百九十六話 水害・戦場
「"風"!!」
「"嵐"!!」
その瞬間、沼地地帯を二つの風が大きく荒らした。
一つは風魔術。一つは嵐魔術。それら二つの風はぶつかり合い、沼全体に大きな波紋を広げる。
「"水"!!」
「"洪水"!!」
次に水魔術と洪水魔術が放たれ、それによって沼地を沈めた。
二つの水によって辺りの沼は嵩が増え、フォンセとオターレドの足元まで水が溢れる。
その水は依然として嵩が増え続け、膝下まで溢れ返った。
「"豪雪"!」
「"炎"!!」
刹那、溢れた水は一瞬にして凍り付き、そのまま炎で蒸発した。
それによって生じた水蒸気は辺りを包み、フォンセとオターレドの視界は白く染まる。
「"炎"!!」
その時、フォンセは炎魔術を放ち、水蒸気爆発を起こして辺りを吹き飛ばした。
空気中を漂う水蒸気はフォンセが放った炎の熱によって急激に熱せられ、水分が膨張して大爆発を起こす。
その爆発は水蒸気が届いていた範囲全てに伝わり、水蒸気にて見え難くなっていた視界は黒煙によって見えなくなる。
「"雷"!!」
そしてその黒煙を真っ白な稲光が切り裂き、ゴロゴロと音を響かせながらフォンセへ向かう。
「……ッ!」
流石のフォンセも雷速で至近距離から迫られたら避け切れない。フォンセはそのまま霆を掠ってしまった。
雷というものは、場合によってはただ掠るだけで致命傷に成りうる可能性を秘めている。
生き物の場合、脳に電流が到達するだけで死に至るのだ。
勿論死なない事もある。どちらかと言えば生きる方が高い。それはさておき、つまり要するに、雷というモノは生き物の畏怖対象であり驚異という事である。
打たれた箇所が悪ければ後遺症が残ったりするだろう。
「"爆発"!!」
「……!」
そして、意識が一瞬薄れたフォンセは前方数百メートルに爆発を起こした。
オターレドは咄嗟に爆発を防ぎ、爆風を直接受けないようにする為、両手で顔を覆った。
「逃げたのかしら……いえ、消えた……? ……訳は無いわね。隠れているのかしら……どちらにしても油断は出来ないわね……危険なのは変わらないし……」
爆風が晴れ、辺りを見渡すオターレド。
フォンセが逃げたとは思えない様子のオターレドだが、消えた訳は無い。
なのでオターレドは、何処かに隠れて隙を窺っていると推測した。
魔力を辺りに放ち、フォンセの姿を探すオターレド。
(さて、どうするか……)
そして、そのフォンセは近くの林に隠れており林からオターレドの様子を窺っていた。
「……ッ!」
雷に打たれ、肉が裂けて焦げた腕を見やるフォンセ。
そこからは鮮血が流れており、沼地地帯という事もあって放って置けば悪化するだろう。
フォンセは雷を直撃した訳では無いのだが、掠っただけで大きなダメージを受けるのは確か。
辺りどころが悪ければ様々な後遺症を残し、生活すら儘ならなくなったりする。
通常よりも高い魔力を秘め、強靭な身体を持つフォンセだからこそこの程度の傷で済んだのだろう。
(取り敢えず応急処置はしていた方が良いな……)
フォンセは傷口に向けて片手を翳し、回復魔術を使う。
それによってほんのちょっと生まれる魔力の気配でオターレドにこの場所が見つかってしまうだろうが、それよりも戦闘を続行出来るように応急処置でも治療する方が優先だ。
「……! 微かだけど魔力……! ……彼処ね……」
そして、当然のようにその魔力を即座に感じ取ったオターレド。
オターレドは視線を林に向け、魔力を高めて両手を構えた。
「纏めて吹き飛びなさい……! "大洪水"!!」
刹那、オターレドはフォンセが隠れている林に向けて洪水の魔術を放出する。
その水は辺りを飲み込み、半径数キロに渡って大洪水を起こした。
岩や木々、草花。そしてフォンセとオターレドが広げた攻防によって死滅した野生動物。
それら全てを見境無く飲み込み林へ向かう大洪水。
沼地地帯特有の泥。それの色に染まった濁流は最終的に林を飲み込んだ。
「"風の槍"!!」
「……な!」
その瞬間、オターレドの背後に回り込んでいたフォンセはオターレドへ向けて槍のような風を放った。
「……ッ!」
そしてその風はオターレドの両肩を貫通し、そのまま吹き抜ける。
吹き抜けた風は背後の洪水を貫き、そのまま彼方まで飛んで行く。
「いつの間に……!」
肩を押さえ、睨み付けるように話すオターレド。
その歯は食い縛られており、押さえられている肩からは鮮血が流れていた。
押さえてる方の腕には肩の鮮血が伝い、曲げている肘からピチャピチャと垂れている。見るだけなら両腕が怪我しているような錯覚を覚える。
「ふふ、少し急いだらお前の背後に回る事が出来てな……いやいや、タイミング良く洪水を起こしてくれたよ……」
「……ッ!」
挑発を交え、オターレドに向けて話すフォンセ。オターレドがこのタイミングで洪水を起こしてくれたから丁度良く隠れる事が出来たと笑う。
オターレドはその事にカチンと来たのか、押さえていた肩から手を離した。
そしてフォンセの方を見やり、両手を自由にして魔力を込める。
「もうアッタマ来た! 貴女は溺死確定よ! 止まない雨の恐ろしさを本格的に教えたげる!!」
その瞬間、フォンセとオターレドの上空に暗雲が立ち込め、ゴロゴロと響くような音を鳴らした。それによってポツポツと水が降り、軈て豪雨となる。
「この雨は……。ふむ、普通の雨だな……何ら問題は無い……」
「……ハンッ! 普通の雨の恐ろしさをまだ理解していないようね! この何の変哲も無い雨がどれ程の生物の命を奪ったか!」
両手を広げ、雨を受けるフォンセ。
その雨を受け、フォンセは槍などでは無い雨と理解した。
それに反論するように言うオターレド。
雨などの魔術を扱えるが故にその恐ろしさを理解しているのだろう。
「恐ろしさは確かによく分からないが……止まない雨は無い。何れ太陽を拝めるだろうさ……」
「雨によって死んだ者が見る最期の空は曇天の雨空よ! 死んだ者が見たかった空を生きている者が見ても意味ないわ!! 結局は"生者"……即ち"勝者"しか太陽を拝む事は出来ないんだから!!」
どんどん強くなる豪雨を見、何れ止むと楽観的なフォンセに対し反論するオターレド。
雨足は更に強まり、ザァザァと天から降り注ぐ水分が地面を打ち付け音を響かせる。
「なら、どちらが太陽を拝めるか……確かめて見ようじゃないか……」
「上等よ! そもそも終わらせるつもりで私に有利な雨を降らせたんだからね!」
魔力を込めるオターレドに対し、フォンセも魔力を込めて返す。フォンセとオターレドの戦いは終盤へと近付くのだった。
*****
「矢を放ちなさい! 銃を撃ちなさい! 大砲を放ちなさい! いっその事投石でも何でも構いません! 出来るだけ相手にプレッシャーを与えるのです!」
「「…………!!」」
「「…………!!」」
「「…………!!」」
シュタラは創り出し、更に増やした兵士達へ指示を出す。
その指示に従う兵士達はシュタラの言うようにあらゆる武器を使ってリヤンとキュリテを狙い撃ちする。
音速を超えるライフルでスナイプする兵士がいれば、昔ながらの弓矢で射抜く兵士も居る。
遠距離でそれなりの攻撃を誇る大砲や投石を放つ兵士もおり、辺りは完全な戦場だった。
その戦場は一人の女性によって創られたモノでありリヤンとキュリテも対応するのが中々苦になっていた。
「倒しても……! 倒しても……! キリが無い……!」
「まだまだ数が居るね……それに、シュタラさんは倒された兵士を一瞬で消して新たな兵士を創っている……骨が折れそう……」
そんなシュタラの元に近寄りつつあるリヤンとキュリテ。
二人は陸と空から攻めているが、陸の兵士と空の兵士に足止めされていた。
距離が大分離れているので会話は出来ないのだが、その二人は会話をしているように見える。
陸の兵士達は馬に乗ってリヤンを攻め、空の兵士達は竜のような空飛ぶ幻獣に乗ってキュリテを攻める。
その個々は一般的な魔族の兵士より強いが、あまり大した事は無い。だがしかし、それが数で攻めて来るとそういう訳にもいかないのだ。
その兵士達はシュタラ一人が操っているとは思えない程の陣形を組み、的確に死角を突いてくる。
しっかりと統制された状態で死角を突く兵士達というのは、厄介なモノなのだった。
「はあ!」
そしてキュリテは大地を"サイコキネシス"で持ち上げ、幾つかの破片を兵士達に向ける。
「「…………?」」
「「…………?」」
「「…………?」」
『『…………?』』
『『…………?』』
『『…………?』』
それを見た空中兵士達と幻獣達は、訝しげな表情で首を傾げていた。
キュリテはニヤリと笑い、
「一気に減らすよ!」
持ち上げた大地の破片を兵士達目掛けて投げ付けた。
「「…………!?」」
「「…………!?」」
「「…………!?」」
『『…………!?』』
『『…………!?』』
『『…………!?』』
その大きさは一つ一つが数百メートル程であり、音速レベルは無いにしても凄まじい速度で兵士達と幻獣達へ向かう。
兵士達と幻獣達は驚愕の表情を浮かべて避けようとするが、もう時既に遅かった。
「これで何人目かな……」
それを当てられた兵士達と幻獣達は血を流しながら下へ落下し、下方に土煙を起こす。
兵士と幻獣か落下した際に激突して巻き起こったのだろう。
キュリテはそれを一瞥して正面を向き、
「「…………」」
「「…………」」
「「…………」」
「まだまだ居るね……」
ガックリと肩を落として言った。
目の前に居る兵士達約三百人。全てを一瞬で撃退出来るキュリテだが、幾ら倒しても本元のシュタラを何とかしなければ意味が無い。
まだまだ労働しなくてはいけない事実が面倒なのだろう。
「……ま、しょうがないか……。私って自分の国を落とそうとしているんだし……あれ? これってもう重罪? ズハルさんもそんな事言ってたしなぁ……」
その瞬間、キュリテは"フォノンキネシス"で衝撃波を放ち兵士達を吹き飛ばした。
そんなキュリテは一つの事が気に掛かる。
「この戦いが終わったら……ライ君たちともお別れかぁ……。そう言えば悪魔でこの国の案内係みたいなモノだったんだよねぇ……」
この旅の事を考え、ため息を吐くキュリテ。
始めは何となく面白そうだからという理由で着いて行った旅。
しかしキュリテはライたちに対して特別な感情を抱いてしまった。
元は敵だったとは言え、仲間意識が芽生えたのだ。
「今はこっち優先か……」
そこまで考え、まだ戦いが終わって無い事、まだライたちとは仲間であるという事を思い出して兵士達に向き直る。
「これが終わったらどうしよう……シヴァさんはライ君たちを味方に入れたがっているみたいだけど……私もそれが良いな……」
そして、シュタラの思考を読む事の出来るキュリテはシヴァ達がライたちを味方に入れようとしている事も理解していた。
そうなるならば別にそうなっても良いと考える。
「……ま、いっか♪」
次の瞬間、また増えた兵士達へ超能力を放って倒して行くキュリテ。
今はまだ、一応侵略者側のキュリテだった。
「どいて……!」
そしてリヤンは兵士達を薙ぎ払い、吹き飛ばして前進する。
大地を蹴り、そのまま小さな穴を造って加速するリヤン。
兵士達と馬の間をスルスルと抜け、更に加速して直進して行く。
「「…………!」」
「「…………!」」
「「…………!」」
兵士達はリヤンを捕らえようと動くが、リヤンはそう簡単に捕まらない。
フェンリルやブラックドッグ並みの速度に加え、リヤン自身が小柄なので捕まえ難いのだ。
「……!」
そして、遠方からは放たれた弾丸や矢、大砲の弾が飛んで来る。
それを見たリヤンは一瞬止まり、落下地点を推測して落下しない場所へ駆けた。
「本当に大変……!」
小さく呟き、爆風の中を進むリヤン。
大砲の影響で黒煙が立ち上ぼり、銃弾がリヤンの横を通る。
それらは当たらなかったが、何時当たるか分からないので油断は出来ない。
そして尚進み続けるリヤン。
──その刹那、
「……あ……!」
「「…………!」」
二人の兵士がリヤンの目の前に現れ、長い長刀坂を手に持ってリヤンを切り付ける体勢に入っていた。
「……えと……! ……出来るか分からないけど……これで行こう……!」
それを見たリヤンは一瞬悩み、解決策を思い付く。
しかしそれは上手く行くか分からない事であり、リヤン自身不安だった。
「「…………!」」
リヤンが思考を広げる最中、兵士達は長刀坂を大きく振りかぶって天へ翳す──
──次の瞬間、
「……えい!」
「「…………!?」」
リヤンの姿が、『霧となった』。
兵士達の振りかぶった長刀坂はリヤンをすり抜け、バランスを崩した兵士は一時停止して後ろを振り向き、リヤンを見やる。
「やあ!」
「「…………!!」」
そしてリヤンは跳躍し、背後から兵士達を吹き飛ばす。
野生の力はとてつも無い。成す術無く吹き飛ばされた兵士達は馬から落ち動かなくなった。
「……出来た……けど……まだ一瞬だけか……」
リヤンはそのまま地に降り立ち、霧になれたと実感しつつ遠方にいるシュタラを見る。
その距離は後少し。しかしだからこそ兵士達の数も増え、より突破が困難になって行くだろう。
「「…………!!」」
その時、今度はリヤンの前後から兵士達が馬に乗って駆けて来る。
その兵士達も長刀坂を構えており、リヤンを切り付ける体勢に入っていた。
「……兎に角……早く行こ……」
「「…………」」
そんな兵士達を無視して駆けるリヤンは霧となり、そのまま姿を消した。
前後から近付いてきていた兵士達は互いの長刀坂で互いを切り付け、そのまま落馬する。
「……飛べるかな……」
そしてリヤンは、霧になれた事からヴァンパイアの飛行能力も所持できていないかと確かめる為飛んでみる事にした。
「……あ……出来──ッ!」
そして一瞬飛べたが一瞬で落下する。
兎にも角にも、ヴァンパイアの力は本当に少ししか使えない。それが分かっただけでも上々だ。
「……やっぱり魔術で飛ぼ……」
そしてイフリートの風魔術を使い、シュタラとの距離を一気に詰めるリヤン。
「次々と兵士達がやられていますね……やはり一筋縄ではいきませんか……分かっていた事ですけど……」
リヤンとキュリテの無双を見たシュタラは困ったような表情で呟く。
あの兵士達は精々足止めしか出来ないと分かっていた事なのだが、目の当たりするとなればまた別なのだろう。
「そろそろ私も行きますか……。兵士達も人間からランクアップしましょう……」
そして、遂にシュタラが動き出した。
一度兵士達や馬に幻獣を全て消し去るシュタラ。
「「……!」」
消えた兵士達を見、リヤンとキュリテはシュタラに近寄りつつも警戒を高める。
シュタラは再び魔力を放って新たな兵士達を創り出した。
「……行きなさい!」
『『…………!!』』
『『…………!!』』
『『…………!!』』
「「……な……!」」
そしてシュタラは、『巨人を創り出した』。
武装した巨人はズーンと重い足音を鳴らして地に着き、大地を大きく振動させて立ち上がる。
その巨躯が醸し出す威圧感は中々だろう。
「……大きい……」
「……巨人ねぇ……一挙一動でちょっとした爆弾よりも威力が高いから苦労しそう……」
リヤンは巨人を見上げ、キュリテは巨人を見下ろして言う。
その巨人は数万体おり、かなりの威圧感がある。
「……この戦いも……終幕へ持って行くとしましょう……」
両手を広げ、それに共鳴するよう巨人兵士達は動き出す。
一歩一歩圧倒的な重さを誇った重圧が掛かり大地が割れた。
割れた大地は音を立てて浮き上がり、その衝撃が全体へ伝わる。
フォンセvsオターレド、リヤン&キュリテvsシュタラの戦いも終盤へと向かって行くのだった。




