二百十七話 幻獣の国・北の街
──"幻獣の国"・幹部が居る北の街。
ヒュウと風が吹き抜ける、他の場所に比べて幾らか寒い北の街。
この街にまだ戦火は来ていないらしく、平穏な状態ではあった。
しかし平穏とはいえ、いつ何時敵が攻めて来るか分からない現状、街全体が落ち着かない様子だ。
空から降り立ったドラゴン、レイ、シター、ジルニトラだが、この街には支配者が来たにも拘わらず注目する者は少ない。
『ふむ……やはり街を不安にさせてしまっている……』
長い首を回し、そちらを見やるドラゴン。
ドラゴンやレイたちと目が合うや否や、他の幻獣たちはさっさとその場から離れて行く。
そして巣に戻り、草の影からこちらを見ていた。
それはまるで、何かを警戒しているような、そんな表情だった。
「これってもしかして……支配者さんじゃなくて私たちが原因なんじゃないかしら……幻獣たちと人間・魔族はあまり関わる機会が無さそうだし……」
それを見たシターは、自分たちがやって来た事によって警戒を高めているのでは。と、懸念するように言う。
実際、野生の生き物というモノは警戒心が高い。
なのであまり見た事の無い筈である人間・魔族についての耐性が無いのだろう。
『うーむ……確かにそうかもしれぬな……人間・魔族に問題があるんのではなく、外の国とあまり関わる事が無いからな……幻獣とて野生。自分の縄張りから外に出たら最後、最悪棲み家を奪われてしまう可能性もあるからな……幹部は何度か外の世界を見ているから大丈夫だと思うが……』
シターの言葉を聞き、成る程と納得するドラゴン。
野生の動物は縄張り争いが激しく、力で快適な空間を奪う事も多々行われる。
人気があるのは餌が豊富で水のある場所、知能の高い支配者や幹部が街を整えたとして他の幻獣たちがその場所に馴染めるとは限らない。
なのでこの街に棲む幻獣には範囲が決められており、その場に侵入する者を容赦なく殺してしまうだろう。
野生と言うものは、それ程残酷で過酷なのだ。
『まあ、俺はこの者たちと意思疏通が出来る。幻獣同士でも言葉が分からない者も居るからな。……いや、寧ろ意志疎通出来ない生物の方が多いか……。要するに俺はその生物特有の鳴き声でなければ通じない言葉も分かるって事だ。全ての生物と言葉を交わせられる。だから今お前たちをこの者たちに説明するとしよう……』
それを見ていたドラゴンは、自分が通訳をするのでレイたちは命の危機が無いと告げた。
この世に存在する全ての生き物には、その生物特有の鳴き声がある。
その声は動物によって違い、ドラゴンの言うように全ての生物同士が会話できる訳ではないのだ。
その全てと意志疎通が出来る者は世界からしても少なく、それが出来るドラゴンは特異なのである。
「そう……分かった。私たちは此処に居て大丈夫かな……?」
「……ええ、私も……少し不安だわ……」
ドラゴンが説明すると言い、納得したレイとシターだが、此処に取り残される事が不安だった。
ジルニトラやその他の部下たちは居るのだが、奇襲を仕掛けられた場合それを対処するのは中々だろう。
まあ、レイとシターならば奇襲を仕掛けられても防げるだろうが。
『ふふ、大丈夫よ。問題無いと思う』
「「…………」」
牙を見せながら軽く笑って言い、心配要らないと告げるジルニトラ。
レイとシターはそちらを見やり、ジルニトラは言葉を続けて話す。
『ドラゴンも直ぐに話終えると思うし……私も貴女たちと親しくなれるような姿になるわ!』
「……え!?」
「……成る程ね……」
──そして次の瞬間ジルニトラは、『人の姿となった』。
その姿は腰まで届くような艶のある長い髪に、健康そうな褐色の肌。
ジルニトラの胸に二つの膨らみが現れ、牙や鋭い爪が消える。
身体を纏っていた漆黒の鎧は消え去り、柔らかな質感の肌と化す。
そして整った顔の美しい瞳が開き、ジルニトラは人間・魔族に近い姿となった。
「"人化魔法"。魔法に長けている私ならこれくらい容易い事よ。この姿の方が貴女たちは慣れているでしょ♪」
明るい笑顔を作り、艶やかな黒い長髪を揺らす人の姿となったジルニトラ。
今のジルニトラは美人という分類に入っている事だろう。
それは人間・魔族としての価値観だが何はともあれ、魔法を扱える黒龍は美人な女性と変化を遂げた。
「わあ……綺麗な髪……」
太陽光に反射してキラキラと輝く、人間・魔族の姿となったジルニトラの長髪を見たレイ。
そんなレイはそれを眺め、感嘆のため息を溢して呟く。
明るい太陽に照らされたそれはさながら細い宝石のよう、
龍の名残というのだろうか、褐色肌の所々に鱗のような凹みがあった。しかしそれは暫くして消え、龍だったなどと分からない程になる。
「へへん♪ そうでしょー? 私ってよく鱗が綺麗だねって褒められるの♪ だからそれが反映されたのかな♪」
レイに髪を褒められ、指でクルクルと髪を巻いては解いてを繰り返しながら喜ぶジルニトラ。
種族は違くともやはり女性、髪を褒められると嬉しいのだろう。
鱗を褒められて嬉しいのはよく分からないが、龍にとっての鱗は肌なので他の幻獣からは肌を褒められているらしい。
「"人化魔法"……魔力で細胞を操作し、身体の形その物を変える魔法。上位の魔法使いか魔女しか扱えないモノだったわね……」
「うん。……まあ、それなりの魔力を消費するけど……私的にはあってあまり無いようなモノかな? 戦闘の時は色々と不便だから使わないけどね」
人化したジルニトラを見、シターは感心したように言う。
事実、身体の形を変えられる生物は限られており、そうそう居るモノでは無い。
身近にならエマが居るが、今までそのような力を使った者は少数。なので感心したのだ。
『オイ、話は付いた。人間・魔族の立ち入りを許すらしい……というかジルニトラ……何故"人化魔法"を……?』
人化したジルニトラとレイ、シターが話していた時、話を終えたドラゴンがやって来た。
しかしドラゴンは、人の姿となったジルニトラへ向けて訝しげな表情で長い首を傾げて尋ねる。
「ふふ、この娘たちが慣れるためだよ。わざわざ外の国から来てくれるなんて、思っていなかったからね♪」
曰く、レイとシターたちを率いるライとマルスの、本当のチームが外から来てくれた事に感謝しているので幻獣の国に慣れさせるのが理由との事。
幻獣の国は見ての通り戦争中。この街は戦火を受けていないが、近隣の街々は砕け、粉砕し、無くなった所が多い。
それによって多くの幻獣も命を落とした。そんな中、手助けに来てくれたライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人とマルス、ブラック、サイフ、シター、ラビアの五人には感謝してもし切れないのだ。
『ああ、確かにそうだな。己の命を失う可能性もある……にも拘わらず来てくれた……君たちには感謝しているさ……』
ジルニトラの言葉を聞いたドラゴンは頷いて返す。
危険を顧みずに来てくれた、これ以上の事は無いだろう。
『まあ、慣れさせる為というのは悪くない。それはさておき、今から幹部の居る場所へ向かうとする』
そしてその話は終え、ドラゴンは歩き出した。
レイ、シター、ジルニトラもそれに着いて行くよう歩き、その後ろから部下兵士たちも進む。
この街に居る幻獣たちはまだ慣れてはいないようだが、襲ってくる気配は無いので放って置いた方が良さそうである。
そしてドラゴンの案内により、レイたちは幹部の場所へ向かった。
*****
──"北の街"・大通り。
入り口付近から少し進み、一際賑やかな広場へとやって来たレイ、シター、ドラゴン、ジルニトラとその部下兵士たち。
この場所は人間や魔族の国のように建物があり、基本的に自然というよりは生活感があった。
しかし他の国に比べて圧倒的に自然が多く、鮮やかな緑色の葉に包まれた街路樹が道を覆っていた。
というより、その街路樹に棲んでいる幻獣の姿も見受けられる。
葉と葉の僅かな隙間から顔を出している幻獣がおり、レイたちの様子をそこから窺っていた。
そしてその他の建物という物は、自然の大樹を基本としており大樹に窓や扉のような物を付けた程度の違いだ。
飲食店のような店もあるらしく、食べ物の香ばしい香りが鼻腔を擽る。
その飲食店は木の実をメインとした物と肉をメインとした物があるので、恐らく草食動物か肉食動物の違いによって変えられているのだろう。
「へえ……これが幻獣の国かぁ……私の住んでいた人間の国や旅した魔族の国との違いは建物の構造や自然、生活する生き物くらいだね……」
広場の道に佇む建物や木々を見、その違いは僅差と呟くレイ。
建物の形は違えど、生活するのに必要な物はあまり変わらないようだ。
風雨を凌げる物と食事があれば便利で無くとも生きる事は出来る。最悪、家が無くとも生きられるだろう。
『ふふ、まあ今の世の中、定められた四つの国では規則はあれど不自由はあまり無いかも知れぬな。四つの国から一歩外に出れば無法地帯だが、管理されている分生きる事は出来る……まあ、本当の意味での自由では無いがな……』
ズシズシと尾を揺らして歩き、目的地を目指すドラゴンはレイに向けて言葉を発した。
決められた四つの国は、支配者という管理者によって規則を決められている。
しかし仕事をしている支配者少なく、世界の平穏を少しでも保つ為に揃っているに過ぎない。
そのような管理でも自由を求める者は四つの国から外れた場所へ行き、そこで弱肉強食の自由を楽しんだりしている。
何はともあれ、四つの国に位置している以上、棲み家や生活スタイルはあまり違いが無くなるのだ。
「へえ……。だから他の国との違いが少ないんだ……まあ、それでもパッと見は全くの別物だけど……」
街を興味深そうに見渡しながら歩き、その光景を眺めるレイ。
空では怪鳥が羽ばたき、その音がレイの耳まで聞こえていた。
「見たところ平和な街だけど……此処の幹部は協力してくれるのかしら……? この街を護るって勤めもある訳だし……」
そんな怪鳥を見届け、ドラゴンに向けて改めて話すシター。
今は平和な街だとして、戦争中の現在、その街がいつ戦火に襲われるか分からない。もしもの時に備え、幹部も簡単に離れる事は出来ないだろう。
『……大丈夫だ、しっかりと考えている。戦争なんだ。この街も任せている幹部一人でどうこう出来る訳が無いからな……全員私の大樹に避難して貰うさ……側近たちには全員に伝えてある』
「……そう……大変なのね、支配者も……私のところに居る支配者様は自由人だから魔族自体が自由だけど……本来支配者はこういうものだったわね……」
ドラゴンの言葉を聞き、それに返すシター。
シヴァとドラゴンの性格は違い、職務を全うしているのはドラゴンの方だろう。
しかし、一応シヴァもそれなりに支配者としての仕事はしているので悪い事ではない。
何はともあれ、少々賑やかな道を行き幹部が居るという場所に向かうレイたち。
少し歩くと、もう直ぐそこに巨大な大樹が映り込んだ。恐らくそこに幹部は居るのだろう。
そしてレイ、シター、ドラゴン、ジルニトラの三人と一匹、その他部下兵士たち数百匹は幻獣の国幹部の建物に辿り着いた。