魚も自然のは……」
しかし、その美味しそうな食物の数々で、レイとシターは真っ赤な生肉と新鮮な生魚を見て複雑そうな表情になる。
果実や野菜ならば生で食べても問題ないのだが、肉類や魚類はそういう訳にもいかないからである。
肉類や魚類の表面や内部には細菌やウイルスがおり、そのまま食すと腹を壊したり嘔吐感を覚えたりと様々な不調が起こるのだ。
生魚や生肉を好んで食べる者も居るが、それらはしかと洗浄されているので菌が殆どいなくなっているから安心出来る。
しかし今レイとシターの目の前にある物は新鮮だが洗浄はされておらず、安心出来ないのだ。
『あら? その肉と魚食べられないの? 焼いて上げるわ!』
「「……え?」」
刹那、そんな二人の様子を見た黒龍状態のジルニトラが言い、炎魔法を使って即座に焼き上げた。
焼かれた肉と魚からはジュウジュウと脂の弾ける音が聞こえ、香ばしい匂いを醸し出していた。
蒸気が立ち上ぼり、煙に混ざって食欲を唆る香りがレイとシターほ鼻腔を擽る。
何も食べていない二人からすれば、唾液が溢れそうな程だった。
無論、女性の二人はそのようなモノを見せる訳も無く、ゴクリと生唾を飲み込む。
「あ、ありがとう。ジルニトラさん……」
「ありがとうございます、ジルニトラさん。感謝致します」
『いえいえ、どういたしまして♪』
一瞬で焼き上げられた肉と魚。
レイとシターは遅れて感謝し、ジルニトラは笑って返す。
これにてレイとシターも食事を摂れるようになったのだった。
*****
──賑やかだった喧騒も無くなり、幻獣たちもその場から殆ど消え去っていた。
鳴き声のような音も遠くから以外では聞こえず、静寂が鼓膜を走る。
目の前には骨や果実の皮が転がっており、それを片付ける者は残り物を貪る者か微生物くらいだろう。
その場にはレイ、シター、ジルニトラ。そしてドラゴンにワイバーンの二人と三匹のみが残っていた。
『……ではワイバーンよ……どうするのだ? 我々に協力して敵を討つか、このまま街に居続けるか……。俺も反省したさ……無理強いはしないと約束しよう。今回は無理矢理お前を誘うのでは無く、お前の意思で決める』
先ず口を開いたのはドラゴン。
ドラゴンはワイバーンとレイの会話を聞き、無理矢理連れて行くという事はやめたらしい。
因みに、ドラゴンがこの場に辿り着いたのは今さっきである。
ドラゴンは朝方にレイとワイバーンを見たその後、一度自分の街に帰って住民を確認した。
それから少し経った現在、再び"カトル・ルピエ"に来たドラゴンは改めてワイバーンを誘っているのだ。
『フッ……そうか、貴様の気が変わったと言うのかそれは珍しいな。……まあ我自身も変わりつつあるからな……協力してやっても良いが……一つ条件がある……』
ドラゴンの言葉を聞き、言葉を句切るワイバーン。
協力するに当たり、ワイバーンからは何かしらの提案があるらしい。
『条件……? 何だそれは……まあ、良い。協力してくれる可能性が上がっただけで十分だ……条件を教えてくれ』
ワイバーンの言葉に訝しげな表情で返すドラゴンだが、協力する気が全く無かったワイバーンに少しでもその気があるのならと頷いて返す。
『……"この街の住民の無事"……それだけだ』
『……分かった。それを保証しよう』
これにてドラゴンとワイバーンの会話が終わる。
ワイバーンは極度の人間・魔族嫌いだったが、同種族や他の幻獣たちが嫌いと言う訳では無い。この街に棲む幻獣たちの無事が保証されるのなら喜んで協力すると言う。
『……最後に……娘……先程の答えを聞くとしようか……』
「……? ……あ、そっか……」
そしてドラゴンとの会話を終えたワイバーンは長い首をレイに向け、レイに先程の問いの……その答えを促した。
レイは暫し忘れていた様子だが、ワイバーンに言われて思い出す。
レイとワイバーンの約束。それは朝食後に決闘をするかどうか決めるという事。
確かにレイは食事の後に決めると言ったからだ。
『さっきも言ったように……別に断っても良い。それによって何かが変わるという訳では無いからな……』
翼を動かし、尾を地面に落とすワイバーン。
その衝撃で小さな砂埃が舞い上がり、翼の羽ばたきで砂が消えた。辺りには再び静寂が広がり、その静寂が鼓膜を揺らす。
「……」
レイは少し考え、改めてワイバーンの方を見て一言。
「分かった。私も経験を積まなきゃならないと思うし……ワイバーンさんと戦ってみるよ……!」
握り拳を作り、力強くそう言った。
レイは、戦いが好きという事ではない。
相手によって攻撃を受ければ痛く、涙が流れる事も多々あったからだ。
しかしレイ自身、己の身体は弱く脆いという事を理解している。
戦闘経験は魔族の国であるが、その殆どは幹部の側近を相手にしており幹部その者と戦うには体力が尽きてしまっていた。
なので、レイ自身が経験を積む為にも幻獣の国で幹部を勤めるワイバーンと戦いライたちの力になる為に能力を上げたいと考えているのだ。
『フフ……そうか……ありがたい。我も今回は敵組織の幹部らしき者たちと戦ったが……我はまだまだ弱いという事が分かった……だからこそ、娘と戦い何か成長出来ぬか確かめたいんだ……!!』
ザッと脚を広げ、口角を吊り上げて笑うワイバーン。
その笑顔は己の自信から──では無い。龍族という者は、自分が気に入った物は手元に置きたがる種族である。
昔から宝や国の姫などを手元に置き、それをじっくり鑑賞する者が多い龍族。
しかし今回は手元に置きたがっているのでは無く、ただ純粋にお気に入りと戦いたがっているという事だろう。
『さあ戦ろう……! 戦いは数分で終わる筈だ……十分ドラゴンの街まで行く時間はある……!』
「……そう……! お手柔らかにお願いします……ワイバーンさん……!」
ワイバーンが言い、レイがその言葉に返す。
一人と一匹の間では空気の流れが変わり、それに共鳴するよう"カトル・ルピエ"の木々が揺れる。
街の幹部が私用で戦闘を行う事はそうそう無い事だが、ワイバーンはそれ程レイの力を見てみたいのだろう。
今、ドラゴンの街へ行く前にレイvsワイバーンの軽い戦いが始まるのだった。




