百九十一話 五、六割
「オラ! そら……! ……ッラァ!!」
「……オイオイ……ヤケクソか?」
魔王の力を五割纏ったライは巧みに拳や足、その他の部位を放ち、一挙一動で山や河を粉砕できる一撃を放ち続ける。
それでも尚激しさは増しており、激しさ速さを組み合わせて行く。
「いや、違ェな……ヤケクソにしては的確な一撃一撃だ……」
シヴァはその攻撃を見、闇雲に放っているモノでは無いと確信した。
闇雲に攻撃をする場合は何も考えず、ただ敵を倒す事にのみ執着する。
しかし、ライの場合は敵の居場所を狙い打つのみならず敵が何処へ避け、何処へ向かうのかを考えて攻撃しているのだ。
まだ五割という力からシヴァには見切られて避けられるが、ライは一割、二割、三割、四割、五割の力を巧みに操る事によって緩急を付けてシヴァを翻弄している。
緩急を付ける事によって相手の目を慣れさせず、確実に自分の動きを捉えられないようにしているのだ。
「ハッハ! もっと楽しませてくれや!」
ライの攻撃を受け、防ぎながら高らかに笑って話すシヴァ。
ある程度は緩急に翻弄されているシヴァだが、やはり支配者。それはあまり苦になっておらず余裕のある飄々とした態度のままだった。
「ハッ、そんなに楽しみたいなら楽しませてやるよ!」
そう言ったライはシヴァから距離を取り、数百メートル離れた。
「……?」
そんなライを見たシヴァは"?"を浮かべて首を傾げる。
ライはシヴァの動きを気に止めず、
「オラァ!」
──第五宇宙速度で石を放った。
「……あ? それだけ?」
それを見たシヴァはますます疑問に思うような顔をし、首を傾げる。
取り敢えず石ころを片手で防いだシヴァだったが、困惑した表情は変わらない。
「まだまだ!」
そしてライは第一宇宙速度、第二宇宙速度、第三宇宙速度、第四宇宙速度、第五宇宙速度で次々と石ころを放り投げて行く。
その一つ一つは空気の摩擦で燃え上がり、威力を増してシヴァへ向かう。
この石ころ一つ一つにはクレーターを造り出すちょっとした隕石レベルの破壊力を秘めているのだが、数百メートル程度で燃え尽きてしまうだろう。
だからライはシヴァから数百メートル離れた場所に位置取り、次々と投石しているのだ。
「……オイオイ、テメェ……あまりナメんじゃねェぞ?」
そしてシヴァは、片手を軽く振るって石ころを全て消し去った。
その表情には若干の苛立ちが見える。恐らく楽しませるという言葉とは裏腹に、シヴァにとって大したダメージにならない攻撃を仕掛けるライにイラついているのだろう。
先程までの猛攻とは打って変わり、石ころを投げるだけという、子供の喧嘩で子供がやりそうなつまらない事。戦いを楽しみたいシヴァはそれに対してイラついているのだ。
石ころの数が十個でもあればまた変わった事だろう。今投げた石ころは五個だけなのだから。
「ナメてねえよ」
「……!」
そしてライは、シヴァの背後に回り込んでいた。
突然現れたライにシヴァは少し驚く。
「成る程。あの石ころは全てフェイク……テメェは俺が石ころに気を取られている隙に光の速度を一瞬だけ出し、俺の背後に回り込んだのか……」
しかし軽く跳躍して距離を取り、シヴァはライから離れてライの作戦を推測した。
「……」
シヴァが避け、ライは無言でシヴァを見やる。
ライが一瞬だけ光の速度で動いたからか、先程までライが居た場所には数千キロは下らないであろう範囲にクレーターが造り出されていた。
「だが、その程度の稚拙極まりない作戦に俺が気付かないとでも思ったか?」
「……」
「……。思ってねェみたいだな……」
シヴァはライに向けて言い、ライは無言で返す。
そんなライを見たシヴァは上を見上げ、ライが考えていた本当の作戦に気付く。
空からは、幾つもの瓦礫が降り注いでいたからだ。
「移動した際に土塊を舞い上げ、それを俺に向けて降り注がせる……これも幼稚な作戦だ……」
次の瞬間、シヴァの背後から鋭利な岩が生え、うねり、蛇のように迫り来る。
「そしてお留守になった背後から土魔術で攻撃を仕掛ける。これも分かりやすい」
その岩を避けるシヴァは空から降り注ぐ瓦礫も避け、ライの攻撃を交わして行く。
その時、"炎"・"水"・"風"・"土"の魔術がシヴァへ放たれた。
ライは四大エレメントを使えない訳では無い。魔王(元)に慣れる事によって使えるようにはなっている。巧みに形を変えるなどのような細かい調整以外は普通に使えるのだ。
「最後に四大エレメントを全て使い」
「……」
それと同時にライは第五宇宙速度で駆け出し、シヴァに向けて拳を放つ体勢に入った。
「上下左右の全方位から俺を攻めるか……」
「オラァ!!」
その拳はシヴァを捉え、ライが放った四大エレメントもシヴァに命中する。
その衝撃で辺りは消し飛び、大きな砂埃が上がると同時に砕け散って行く。
「いやァ……中々に凄い連続攻撃だったな。幼稚って言った事は訂正しようじゃねェか。称賛に値するぜ、これは」
「……へえ? 随分とまあ、意見がコロコロ変わるんだな」
そして、その砂埃が晴れると同時に無傷のシヴァとライが現れる。
シヴァは土などで汚れており、ライも土汚れがあった。しかし二人とも肩で息をする様子も無ければ痛みすらないようなノーダメージだった。
「ハッハッハ! 自分で言うのもなんだが、俺は良くも悪くも自由だからな! 実際、テメェがナメてるって思ったのは事実だ! 実際事実って言い回しに違和感はあるがどーでもいーだろ? 取り敢えず俺はテメェがナメてるって勘違いしていた! 反省するさ!」
次の瞬間、珍しくシヴァが攻める為にライの元へ近寄った。
大地を踏み蹴り、大きく凹ませて加速するシヴァは真っ直ぐライへ向かう。
ライが自分をナメていると勘違いしていた事について反省を兼ね、正面から向かってやろうと言う事だ。
「いいや、別に問題ないさ! 俺が全く本気出していないってのも事実だからな!」
そんなシヴァへ向け、気にする事は無いと告げるライ。
ライは今五割、全くの本気では無いのでナメているという表現は当たらずとも遠からずなのである。
「ハッ、それを言ったら俺の方が本気じゃねェだろ! 俺はテメェよりも更に弱気で挑んでいるんだからな!」
そしてライに返すシヴァ。
ライは五割だが、シヴァは一、二割程度の力しか使っていない。
本気を出せば宇宙が持たないからだ。
なのでシヴァはやはり俺が悪いと話す。
「ハハ。じゃあ、おあいこって事で良いだろ。どちらも悪かった。これで解決だ!」
「良し、それで行こう!」
刹那、恒星の数千万、数億倍の大きさを誇る星が傾いた。
その原因となった場所で、ライとシヴァはぶつかり合っていた。
そう、ライとシヴァがぶつかった事で星の角度がズレ、地軸に傾きが生じたのだ。
「「オラァ!!」」
そして再びぶつかり、またもや惑星の地軸にズレが生じる。
そのズレによって今すぐ影響がある訳では無いが、何れ何かしらの影響が生じるだろうう。
しかしシヴァの手に掛かれば、仮にこの惑星が粉砕しても再生させる事が出来る。
なのでちょっとした地軸のズレなど意に介さない筈である。
「そらっ!」
「よっと!」
それから連続で攻撃を放つライとシヴァ。
第五宇宙速度で攻撃を繰り出すライに対し、等速で迎え撃つシヴァ。
一挙一動で地面は抉れ、粉塵が巻き上がって消え去り、そして辺りは何も残らず更地となった。
更地と化しても尚ライとシヴァのぶつかり合いは終わらず、仮にこの星に生物が居たらこの短時間で数十種は絶滅しているだろう。
それ程の攻防が行われているのだ。
「魔法・魔術を無効化するって言っても、多少は効くだろ! "太陽"……!」
次の瞬間、シヴァは新たに小さなエネルギーの集合体──太陽を創り出した。
その太陽は燦々《さんさん》と輝き燃えている。
創造された太陽の熱エネルギーは底知れず、シヴァが片手に構えるだけで辺りは蒸発していた。
「焼けろ!!」
そしてその太陽をライへ放つシヴァ。
放たれた太陽は回りを焦がし、蒸発させながらライへと直進する。
更地の土をも消し去る勢いで燃え盛る太陽は空気を熱して進んでいた。
「嫌だね!」
そしてその太陽をライは、『殴って消し飛ばした』。
魔王の力を五割纏ったライの拳。それに触れた太陽は消滅する。
「やっぱ駄目か。ま、関係無ェけど!」
それと同時にシヴァは連続して小さな太陽を創り出し、その全てをライへ放った。
その太陽は一つ一つ、全てがこの太陽の数千倍以上の山を消し去る威力を秘めている。
「俺も問題ない!」
放たれた太陽はライが拳や足を振るい、砕かれて再び消えた。
魔法・魔術無効の魔王。その作用は触れるだけで効果を発する。太陽を消し去り、シヴァに向かって加速するライ。
「そろそろ次の段階に行くさ!」
「……!」
そしてライは、『第六宇宙速度』即ち光の速度に加速した。
秒速30万㎞の速度で移動し、半径数万キロが木っ端微塵に粉砕する。それは距離だけ見れば星一つ分の質量があった。
「ほう……光速の域に入ったか……!」
光の速度で進むライを目視し、その速度差に気付いたシヴァ。
始めて戦った時はその速度差によってダメージを与える事が出来たが、今回は既に六割を体験しているシヴァ。
なので簡単に見切られてしまったのだろう。
「ああ、それなりの力で相手をしてやらなきゃ失礼に値すると思ってな……楽しみたいんだろ、戦いを? それに応えてやるさ支配者さん……!」
光速でシヴァの後ろに回り込んだライはシヴァを一瞥し、それなりの力を使うと言い放つ。
事実、魔王の力──その六割の力は一挙一動で天変地異を巻き起こし、星の命運を終わらせるモノである。
シヴァに対してそれを使ったという事はライもその気になったという事。
「それなり? ハッハ……面白い冗談だ……どうせテメェは全く本気じゃねェだろ?」
「ああ、その通りだ……」
刹那、ライとシヴァの姿がその場から消え、半径数万キロが再び消滅した。
それによって恒星の数千万、数億倍の面積を誇る星が凹み、大地の多くが陥落した。
陥落した大地は移動の余波によって更に拉げ、宇宙へ星の欠片が放出される。
「オ────」
「ハッ────」
そしてこの星の大気圏にまで跳躍したライとシヴァ。
二人は互いに相手へ向けて拳や足を構え、
「────ラァ!!」
「────まだだ!!」
大気圏で激突した。
二人が放った物理的な攻撃は底知れぬ衝撃と熱を生み出し、大気圏のオゾン層を吹き飛ばした。
消し飛んだオゾン層は宇宙空間へ広がり、星の表面から消え失せる。
「おっと、草木が枯れちまう……」
そしてそれを見たシヴァは即座に新たなオゾン層を創り出し、この星に生えている草木を護る。
「ハッハ……草木を枯らすのが嫌ならさっさと降参でもしてくれりゃ良いのに……。別に中断しても良いんだぜ? 俺は悪魔で平穏な征服を目指しているんだからな」
オゾン層を再生させたシヴァ。
そんなシヴァを見たライは笑いながら告げた。
今現在ライとシヴァは、重力に伴って大気圏から地上に落ちている。
落下している間は特にする事も無く、話す余裕があるのだ。
無論、その気になれば両者共に空中戦も出来るが。
「ハッ、"平穏な征服"って……たった一言で矛盾出来るなんてある意味才能だな、こりゃ。仮にこの星が消え去ろうが俺は即座に創造出来るんだ。多少の消滅はやむを得ない。俺は降参しねェ。テメェを倒してテメェを部下に率いれてやるよ」
落下しているライの言葉に対し、同じく落下しているシヴァが返す。
シヴァはライたちの征服を阻止し、ライたちを魔族の国支配者。つまり自分の部下にしようと考えているらしい。
確かにライたちがシヴァの部下になれば四つの国で一番になるのも簡単だろう。
元々シヴァの部下の幹部。その側近も居るが、それはそれである。
「オイオイ……そりゃどんな拷問だよ。俺は自由になりたいのさ……」
シヴァの言葉を聞き、嫌そうな顔でシヴァに返すライ。
シヴァはムッとし、表情を曇らせて言葉を続ける。
「嘘吐け! ただ俺の部下になりたくないだけだろ!」
「否定はしない」
「少しはしろよ!」
そして真剣勝負の最中に行うような会話じゃない会話をしつつ、ライとシヴァは地上に降り立った。
大気圏から落下したのでそれによってクレーターが造り出された。が、ライとシヴァの一挙一動の方が破壊規模が大きいので問題ないだろう。
──その刹那、
「「オラァ!!」」
二つの掛け声と同時に、再び星一つ分の面積が粉砕した。
ライのシヴァの間には大きなクレーターが出来ており、枯れた海、奈落、深淵、を彷彿とさせる大きさだった。
「「…………」」
有無を言わずにぶつかり、奈落の谷が更に深く広がる。
二人は光速で動いており、移動する度に巨大な穴を生み出してそれを広げる勢いで攻防を繰り広げて行く。
そして一瞬にして幾つもの大穴を空け、一瞬にして全ての穴を一つに纏める程の穴を空ける。
幾つも広がった巨大なクレーターの集合体は一つの穴になり、その中心で回りの大地が消し飛んで更に穴を広げた。
恐らくこの穴には惑星が数百個は入るだろう。もう既に、それ程の大きさを誇る穴だった。
「オラァ!!」
「流石に強いな! 楽しいぜ!」
そしてその穴は消し飛ぶ。惑星が数百個程度入る穴など、魔王の力を六割纏ったライと魔神のシヴァにしては小さ過ぎるのかもしれない。
(あー。……五割、六割って使っているけど……全くダメージを与えた気がしないな支配者には……)
そしてシヴァと向き合うライは面倒臭そうに考える。
今のライは一挙一動で惑星の機能を停止させる事が出来る。
しかし、その攻撃を何十、何百回も放っているのだがシヴァは楽しむだけ楽しんでおり、肝心のダメージは無い様子だ。
なのでそこはかと無く面倒なのだろう。
【クックック……だったら使えば良いじゃねェか……あの魔神にダメージを与えた七割をな……】
そんなライに囁くのは悪魔──もとい魔王(元)。
魔王(元)はライの様子を見、七割の力を使えば良いと促す。
実際、あのシヴァに七割以外ではダメージを与える事が出来ないだろう。
光の速度で移動すれば星が終焉を迎える事もある。そしてそこ光の速度でライは本気を出しているのだ。全力の六割という本気を。
(うーん……まあそうだけどさ……俺の七割は全身全霊の力を込めた七割でようやく支配者の片手を不能にするくらいだからな……一応……一割から六割までの力は全て全力の一割や全力の六割とかで戦っていたけど……七割を使えるようになったのは最近だし……全力の七割でもな……)
魔王(元)の言葉を聞き、悩むライ。
実際、七割の力を使う事に抵抗は無い。
何故ならライの目標は、この戦いで十割を解禁する事だからだ。
しかし、現実はそう簡単に勝てる力を与えてくれないらしい。
ライが使った全身全霊、本気の七割でレヴィアタンを木っ端微塵に粉砕し、シヴァの片手を粉々にする力。
つまり、あらゆる武器を通さない最強生物レヴィアタンの全身=シヴァの片腕なのだ。
一挙一動を全力で動くのも良いが、ライは七割を解禁したばかりで自由に扱えるという訳では無いのである。
【ハッハッハ! また悪い癖が出ているぜ? テメェはもっと自分に自信を持てよ! 旅して数ヵ月、それで俺の力を七割まで引き出したんだ! テメェじゃなきゃ、仮に俺の力が宿ったとしても一割未満で全身が再起不能のゴミと化していただろうよ!】
考えるライに対し、茶化すように笑いながら話す魔王(元)。
魔王(元)の言っている事は嘘のようで本当だ。強過ぎる力というモノは時に自分を、己自身を破壊する。
だが今まで何度も述べたように、ライはライ自身が思うよりも凄まじい速度で成長しているのだ。
要するにライは魔王(元)の力に適応しつつあるという事である。
適応する事によって魔王(元)の破壊から己を護り、己の力を魔王(元)の力と同等にしている。
(まあ、どの道使わなきゃならない力だし……何かしらの要因が加わって八割、九割、十割を使えるようになるかもしれないし……)
魔王(元)の言葉を聞き終えたライは思考を続け、その答えを導き出した。
(良し。じゃあ七割使うぞ魔王!! ダメージを与える事が出来るかもしれない力を使わないのは勿体無い!!)
【ハッハッハ!! 流石だぜ!! そう来なくちゃつまらない!!】
そしてライは魔王の力を七割纏った。
黒より黒い漆黒の渦はライの全身を駆け巡り、血が熱く滾って全身の力を何段階も上昇させる。
七割纏った事によって大きな穴から土の欠片が浮き上がり、空中で消滅させた。
「さて、やろうか? 支配者さん……」
「ハッハッハ……その感覚……ようやく俺の片腕を粉砕させた力だな……」
因みにライは、ライと魔王(元)の空間でのみ話していた。
現実の時間にすれば一秒も一瞬も掛かっていないのだ。
シヴァはそんなライの変化を目の当たりにし、自分にダメージを与えた力と理解する。
そしてシヴァも全身に大きなエネルギーを巡らせた。
ライvsシヴァ。まだまだ終わらない二人の戦いは、今ようやく中盤戦に差し掛かった。