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二百九話 想起

 ──ヒュウと暖かな風が吹き抜け、それによって生じた花の香りが鼻腔をくすぐる。

 甘い香りが広がり、気持ちの良い今日この頃。天気は良く、青空が地平線の彼方まで広がっていた。

 そこでは一人の赤子が白い椅子に座った女性に撫でられており、その女性は美しい声で子守唄を歌っていた。

 

「~♪ ~♪」


「……すぅ……すぅ……」


 カラコロと透き通るようなその声に癒され、女性の膝に居るその赤子は気持ち良さそうに眠っている。

 女性の髪は風になびき、女性は美しい色白の手で赤子の頭を撫でていた。


「ふふ……良く寝ているわね……どれくらいこの時間が続くか分からないけれど……姉が残してくれたこの子……妹の私が護らなきゃね……」


 ボソリ。女性は何かを悟るように、寂しそうな声で呟く。

 切ない表情で赤子の頭を優しく撫で、ヒュウと再び風が吹き抜けた。

 それによって再び女性の前髪が揺れ、遠くを見るような静謐せいひつな目が赤子を見つめる。

 この女性が見せる寂しそうな目の理由は分からないが、何か訳アリという事は理解出来た。


「けど……千年以上前の子供なのに……何で数十年前の姉に宿ってまだ赤ん坊なのかしら……それが気になるわね……」


 赤子の頭を撫でつつ、その女性は疑問に思ったような声を上げる。

 それを見るに素朴な疑問のようだが、この女性はそれが気になっているのだろう。


「……ふふ、関係ないか……何時かこの子にもお友達が出来ると良いわ……そして何時か結婚もして……幸せになって欲しい……この子が成長した姿を……私は見る事が出来るのかしら……」


 赤子を撫で続け、フッと小さく笑うその女性。

 しかしその女性は、自分がその赤子の成長した姿を見る事が出来ないと考えているような口振りである。


「遠い未来……この子が心の許せるお友達や仲間たちを見つけた時……その時にまだ私が生きていたら……」


 ホロリ。その女性の目元に綺麗な水分が流れ、女性は美しい手でその水を拭き取る。そして優しく抱き上げ、寝ている赤子に向けて言葉を発した。


「──『リヤン・フロマ』……私──『クラルテ・フロマ』の姉『レーヴ・フロマ』の娘……。同じ姓を持つ私たちは……」


 その女性──クラルテ・フロマ。

 そしてその女性が抱える赤子と、遠くからそれらを眺める者は同一人物。つまり"私"──リヤン・フロマ。

 どうやら私の母はレーヴ・フロマという名前らしい。


 私は暖かな花畑の庭でそれを眺めており、私の過去を知る。

 白い椅子に座り、赤子わたしを撫でてくれている美しい人と無邪気に眠る赤子わたし


 これは私の底に眠り続けている記憶の片隅だろうか……私自身、そんな記憶は知らなかった。

 けど、何時かの記憶で私はこの女性を見た事がある。

 その時は、今よりも寂しそうで悲しそうな顔をしていた。


 これから数日後に私は魔族の国"レイル・マディーナ"付近の森に置かれる。

 けれど、それのお陰で私は……大事な友達と知り合えた……。

 私を何かから助けて……? ……くれた女性、クラルテさんはあれから何処へ行ったのだろうか。"癒しの源"という謎の力を私に授け、そのまま姿を眩ませたクラルテさん……。


 これは多分夢……もう数秒もしないうちに目覚める筈……。

 夢の中で私は、クラルテ・フロマさんの顔を覚えた。



 ──そして温かい思い出はどんどん薄れ……。




 ──最後に、





 ──私は淡く、何処か切なさを感じる微睡まどろみから目覚めた。





*****



「……」


 目が覚めると、木目の天井がリヤンの視界に入る。

 その天井はボヤけており、頬の近くに水の気配を感じた。

 そう、ベッドで横になっているリヤンの頬には何故か涙が流れていたのだ。

 怖い夢、辛い夢、悲しい夢。そのいずれかでも見たのだろうか。

 リヤンが起きると同時に山の間から日差しが光って入り込み、涙の流れるリヤンの顔を優しく迎えてくれた。


「……何か……何かを夢で……」


 そんなリヤンは涙を拭す。そんな寝起きで曖昧な脳内を駆け巡る記憶を、得たいの知れない何かがくすぐっていた。

 それは切なくはかない、虚無感を覚える夢の記憶。

 暖かな花畑に地平線の向こうに続く青い空と白い椅子。そして赤ん坊を撫でるとても優しそうな女性。

 その女性は何かを話しており、何かを察して赤ん坊との別れを惜しんでいた。

 その顔は何故か思い出せず、思い出そうとする度に夢の中にある筈の無い逆光が女性の顔を白く覆う。

 記憶の中で笑う女性の口元のみが映り、安らかに眠る赤子の顔のみが浮かんでいた。


「……何で……私……」


 夢の記憶を辿る途中、リヤンは手に付いた涙を見て何故泣いていたのか分からなかった。

 その夢は怖くも辛くも悲しくも無い、何の変哲も無い夢だったからだ。

 夢というモノは、大抵の場合今までに自分が会った事のある者が出てくるらしい。

 見た事の無い者が夢に現れた場合、それはすれ違いで顔をじっくり見れなかった赤の他人かこの世の物では無いモノと謂われている。

 知らない女性が知らない赤子を撫でているだけの夢など、別に見てもおかしくは無い。

 しかしリヤンにはその夢が他人事では無いような気がしていたのだ。何か重大な、しかし悪い存在では無いような、逆に不確かで不明で朧気おぼろげで曖昧な、何の要素も無い。

 寝起きのリヤンの脳内は何かに掻き乱され、朝からリヤンは気分が優れなかった。


「ふわぁ……あ、リヤン。起きて……って、何で泣いているんだ……!?」


「……。…………え?」


 そして、そんなリヤンに話し掛ける者、リヤンにとって初めての仲間で特別な存在。──ライ・セイブル。

 ライに言われたリヤンは気付き、また涙が溢れていた事を理解する。

 リヤンに聞いたライは寝起き早々、そのように涙を浮かべるヤンを心配しながら話した。


「……あ、ううん……何でも……無い……ただ、夢を見て……」


 リヤンは慌てて涙を拭き、笑みを浮かべながらライに向けて自分は問題ないと告げる。

 それを聞いたライは訝しげな表情をしており、その表情でリヤンに向けて言葉を発した。


「……夢? けど……恐怖に怯えたりしているような顔じゃないな……悲しい夢だったのか?」


「……え?」


 ライが気になった事、それはリヤンの見た夢の内容。

 ライ自身、魔王(元)関係によってあらゆる夢を見、そこから魔王(元)の過去を知ったりした。

 なのでライは気になったのだろう。要するに、リヤンの様子からただの夢では無いと理解したのだ。


「……だってリヤン……何か悲しそうな表情をしているぞ?」


「……」


 リヤンの表情は、さながら何かを失ったかのようなそんな表情だった。

 ライが気になったのはその表情。仲間が悲しそうな表情をしていれば、気になるのがライの性分。

 人によってはただのお節介だが、やはり気になるものは仕方ない。


「……うん……何か……悲しい夢って訳じゃなかったんだけど……何故か涙がね……」


 それの理由を、自分でも理解できない様子のリヤン。

 しかし何かしらの要因があったというのは確かである。


「……ふぅん……まあ、そういう事もあるんじゃないかな……多分」


 それについて励まそうと考えるライだが、涙の理由も分からないので励ます事が出来なかった。

 しかし何とか言葉を続けようと試みる。


「ふふ……変なの……」

「ハハ……」


 そんなライがおかしかったのか、手を口に覆って笑うリヤン。

 取り敢えずライも返せないので笑って返した。


「ふわぁ……あ、起きていたんだ……おはよー……二人とも……」


「ああ、おはよう。レイ」

「あ……おはよう……レイ」


 そして、近くに寝ていたレイも目が覚めた。

 レイはボーッとしており、眠そうな目を擦る。

 因みに此処は幻獣の国に向かう途中で見つけた宿。部屋割りはライ、レイ、リヤンの三人部屋とエマ、フォンセの二人部屋となっている。

 一人少ないのは、やはり慣れないライたちだった。


「……あれ……リヤン……目に涙の痕が……何かあったの?」


 そして、観察力のあるレイはリヤンの頬に付いた涙痕るいこんを即座に見つけ、心配そうな表情でリヤンに尋ねた。


「……あ……これは……」


「……へえ……それで……」


 そしてリヤンは軽く説明をし、レイも納得する。

 何はともあれ、ライ、レイ、リヤンの三人は目覚め、身支度をするのだった。



*****



「おはよう、エマ、フォンセ」

「おはよー二人共ー」

「おはよ……」


「ああ、おはよう。ライ、レイ、リヤン」

「ふふ……良く眠れたか?」


 それからライたち五人は宿の食堂に集まり、全員が集合した。

 この宿は、宿泊者に朝食を出す宿だった。なのでライたちは折角だからと此処に集まっているのだ。

 因みにエマはヴァンパイアなので朝食は代用のトマジュース。の筈が無く、朝食を摂らない。

 魔族の国にて、キュリテ、サリーア、ウラヌスと、エマは割りと魔族の血液を摂っている。暫くは飲まず食わずでも平気なのだ。なのでエマは朝食を頼んでいなかった。


「さて……これから幻獣の国に向かうつもりだけど……あと何キロくらいか分かるか?」


 そして朝食を終えたライは幻獣の国への行き方をエマに尋ねる。

 エマに尋ねた理由は純粋にこの世界の事を詳しいからだ。

 ヴァンパイアの永遠に近い寿命。それを持て余しているエマは世界を見て回っているので詳しいと思ったのだ。


「そうだな……此処は魔族の国でも幻獣の国でも無い……。そしてこの宿はどちらにも属さない場所にある宿だな……人間・魔族・幻獣・魔物……全ての種族が平等に泊まる事の出来る宿。とはいっても……幻獣・魔物の中でも"エルフ"や"ドワーフ"などのような人間に見た目が近い生物。……後は……滅多に姿を現さないが"サラマンダー"・"ウンディーネ"・"シルフ"・"ノーム"のような精霊がごく稀に泊まる宿だな……旅路に重宝されている」


「……へえ?」



 ──"エルフ"とは、高い知能と身体能力、魔力を持つ人に近い幻獣である。


 その見た目は殆どが美形であり、老いても若く、その長寿から不老不死に等しいと謂われている。


 顔が人間に近いのだが、人と違うのはその耳。

 エルフの耳は尖っており、人や魔族よりも長い。


 自然を愛し、森に棲んでいる種族それがエルフだ。



 ──"ドワーフ"とは、人より小さく鍛冶を得意とする幻獣である。


 その容姿は男女問わず、全てのドワーフに髭が生えており、小柄で強靭な肉体を持つ。


 性格は実直で義理堅いが、頑固で気難しい面もある。


 山に住む高技術を持つ幻獣、それがドワーフだ。



 ──"サラマンダー"とは、四大エレメントの火を司る精霊である。


 その姿は蜥蜴や小柄なドラゴンで現れる事が多く、炎の中で生きる事が出来る。


 詳しい事はあまり知られていない炎の精霊、それがサラマンダーだ。



 ──"ウンディーネ"とは、四大エレメントの水を司る精霊である。


 性別は無いが、その姿は美しい女性の姿で現れる事が多く、水辺に住んでいる。


 ウンディーネは魂の無い生物だが、人間の男と結婚すれば魂を得られると謂われている。


 しかし、水の側で夫に罵倒されると水に還り、夫が浮気すると夫を殺さなければならなくなる。

 水に還ったウンディーネは魂を失い、最終的に無に還るとされている。


 魂の無い水の精霊、それがウンディーネだ。



 ──"シルフ"とは、四大エレメントの風を司る精霊である。


 その姿は美しい女性で表現される事が多いが、男性のシルフも存在する。

 シルフとは男性版の名称であり、女性の場合はシルフィードという。


 シルフの身体は半透明であり、風のように姿を消す事も出来るので全貌を見た事のあるものはごく僅かしかいない。


 シルフにも魂は無く、人間と恋をすれば魂が宿る。


 ウンディーネと似ている精霊だが、恋をした相手が他人に恋をすると殺さなくてはならないウンディーネに対し、シルフはそのような制約も無く自由に恋できる。


 魂の無い風の精霊、それがシルフだ。



 ──"ノーム"とは、四大エレメントの土を司る精霊である。


 その姿は10㎝から20㎝程の大きさしかない髭の生えた、赤いトンガリ帽子の老人だと謂われている。


 争いを好まない温厚な性格であり、手先が器用で知能が高い。


 ノームは地中を自由に動く事が出来、優れた細工品を造る事が出来る。


 争いを好まない温厚な土の精霊、それがノームだ。



「……へえ……詳しいのですね……貴女。まるで何度か来ているみたい……まあ、私も詳しいのだけど……貴女たち、幻獣の国に行きたいの?」


「「「……!」」」

「「……!」」


 その時、ライたち五人の近くに座っていた客が立ち上がり、ライたちに向けて話し掛けてくる。

 その口振りからここら周辺に詳しいという事が分かった。

 ライたちは警戒を高めてそちらを見やり、その姿を視界に捉えた。


「ふふ……そう警戒しないで下さい。私は怪しい者じゃありません。……って、突然話し掛けたのにそれを信じろって言うのは無理な話ですよね……」


 その者は鮮やかな緑のローブを纏っており、その顔は見えなかった。

 その口調と口元から笑っていると言うのは理解できるが、そのローブが怪しさを際立てたいた。

 そして、その者は心無しかライの方を見ているように感じる。無論顔は見えず目も見えないのだが、ローブの下から見える目がそれを現しているのだ。


「……えーと……アンタ……誰だ? アンタの言うようにその姿から怪しむなってのは酷い話だと思うけど……」


 ライ立ち上がっては警戒を高めつつ、ローブを纏う者へ尋ねるように話した。

 レイ、エマ、フォンセ、リヤンの前に立ち、ローブを纏う者を四人へ近付けない体勢に入るライ。


「……中々の構えですね……その年齢にしてかなりの修羅場を潜って来ているのが分かります……」


「……そうかい。如何せん、今や世界では争いの絶えないモノ……突然話しかけてきた人に警戒するなってのは無理な話だ……」


 ザッと構える二人の間に静寂が走り、賑やかだった宿は静まり返る。

 中には訝しげな表情をしている者、中には楽しそうな表情をしている者が宿の食堂に居た。


「……あ、あの……争い事は他所でお願いします……此方にはお客様も居られるので」


 そんな二人の間に割って入る女性店員。女性店員は少しビク付いており、話難そうに告げた。

 ライと話し掛けたローブを纏う者。その二人は女性店員を一瞥し、


「ああいや、これは失礼致しました。お客様方の失礼になられたのなら、食事も終えた事ですし場所を変えます」


「はい、失礼致しました。私が急に絡んだモノで……幻獣の国が大変な状況で軽率な行動をしてしまい、お詫び申し上げます」


 深々しく頭を下げ、女性店員へ謝罪する。

 今現在、人々や幻獣・魔物はみな長閑のどかな朝の食事を楽しむ為に食堂に集まっている。それを邪魔してしまったと理解しているので謝ったのだ。


「……えーと……はい。次はお気を付け下さい……」


 二人の態度に呆然とした女性店員は軽い会釈をし、そそくさとその場から立ち去る。

 食堂に集まっていた者達は「何も起きないのか」と、食事をしたり会話を楽しんだりと各々(おのおの)の行動に戻っていた。


「まあ、アンタが俺たちに話し掛けてきた理由には何かあるって分かる……静かな草木に囲まれた外で会話をしましょうや……」


「ふふ、鋭い洞察力ですね……私の言葉の波長や震えから何か目論んでいる事を読み取ったのですか……?」


「まぁな」


 ライはローブを纏う者に向けて己の推測を話、その者はそれを見抜いたライへ称賛の声を上げる。


「ふむ……ライ。私たちは此処に居ても良いか? 重要な話だろうが……私たちには関係の無さそうなものだからな……」


 そんな二人の会話を聞き、エマがライとローブを纏う者に向けて話す。

 その者がエマに話し掛けたのは会話の切っ掛けを作る為、ライの方に視線を移している事からそれは容易く推測する事が出来た。


「ああ、最初から俺に用があったみたいだし……長旅で疲れているだろうからエマたちはもう少しのんびりしていてくれ……」


 エマに対し、ライは軽く笑って告げる。

 事実、このローブを纏う者はライにしか用が無い様子だった。


「ああ、分かった。悪意も感じないし気を付ける必要は無いと思うが……何処の場所にも属さないこの宿だ。その点では気を付けてくれ」


「オーケー」


 それを聞き、椅子に座り直すエマ。

 ライは軽く手を振って別れ、ローブを纏う者と宿の外に出た。

 それと同時に暖かな空気がライとローブを纏う者の身体を撫で、そのまま遠くへ向かって行く。


「……で、何を話したいのか教えてくれないか?」


「……分かりました。まあ、"幻獣の国"へ行くに当たって軽い注意を促す程度ですよ……」


 ローブを纏う者はそのローブに手を掛け、その顔をライに晒す。

 美麗な長髪がそれによって揺れ、キラキラと髪が光ったような錯覚を覚える。

 "幻獣の国"へ向けて"魔族の国"から旅立ったその道中、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は、いきなり面倒事に巻き込まれそうな状況になった。

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