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二百十二話 世界樹の欠片

 ──"廃墟と化した街"。


 幾ら進めど辺りは酷く荒れ果てており、廃墟がずっと続く、住人どころか生き物一匹すらいない状態の廃墟街。

 恐らく一匹残らず連れて行かれたのだろう。それなりに知能のある幻獣も生活していたのか、飲食店やその他の店などもあった。

 しかし物は散乱し、柱が砕けている。つまり金目の物を漁った輩も居るという事だ。

 ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの知るその者達はこのように荒れる行為はしない筈。

 いつぞやの兵士達が資金を稼ぐ為に破壊活動を行ったのだろう。


「そういや、一つ気になる事があるんだけどさ……支配者の街までどれくらいの距離があるんだ?」


「はい?」


 そして支配者の居るという街を目指して急ぐライたち。その中でライは唐突にニュンフェへ向けて質問した。

 ニュンフェは走りながらライに向けて返し、ライは言葉を続ける。


「このまま走り続けたとして、どれくらいの時間で支配者の街に着くのか知りたいんだ。事態は一刻を争うからな……!」


「そういう事ですか……」


 ライの言葉を聞き、理解したように頷くニュンフェ。

 そう、今は昼前。明日あすにでも街の住人だった幻獣たちが処分されるかもしれない現在。正確な距離と方角を知り、その場へ急ぐ必要があった。


「このまま真っ直ぐ行けば辿り着きます。先程の街は幻獣の国最南端の街。支配者様の居る街は幻獣の国の中心ですので後はこの距離を真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ行くだけです。距離は約1500㎞くらいです!」


 ニュンフェはそれに対して応え、支配者の居る方角と距離を告げる。

 先程の場所から1500㎞だとしても、まだ十キロ。それどころか五キロも進んでいない。まだまだ距離は長いだろう。


「……そうか、分かった!」


「……はえ?」

「「……え?」」

「……む……?」

「……ライ。一体何を……?」


 次の瞬間、それを聞いたライはレイ、エマ、フォンセ、リヤン、ニュンフェの五人を抱きかかえた。

 彼女らはニュンフェ、レイ、リヤン、フォンセ、エマの順で疑問に思うような声を上げる。

 何とか五人を抱えたライはニッと笑い、


「その距離なら……四割の力を使えば五秒で行ける……!! (行くぞ、魔王!)」


【ハッハ! 出番か! だが、移動だけに使うってのはどうかと思うぜ?】


 魔王の力を四割纏い、第四宇宙速度で向かっていた方向に進んだ。

 今回は戦闘ではなく移動メイン。その事に不満そうな魔王(元)だが、取り敢えず了承してくれたみたいだ。


「……え!? ち、ちょっと待──」

「「きゃあ──!」」

「……ッ! いきなりか──!」

「……慣れないな──」


 ──そしてレイたちは先程話した順番でそれぞれ声を上げ、ライはそれを聞かずにその場から消え去る。

 次の瞬間に先程までライが立っていた大地が砕け、大きな土煙を上げて街の瓦礫を吹き飛ばした。

 そこには隕石でも降ったかのようなクレーターが造られており、カラカラと瓦礫の欠片が地面に落ちた。



*****



 ──"幻獣の国"・支配者の街付近。


「ちょっと……突然あの速度で移動するのは止めてください……正直……凄く怖かったです……けど、貴方にあんな力が……」


「……うーん……頭がクラクラする……気持ち悪い……」

「…………。……………………………………」


「だ、大丈夫か……レイ、リヤン……オエッ……」


「……随分とこたえた様子だな……。まあ、ライは風圧でレイたちの身体が砕けないように工夫して移動したし……直ぐにその酔いは覚めるだろうさ……」


 あの場所から移動したライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、ニュンフェの六人。

 六人中二人を除いた四人はライの速度により、その体調を崩していた。

 それもその筈。ライが気を使っていなければ身体がバラバラになっていた事だろう。


「ハハ、悪い悪い。急ぐならこれくらいの速度にした方が良いと思ってな。まあ多分、その近隣には着いたと思うから……ニュンフェ、後は何処に行けば良いんだ?」


 ライは軽く笑い、頭を掻きながらニュンフェに尋ねる。

 真っ直ぐ行けば良いと言われ、ただ向かっていた方向に真っ直ぐ進んだライだったが、詳しい場所を知っている訳では無い。

 最終的に一番よく分かっているニュンフェに尋ねたのはその為である。


「あ、はい。……えーと、此処はもう本当に支配者様の街の近くなので、後は歩いても数分で着けます。彼処の大樹、見えますよね?」


 ニュンフェはライに話しつつ遠方に見える大樹を指差し、ライたちに見えているのかを確認する。

 ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は同時にそちらを見やり、その大樹を視界にいれた。


「ああ、随分と立派な大樹だな……樹齢何億年だ?」


 ライは大樹を見、感心するように呟きながらニュンフェへ聞く。

 樹齢何億年というのは、決して盛ってはいない。その大樹は凄まじい巨躯を誇っていたのだから。

 それは周りにある樹齢数万年程の木々が小さく見える程で、一つの国が収まりそうな程だったのだ。


「えーと……以前に支配者様から聞いた時は樹齢百億年は軽く超えていると言っていました。それにしては小さ過ぎると御思いでしょうが……かつて"多元宇宙"や一次元、二次元、我々の居る三次元、そして四次元や五次元といった"別次元"の空間……即ち俗に言う"異世界"。それら全てを創造した神様が、自分のやしろにあった"世界樹ユグドラシル"から欠片を持ち出し、この木を創ったとされています……。そして、支配者様は国全体を見渡せると言う理由で彼処の大樹に住んでおります」


 淡々と言葉をつづり、遠方に見える大樹を説明するニュンフェ。

 この木はかつて宇宙(世界)を創造し、その宇宙(世界)のうち、"人間"・"魔族"・"幻獣"・"魔物"が住む世界を滅ぼそうとした神がこのライたちの世界(世界)世界樹ユグドラシルから持ってきた物との事。

 そして幻獣の国の支配者はそこの大樹を住み家にしているらしい。


「"世界樹ユグドラシル"……!? それって全宇宙を支える大樹か……そんなモノの欠片から生まれた大樹……!」


 それを聞き、ライは驚愕したような表情で遠方の大樹を改めて見やる。

 レイ、エマ、フォンセ、リヤンも驚愕しながらその樹を見ていた。



 ──"世界樹ユグドラシル"とは、世界を体現する巨大な樹である。


 世界樹ユグドラシルは三つの根が幹を支えており、その下に人間を含めた三つの種族が住んでいると謂われている。


 その樹にはあらゆる機能が付いており、もしもの時は全世界へ情報を伝えるらしい。


 その樹には"鼠"・"鷲"・"鷹"が棲んでおり、根に居る鼠が世界へ情報を伝え、樹の天辺に居る鷲が樹の管理をしておりその間には鷹が居る。


 全宇宙(世界)を支える神の大樹、それが世界樹ユグドラシルだ。



「まあ、私も詳しく知らないのですけどね……。私は支配者様から聞いたに過ぎないので……悪魔でそういう伝説があるだけです。今となればこの大樹が世界樹ユグドラシルの欠片なのかも分かりませんし」


 アハハと笑い、詳しくは知らないと告げるニュンフェ。

 かつての神がこの樹を植えたのなら、もうそれを確認する方法は無い。

 その神は今、誰も知らない場所に居るのだから。

 その空間は黄泉とも地獄とも冥界ともヘルヘイムともアヴァロンとも、勿論天国でも無い。何も無く何でもあるような、矛盾した空間だろう。


「……」


「……? どうした? リヤン?」


 その樹を感嘆しながら眺めるライは、リヤンの様子が気になった。

 ライの速度による心身的な疲労は回復しているのだろうが、何やら様子がおかしいのだ。


「これ……かつての神様が植えた樹……何か気になるんだ……」


「……。……成る程ねぇ……」


 それは、リヤンがこの樹に特別な感情を抱いたという事。

 リヤンは、かつて世界を創造した神の子孫。

 何かと思う事があるのだろう。それを察したライはこれ以上追及せず、無言で返した。


「……さて、後は本当に少しですので、皆様。覚悟を決めておいて下さい……! 温厚とは言っても支配者様は戦争でこれ以上無い程疲労しています。無礼の無いように……!」


「……ああ、分かった」

「……うん……!」

「うむ」

「ああ」

「……。……うん」


 両手に握り拳を作り、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンに最後の確認をするニュンフェ。

 ライたち五人は頷き、支配者の居る場所へ向かうのだった。



*****



 ──"幻獣の国"・支配者の住む大樹。


『支配者様。幹部であらせられるニュンフェ様がお見受けしました。しかし、何人か幻獣の国の者では無い者達も引き連れています。如何なさいますか?』


『……』


 一匹の小さな龍が支配者に向けて近付いて来た。その龍は身体に鎧を纏っており、頑丈な鱗が更に強化されていた。

 そしてその龍は、支配者に向けてニュンフェと部外者がやって来たと告げる。

 支配者は無言で返し、鱗に包まれた長い首を外の景色の方にやって言葉を発する。


『ああ、用事があるなら聞くべきだな。連れて来てくれ。幹部のニュンフェがわざわざ来たという事は、何か重要な事なんだろう……』


『……分かりました。では、大樹の入り口に居るそうなので呼んできます』


 小さな龍の兵士は翼を広げ、その場から飛び去って窓から外に出る。そしてその龍は飛び立つ前、支配者の方を向いて一言。


『……そう言えば、幹部様の治める範囲外にある街が被害にあったと報告がありました。治療用の魔法・魔術を使える者を向かわせますか?』


 それは幻獣の国の街に起こった被害。

 幹部がいない街に飛び火が向かったとの事。


『ああ、早急に送ってくれ。これからも被害が増え、魔法・魔術を扱える者が足りなくなってしまうが……何より優先なのは他の者たちだ』


『かしこまりました……!』


 支配者はそれを眺め、頷いて返した。

 龍の兵士は了承して頷き、ニュンフェの元へ向かう。


『……はあ……何故この国を狙う者が現れたんだろうか……噂によると魔族の国も何者かに征服されたらしいし……』


 そしてそれを見送った支配者は、正面を向いて軽くため息を吐く。

 そのため息はニュンフェや外部からやって来た者たちにでは無く、次々と報告される街の被害についてだ。


『大変だよね……。数日前まで平和だったこの国が狙われるなんて……。まあ、生き物である以上、何かしらの欲求があるのは分かるけれど……』


 そんな支配者に向け、友人か側近のような者が話す。

 その者は幻獣の国の現状が悩ましく、信じられないような表情だった。

 しかし、生き物は何かしらの欲求があると割り切る。


『……この事態を早く収めなきゃだね……』


 だが自分の住む国が攻められている現状、簡単に割り切る事は出来ずこの事態を収める事を望んでいた。


『……ああ、早いところ何とかしなくては……国が本当に滅んでしまう……。俺も幾つかの街に行って片付けているが……まだまだ事態は収束しそうにないな……』


『────様! ニュンフェ様と外部の者をお連れしました!』


 そして悩む支配者を横目に、ニュンフェと外からやって来たという者たちが集まった。



*****



 ──"幻獣の国"・支配者が居るという大樹前。


「此処か……近付いてみると迫力があるな……遠くからでも凄さは伝わったけど……成る程な……。この凄さを表す言葉……俺には思い付かないな……」


 ニュンフェの案内により、世界樹ユグドラシルの欠片から生まれたという大樹の前に来たライたち五人。

 その樹はたくましく、圧倒される迫力があった。

 しかし、ただ圧倒されるだけでは無く、生命の神秘を感じるような雰囲気に包まれ、大樹が放つ神々しさを実感できる。

 幹には緑の苔があり、その苔は上まで続いていた。大樹の周りにある木々や花々は他の植物より成長しており、大樹が放出する何らかの要因によって成長を促進させているという事が分かる。

 感嘆のため息を吐きながら呟くように話すライを横目に、ニュンフェは嬉しそうに言葉をつづった。


「ふふ、凄いですよね? この樹は私たち、幻獣の国に住む住人の象徴でもあります。何物にも縛られず成長し、かつ周りに良い影響を与える。素晴らしい大樹です♪」


 そんな風に話すニュンフェは、自分の国が誇る大樹を褒められた事が嬉しいのだろう。

 だがしかし、確かにこの星ではこの樹が一番の大きさを誇っているかもしれない。

 大樹の枝には鮮やかな鳥たちが止まっており、幻獣や怪鳥など様々な生物もこの樹を宿代わりにしている。

 何匹かは戦争によって棲みかを追いやられた者だろう。


「……あ、それと多分……もうすぐ案内人……と言うのはおかしいですね……案内する為に支配者様に仕える兵がやって来ると思います。ここに来たら大分落ち着きましたが……私の管理していた街が襲われたのでゆったりは出来ません」


 ライに大樹を褒められて嬉しそうだったニュンフェだが、表情をキリッとさせて真剣な顔付きになる。

 何度も述べ、くどいようだが、事態は一刻を争う時。ライたちを紹介したら即座に敵の場所へ向かおうとでも考えているのだろう。


『……お疲れ様です、ニュンフェ様。支配者様から許しを得ました。お連れの方たちを含め、皆の者を支配者様の場所へ案内しましょう』


「……ええ、宜しく頼みます。では、ライ様たちを案内致します」


 ライとニュンフェが会話をしている時、ライたちの前に鎧のような物を纏った龍の兵士がやって来た。

 ニュンフェとの会話から察するに伝令兵のような者だろう。

 その者は定型文のように淡々と綴り、ライたちを支配者の場所へと案内する。

 こうして、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は、早くも支配者と出会うのだった。

 そして、これからライたちが敵では無いと証明する為の儀式? が行われる事だろう。

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