二百十一話 幻獣の選別方法
──"幻獣の国"・入り口。
幻獣の国へ向かう途中、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンは宿泊した宿で一人の女性と知り合った。
そして、その女性──ナトゥーラ・ニュンフェの案内により、ライたち五人は幻獣の国へと辿り着いた。
「……これは……門? 随分と大きな門だな……」
その幻獣の国の入り口付近。
そこには木で造られた天を突く程の大きさを誇る門があり、如何にも何処かへ続く入り口という感じだった。
しかし、その奥からは何やら嫌な臭いが漂っており、決して雰囲気が良さそうではなかった。
「では、開けましょう。私が合図をすると同時に扉は開くので、皆さん離れていて下さい。合言葉みたいなものもあるので外の者には聞かれたく無いのです……」
「オーケー」
「「……分かった」」
「「ああ」」
その門を前に、ニュンフェはライたちに向けてそう言い、ライたちは頷いて返しながらニュンフェから少し離れた。
先程出会った者に秘密を明かす訳も無いのは当然だ。それによって被害が拡大する恐れがあるのだから。
「───」
そして、ニュンフェが門の前でボソボソと何かを呟き、その門から離れる。その文字数は多くないらしく、数言話すだけで終えた。
「……」
「「…………」」
「「「…………」」」
それから、門が開くのを待つライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、ニュンフェの六人。
「……?」
「「…………?」」
「「「…………?」」」
しかし、幾ら待てどその門が開くという事はなかった。
それに対してニュンフェも怪訝そうな顔をしており、再びその門へ近寄る。
「……あ、あのぉ! 私ですけど!」
そして慣れないような声音で声を上げ、門の向こうにいるであろう者たちへ言葉を発した。
「……!?」
しかし、その門は依然としてその場に佇んでおり、開く気配が無かった。
「もしかして!」
そして、その大きく分厚い門をニュンフェは──『蹴り砕いた』。
「「「…………え?」」」
「「…………は?」」
それを見、ライ、レイ、リヤンの三人とエマ、フォンセの二人は素っ頓狂な声を出し、無惨に砕け散った門の残骸に視線を向ける。
砕かれた門は大きな音を立て、拉げるように粉砕した。その欠片は門の奥へ行き、遠方の建物らしき物にぶつかって粉々になる。
「……! やっぱり……!! み、皆様! 何処かに居ませんか!!」
そして、それによって生じた煙が晴れると同時にニュンフェは駆け出し、その街に入って住人たちを呼ぶ。
しかし住人は応えず、虚無な静寂のみがニュンフェへ返答した。
「……そ……そんな……もう既に……街を離れた、たった数時間で……」
それを見たニュンフェは手で口を覆い、呆然としながら言葉を続ける。
「……街が……『壊滅している』……!!」
何者かにより、見るも無惨な姿と化した幻獣の国、その街を見て。
それによって足の力が抜け、座り込むように地に着くニュンフェ。
それもその筈、ニュンフェが街を離れていたのは宿屋と幻獣の国を往復する数時間だけ。
その数時間で、街は、街だった物は廃墟と化していたのだから。
もう既にボロボロの街だが、へし折れた木々の残骸、建物の破片。そして立ち上る黒煙など、追い討ちを掛けるような痛々しい跡があった。
それらには今朝まで普通に生活していた痕跡があり、まるで住人が一瞬で全て消え去ったかのよう。
木々の数や散った花々からこの街は自然豊かな暮らしやすい場所だったと推測できる。
「……もしかして……住人の……皆さんが……」
それを見続けるニュンフェは絶望し、最悪の結果が頭を過る。
その思考を頭から追い出すにも、中々出て行かずに脳内を駆け巡る最悪の未来推測。
ニュンフェは涙を流し、声が漏れ無いように口を押さえて。
「……そ……そんな…………皆……皆が…………死ん……「……いや、それは無いな」……!?」
最悪の未来を言おうとする前に、宿屋で出会った旅人……ライ・セイブルがニュンフェの肩を抱いて呟いた。
ニュンフェは気付かないうちにライが近付いていた事に驚くが、それ以上に驚愕する言葉がライから発せられた。
「……ッ……。それはどういう事ですか……。もしかして……最悪の未来は回避出来てるのでしょうか……」
ライの言った言葉、"それは無い"。ライはニュンフェに向けてハッキリそう言い放った。
ニュンフェは微かな希望を抱き、ライへ質問するように尋ねる。
「……ああ、俺の言う"奴ら"……そいつらの目標は全ての幻獣・魔物の統一。そして"人間"・"魔族"・"幻獣"・"魔物"を厳選し、優秀な個体のみを残すという事だ……!!」
「……ッ!」
ライは先程、ニュンフェに向けて敵の目標を話すのは仲間たちの多い所で。と言った。
しかし、現在の状況からそういう訳にもいかなくなり、ニュンフェにそれを教えたのだ。
ニュンフェはそれを聞き、目を見開いてライを見やる。
それを確認し、ライは言葉を続けて話しを続ける。
「……つまり、直ぐに殺すんじゃなく、一旦ある程度能力を確かめてから殺す筈だ。だから、ここ数時間の出来事ではまだ街の住人は全員生きている筈。早くとも明日だろう……!」
そう、"そいつら"は悪魔で優秀な個体を残す事が最優先である。
つまりライの言うように"知能"・"力"などを調べ、その上で必要ないと判断したら消す筈だ。
「だったら……早くそこに行かなくてはありません!」
ニュンフェは焦り、慌てて駆け出して行く。
街の住人は何処に連れ去られたのか分からない筈なのだが、一目散に一つの方向へと向かっている。
つまり、"そいつら"の居る場所に心当たりがあるのか、別の宛があるのだろう。
「……ライ。……どうするの……?」
「……リヤン……」
それを見たリヤンはライに向けて行動をどう起こすか尋ねる。
その表情は何処か怒りを覚えているかのようなモノだった。
街の住人というが、此処は"幻獣の国"。ならば、高確率で街の者たちは幻獣だろう。
幻獣・魔物と共に暮らしてきたリヤンからすると、幻獣を殺すという行為が許せないのだ。
「そうだな……。本来なら冷静になってから行った方が良いと思うけど……場合が場合だ……。一刻を争う今、無茶も承知で行かなくちゃならない……」
「……うん……!」
「分かった!」
「ああ、そうかもしれんな……」
「良し、そうと決まれば行動に出るか」
現在、時刻は昼前。時間は十数時間しかない。
冷静に行くべきなのだろうが、この状況ではやむを得ないという事だ。
ライの言葉にリヤン、レイ、エマ、フォンセは頷いて返し、ライたち五人もニュンフェの後を追い掛けるのだった。
*****
──"幻獣の国"・???
此処は薄暗く、外の光が入って来ない場所。そこに数人の影が見えた。
それはこの者達が闇を好んでいるのでは無く、あまり目立たぬように身を隠しやすい場所がたまたま此処だったからだ。
そこに身を潜める者は微かに映る、壊れた外の景色を見、一言。
「ライたちが来たみたいだね……。これで役者は揃った……」
それを筆頭に、各々が口を開いて言葉を発した。
「ケッ、魔族の国に攻めない理由はライ達が居るからとかほざいていたが……幻獣の国に来る時は役者という表現法方を使うんだな……」
「ハハ、まあ良いじゃないか……僕的には強者と戦えるのが一番だ……」
「ああ、俺もその意見に賛成だな……一回殺された怨み、リベンジだ……!!」
「キュリテさんはいないみたいだね……まあ、厄介者が一人いないのはちょうど良いか……」
「はぁ……貴方たちって本当に戦う事しか脳に無いのね……」
そして、この国に戦争を吹っ掛けた張本人達……ヴァイス・シュヴァルツ・グラオ・ゾフル・ハリーフ・マギアが巨大な気配を感じ、自分達が一番興味を持っている者が来たと理解した。
「まあ、それは良い……今はさっきマギアが攫って来た幻獣達の厳選を始めるとしよう……知能から行って知能が低かったら戦闘、弱かったらそのまま殺しても良い」
「分かりました」
そしてヴァイスは腕を組みながら手下の兵士に言い、兵士は返答する。
幻獣は知能が人や魔族より低い者が多い。
しかし、上手く手懐ける事が出来れば"駒"として役に立つだろう。
それ程の知能も無い幻獣には戦闘を行わせ、一般兵士数十人をどう相手取るかを調べ、その中でも弱かった者を消す。
そして暫く配下に付け、役に立たなかった場合その場で殺す。
それがヴァイスの行う厳選である。
役立たずの幻獣を殺す理由は、劣等遺伝子をこの世に残さない為。ヴァイス達は何れ、人間・魔族・魔物にも同等の事を行い優劣を見極める予定だった。
「でもまあ、優秀な個体を選び抜くってのも面倒だねぇ……一々一つ一つの街を攻めなきゃならない……そして僕は何故かヴァイスが前線に出してくれないしさぁ」
兵士に命令するヴァイスを見、グラオは退屈そうに椅子へ座って言う。
この組織の大部分はヴァイスが管理しており、ヴァイスと同じような立ち位置に居るシュヴァルツ、グラオ、マギア。そしてヴァイス達よりは少し低めの位置であるゾフルにハリーフは前線に出て戦う事をヴァイスが許していない。
仮に出たとして、結局は少しだけ下のゾフル、ハリーフが片付けてしまう為にグラオは退屈だったのだ。
「ハハ、そう言うなよグラオ。グラオが出たら最後、優秀な個体を厳選する前に消滅させてしまう。私たちの中で最も強いのは君だ。もう少し自覚を持ってくれ。宇宙を消し去る程の実力を秘めた支配者やライと対等なのは君だけなのだからね……」
そんな退屈そうに呟くグラオに向け、ヴァイスは軽く笑いながら話した。
自分の力に、決して自信が無い訳では無いヴァイスだが、ライや支配者、そして仲間のグラオには勝てないと確信しているのだ。
「まあ、そうかもしれないけど……何はともあれ、ライたちがこの国に来たって事は、魔族の国を征服し終えたって事。……幻獣の国の支配者に侵略者ライ・セイブル。……ターゲットを一気に潰せるなんて幸運じゃないかな……」
グラオはそれを聞き、肯定しつつ逆に運が良いと言う。
グラオは選別などには興味が無く、ただ単に強者と戦えれば良いと考えている。
この目的を叶えてくれそうな者達が二人も集まったのだ。グラオにとってこれ程嬉しい事は無いだろう。
「ククク……ああ、同感だ。俺も最近、雑魚としか戦ってねーからな……たまには骨のある奴と戦ってみてえ……」
「クハハ、俺もだ。こん中では、俺とシュヴァルツが一番ライと因縁が深いと思うぜ?」
そしてグラオに便乗するよう、シュヴァルツとゾフルが話す。
こちらの二人も戦闘好きであり、強者との戦闘を心の底から楽しむ。
なのでライたちが幻獣の国へ来たという事実には歓喜しか無いのだろう。
「ハハ、まあ……何れぶつかるのは事実。私的にも彼らを優秀組みに入れたいからね……戦う時は近い。さっさとこの国を終わらせようか……」
シュヴァルツとゾフルの言葉を聞き、ヴァイスは景色から視線を移してシュヴァルツ、グラオ、マギア、ゾフル、ハリーフに向けての話を終えた。
そんな五人は肩を竦め、各々が各々の行動へと移る。
*****
──"幻獣の国"・廃墟と化した街中。
「街の様子を見るや否や……突然駆け出したけど……何処かに宛があるのか?」
門を開けた瞬間、ライたちの目の前に広がっていた惨状。
それを見たニュンフェは駆け出し、それを追いながらライがニュンフェに向けて質問をした。
「……はい。取り敢えず支配者様に状況報告、そしてアナタ方が本当に我々の味方をしてくれるのかを確かめます……!」
「ふぅん?」
小走りで駆けるニュンフェと、それを追いながら話すライ。
ニュンフェは止まる事無く、急ぎながら淡々と言葉を綴る。
悪者ではないと理解しているニュンフェだが、ライたちは部外者なので支配者へ言う必要があるのだろう。
「……つまり……今貴女は支配者の元へ向かっているのか」
「はい!」
ライはニュンフェの言葉から推測し、それを確かめる為にニュンフェへと尋ねる。
それに対し、即答で返すニュンフェ。
「良いのか? 仮にも部外者の俺たち。そんな俺たちを支配者の元に連れて行っちゃっても」
ライは幻獣の国の味方をするつもりではいるが、何れはこの国も征服する予定。
こんな簡単に支配者の元へ行っても良いのか気になったのだ。
それを聞き、ニュンフェはライを一瞥したあと言葉を続ける。
「問題ないでしょう。知っての通り支配者はその種族で最強を争う存在。貴方がどれ程の力を秘めているか分かりませんが、そうそう勝てるモノでは無いでしょう……」
「……ハハ、言えてる」
ニュンフェは支配者を信頼しており、簡単にやられる事は無いのでライたちに居場所を教えても大丈夫と告げた。
支配者の強さはシヴァと戦闘を行ったライだからこそ、文字通り、読んで字の如く身を持って知っている。
この広い世界でもそうそうお目に掛かれる強さでは無いだろう。
「……けど……支配者は私たちが味方と言っても信じてくれるの……?」
そして、そんなライとニュンフェの会話を聞いたリヤンが呟くように言う。
当然の疑問である。ニュンフェと出会った場所は比較的安全な宿屋。
しかし、今居る場所は安全な場所では無く戦争中の国。
つまり、そんな状況で幹部のニュンフェがライたちを連れて来たとして、本当に信じてくれるのか分からないのだ。
「……はい……たぶん大丈夫だと思います。……まあ、それを確認しない限り分からないのですけど。……支配者様は温厚な性格なので根拠となる事が分かればいきなり攻撃を仕掛ける事なども無いと思います」
それに対し、支配者の性格から問題ないと話すニュンフェ。
「根拠となる事ねぇ……。まあ、宛はあるかな……」
本当の問題はライたちが敵じゃない証拠だけだが、それについてライはある程度考えていた。
「……だったら大丈夫だと思いますよ」
「ハハ、それは良かった」
それだけ言って会話を終え、支配者の居る街へ急ぐニュンフェとライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン。
今居る街と支配者の街ではどれ程の距離があるのか定かでは無いが、数時間で辿り着くだろう。
それでも遅過ぎるくらいなのでもう少しペースを上げる。
幻獣の国へ辿り着いたライたちを待ち受けていたのは、悲惨な現場だ。
次の被害を阻止する為にも、ライたちは支配者の元へ急ぐのだった。




