百九十二話 震動・重力
「"震動"!!」
刹那、ズハルは大地を大きく振動させ、深く抉って大きな地割れを造り出した。その地割れは衝撃となり、レイ目掛けて真っ直ぐに進む。
「……!」
そしてレイはそれを避けた。
真っ直ぐにしか来ないのならば、避ける事だけは容易く出来る。
避けたレイは直ぐ様ズハルに向き直り、体勢を建て直しつつ見やる。
避けた時の動きによってレイの足元を砂が舞い、そのまま風に巻かれて消え去った。
「クク……その傷で此処まで動けりゃ上々じゃねェか……やっぱ人間ってのも魔族とは違う強さがあるんだな……。種族が違くても同じ生物だ」
避けたレイを見たズハルはクッと笑ってレイに言う。
ズハルの言う強さとは力の強さもあるが、どちらかと言えば根性的な強さの事を述べている。
身体を内部から破壊され、あらゆる箇所から出血もしているレイだが、ズハルはそんなレイが放つ闘志に対して称賛の声を上げているのだ。
「……何を言っているの!」
そんなズハルに向け、レイは勇者の剣を振るった。
それによって生じた斬撃は回りを切り裂き、真っ直ぐズハル向けて突き進む。
「容赦ねェな……少しは話そうぜ?」
その斬撃をヒョイと避けるズハル。
ズハルは飄々とした態度を取っており、レイの斬撃を意に介さない様子で言葉を返した。
その斬撃はそのまま飛び、遠方の山や木々を切り裂いた。
「やぁ!」
ズハルの言葉に返さず、レイはそのまま流れるように剣を振るう。
上下左右斜面とあらゆる方向から剣を振り、ズハルを狙うレイ。
それらの斬撃もズハル目掛けて飛び、レイ自身も地面を蹴って走り出した。
「ハッ、正面から来るか、それも良い!」
駆け寄ってくるレイに対し、ズハルは両手に振動の魔術を纏い、空気を震わせながらレイに駆ける。
ズハルの動きによって周囲の空気は揺れ、心なしか視界も揺れているような錯覚を覚えた。
そして斬撃は空気の振動によってズハルを逸れる。
「……!」
その揺れを気にせず剣を振るうレイ。
ズハルの手に触れれば再び身体が内部から破壊されるだろう。なのでレイはズハルの手に気を付けながら剣を振るった。
「ハッ、ノロイノロイ! やっぱ最初の攻撃によるダメージはデカイみてェだな! 剣が止まって見えるぜ?」
上下左右と振られる剣。ズハルは話ながら身体を反らし、屈み、仰け反って避ける。避ける度に空を切った斬撃が山や森を切り裂き、辺りには砂埃が舞う。
そしてそんなズハルの動きは、何時でもレイを破壊する準備が出来ている様子だった。
「アナタこそ! 手に当たらなければ問題ないよ!」
その手を掻い潜り、いなしながら剣を振るい続けるレイは挑発するように言い放った。
レイの動体視力や全体的な力は常人からすれば達人レベル。ズハルが本気じゃなければ見切る事は容易いのだ。
しかしズハルが本気を出した場合、反射的に避ける事は出来るだろうが、果たして避け切れるかは定かでは無い。
「はあ!」
取り敢えず返したレイはそのまま続くように剣を薙ぐ。
「クク……闇雲って訳じゃねェが……如何せん遅過ぎるな……」
一撃一撃が森を断つ威力を秘めている剣だが、当たらなければ意味が無い。
ズハルにとっては人間の常人。その達人レベルなど簡単に壊せる存在なのだから。
人間という種族は"人間"・"魔族"・"幻獣"・"魔物"の中で一番を謳われる最強種族。
しかしその殆どは非力であり、力だけなら魔族・幻獣・魔物に大きく劣ってしまう。
代わりに支配者を含めたその側近や部下たちが優秀であり、かつて世界を救った勇者と同じ種族である。
それらがあるからこそ人間は強者で居られるのだ。
それに加え格闘術、剣術、魔法・魔術などのように、あらゆる事を器用にこなせる力がある。それを鍛えれば上位クラスの力になれるのだ。
何故そうなるのかは分からない。しかし、勇者が居ると謂われている聖域という場所が本当にあるのならその謎も明らかになるだろう。
「やあっ!!」
「……? 急に速くなった……? 気のせいか……」
そして尚勇者の剣を振るい続けるレイ。
剣を避けるズハルとの距離を詰め、高速で剣を振るう。
剣は空気を切り、斬撃を飛ばしてズハルに仕掛ける。
そして、そんなレイが振るう剣。それが少し速くなったと感じるズハル。
しかし直ぐに気のせいだと意見を変えた。
「……そろそろ仕掛けるか……!」
「……!」
刹那、ズハルはレイの背後に回り込み、レイに手を触れた。
「しまっ……!」
「当たらなければ問題ない……じゃあ、当たったらどうなる? ──"破壊震動"!!」
「……ッ!?」
その瞬間、レイの身体はガクガクと痙攣を起こしたように揺れ、再び目、耳、鼻、口などから出血する。
勇者と同じであろう真っ赤な鮮血は飛び散り、膝を着いて倒れるレイ。
辺りには血液の水溜まりが出来ており、そんなレイを見下ろすズハル。
「これで今回の戦い二回目の破壊……流石に立てねェか?」
ズハルは足で倒れたレイを突つき、レイを転がして仰向けにしながら呟いた。
ゴロンと力無く転がり、為されるがままに仰向けとなるレイ。
「……死んだか? 何か随分と呆気な……」
そんなレイを見たズハルは、力が無い事から絶命したと考える。
──その刹那、
「…………!!!」
「……ッ!!」
レイの片手に力が込められ、力強く剣を振るい抜いた。
その斬撃は的確にズハルを捉え、ズハルの脇腹を抉って腕を切り落とす。
それらによって見た目だけならレイよりも大きな傷を負うズハルは、吐血しながらレイを見た。
「クク、死んだフリか……? 随分とセコい真似しやがる……」
そして切り飛ばされた片手を広い、振動で肉を揺らしてくっ付けるズハル。一気に血液が流れたからか、その顔色は悪く青かった。
「……フリじゃ……無いよ……! ほ、本当に死んじゃったかって思った……!!」
ズハルに追撃をしない。いや、身体のダメージが大きく追撃出来ないレイはハァハァと呼吸を荒くしながら告げる。
傷が大きく、意識が朦朧としているレイは喋る度に吐血する。
傷が熱を持ち、顔も紅潮している。見るからに具合が悪そうだった。
「……っかしーな……テメェが"自分で死んだと思っていた"。ってのは何かおかしいぜ。テメェは始めを含めて二回身体を内部から破壊されている……にも拘わらず、何で動けているんだ? 根性なんて甘いもんじやねェなこりゃ……もっと別の何かだ……」
腕をくっ付け、傷を塞いだズハルは訝しげな表情で首を傾げながらレイをマジマジと見る。
確かに具合が悪く、今にも倒れそうな雰囲気のレイだが、ズハルからすれば何故倒れないのかが気になっていたからである。
レイは二度身体に振動を与えられ、二度内部から破壊されている。
なのだが、その筈なのだが──レイはまだ倒れないのだ。
身体を内部から破壊され、目、耳、鼻、口から出血しているという事は脳にもある程度のダメージが行っている筈である。
しかし、それでも尚立ち続ける事が出来ているレイは明らかにおかしいのだ。
常人ならば既に死に至っていてもおかしくないダメージを受けているのだから。
「生き物ってのは大抵脳をやられると死ぬ。腕が取れようと脚がもげようと何とか生きる事は出来る……最悪、内蔵の一部が無くなっても多少は生きられる……脳と心臓が無事なら回復の余地はあるんだが……何でテメェは脳が壊れても動けるんだ……?」
この瞬間、ズハルの目の前に居る存在──レイ・ミールは驚異的な敵、ズハルの畏怖対象となった。
理由は明確、レイが倒れずに剣を構え、振るい続けているからだ。ズハルから見るレイは人間では無く、別の何かに見えているだろう。
「コイツは此処で消して置かなきゃ……色々ヤベーかもしれねェな……!」
「……!」
次の瞬間、ズハルは高速で駆け、一瞬にしてレイの背後に回り込んだ。
意識が朦朧としており、今にも倒れそうなレイは少し反応が遅れ、慌ててそちらを振り向く。
「確実に俺たちの驚異的存在となる……!!」
「……!!」
そしてレイに向けて振動を放つズハル。
薄い意識の中、レイは咄嗟に勇者の剣を盾として構えた。
「そんな鉄の塊、破壊してやるよ!! "震動衝撃"ッ!」
その瞬間、レイの構える勇者の剣に向けて大きな震動の衝撃が与えられた。
それは勇者の剣を揺らし、鼓動させて粉砕しようと試みる。
その衝撃は辺り一帯に伝わり、レイとズハルの回りが大きく抉れ地割れが巻き起こった。
「──ッ! ま、負けない……!!」
そしてその振動を剣に受け、レイは踏ん張る。
カタカタと揺れる剣だが、この程度の振動では砕けないだろう。
「やぁ!!」
「……ほう?」
レイは剣を振るい、ズハルを自分から遠ざける。ズハルは弾かれ、振動は剣を伝い切れず途中で途切れた。
互いに少し後ろに下がり、ザザッと地面を擦らせる。
「はぁ!!」
「……良いじゃねェか!」
そして二人は互いに距離を詰め、勇者の剣と振動をぶつけ合う。
レイの身体は振動によってあらゆる箇所に不調を来すが、そんな身体でもズハルに確かなダメージを与えている。
こちらの戦闘は始まったばかりであった。
*****
「潰れろ!!」
「……!」
生々しい音と共に鮮血が飛び散り、朧月の宵闇を赤く染める。
辺りの木々や岩は潰れ、そこは既に更地と化していた。
それを見るに、至るところに何か重い力が加わったような跡が造られている。
「……さて、これで何回潰したんだ……?」
肩で息をしているウラヌスは重力が集まった中心を見、熱によって拉げている状態の地面を眺めていた。
「……さあ? 数十回程度……というのは数えているか?」
そしてその中心からはグチャグチャと音を立てて再生する生物──ヴァンパイアのエマが現れる。
エマは既に何十回もウラヌスの重力によって潰されている。
しかし、潰される度に再生し復活したのだ。
「全く……嫌になるぜヴァンパイアの不死性には……。再生の過程が気持ち悪過ぎらぁ……自分でやっておいて何だけど、精神的に参るねこりゃ……」
重力の中心から再生するエマを見たウラヌスは、気持ち悪そうに言いながら頭を掻いて話す。
普通の生物が重圧で潰されれば一瞬に死に至るだろう。
しかし、ヴァンパイアのエマからすれば大したダメージにならず容易く復活できるのだ。
そして現在は夜。エマの持つ再生力と純粋な力は昼間とは比にならない程上昇している。
「ふふ……じゃあ、私も様子見は終わりだ。さっさと片付けてやろうじゃないか……」
両手を広げ、鮮血よりも紅い目を光らせて金髪を靡かせるエマ。
エマはウラヌスに抵抗しなかった。理由は様子見。つまりウラヌスの重力がどの程度なのかを確かめていたのだ。
それを確認し終えたので行動に移ると言う。
「へえ……様子見ねえ……随分とまあ、ナメられたモノだな……ぶっちゃけ俺は重力で君を押し潰したくらいしかしていないぞ?」
エマに言われ、少しムッとした様子で返すウラヌス。
ウラヌスは重力を操り、己を加速させたり一撃の威力を上げたり出来る。
しかしウラヌスはエマを重力で潰すだけという、何とも幼稚な攻撃方法しか使っていなかった。
それでも常人なら何もせずに潰せるのだがそれはさておき、ウラヌスも様子を見ていたに過ぎないのだ。
なのでウラヌスは重力で潰すだけが戦闘方法と思われた事にムッとしたのである。
「ふふ、そうか。しかしそれは理解しているよ……だから次はそれなりの戦いにしようじゃないか……」
「オーケー……」
エマとウラヌスが会話し、エマの提案に乗るウラヌス。
二人は互いに頷き、
「「…………!!」」
同時に動き出した。
「潰すってのだけが重力じゃねえぞ!!」
先ず仕掛けたのはウラヌス。ウラヌスは足を重くし、身体を軽くする。
その勢いで大地を蹴り、大地を割りながら加速した。
大地を蹴る瞬間に足を重くし、蹴り終えると同時に全身を軽くして勢いを付けたのだ。
「ああ、知ってるとも……」
そしてヴァンパイアのエマはウラヌスが加速すると同時に闇に紛れ、その姿をウラヌスの前から消し去る。
「消えた……! ヴァンパイアの能力か」
消えたエマを見たウラヌスは一瞬にハッとする。が、直ぐ様ヴァンパイアの力と理解してその場に立ち止まる。
「……ッ!?」
その刹那、ウラヌスの近くを闇が過ぎ、去り際にウラヌスを切り裂いた。
ウラヌスの脇腹から出血し、ウラヌスは通り過ぎた闇を見やる。
「……成る程な……!!」
切られたウラヌスは切り口を見て口角をつり上げる。
今まで様子を見ていただけのエマに切られた事で何かを思ったのだろう。
「だが、闇だろうと光だろうと、強過ぎる重力から逃れる事は出来ない……! "重力"!!」
刹那、ウラヌスは辺りの重力を急激に高め、辺り一帯を大きく凹ませた。
辺りはあらゆる物が潰れる音が響き、轟音と共に岩や木々の破片が更に粉砕した。
「全てを破壊して炙り出すとはな……いやいや、中々無茶をする……もう砕けている木や岩を破壊するなどオーバーキルもいいところだぞ?」
そして物の欠片が浮き上がり、その中に混ざっていた赤い塊が動いて話す。
そこから数秒もしないうちに人の形となり、金髪と紅い目が輝いた。
「ハハ……いや、少し楽しくなってしまってね……重力で潰れても死なず、俺にダメージを与える……そして昨日の少年のように圧倒的な力の差がある訳じゃないこの状況……手に汗握る接戦を演じれそうだ……」
両手を握り、クックッと笑うウラヌス。
魔族故に戦闘好きの性分は変わらない。なので対等以上の相手が嬉しいのだろう。
「……演じる? 少し違和感を覚えるな言い回しだが……取り敢えず戦いを楽しんでいるのは分かった。続きと行こうじゃないか……」
ウラヌスの言葉を聞いたエマは首を傾げ取り敢えず納得? する。
何はともあれ、ウラヌスを倒さない事では始まらないからだ。
レイvsズハル。エマvsウラヌスの戦いはまだ続くのだった。
 




