十九話 追憶
二章です。
ザア……と、一つの村に一筋の風が吹き抜ける。その風によって金色の小麦畑に穂波が立つ。
そんな中、せっせと麦を収穫する人々は忙しそうだ。
その様子を眺めながら、一人の少女と老翁が話をしていた。
老翁は椅子に座っており、少女は老翁へと抱き付くように顔を近付ける。
「ねえ、お祖父ちゃん。何で人と魔族って仲が悪いの? 仲良くできないのかなあ……?」
少女は幼いながらも端正な顔立ちをし、老翁。もとい祖父に聞く。
祖父は孫娘から突然出た言葉に悩み、言葉を選ぶようにその質問へ応えた。
「うーむ……。ちと難しいの……種族が違う……は、難しいか……うむ。お互いがお互い、嫌いなところが多いんじゃよ」
「嫌いなところ……?」
祖父が何とか発した。互いに嫌なところが多いと言う言葉。それを聞き、首を傾げながら祖父に返す少女。
その言葉に対し、座っている祖父は頷いて返す。
「うむ。『──』も痛いのは嫌じゃろ?」
「うん。痛いのは嫌い……あっ、そっか」
祖父は少女に向けて痛みは嫌かと尋ね、その質問に返す少女はあっ、と何かを思い付いたような反応を示す。
祖父が例えた事、それは"──"と呼ばれた少女は痛い事が嫌いと言う。つまり、人間と魔族は互いに相手を痛みのような存在と認識しているという事。
「人間と魔族……お互いは昔に、痛みを与え、与えられてきたからの。その傷がまだ癒えていないのじゃろ。そういうことなのじゃ、──よ」
目を細め、畑で作業する人々ではなくその向こう側の空を見て言葉を続ける祖父。その目は何処か寂し気であり、相容れない二つの種族に何かを思うようだった。
その目に気付いているのか定かでは無いが、少女は気になった事を話す。
「ふうん……でも、傷っていつか治るよね? 私もよく怪我するけど、気付いたら治っているもん」
「そうじゃな。傷は治る。治ればまた、共に歩める日が来るやも知れぬ」
少女の言葉を聞き、ホッホッ。と、笑って返す。少女が言うに傷は何時か治り、その痛みを忘れてしまうとの事。
その痛みを忘れたら最後、少女──自分は懲りずに同じように遊ぶだろう。
傷が出来ても、治る傷ならば時が経てば痛みが引き何時もと変わらぬ平穏がそこに待っているのだから。
「何時か二つの種族……いや、人間・魔族・幻獣・魔物……。全ての種族が平穏で平和に暮らせる世界が来れば良いのう。かつての勇者が築いた世界が……」
そんな、何時やって来るか分からない永久の平穏。祖父はそれを望んでいた。そして、その話を聞いた少女は祖父向かって言葉を発する。
「じゃあ、いつか私が旅に出て、私のご先祖様みたいにそんな世界を創るよ! お祖父ちゃん!」
むんっ。と、握り拳を作り、祖父に言う少女。そのような、祖父の望む平和な世界。
少女は祖父や家族、友人と仲良く暮らせるような、そんな世界を創ると祖父に言ったのだ。
「世界を創る。か、ハッハッ! 言うようになったのう『レイ』! いつか見せてくれよ、お前が創る世界とやらをのう!」
祖父はホッホッホッと笑いながら、不器用にレイの頭をガシャガシャと撫でる。
「うわあ、痛いよお! ……でも、この痛みは嫌いじゃないかな」
レイは痛がる様子を見せたが、嫌いな痛みではなかった。
その痛みは優しく、温かい痛み。痛みにも嫌な痛みと、そうでは無い痛みがこの世に存在する事を初めて知った。
──これから数週間後、祖父は他界した。原因は不明。恐らく寿命だろう。
だから珍しく、普段は大声で笑わない祖父が笑ったのだろうか……。
幼い"私"と祖父の、淡く、儚い思い出……。
それを眺めていた私の意識が、突然遠退いた。
*****
「…………」
レイが目覚めたのは、暖かな朝の日差しがカーテン越しに差し込む一室。
目を開けると、その瞳には木目の天井が映り込む。
木目の天井は不規則な線が入っており、自然の形で模様が描かれていた。
近くにはライ・エマ・フォンセの三人が居る。魔族にして魔王を宿しているライ・セイブルと、魔王の子孫であるフォンセ・アステリはまだ寝ており、睡眠をあまり必要としないヴァンパイアのエマ・ルージュは起きている。
実質、勇者の子孫であるレイ・ミールが今日一番の早起きだろう。
そしてそんなエマが目覚めたレイに話し掛けた。
「お、目覚めたか。おはよう、レイ」
「あ、うん。おはよー、エマ」
微笑んで挨拶をするエマに、ニコッと笑顔で返すレイ。
昨日に一つの国を落とし、その後そこから近くの街まで行きそこで宿を取って休んだのだ。
男一人に女性三人で四人部屋に泊まる。という事で作業員は訝しげな顔をしていたが、気にすること無くライたちはチェックインした。
レイは昨日の事を思い出しながら立ち上がり、エマに当たらないように気を付けて朝の日差しを浴びながら改めて数日間の出来事を思い返す。
ここ数日だけで、"ヴァンパイア"・"ペルーダ"・"バジリスク"と、ライはこの世界でも群を抜く強敵達と、その他の様々な幻獣・魔物を倒した。
レイはそんなライを見、私も何か出来ないかな……と、呟くように悩む。
そのような事を考えているその時、ライとフォンセも目が覚めたよか起き上がった。
「起きたか。二人とも」
「おはよー。ライ、フォンセ」
「うーっす」
「挨拶……ご苦労ぉ……」
しかしまだ寝起きで思考が回っていないのか、ライとフォンセはボーッとしてレイとエマに返す。
今日のレイは寝起きが良く、爽やかに目覚めたのでボーッとしていなかった。
暫く呆け、眠気が無くなるのを待つライとフォンセ。
眠気が去ると同時に、四人は改めて今後の行方を相談する事にした。
「さて、昨日の出来事で名前は広がってないと思うけど、"魔王を連れた男"・"魔王の子孫"・"ヴァンパイア"っていう事が世界に伝えられている筈だ。レイが勇者の子孫ってことは言ってなかったけど、あの剣の強さは驚異的だから強い女剣士が居る……とも伝えられているかもな」
まずライが、自分たちの強さが昨日の兵士によって伝えられていると考える。
それに同意するように頷くレイ、エマ、フォンセ。
仮に魔王を宿していなくとも、そのような力を持つ者は世界にも少数。魔王の有無は関係無く広まっていた事だろう。
「つまり、街中でエマがヴァンパイアとバレたり、俺たちが力を使ったら瞬く間に騒ぎが起こる筈だ。今までも街中では極力力を使わなかったけど、これからはもっと警戒を高めた方が言いと思う」
そして、ライが続けるように話、その言葉に返すようエマが言う。
「うむ、そうか。まあ、確かにライは善良な者などは巻き込みたくないと言っていたな。その為にも無駄な争いは避けたいのか」
「ああ」
エマの言葉に頷くライ。
ライは基本的に平和主義者。平和主義者が力で物事を解決するのは如何程かと思われるが、余計な争いを避けたいのも事実である。
そして再び三人に向き直り、ライは言う。
「けど、世界征服をする為には避けられない争いもあると思う。……だから、次は支配者も視野に入れていきたいと思う」
それは、世界を収める四つの勢力。"支配者"。その支配者を視野に入れ、支配者達を中心に世界を征服して行くとの事。それに対してレイとエマは頷くが、フォンセは反応を示して言う。
「待て、支配者だと……? 今のお前に支配者に勝てるだけの力があるのか? 支配者の強さは聞いているだろ?」
それはライ自身の実力についてだ。
確かにライは魔王を宿しているが、その力を完璧に操れるという訳ではない。仮に操れたとしても、支配者は魔王レベルも居ると謂われているので一筋縄では行かないだろう。
そんな質問に対し、ライは言う。
「勿論、もっと力を付けてから支配者に挑むつもりだ。今から言う、"支配者を視野に入れる"ってのは、"もし支配者に目を付けられても対処できるように作戦を練る"……って意味で言ったつもりだ」
「……成る程……」
ライの話を聞き、「そうか」。と納得するフォンセ。
今の状態では支配者にあっさりと倒されてしまうかもしれない事が気掛かりだった。しかし、ライがその事をしっかりと理解しているのならば何も言うことは無いだろう。
「まあ、最悪でも……俺自身が魔王に飲まれる覚悟で、レイ、エマ、フォンセは逃がすさ」
そして駄目だった時、ライは己の身を犠牲にしてでも相手を止めると、に覚悟を決めた目付きだった。
それから具体的に、支配者の事について話し合った結果"何とか支配者から逃げ切る"。という結論に至る。
*****
その後、朝食を食べ、宿を後にするライ一行。
とはいえ、次に何処の街へ向かうのかは決めていない為、少し街を探索してから次に行く場所を決める事にした。
この街は特に有名な物があるという訳ではないが、山と海が近くにある為食料と物を造る材料が豊富なのだ。
それ故、鍛冶屋などが盛んである。
その証拠に道を歩いていると、至るところから鉄を打つ音や木を切る音が聞こえる。
街の雰囲気は良く、明るい店員や、汗水流して働いている人々の様子は素直に好感が持てるものだ。歩いてて気持ちの良い街だろう。
しかし山や海に近いという事は、それによって生じる問題もあるという事だ。
「うおっ……」
「きゃっ……!」
「ん?」
「…………」
その刹那、ビュウッと突風が通り過ぎた。
山から来る風か、海から来る風かは分からないが思わず声が出てしまうライ、レイ、エマ。フォンセは顔を覆っていたが、声は出さなかった。
そしてこの風の正体は、そんな生易しいモノでは無いという事がたった今明らかになった。
「……っ! あれは……!!」
それは一瞬、稲光か流星と錯覚するほどの速度で飛行する。それが移動の際に生じる風圧で今の突風が生まれたのだろう。
しかしライは、そんな高速移動を起こす者の姿をしっかりと自分の瞳で捉えた。
鰐を彷彿とさせる口。
鷲のような前脚に、ライオンのような後ろ脚。
背中にある羽は蝙蝠のように広がっている。
だがその羽は、手や前脚に飛膜が生えた物ではなく、背中に羽そのものがついていたのだ。
そして尾は矢じりのような形をしており、悪魔の尾を連想させる物だった。
ライはそれを見上げ、その生物の名を言う。
「"リントヴルム"だ!!」
「「なにっ?」」
「今のがリントヴルム……!」
──"リントヴルム"とは、先程述べたように、鰐の口と鷲の前脚、ライオンの後ろ脚に似た物があり、蝙蝠の羽と鋭い尾を持っている龍である。
性格は凶暴で、敵に対する容赦の無さから、戦争を全線で行う国の紋章などに使われたりしている。
その速度は、流星や稲光と見紛う事から推測すると、恐らく"第二宇宙速度(秒速11.2キロ)"から"第三宇宙速度(秒速16.7~30キロ)"もしくは"雷速(秒速150~200キロ)"に達している事であろう。
身体を発光させる事ができ、それが稲光か流星と見間違われるのだ。
そんなリントヴルムは今も空を高速で移動しているが、襲ってくる様子はない。
しかし起こす風圧は強く、羽ばたき一つで街に強風が吹き抜ける。
「昼間から流れ星か……」
「でも、昼間にしては明る過ぎない? あの流れ星」
「じゃあ、何だ?」
街の人々は目で追えないのか、流れ星が飛んでいるものと勘違いしているようだ。
しかしそれも無理は無いだろう。熟練の戦士や賢者・魔法使いに魔術師でも目で追うのがやっとの速度なのだから。
ライが何故見えているかというと、いつの間にか魔王の眼を使っているからである。
レイ、エマ、フォンセの中では、エマが何とか目で追え、フォンセは所々消えたり現れたり、レイは流れ星の様にしか見えない様子だ。
そしてその時、遂にリントヴルムが動き出した。
『ギャアアアァァァァァ!!!』
動きが一瞬止まり、空から一気に下降してくるリントヴルム。
身体が発光しているのか、摩擦によって燃えているのか定かではないが、光ながら降ってくる。
「おい! 流れ星が此方に向かってくるぞ!!」
「いや、流れ星じゃない! 隕石だ!!」
「は、早く! 早く頑丈な建物に!!」
人々は皆、隕石が降ってきたと慌て始めワタワタと忙しなく動く。
そんな中、職人たちは黙々と鉄を打ち続けている者が多い、肝が座っているのか、それともただ単に気付いていないだけなのか気になるところだ。
「さて、どうするか……」
「やむを得なくなったら仕方あるまい……」
「私的にはどちらでも良いけどな。しかし、支配者に目をつけられるだけなら良いが……支配者との戦闘は避けたいな」
ライたちも何とかしたいが、昨日の今日で魔王の力や魔族の力、ヴァンパイアの力を自由に使えるわけではない。
使えるには使えるが、如何せん人の目が多いのでリントヴルムよりも騒ぎが大きくなる可能性が高いからだ。
悩んでいる様子のライたちを見て、レイが言う。
「だったら……だったら私がやる!」
「「「…………!?」」」
レイから出た突然の言葉に驚きながら振り向くライ、エマ、フォンセ。レイは自分がリントヴルムを相手にすると、そう告げたのだ。
「な、何を言っているんだレイ!? 確かにレイは強いけど……!!」
ライはレイの実力を認めている。
人の中でも上位に入るであろう身体能力と、勇者の剣。この二つがあれば大抵の幻獣や魔物は容易に討伐できるだろう。
しかし、ライが懸念していたのはそんなものではない。気になる箇所はレイ自身の耐久力と動体視力だ。
レイは人間の女性。人間の耐久力は魔族や幻獣、魔物と比べ物にならないくらい弱い。
それ故、人間は鎧などを着用することが多い。
勿論レイも、少々軽装だが鎧を着用している。しかし不安なのはそんな事ではない。
人間の肉体に受ける衝撃は、鎧越しでも強いからだ。
そして動体視力だが、リントヴルムの速度は音速を超越している。
なので、普通の人より能力が少し高いだけのレイにはとても目で追えないと思っているのだ。
「そんなの……分かってる……! ちょっと強いだけの私じゃとても敵わないって……。けど、リントヴルムが本当に、ただ通り過ぎるだけなら良いけれど、このままじゃこの街が危ないから……!!」
それを話すレイの視線には、確かな覚悟と力が籠っていた。不安は無く、人々を護りたいと本当に思っている。そんな目付きだった。
そんなことを話しているうちにリントヴルムがこの場所へと降り立つ。
『ギャアアアァァァァァ!!!』
リントヴルムが降り立つ時に生じたソニックブームで街の建物が崩れ落ちた。その瓦礫は石畳の道に落下し、道を砕いて盛り上げる。
隕石が降ってきたと勘違いしていた住人は頑丈な建物に避難した為、その建物には人がいなく負傷者や死傷者は出なかった。
「ライ。お願い! 私に戦わせて!!」
その様子を見たレイは焦り、自分が戦うと言う。先程と変わらず、真っ直ぐな瞳。
考えている時間無く、レイの覚悟を受け取ったライは渋々了承した。
「分かった! が、俺やエマ、フォンセも力がバレない程度に手助けをする!」
それを聞いてレイは一瞬だけ笑顔を浮かべる。そして直ぐに真剣な顔付きをし、剣を構えてリントヴルムに向き直る。
その剣は鞘から抜いており、刀身の持つ銀色が太陽の光に反射して輝く。
『ギャアアアァァァァァ!!!』
そして次の瞬間、リントヴルムも戦闘体勢に入っていた。
思えば、レイが一対一で幻獣と戦うのはこれが始めてかもしれない。
厳密にいえば一対一というには少し違うが、何はともあれ殆ど自分の力で戦う事が初めてなのだ。
しかし、リントヴルムは何故此処にやって来たのか疑問に思うところである。
それを踏まえ、何かが分かるまでなるべく殺生は避けたいレイ。
『ギャアアアァァァァァ!!!』
もう既にリントヴルムは毅然としていた。
ヤル気満々というよりは、殺る気満々だろうか。
そしてレイが剣を腰から抜く。リントヴルムも息を荒くしている。
そして今、レイの初めてとなるレイvsリントヴルムの戦いが開始されるのだった。