二十話 vsリントヴルム・謎の男
『グルルルルル……』
「…………」
タラリ、とレイの頬に汗が伝う。
レイは剣を構えながら、リントヴルムへの警戒を解かずに相手の動きを窺っていた。
相手がどう動き出すのかが重要だったのだ。そしてリントヴルムは翼を羽ばたかせ──
『ギャアアアァァァァァ!!!』
「…………え?」
──一瞬にしてレイの前へ現れるリントヴルム。
リントヴルムは、『たった一回翼を羽ばたかせた』だけで警戒を高めていたレイに気付かれることなく、レイの正面に現れたのだ。
『ギャアァァァ!!!』
「……ッ!」
そしてリントヴルムは鰐のような大口を開け、レイを食らおうとしていた。
その刹那で起こった一瞬の出来事に理解が追い付かず、レイはそのまま──
「レイ!!」
──食べられる事無く、ライが横から投石した石によって救われた。その石は空気を揺らし、リントヴルムに迫っていた。
『ギャア!!』
何故救われたのかと言うと、その石を見たリントヴルムは小さく鳴き、数メートルの距離から高速で放たれた不意打ちに近い攻撃の石を避け一瞬にしてレイから距離を取ったからだ。
リントヴルムに当たる事無く、石は空中で消滅した。石は当たらなかったがしかし、それのお陰でレイが食われるという事は無くなったのである。
「チッ……。素早いな……! やっぱり普通に殴れば良かったか……!」
外した事に驚くが、取り敢えずリントヴルムの気をレイから逸らせたので良しとするライ。
そしてレイに向き直り、レイに向かってかって言う。
「心配するな、レイ。俺がお前を守る」
「うん、ありがとう。ライ!」
そんなライの心強い言葉に励まされるレイ。
そんな横でエマとフォンセもリントヴルムに向かって構えていた。何とも心強い仲間だろうか。
そんなレイたちを前に、住人は心配そうにライたち四人の様子を建物の中から見ていた。
『ギャアアアァァァァァ!!!』
リントヴルムは吠え、再び翼を羽ばたかせる。
鳴き声が大地に響き渡り、空気を揺らし、建物の窓に振動が奔った。
それと同時にリントヴルムの姿が消える。
消えたように錯覚するほどの超スピードで移動したのだろう。
「後ろだッ!!」
力を隠す為迂闊に攻撃できないライは、リントヴルムの動きを見てレイに報告する。
レイは振り向くと同時に剣を横に薙ぎ、リントヴルムに切り付けた。
その斬撃は空気を切り裂き、上空へと飛んでいく。が、そこにリントヴルムは居なかった。
(くっ……! 外した……!!)
手応えを微塵も感じなかった事から恐らく、斬撃は掠りもしなかったのだろう。
再びリントヴルムの姿を見失うレイ。
当たりさえすれば致命傷を与えられるのだが、それをいってしまえば、ほぼ全ての事がそうなる。
レイは辺りを見回し、前後左右に居なかった。となると、残る場所は一つだけである。
「ハアッ!」
レイは剣を切り上げた。
斬撃は空を進むがやはり当たらない。だがしかし、一瞬影が見えたので推測通りリントヴルムは空に居たということになる。
「くっ……、動きを止めることさえ出来れば……!!」
レイは、自分の攻撃が当たらない事と、自分の実力の無さに苛立ち始めていた。
自分がもっと強ければ、リントヴルムの動きを読めれば。などとそのように、今はまだ実現できなさそうな事を思い浮かべる。
「止めれば良いんだな? ……良し! 俺がやってみるぞ! レイ!!」
「……え?」
ふとライの方を見ると、ライは脚に小さく漆黒の渦を纏っていた。それを見て困惑するレイ。ライは極力魔王の力を使わないようにしたいのかと思っていたが、現在ライは魔王の力を纏ったのだ。その事に困惑したのである。
「あ、そうか……!」
しかし一瞬困惑したレイだが、ライの意図を読み納得した。
要するに、ライは魔王の力を『バレなければ良い』のだ。
つまり、小さく纏うことで黒いオーラも小さくなる。その為、ライの動きによって黒いオーラが掻き消されるのだろう。
多分。
『ギャアアアァァァァァ!!!』
リントヴルムは攻撃を受けた訳ではないのだが、何故か興奮している。
先程ライが投石した石が原因だろうか、それとも別の理由があるのかは定かではない。
「少し……」
『ギャアアアァァァァァ!!!』
刹那、リントヴルムは標的をライに変え、第二宇宙速度~雷速に近い速度でライへと突撃してくる。
それを見たライは呟き、
「落ち着けェ!!」
『ギャッ!?』
リントヴルムを──『蹴り落とした』。
音速を超越し、雷速に近い速度で向かってくるリントヴルムの脳天に踵落としを食らわせリントヴルムを地面に叩き付けたのだ。
その勢いで大地は粉塵を巻き上げて砕け、そのまま道が粉砕してクレーターが造り出される。
果たしてこれで力を隠せていると言えるのだろうか疑問に思うところであるが、気にする事も無いだろう。
『ギャア……』
ガラガラと、突然の衝撃に困惑しているような表情のリントヴルムが瓦礫の中から出てくる。
その隙を突き、フォンセが前線に出た。
「"拘束"!!」
フォンセが言うと同時に、突如として地面から蔓が生えた。
魔法・魔術を使い、無から有を生み出し四大エレメントの全てとその他の属性を操るフォンセの能力。
地面から蔓を生やすというのは、その他の属性に含められるものだろう。
リントヴルムはその蔓によって動きを封じられる。蔓の束縛から脱出を試みようと暴れるが、それは植物と思えないほど頑丈で、リントヴルムが幾ら暴れようともちぎれない。
「動きは止めた。あとは好きにすれば良いさ」
「……! ありがとう、フォンセ!」
フォンセの言葉に促され、レイは拘束されているリントヴルムへ一気に駆け寄り、
「やあッ!」
レイの持つ、森を切り裂く勇者の剣がリントヴルムを捉えた。
『ギャア……!!』
それを受け、短く鳴き、リントヴルムが倒れる。
「や……やった……の?」
森を切り裂く剣で斬った筈なのに、目立つ外傷が無いリントヴルム。
レイは警戒しながらリントヴルムに近付き、リントヴルムの様子を確認する。
──刹那、
『ギャアァァァ!!!』
「きゃっ!?」
何と、リントヴルムが再び動き出した。
身動きが取れない中、何とかレイの剣をかわしたというのだろうか。
そんなリントヴルムは再び暴れだし、目の前のレイへと攻撃を仕掛けようとした。
次の瞬間、
「ハッ!!」
鈍い音と共にエマが、リントヴルムの脳天に拳を叩き込んだ。
『ギャア……!?』
ヴァンパイアの怪力で脳天を殴られたリントヴルムは、脳震盪を起こし気絶した。
肩を竦ませて固まったままのレイ。そんなレイに向け、エマがフッと笑って話し掛ける。
「ふふ……トドメを刺したのは私だったな……」
「あ、あはは……そうだね……。結局、私一人じゃなくて、ライとフォンセとエマが大部分を終わらせちゃったね……」
レイは頼れる仲間たちに感謝しつつ、自分の実力が無いことを実感していた。
そんなこんなでリントヴルムとの決着がつく。
それを確認した街の人々は、建物から出て来て四人の勇姿を称えた。
「スゴいじゃないか君達!! あのドラゴンを倒すなんて!!」
「街の兵士か!? いや、見たこと無いな……何処かの兵士か!? それともただの旅人かい?」
「いやー。お見事だったよ!」
「あ、はい。そうですか……」
「え……? あ、ありがとうございます?」
一瞬で沢山の人に囲まれる。
しかし人々の様子を見る限り、魔王や魔族、ヴァンパイアの事は気付かれていないのだろう。
その事に一安心しつつ、愛想笑いで人々に返すライとレイ。
エマとフォンセは、さっさと人混みを抜け出して歩いていた。
「……あの二人は大変そうだな」
「ふふ、そうだな。……まあ、抜けようと思えば抜ける筈なのだろうが、それをしないって事は……人々に悪いとでも思っているのだろうか」
フォンセが後ろの様子を見て言い、軽く微笑んで返すエマ。
何はともあれ、これにてリントヴルムの件は一件落着だろう。
*****
そしてその後、リントヴルムは気絶しているうちに山へ解き放たれた。
リントヴルムは野生動物なので、一度危険と判断したのなら本能でこの街に近寄る事もないだろう。
「まあ、リントヴルムの件はこれにて万事解決かな?」
「うん、そうだね。……けど、餌とかを食べるという訳でもないのに、何であの街に降りたんだろう?」
事態が落ち着き、その後始末を見ていた二人が会話する。
ライとレイが気に掛かっていたのは、リントヴルムがやけに興奮していた事だ。この場所は山や海に囲まれているが、街その物にリントヴルムの餌さとなりうる物は無い。にも拘らずリントヴルムがこの街へ来た事が疑問だったのだ。
その会話を聞いてエマとフォンセは推測するように考えながら言う。
「もしかしたら、私がやったように催眠を掛けられている可能性もあるな」
「もしくは何者かに巣を荒らされ、怒り状態だったとか……かな?」
エマの意見は、"何者かに操られていた"。そしてフォンセの意見が、"棲みかを荒らされた"。
リントヴルムは、決して温厚というわけではないが、用もなく街に降り立つということはしない。
人を襲おうともせず、真っ先にライたちへ向き直ったリントヴルム。四人はその事が気掛かりだった。
しかし、幾ら考えようともリントヴルムと会話できるという訳ではないのでこの事は置いておく事にした。
「さて、と。……これからどうする?」
そしてライは、話の方向をこれからの目的に移す。
リントヴルム騒動があった為、じっくりと行動を練る時間が無かったのだ。
とはいえ、数十分ほどでリントヴルムを押さえられたのでこれから話すこともできる。
「……じゃ、俺はちょっと用事あるから、レイたちで店を見つけていてくれ」
「「「…………!」」」
ライは唐突に用事があると言い、レイたちを先に行かせる。レイ、エマ、フォンセはピクリと反応し、それを聞いたエマがライへ一言。
「……『一人で大丈夫か』?」
「……」
「「…………?」」
それを聞き、レイとフォンセは"?"を浮かべていた。唐突にライがレイたちを先に行かせ、それを聞いたエマがライへと尋ねたのだ。当然だろう。
エマの言葉を聞いたライは少し黙ったあと、フッと笑って此方も一言。
「ああ、問題ないさ」
「ふふ……そうか、分かった。じゃあ、先にレイたちと行っているよ」
そして、レイ・エマ・フォンセとライが別れる。
それから少し進み、裏路地のような場所にライは居た。周りを見れば人の気配も無く、森閑とした空気が立ち込めていた。
「で、何か用か? えーと……名前は知らない……ていうか聞いていなかったな」
ヒュウッと、裏路地のような場所に一筋の風が通り抜ける。
一見は人の気配が無い道。だが、ライは何者かへ話すような声音で言葉を続ける。
「まだ出て来ないのか? 仲間は店を探しに行ったから見つかる心配はねーと思うぜ? ……けど、流石エマだな。あっさりと気配を見つけた。俺と同じか俺以上の早さで」
「……フフフ、そうだね。君達は隠しているようだったけど、あの金髪に赤い目……極めつけは透き通るような白い肌……そして、日除けの傘を差している事から……あの女性、ヴァンパイア? ヴァンパイアは五感が人間より敏感だからね。ちょっとした空気の変化でも気付かれてしまう……いやはや、大したものだよ君の仲間という者は」
いつの間にかライの背後に人が現れ、その者は淡々と話す。ライとエマだけはその者の存在に気付いていたらしい。
そしてその者は、僅かなヒントでエマの種族を当てる。その事から中々鋭いようだ。
ライは軽く笑ってその者に言う。
「今日は……短剣を持っていないんだな」
「……ああ、君に折られたからね。結構レアな短剣だったんだけど……まあ仕方がないさ。あの場で殺されなかっただけマシと考えよう」
いつぞやに風呂で折った短剣の話を持ち出すライに、男は何でもないように返す。
そう、この男は風呂でライに興味を持った者だった。その者が再び現れ、ライたちの後を追っていたようだ。
「へえ? アンタは俺に勝てないとおもってるんだ? よくまあ俺の前に……いや、背後か? ……まあ、どっちでも良いか。取り敢えず、よく姿を現せたな」
そして、"自分が殺される可能性があった"。と認める男を見てライが言い、男はライの言葉に笑って返す。
「ハハ、そうだね。私では君に勝てないだろう。何故かは分からないが、君の奥底にはとてつもなく"驚異的"・"絶対的"・"圧倒的"存在が眠っているような気がしてなら無い。それ故、私『一人』では勝てないだろう」
「…………」
ライは男が言った、"一人"という部分が気に掛かる。
数がいれば勝てるというのだろうか。しかし、ライが宿す魔王の力は、ちょっと強い人間や魔族、幻獣に魔物が束になった程度では到底敵わない。
それこそ支配者レベル、最低でもバジリスクの毒とリントヴルムの速度、そしてヴァンパイアの能力が無ければ勝つどころか勝負にすらならないだろう。
それらを手にして、初めてライの爪先の細胞レベルという事だ。そしてその男は、ライへ提案するように言う。
「振り向いても結構さ。この際、お互いに自己紹介をしようじゃないか」
「へえ?」
曰く、その男は自分の正体を明かすとの事。
ライに戦う気が無いと知っているのだろうか、ライは考えながら言葉を続ける。
「今回は姿を見せても良いのか? 道中で争う可能性があるから。……って事で前は見せたがらなかったんじゃ無かったけ?」
「ああ。けど、流石に貴方が私を知らず、私が貴方を知っているというのは不公平な気がしましてね。なので、名前と姿くらいは貴方に見せようと思ってね」
「…………」
確かにその男は怪しさがマックスだが、敵? の姿を知れるのはライ的にも都合が良い。
ライは同意するように頷き、二人は同時に振り向いた。
「…………」
「…………」
その男の髪は白髪で、背丈はライより高い。目の色は白く、パッと見なら大人しいという印象が残るだろう。
服装を見ると鎧のような物なども纏っておらず、洒落っ気を出していない服装だった。
「……それがアンタの姿か。何というか、普通だな」
「ハハ、それはどうも。私の名前は『ヴァイス・ヴィーヴェレ』。言いにくいと思うけど宜しく。さて、次は君の名前を聞かせて貰おうか?」
ヴァイスはライの名前を知っているが、問われると面倒なので敢えて知らないフリをしてライに名を尋ねる。
それを聞き、警戒しながらライは一言。
「……ライ・セイブルだ。ヴァイスさん?」
「フフフ……そうか。……ライ君?」
二人の空間に微妙な間が生まれる。
それはお互いの腹を探り、どんな行動に出るかの行動パターンを脳内で思考しているのだ。
暫くして、ヴァイスが動き出す。
「じゃ、自己紹介も終えたし……そろそろおいとまさせて貰うよ。ライ・セイブル?」
「そうか。近々争う事になったら宜しくな? ヴァイス・ヴィーヴェレ」
そして二人は同時に後ろを向き、お互いの道に歩み始める。
ヴァイス・ヴィーヴェレ。素性が分からない不気味な男である。
ライは警戒を解かずにその場を後にした。