二百二十一話 談笑
──"カトル・ルピエ"。
低い場所にあった日が昇り、朝方だった辺りは熱を持って変わりゆく。
冷え込んでいた北の街"カトル・ルピエ"は徐々に春の気候へと変化していた。
光が告げる春と冬の間に存在する空間は何処か静けさを感じる。
吹き抜ける冷風は暖かな温風となり、この街全体が暖かくなりつつある。
それによって寒さが苦手な幻獣たちも巣である樹から顔を見せ、暖かい日差しを浴びていた。
「……あ、すっかり日も昇ったね」
『……ああ、そうだな。もう暖かくなる時間だろう』
そんな目映い日差しに照らされたレイは片手で顔を覆い、目を細めて日差しから逃れる。
顔を覆う手には暖かい日差しが当たり、レイの身体も温めていた。
『それにしても貴様の仲間……中々興味深い生を送っているな……物心付いた時から幻獣・魔物に育てられたと……そして詳しい事はよく分からないか……』
『うーむ』と小さく唸りながら言い、腕を組んでいるかのように尾を巻いて首を動かすワイバーン。
ワイバーンはリヤンの生い立ちへ興味津々だった。
無論、リヤンがかつて世界その物だった神の子孫という事は伏せて話した。そうしなければ更に混乱するからだ。
レイが勇者の子孫という事も、他の仲間がかつての伝説と関係している事も伏せている。寧ろ伏せなかった場合、あらゆる意味で面倒な事になるだろう。
「アハハ……じゃあ、どうせだったら会ってみたらどうかな? 会ってみれば何かが変わるかもしれないよ? アナタ……人間や魔族が本当に嫌いみたいだけど……話してみたらそこまで嫌っていないようにも聞こえるよ!」
『……』
レイの言葉に対し、沈黙で返すワイバーン。
"沈黙は是なり"とも言うが、それとは違うのが現状。この場合の沈黙は図星を突かれたからでは無く、本当の答えを見つけられていないからだ。
龍族を討伐した事で数々の英雄を生み出した人間・魔族。それらを嫌っているのは揺るぎ無い事実。しかし、もう一つの感情では本当に嫌っているのかという疑問が浮かんでいた。
本当に分からない時、人間・魔族、幻獣・魔物問わずその動きは停止する。それが今現在、ワイバーンに起こっているのだ。
「ハハ……やっぱり嫌だった……? ……けど、ゆっくり考えて、ゆっくり過ごせば良いと思うよ。あまり気を回し過ぎないように……まあ……戦争中じゃそういう訳にも行かないんだろうけどね……」
軽く笑い終え、遠くを見るように話すレイ。
フッと変わる少女の表情に困惑するワイバーンだが、この少女には心を許せる気がしていた。
『……そうか……。……ふむ、我も人間・魔族に歩み寄ってみるとするか……ドラゴンの話を聞かずにドラゴンを疑ってしまったし……反省の意味も込めて……な……』
バサッと翼を広げ、ワイバーンは立ち上がった。それと同時に包帯がシュルシュルと解け、ワイバーンの身体が露になる。その傷口は塞がっており、鱗が日の光に反射して輝いていた。
「わー……綺麗……」
『ふふ、取り敢えず朝食にしよう……腹が減っては戦は出来ぬ……人間が言った言葉だ……』
キラキラと輝くワイバーンの鱗を見たレイは感嘆のため息を吐き、そんなレイを見たワイバーンは軽く笑ってレイの服に噛み付いた。
「……え?」
服を噛まれ、そのまま持ち上げられて足が地を離れるレイは困惑し、両手をワタワタと動かしてワイバーンを見やる。
慌てるレイを見たワイバーンは笑い──
『詫びだ。我の背に乗って朝食に向かおう……』
「……え、ええ、えええぇぇぇぇ……!?」
──刹那、ワイバーンは一瞬にして自身の速度を上げ、音を置き去りにしてソニックブームを起こしながらその場から消え去った。
「……あ……」
「……行っちゃった……」
それを見たシターとジルニトラはポカンと呆け、空に残った空気の軌跡を見ているのだった。
*****
──"カトル・ルピエ"、幻獣たちの集う場所。
ワイワイガヤガヤと、賑やかな大樹内。
そこには"カトル・ルピエ"に居る殆どの幻獣たちが集まっており、果実に肉類と朝食の準備が施されていた。
しかし殆どというのは、近隣の森などに餌を取りに行く者たちも居るという事だ。
そしてこの場に居る幻獣も全員で食事を摂るという事をせず、餌だけ取って自分の巣に帰る者も居る。
本来幻獣は野生。現在は国や街として成りなっているが、元々は自然に生き自然に朽ち果てる者。
それがコミュニティという名の巨大な群れを造っているのが幻獣の国である。
どうしても群れに馴染めない幻獣たちは同種族のみで群れを成す。
この場に居れば餌には困らないが、その時点で野生とは掛け離れている。
なのでわざわざ餌を森に探したりする者らや巣に持ち帰って食す者が居るという事だ。
『さあ、着いたぞ娘……』
「……あ、ありがとう……」
翼を羽ばたかせ、落下速度を緩めてから地に着くワイバーン。
ワイバーンはレイに向けて言い、レイは頷いてワイバーンへ礼をする。
『『『…………』』』
そして、この街に居るこの場の幻獣たちとドラゴンの部下である幻獣兵士たちは全員、信じられないモノを見るかの如くポカンと口を開けていた。
『ワイバーン様が人間を背に乗せて来たぞ……!?』
『何故そのような事を……!?』
『気紛れか?』
『いや、これから朝食だ……つまり……』
『な、成る程……!』
幻獣たちはザワ付きながらワイバーンの様子を見て心配する。
それもそうだろう。人間・魔族嫌いで有名なワイバーンが人間を背に乗せて降り立ったのだから。その事から幻獣たちの思考はある結論至った。
『……ワ、ワイバーン様……一体どのような経緯で人間を……? 餌ですか?』
「えぇ!?」
龍族は雑食。つまり肉類も果実類も補食する。
人間・魔族は脂肪が少なく骨ばかり、食しても大した栄養にならないのだが、腹の足しにはなるだろうとそう結論付けたのだ。
言われたレイは顔を青ざめ、そう聞かれたワイバーンは一言、
『そんな訳無いだろう』
即答で返した。
「……あ、良かった……」
それを聞いたレイはホッと安堵し、胸を撫で下ろす。
『ハハ、そうですよね……『だが』……え?』
そしてそれに対し、そりゃそうかと笑う幻獣に向け……言葉を区切って話すワイバーン。
幻獣の反応を横に、ワイバーンは言葉を続けて話す。
『……人間だがこの娘は気に入った。だからだ。だからこそ我は手合わせを願いたいと思ってな……』
「……え?」
『『『……はい?』』』
唐突に、ワイバーンの口から出た言葉に固まるレイと幻獣たち。
今、ワイバーンはレイと手合わせを願いたいと告げた。
その目に敵意は無く、ただ純粋にレイと戦いたいという目をしていた。
レイと幻獣たちの反応を横目に、ワイバーンは言葉を続ける。
『どうやら我は、些か人間を毛嫌いし過ぎていたらしい。それを踏まえ、人間の強さを知る為に娘と一戦交えたいのだ。我は戦闘によって相手の性格を知る事が出来る……これは龍の技では無く、我自身が鍛えて身に付けた技だ……!』
つまり、レイの本当の性格を知る為にも戦闘を通して理解しようという魂胆のようだ。
元々ワイバーンは戦闘を司る龍であり、古来は悪として描かれた事も多い。
軍隊の旗や国の旗に描かれる事も多く、主に戦争の象徴として描かれる事が多いのだ。
だからなのか、このワイバーンは知らず知らずのうちに戦闘から相手の性格を知る事が出来るようになったとの事。
『無論、断っても良い。貴様と話をし、貴様の性格はある程度理解出来たからな。だが、貴様の力を知りたいのだ……そしてその剣、それに秘められた力もな……』
「……」
ザァ。と風が吹き抜け、ワイバーンとレイの間を通り抜ける。
レイの髪は揺れ、その服も風によって揺れた。
ワイバーンが一番確かめたいのはレイの性格、そしてレイの持つ剣。
それらを知る事が出来るかもしれない戦闘を望んでいるのだ。
辺りにはレイの答えを待つかのような集まりが出来ており、レイに答えを委ねていた。
「……えーと……突然で分からないから……朝食を摂ってからで良いかな? 私、そこまで戦いが好きって訳じゃないから……」
そして、レイが出した答えは保留。
レイ自身、突然幹部と戦えと言われても困るのが現状。
ライやブラックのような強さか、エマのような不死身性を持っているのなら即答で返すのだが、レイが持つ物は"勇者の剣"か時折見せる不確かな力のみ。
その力はたまに起こり、自分でも信じられないような速度と破壊力を見せる。
しかし、その力を普段から使えるという訳では無い。
なので取り敢えず保留して食事の後答えるつもりらしい。
『そうか。だが、確かに突然聞くのは悪かったな……反省しよう……』
「……あ、いや……そこまでは……」
レイの答えを聞き、『確かにその通りだ』と反省するワイバーン。
それはワイバーンに悪いので反省しなくても良いと告げるレイ。
「……ふう……何か話していたけど……私たちはいなくても良かったかしら?」
『ふふ……数時間散歩に行ってたから分からなかったね……』
「……あ、シターさんにジルニトラさん!」
そして、レイとワイバーンの話が終わるや否やシターと黒龍の姿に戻ったジルニトラが帰って来る。
一人と一匹は朝方から現在までほんの少しの数時間、散歩に行っていたと言う。
少し無理のある言い訳だが、レイとワイバーンの側に居た事は伏せている。
ワイバーンは気付いているが、レイは話に夢中だったので気付いていなかったのだろう。
何はともあれ、こうして全員が揃ったのでこれから朝食の時間となる。




