二百十三話 幻獣の国の支配者
──"幻獣の国"・支配者の住む大樹、内部。
伝令兵らしき小さな龍の兵士に案内されるライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン。
そして幻獣の国で幹部を勤めるニュンフェは支配者の元へと向かっていた。
樹の中とは思えない程の広さを誇った大樹の中を進み、支配者の元へ向かうライとニュンフェたち六人。
この大樹は支配者以外の生物も暮らしているらしく、表にある枝のみならず内部にも巣のようなモノがあった。
しかしこの広さなら幾らでも巣を作れるだろう。天へ上る大樹には国サイズの大きさがあるのだ、幻獣の国の者たちが全て来ても間に合うだろう。
「凄い広さだな……大樹が自分の重さで潰れ無いか心配だ……」
大樹の中を感心しながら見渡しつつ、その頑丈さを心配するライ。
この世の物質という物は、大き過ぎた場合己の体重を支える事が出来ず潰れてしまう事がある。
それ以上に頑丈な内部を持っているのならまだしも、この樹の感触を確かめたところ、材質は普通の木だったから心配なのだ。
「ふふ、大丈夫ですよ。多分貴方も知っていると思いますが、世界樹は傷付けばその箇所が一瞬で再生します。仮に重さを支え切れずに潰れたとしてもその場所は直ぐに治るでしょう」
そんなライに軽く笑って話すニュンフェ。
無論、その事はライも理解しているのだが、ニュンフェですらこの樹は本当の世界樹なのか分からない。
本物の世界樹から手に入れた欠片という確かな証拠があれば良いのだが、不確かな現状を受け入れるのは中々難しいものである。
まあ、この樹は数百億年間折れずに立っているので問題は無いのだろうが。
『……皆様。支配者様の居られる御部屋に辿り着きました。後は皆様次第ですので、私は此処で失礼致します』
「ええ、御苦労様でした。では、ライさんたちを案内しますので」
小さな龍の兵士は翼を広げ、空中に浮きながらライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、ニュンフェの六人へ告げた。
ニュンフェはそれに返し、それを後に龍の兵士は飛んで何処かへ向かう。
「此処が幻獣の国支配者……"神獣"の居る部屋か……魔族の国の支配者に比べると多少威圧は少ないな……」
龍の兵士が飛び去った後、ライは一際豪華な扉の前に立って思考しながら呟く。
この扉の向こうに幻獣の国支配者にして"神獣"と謳われる者が居るので、身を引き締める為にも思考を声に出したのだ。
魔族の国で出会ったシヴァのように、寄り付く者全てを消し去るような威圧は無く、何処か神々しい、"王"という感覚が娘の空間に漂っていた。
「魔族の国の支配者……? その言い方……貴方たちはシヴァ様に出会ったのですか?」
「……え? あ……」
そしてニュンフェはライが言い放った言葉に違和感を覚え、その事についてライへ尋ねる。
支配者とは、普通ならそうそう出会える存在ではない神のようなモノ。
そんな支配者と出会った事があるような口振りだった事に違和感を覚えたのだろう。
「まあ、ちょっと関わりがあってな……その証明を踏まえてニュンフェたちの支配者に敵じゃないって認めさせてみせるさ」
「……その心強い御言葉、信じましょう」
ライは支配者と出会った事があると正直に言い、それについて幻獣の国の支配者へ説明すると告げた。
ニュンフェはそれを信じ、ライは今支配者が居るという扉を開く。
*****
──"支配者の住む大樹"・支配者の部屋。
『────様。ニュンフェ様と外部の者をお連れしました』
そして、先程飛び立った筈の龍兵士が扉の前におり、支配者へ体勢を低くしてライたちの存在を明かした。
恐らくこの龍の兵士は別個体なのだろう。伝令兵は数匹おり、その中で順番を決めて各々の行動をしている。という事だろうか。
『……ああ、ご苦労。君達が例の外部からやって来た者達一行か……。ニュンフェの様子を見るに、悪い奴や敵の刺客って訳じゃ無さそうだが……知っていると思うが今はこの状況だ……何かしらの証拠を示して欲しいんだ……』
龍の兵士の後ろに居るライたちから支配者の姿は見えない。というより、敢えて見せないようにしていると窺える。
その理由は、世界には名前や容姿を知るだけで相手を殺せる者が存在しているからだ。
無論、ライや魔王の血が目覚めたフォンセにはそれら全てを無効化出来るが、そのような無効能力を持っている者は少数。そうそう敵の魔法・魔術を含めた異能を無効化出来る訳では無いのだ。
要するに、支配者の立場である以上、信頼出来る者以外には余程の自信が無い限りそうそう姿を明かさない方が良いと幻獣の国の支配者は考えているという事。
勿論ライたちに見ただけで殺す能力は無いが、ライたちを知らない者からすればその事を懸念しなくてはならないだろう。
「ええ、勿論です支配者さん。俺たちがアナタ方の味方と言う証拠をお見せしましょう。……しかし、それを証明と認めるかどうかはアナタが決めてください」
『分かった。俺……いや、私的にもその方が良い。戦争中の今、信じられるのは自分だけだ。……まあ、勿論幹部や側近、兵士たちも信頼しているがな。この場合は部外者で……と言う言葉を付け足しておこう』
ライが支配者に向けて話、支配者はそれに対して納得したように返す。
いや、納得したようにという言葉には少々語弊があった。
確かに支配者はライの言葉に頷くように返したが、支配者的にもその方が"都合が良い"という事から、ライたちを信用するかどうかは始めから己で見極めるつもりだったのだろう。
この場合の表現は利害が一致した……が正しい筈だ。
「じゃあ証拠を見せる前に一つ聞きたいのですけど……宜しいですか? これには多少の準備が必要なので……」
『……? 別に構わんが……』
いざ話そうとした時、ライは聞きたい事があり、下準備が必要なのでと尋ねる。
それに対して支配者は訝しげな口振りで言い、断ると先に進まないので問題無いと告げた。
「此処に魔法・魔術……即ち魔力を使って遠方へ連絡する事の出来る魔法・魔術道具はありませんか?」
『……何だと?』
ライが聞きたかった事、それは外へ通信を繋げる為に魔法・魔術を伝って遠方へ連絡出来る道具があるかどうかと言う事。
支配者は怪訝そうな口振りでライに言うが、ライは更に言葉を続ける。
「勿論、俺たちがスパイか何かで、刺客を送り込むかもしれないと疑うのなら……俺の周りに兵士達を配置させて怪しい行動を起こしたら即座に処刑出来るように陣形を組んで貰っても構いません。取り敢えず俺の知り合いに連絡出来ればそれで良いのですが……どうです?」
そして、己の命を懸けるので外へ連絡させてくれと頼んだ。
そもそもライは魔法・魔術が効かず、物理的な攻撃も無効化しつつあるが、今回は信頼を得る為にその事は伏せて話す。
無効化能力を伏せなくては仮にライが命を懸けても危険が無いと知られ、ライは怪しさが増すだろう。
最終的に信頼を得る事とは真逆の結果になってしまうので、ライは能力を伏せたのだ。
『……良いだろう。外部との連絡を許可する。しかし、連絡相手の映像を映すのが条件だ。魔力という物は人間・魔族問わず、魔法・魔術を使えない者だとしても微量ながら身体中を流れているモノ。音を伝えるのみならず、相手の身体を伝えてくれ』
「オーケー……」
その合図と同時に支配者の部下兵士が魔力を伝って音や映像を伝え、連絡に用いられる魔法・魔術の道具を用意し、ライの前へと持って来る。
この道具は魔法・魔術を使い、相手の魔力を情報として自分に伝える物である。
主に支配者や幹部、その側近達が情報交換する為に使われる物だ。
『……。それを使い、一体どうするつもりだ?』
「先程述べた通りです。アナタ方の味方と言う証拠をお見せする……ただそれだけですよ……」
訝しげな口振りで問う支配者と、不敵な笑みで返すライ。
そんなライはその道具へ魔力を送ると同時に支配者に向け、
「助っ人を呼びましょう。『魔族の国の最高戦力』という名の助っ人をね……」
『!?』
そしてその連絡用道具は、魔族の国にある一つの街へと繋げられた。
魔力が情報化され、それが映像となる。
相手の身体に流れる魔力が実体となり、映像がより鮮明になった。
相手の街に流れる音が具現化し、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、そしてニュンフェに支配者、支配者の側近へ届く。
最後に一瞬だけ映像がブレ、次の刹那にはその者の姿が明らかとなった。
*****
「あ、ライさん。どうしましたか?」
そして、その者は割りと軽い態度でライと話す。
その様子からライとは知り合いという感じだ。
そう、その者……魔族の国"マレカ・アースィマ"の王にしてライの親戚であるマルス・セイブルは。
「ああ、前に話した同盟の件で用事があるんだ『マルス君』。俺たちは今、幻獣の国に居る」
「……! 成る程。そう言う事ですか……分かりました。……では、改めて聞きます。何の用でしょう……!」
ライは自分たちが幻獣の国に居ると告げ、マルスはその言葉からライの思考を読み取る。そして身を引き締め、敢えて何の用かと尋ねた。
「俺たちは幻獣の国に送り込まれた刺客何かじゃないという事を支配者に説明してくれ。俺も色々と経緯を話す」
「……分かりました……!」
ライは支配者の方へ向け、マルスは姿の見えない支配者が居ると確認する。
「幻獣の国の支配者様。今から説明を致しましょう」
『……うむ』
「……では──」
──そしてライとマルスは、魔族の国で起こった出来事を、ライが侵略者と言う事を伏せて話した。
"マレカ・アースィマ"の幹部の側近が裏切った事や"レイル・マディーナ"でも側近が寝返った事など、簡潔かつ分かりやすく説明する。
『……成る程。どうやらその騒動に嘘偽りは無さそうだな……まさかこの国へ攻め込む前に魔族の国でもそのような事が起こっていたとは……。かつての勇者が築いた平和は疾うの昔に廃れたが……支配者制度による平穏も消えかけているのだな……まあ、無関心な支配者も居たりするが……。応援を呼んでも来れないのにはそれなりの事情があるのかも知れぬ……』
陰鬱そうにため息を吐き、崩れ行く平穏を嘆く支配者。その姿は見えないが、その声色から悲しんでいるのが取れた。
「ああ、大変な世の中だ。他種族のみならず同じ種族同士で相対する輩も多いからな……(まあ、魔族の国の支配者が来れないのは俺のせいだが……)」
気付いた時にはライの敬語が終わっており、支配者に向けて普通に返していた。
しかしこの支配者は特に返さないので、敬語どうこうは気にしない質なのだろう。
「先程説明した事を踏まえ、我々魔族の国最高戦力の幹部が力を貸したいと思います。あなた方も知っての通り、魔族は戦闘好きな種族。力にならない事は無いと思います故。それと、支配者様は少し調子が悪いので来れませんが……。多分放って置いてもやって来ると思います」
『……そうか』
マルスは説明を終え、幻獣の国の支配者が呟く。
そして辺りには静寂が広がった。支配者が何かを考えているのだろう。
「「…………」」
「「「…………」」」
『「…………」』
「……」
ライたち五人とニュンフェに支配者の側近。そしてマルスも何も言わず、支配者の答えを待っていた。
そして支配者が立ち上がったような音共に『翼を広げる音』が聞こえ、ライたちの前にその姿を現した。
『……分かった、お前たちの言葉を信じよう』
「……!」
──その姿は長い首に鋭い鉤爪、そして蝙蝠のような翼に長い尾を持つ。
極めつけは全身を覆う頑丈な鱗。その姿は正しく──
『申し遅れたな。私……いや、戻そう。俺の名前は"ドラゴン"。名前くらいは誰でも知っているだろうな』
──"ドラゴン"とは、最も有名にして幻獣・魔物問わず、生きとし生きる生物の王と謳われる龍族である。
その容姿は先程述べたように普通より長い首に鋭い牙や鉤爪。蝙蝠のような翼に長く太い尾を持っている。
全身には如何なる武器も通さない鎧のような役割の鱗を持っており、口から炎や毒で攻撃をするという。
一説では炎や毒のみならず、"炎"やそれ以外の四大エレメント"水"・"風"・"土"を司る幻獣とも謂われている。
生態系の頂点に君臨し、あらゆる生物の力を兼ね備えた幻獣、それがドラゴンだ。
「ドラゴン……。幻獣の王か……確かに幻獣の王が支配者なのは何の問題も無いな……寧ろ適正過ぎるくらいか……じゃあ、改めて宜しくなドラゴン!」
『ああ、こちらこそ。魔族の国からの助っ人は頼もしい! それに、中々腕が立つようだ!』
ライの手とドラゴン爪が握手を交わし、一人と一匹はお互いの顔を改めて確認する。
そして、これにてマルスたち"マレカ・アースィマ"のメンバーも幻獣の国へ来る事だろう。
つまり、幻獣の国と魔族の国にある幹部の街が一時的に協力関係になると言う事だ。
こうして幻獣の国と協定を結んだライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人と"マレカ・アースィマ"の者たちよって戦争を終わらせる行動に移る。




