二十一話 新たな敵?
ヴァイスと名乗る者と別れ、ライはレイ・エマ・フォンセの三人を探していた。
時間も少し経っているので、流石に店を見つけている頃だろう。そして裏路地のような場所を抜けた為、人通りも普通になっていた。
そんなライが歩いていて思う事、それはこの街の立ち直りが早いということだ。
リントヴルムが破壊した建物の修復作業にもう入っており、小さな破損などは直されている。
そんな様子を眺めつつ暫く歩くと、店が並ぶ街道に辿り着く。
恐らく此処にある店の何処かにレイたちが居るだろう。
「あ、ライー!」
「……!」
と、ライが思っていたのも束の間、レイの声がする。
どうやら三人は店に入らないで待っていてくれたらしい。
人が多くて一瞬分からなかったが、ライは直ぐにレイ、エマ、フォンセと合流出来た。
「で、どうだったんだ?」
まずはヴァイスの存在に気付いていたエマがライへ尋ねるように聞き、それに対してライは応える。
「ああ、まあ、特に問題はなかった。寧ろ情報を得られたから個人的には良しだ。エマにも直ぐ話す」
「そうか」
「「…………?」」
ライとエマの会話を聞き、キョトンとした顔をしているレイとフォンセ。数刻振りに出会ったライとエマがそのような会話をし始めたのだ。気になるのも無理は無い。
そして、それに気付いたライは言う。
「レイとフォンセにも話しておく。敵かは分からないが、怪しい奴の情報だからな。取り敢えず店に入ろう。今は修復作業中の人たちが多数だから、盗み聞きされるとかは無いだろうしな」
人通りの多い街道よりは、まだ人が少ないと思われる店内で話すことにしたライ。
レイとフォンセは未だ訝しげな表情をしているが、何も知らないよりは知っておいた方が良いと考える。
そしてライ、レイ、エマ、フォンセの四人は店の中に入っていく。
*****
──店内。
「よし。まずは、俺とエマが何について話していたのか。だ」
店に入るや否や、店員によって四人席に案内されたライたちは早速話し合いを始める。
最初の題はライとエマが気付いていた者──ヴァイスとやらについてだ。
「始めに、さっきの人通りが少ない道には、俺たちの後を付けていた者が居た」
「「…………!」」
ライの言葉にレイとフォンセは、そうだったのか。的な表情をして驚く。気付いていなかったが、付けられていたと考えれば無理もないだろう。
そんな反応を横に、ライは話を続ける。
「そして、そいつと俺はこの街以外で会っている」
「……何っ、そうなのか?」
次に反応を示したのはエマだ。
後を付けている者が居たのは気付いたが、ライと接触したことがあるのは知らなかったからである。
ライは頷いて返す。
「ああ、以前、"ペルーダ"と戦ったときがあるだろ? その頃はフォンセが居なかったけど、フォンセに会う一つ前の街でだ」
レイとエマはペルーダ戦を思い出す。思い当たる人物はそのペルーダが化けたダーベルくらいで、他には居ない。
考えている様子のレイとエマに、ライは訂正するように言う。
「ああいや、違うんだ。ペルーダ戦じゃなくて、正確にはペルーダ戦"後"だ。その時風呂に入ったよな? ……そいつとはその男湯で会ったんだ。そのあと、風呂での出来事を話しただろ? その中心人物だ」
それを聞いて、レイとエマがああ成る程。と納得するように頷き、それに対してエマが言う。
「確か、ライが狙われる……と教えた奴だっけ?」
「ああ」
エマの言葉に、ライは肯定するよう頷くライ。
それらの話を前に、最近加わったばかりのフォンセは何が何だかよく分からなかった。そんなフォンセの様子を見兼ねたレイは、こっそりとフォンセに耳打ちする。
「えーと、実は……──」
「フムフム……成る程……」
「──てこと」
レイの話が終わり、大体の事は理解したフォンセ。
理解力が高いのか、レイの説明が上手かったのかは定かではないが特に質問や疑問などは出なかった。
フォンセも理解したので、ライは話を続ける。
「で、情報ってのはそいつの名前と容姿だ」
「「「…………」」」
レイ、エマ、フォンセの三人も集中する。名前と容姿。それを知る事が出来るのならば、いざと言う時にも対処が出来る。
例えばライが居ない時、何食わぬ顔でその者が現れレイたちを騙そうとした時。などだ。そのような手を使うかは分からないが、名前と容姿を知るだけで対処は増えるだろう。
ライはヴァイスから聞いた、ヴァイスの事を話し始めた。
「まずは名前から、そいつの名はヴァイス・ヴィーヴェレと言っていた」
「ヴァイス・ヴィーヴェレ……」
レイがライの言った名を復唱するように言う。
ヴァイス・ヴィーヴェレ。一体何者なのだろうかと考えるレイを横に、ライは続ける。
「次に容姿だが……、"白髪"に"白い目"……そして着飾っていない服装……? ……まあ、これくらいだな。この世界には白髪に白い目をしている奴なんて沢山いるからな。特に情報らしい情報って訳じゃないけど、何も知らないよりはマシだろ? あと、話し方が少し丁寧……だったな」
「ふむ、確かに僅かな情報だな。だがまあ、ライ言うように何も知らないよりはマシだ。敵か分からぬが、ヴァイスとやらに気を付けた方が良いか」
ライの言葉に、同意するよう頷いて返すエマ。レイとフォンセもエマの言葉に同意する。
それから少し店で寛ぎ、そのあとライ・レイ・エマ・フォンセの四人はその店から出て行った。
*****
──某所。
此処は薄暗く、周りが見えにくい。
場所的にはライたちのいる街と同じなのだが、裏路地というものは何処の街でも暗い雰囲気を醸し出しているらしい。
そこには黒い髪の者と灰色の髪をした者、そしてヴァイスが居た。
「で、どうだったんだヴァイス? ……ペルーダを倒したっていうガキは?」
「そう。僕もそれが気になっていたんだよねえ? 珍しくヴァイスが注目してるし?」
そんな、黒髪の者と灰色の髪をした者がヴァイスに問う。それを見るにヴァイスとその者達は親しき仲にあるという事が窺えた。
そんな二人の問いに対し、ヴァイスは笑いながら応える。
「ハハハ。全く、『シュヴァルツ』に『グラオ』は私を休ませてくれる暇を与えてくれないな」
黒髪の者──シュヴァルツ。灰髪の者──グラオ。それが彼らの名らしい。
そして、そんなヴァイスの言葉にシュヴァルツと呼ばれた者が返す。
「たりめーだ。俺は強い奴と戦いてーんだよ。何なら今すぐに支配者の所に行くか?」
シュヴァルツの言葉に嬉々としてグラオも続く。
「お、いいじゃん。僕的にもこんなところで燻るよりは、さっさと支配者を倒したいね。世界はどうでも良いけど、強い奴は大歓迎さ」
そんな様子の二人に呆れた様子を見せながらヴァイスは言う。
「戦いたい気持ちは十分に伝わったよ。けど、まだ駄目だ」
ヴァイスの言葉にケッと、不貞腐れるシュヴァルツに何だ。とつまらなさそうな態度をするグラオ。その言動から、この二人はかなりの戦闘好きらしい。
渋々受け入れ、シュヴァルツとグラオは言う。
「ま、しゃーねー。じゃあさっさとガキについて話してくれや」
「まあ、仕方ないか。本当にヴァイスは計画的だなあ……」
どうやらヴァイスの言葉に納得した様子だ。それを見るに、ヴァイスは参謀、他二人が戦闘員と言ったところだろうか。
シュヴァルツとグラオの二人を言いくるめ、ヴァイスは言葉を続ける。
「その子供……名はライ・セイブル。素性は知らないけど、とてつもない力を秘めているのは確かだね。しかし、完全には操れていないみたいだ。けど、『我々が嗾けたリントヴルム』を意図も簡単に倒したって事は、本気じゃなくとも驚異的な強さを持っているという事になる。他の仲間もライの足元レベルはあるみたいだしね」
「……へえ? リントヴルムの速度は大体雷速だっけ? 倒したって事はそれを捉えて攻撃出来たってことだから……良いね。中々強いじゃん」
「ああ、確かに強そーだな。支配者の前にそのガキを倒すのも悪くねーな」
好戦的な目をし、嬉々として話すグラオとシュヴァルツ。どうならリントヴルムが我を失っていた理由はこの者達にあるらしい。そしてリントヴルム自身の強さはそれ程無いと言う考えだが、その速度を捉えた事に対して感心している様子だ。
そんな二人の様子を眺めながらヴァイスは話す。
「好戦的なのは構わないけど、あまり面倒な事にはしないでくれよ? 『シュヴァルツ・モルテ』に『グラオ・カオス』さん?」
「へいへい。改めて呼ばなくても良いだろ。何か気持ち悪ぃ」
「まあ、シュヴァルツの気持ちは分から無くも無いけど、心機一転するつもりなら良いんじゃない? ヴァイスがフルネームで呼ぶなんて久々だし。まあ、ヴァイスに限った事じゃないけどね」
そしてヴァイス、シュヴァルツ、グラオによる話が終わった。
──次の刹那。
『ウオオオォォォォォォ!!!』
リントヴルムとは別の幻獣? が突然現れ、三人へ襲い掛かる。
元々山と海に隣接しているこの街は、普段から幻獣達が通り過ぎたりするのだ。
中には凶暴なのもいるので、リントヴルムレベルの速度など持たない幻獣程度なら、街の兵が相手取るのである。
「やれやれ。治安がわるいなあ本当に……」
「これは治安っていえるのか?」
「さあ、どうだろうね? 『一応人みたいなモノ』だけど」
その幻獣を見たヴァイス・シュヴァルツ・グラオは呑気に会話をしている。
幻獣は今にも襲い掛かって来そうだ。グラオは幻獣の様子と容姿を見て言う。
「えーと……確かコイツは……"アルゴス"だっけ?」
──"アルゴス"とは、巨人の一種である。
しかし、普通の巨人と違い、『目が一〇〇個ある』のだ。
その目は身体中にあり、全ての目が交代で眠って休む為、アルゴスは常に起きている。
通常、睡眠という行為は脳を休める為なのだ。
しかしアルゴスは、目を休める事によって脳を休めているということなのである。
身体中にある目は辺りを全て見渡せるので、アルゴスには隙がないと謂われている。
グラオが、"一応"を付けた理由は、人といえば人だが、幻獣といえば幻獣だからなのだ。
「で、どうする? 暇だし僕が殺って良いかな?」
「バカヤロー、俺が殺るんだよ。最近戦ってねーしな」
そんなアルゴスを前にし、驚く様子も警戒する様子も無くグラオとシュヴァルツが言い争う。
どちらが倒すかと言う事で討論が起こっており、それを見たヴァイスが二人に提案するように言葉を発した。
「……じゃあ、よーいどん。で攻撃して、先に殺した方が勝ちにすれば良いんじゃない?」
「「上等だーッ!!」」
二人は即答でヴァイスの提案に乗る。
そして、
「はい。スタート」
ヴァイスが、パンッ。と、手を打ち、言葉を発した次の刹那、シュヴァルツとグラオが同時に飛び出した。
『ウオオオォォォォォォッ!!!』
アルゴスは迎え撃つ体勢に入っている。
その百個の目で、シュヴァルツとグラオの姿は完璧に捉えている筈だ。
──しかし次の瞬間、
『……………………!!!』
──『アルゴスの肉体が爆散して消し飛び、塵や肉片も残らずに消滅した』。
──アルゴスは、隙を生まなかった。
──アルゴスは、その目で確かに二人と一人を捉えていた。
──アルゴスは、この世から一瞬にして消え去った。
──アルゴスの逸話では、"エキドナ"や"雄牛の怪物"を倒している。
なのに、そのアルゴスが手も足も出ず、一瞬にして決着がついてしまったのだ。
シュヴァルツとグラオは地面に降り立ち、一言。
「「どっちが勝ったか分からねー」」
アルゴス程の大物を倒したにも拘らず、シュヴァルツとグラオの二人は自分たちの勝負だけが気になっていた。
結果は分からなかったらしい。
「お見事。さあ、ライや支配者以外の強敵がいないか探しに行こうか?」
一瞬で決着がついてしまったので、ヴァイスはさっさと場を移ろうと、シュヴァルツとグラオに言う。
「そーだな……アルゴスは弱過ぎた。ま、ライとかいうガキと支配者以外にも、"人間"・"魔族"・"幻獣"・"魔物"は星の数ほどいるんだ。暇潰しの相手くらいは見つかるだろ」
「そうだね。支配者が最強っていわれているけど、世界を支配したがっていた者が名乗り出ただけだし、支配者よりも上が居るだろうね」
そして、ヴァイス・シュヴァルツ・グラオの三人はその場を後にする。
ライ・レイ・エマ・フォンセと出会うのも、そう時間は掛からない事だろう。
ライもヴァイスも、お互いにとって素性を知らない不気味な集団という感じだろうか。
ライの世界征服旅には、また新たな障害がこの瞬間生まれたのだった。