百八十七話 一割
「……オラァ!!」
──そしてライは、『第一宇宙速度』でシヴァに向かって行く。
足を踏み込み、そのまま大地にクレーターを造り粉塵を巻き上げながらシヴァへ殴り掛かる。
「……テメェ……ふざけてんのか?」
「……ッ!」
音速を越えた速度で向かって来るライに向け、即座に軌道の横へ移動したシヴァはライの腹部を蹴り上げた。
腹部を蹴り上げられたライは吐血しながら上空へ吹き飛ばされ、
「俺は全力でやろうって言ったんだよ……」
そのまま上空からシヴァによって叩き落とされた。
ライが落下する軌道には線が描かれ、その線は垂直に落ちて大地が爆散した。
ライが生み出したクレーターはシヴァがライを落とした際に造り上げたクレーターによって上書きされ、辺りは大きな砂埃で視界が無くなる。
「なのに何だその力は……? 確かに常人や一般的な魔族の兵士には余裕で勝てる力だし、幹部の側近となら互角に渡り合える力だ……だが、全くの本気じゃねェ!」
上空から降り、着地したシヴァは砂埃に向けて話す。
ライが使った力は一割。主に相手の力を窺う時に使う力だ。
「ハッ、当たり前だ支配者さんよ……。俺はこの星を堪能するって言ったんだ。堪能するのに最初から全力で挑んじゃあっさりと底が見えてつまらないだろ?」
叩き落とされて生じた砂埃から、シヴァから受けた蹴りでしかダメージを負っていないライが現れて告げる。
ライはシヴァと戦う時、"堪能してやろうじゃねえかよ"と言った。
それが意味する事はつまり、始めから全力を出すのでは無く、力を小出しにしていくという事である。
(さて、これで誤魔化せたか? 早いとこ全力を使えなきゃならないからな……)
【ハッハー! 俺も数千年振りに全力を出してェ!! だからそこんとこよろしく頼んだぜ!】
そして、戦いを堪能したいという理由が表面上の口実。
実際は八割、九割、十割。とまだ使えない力を使う為に身体を慣らしているのだ。
魔王(元)も魔王(元)で、勇者と戦った時以来の全力を使いたがっている様子だった。
(ああ、任せな……。て言うか、俺もお前の全力を引き出せなきゃ支配者には到底勝てないからな。……一撃でこの星を含めた周りの惑星を数十個破壊する七割でもシヴァの足元……より少し上の膝下レベル……恐ろしいもんだな……)
【ククク……俺は全力を出せば一瞬で三千世界の多元宇宙を含めた全宇宙を消し去る事が出来るってのを忘れるなよ……】
(そんなお前を倒した勇者が強いって事も知っているよ……実物は見た事ないけど……てか見てみたいけど……憧れの存在だしな)
ライが思考し、魔王(元)が笑って返す。そんな返された言葉に返すライ。
何はともあれ、取り敢えず少しずつ身体を慣らすのが先決である。
「……? どうした? 急に黙り込んで……腹でも痛ェのか?」
そして、魔王(元)と会話する為に黙り込むライを見たシヴァはライに尋ねた。
ライは魔王(元)と話す時黙り込む。時と場合によってはライと魔王(元)のみが知る事の出来る空間で話したりもするが、余程の事が無ければその空間で会話を行わない。
余程の事と言うのは、刹那、一瞬、瞬く間が経過する暇すら無い時だったりだ。
例えば目の前に銃弾が迫っており、思考する暇すら無い時など。
無論の事"魔族専用の銃弾"でも無ければライは傷一つ付かないが、これは物の例えである。
要するに、魔王(元)と会話するライはシヴァから見れば黙り込んでいるように見えるとの事。
「いや、何でもないさ。ただどうやってアンタを倒すか……それを悩んでいただけだな……」
取り敢えず返さないのも不自然なので、ライは適当なそれっぽい理由を付けてシヴァへ返した。
「ほーん……まあ、それが嘘でも本当でも構わねェか……どの道俺はテメェを倒すんだからな……!」
刹那、シヴァの姿がライの目の前から消える。
それと同時に数キロ先で爆発が起こった。その爆風はライの方へ向かい、ライの視界を消し去る。
「何でわざわざあんな所まで行ったんだ? 意味が分からない……」
その瞬間、ライの後ろにシヴァが回り込んでおり、それを目視できたライはシヴァに尋ねる。
「さあな。兎に角俺はその気って事を伝えたかったんだよ……」
「あ、そう」
そしてライとシヴァの姿がその場から消え、数十キロ先の山が粉砕した。
山は巨大な土塊となり、辺り全体へ降り注ぐ。
無論、ライとシヴァが一瞬も待たずに移動し、一瞬で激しい攻防を広げたのだ。
「へえ……その力でも俺に着いて来れるのか……」
「……まあな」
山が崩れ、土塊が積み重なった場所でシヴァがライに言い、ライが返す。
二人の髪はその衝撃で揺れており、星には相変わらず暖かな風が吹いていた。
「ハッ、そいつは良い。その程度の力でも多少は楽しめそうだ! テメェも楽しむ為にその力を使っているらしいからな!」
「……ああ」
シヴァは笑い、ライに向けて言い放った。
前述したように、ライは一割を使っているのは楽しむ為ではない。が、取り敢えずそういう風にしていた方が何かと都合が良いと考えたので頷く。
「じゃ、早速……」
刹那、シヴァは粉塵を大きく巻き上げてライの目の前から姿を消し去り、ライの死角に回り込んだ。
「見えているさ!」
「……なにっ?」
そしてライは死角に回り込んだシヴァへ向けて裏拳を放ち、シヴァの顔面にライの拳が直撃した。それによってシヴァは仰け反った。
無論シヴァに大したダメージは無い。が、シヴァはライに自分が見えていないと思っており、ライの攻撃が当たった事に驚く。
「ハッ、確かに本気じゃないからまだ力は弱いが……見えていない訳じゃない。俺はあの速度で動いていたんだ。本気じゃないアンタの動きを見切る事くらいは容易い……。……まあ、身体が着いて来るかの問題で避けられなかったりするけど……」
シヴァに向け、動きを捉える事は出来ると告げるライ。
実際、ライは魔王の力を纏った時に六割で第六宇宙速度──光の速度を出し、七割で光の速度を越えている。
その時に辺りの景色を見れなければ攻撃が当たらないだろう。
つまり、ライは自身の速度を操る為自分の速度に慣れなければならないのだ。
自分の速度に慣れているのなら自分の攻撃も当たるだろう。
「成る程な。テメェは凄まじい速度で動いている……だから目が慣れてんのか……」
その事を理解したシヴァ。
やはりシヴァはライが本気じゃないと分かっていたので油断していたのだろう。
「ああそうだ。……まあ、今さっき言ったように俺の身体が追い付かないんだけどな」
「……へェ……」
フッと笑うライは軽く身体を動かし、改めてシヴァへ向き直った。
それを見たシヴァも改めて構え直し、殴られた箇所を撫でる。
「ハッハ……全く本気じゃなくてもそれなりに楽しめそうじゃねェか……"多少"から"それなり"にランクアップしたぜ……」
「それってランクアップか?」
「知るか」
刹那、ライとシヴァは短く交わし、再び姿を眩ませる。
その移動によって大きな砂埃を上げ、クレーターが更に大きく広がり、ライとシヴァの足場が谷と化した。
そしてその谷は次の瞬間にライとシヴァの攻防によって埋まり、新たな土地となる。
「オラァ!」
「遅い!」
音速を越えた第一宇宙速度で放たれる拳は容易く防がれ、シヴァの蹴りがライの脇腹を突いてライは吹き飛ぶ。
恒星の数千万、数億倍以上の広さを誇る星を吹き飛び、幾重もの建物と幾座もの山を貫通して数百万キロ先でようやく勢いが止まる。
「あー……痛ぇ……(やっぱり一割じゃ時間稼ぎも出来ないな。魔王、次は二割だ!)」
【オーケーオーケー! 一、二、三って感じでレベルを上げていくんだな? 任せとけ!】
そしてライは新たな渦を身体に纏う。
その渦は見る者全てを飲み込んでしまいそうな黒。しかしまだまだ本気では無い。
取り敢えず八、九、十割の力を使えるようにする為、ライは立ち上がり、一瞬にして数百万キロの距離を越えてきた──目の前に居る支配者へ構えるのだった。
*****
──"シヴァが創った秋or冬の惑星"。
「……」
ザッ、ザッ。と、確かな感覚を足に覚えさせ、確実に森の中で歩みを進めるレイ。
レイは突如として起こった──起こさせられたであろう地割れの跡を追って歩む。
冷たい風がレイの身体を通り抜け、レイの身体は急速に冷やされる。
森の枯れ木は風によってカサカサ音を鳴らし、残った数枚の葉を地に落とす。
その息は白く、息を吐く度に白い空気がレイの前を通り過ぎた。
「……!」
その瞬間、レイに向けて再び地割れが起こった。地割れはレイが居た場所を通過し、通過した地面はビキビキ何かが拉げるような音を立てながら割れる。
レイは咄嗟に避け、事なきを得た。
が、しかしその者は、レイの動きをどうやって監視しているのか分からない。
レイは辺りを警戒し、己の姿も枯れ木や大木に隠して見つからないように進んでいるのだ。
だが地割れは的確にレイの位置を狙ってくる。その理由が不可解だ。
「一体何処から……」
レイは地割れを確認し、己の剣をグッと握り直す。
結構歩いたので、その者との距離は近くなっている筈である。
しかし油断は出来ない。油断をする訳が無い。
近付き、その姿を確認したらそこで終了では無いからだ。
「あ、そうだ……」
そして、地割れの先に恐る恐る近付くレイは何かを思い付き、その方向を見る。
その方向に人影は無く、依然として静かな空間が広がっているだけだった。
「私も仕掛ければ良いんだ」
それだけ呟き、レイは手に握り締めていた勇者の剣を勢いよくその方向へ向けて振るう。
──刹那、レイが振るった勇者の剣は衝撃を放ち、斬撃を飛ばした。
その斬撃はレイが歩いていた森を切り裂き、前方の木々や岩を全て薙ぎ払う。
「…………」
更地と化した森。そこでレイは勇者の剣を構え、じっと遠方を見やる。
森が無くなった事で障害が無くなり、風通しが良くなる。それによって吹き抜ける冷たい風がレイの身体を包み込んでいた。
風は構えているレイの髪を揺らし、冷や汗を乾かす。
「寒いなぁ……」
ボソリ。誰に言う訳でも無く、呟くように話すレイ。
実際寒く、冷や汗が乾いて冷たくなり更にレイの身体を冷やしていた。
「じゃあ、身体を動かせば良いんじゃねェか? 勿論物理的に……」
「……!」
刹那、レイの四方から振動が大地を割りながらやって来た。
振動は更地と化した土地を割り、大地を大きく沈める。
そして割れた大地が浮き上がり、幾つかの壁となった。
「避けたか。まあ、この程度の攻撃……避けられなきゃ弱過ぎるからな。当然だ」
「…………」
そして、それと同時にその者。地震や振動の"災害魔術"を使う──ズハルが立っていた。
ズハルは腕を組み、自分の振動で砕いた土塊の上に立ってレイの様子を眺める。
「しかし驚いたな、その剣。昨日戦った時から何かを感じたが……まさか森一つを薙ぎ払う力を秘めているとは……」
レイの様子を眺め、レイの持つ"勇者の剣"に興味を持つズハル。
特別な力を持たない人間の少女。の筈のレイが一振りしただけで森を消し去った事に興味を持ったのだ。
「……ッ」
レイは警戒心を高め、自分が持つ勇者の剣を構える。
ズハルはそんなレイを見、ニヤリと笑った。
「クハハ! 良いぜ、良いよその表情! 覚悟がビリビリ伝わってくらァ!! そんな顔で見られちゃ、テメェをズダボロにしたくなる! 今は回復役もいねェからな!」
「……!?」
その瞬間、ズハルは目で追えぬ速度でレイの後ろに回り込んだ。
レイはズハルの気配を背後に感じ、
「ボロ切れになれよ……!」
「……ッ!!」
ズハルに触れられ、身体を振動させられた。
それによってレイの内蔵が傷付き、脳まで振動が伝わる。レイは目、耳、鼻、口から出血し、その場に膝を着く。
「お、スゲーじゃねェか……倒れねェで堪えやがった。キュリテは簡単に倒れたが……人間なのにスゲー根性じゃねェかよ!」
「……」
ズハルは振動を受けて身体が内部から破壊されたレイを見、倒れない根性を称賛する。
レイは歯を食い縛り、睨むようにズハルへ視線を向けた。
「ククク……そんな顔で見るなよ……だがしかし、本当にスゲーとは思っているぜ幹部の側近をやっていたキュリテが耐えられなかった攻撃を耐えたんだ……誇れよ」
そんなレイに向けて笑みを浮かべながら話すズハル。
しかしその言葉に嘘偽りは無く、本当にレイを称賛している様子だった。
「……そう!」
「……!」
刹那、レイは朦朧とした意識の中で立ち上がり、勇者の剣をズハルに振るう。
それを受けたズハルの脇腹は抉られ、鮮血が飛び散った。
「やるじゃん。咄嗟に避けなければ上半身と下半身が分かれていたなァ……。つか、一応読んでいたつもりだったんだが……予想以上に速い剣捌きだ……」
ズハルはその傷を見、余裕の表情で告げる。
レイの動きを読んだズハルだったが、その速度に対応し切れなかった様子だ。
「この程度のダメージ……もう何度も受けているよ!」
「……苦労してんだな」
そして、大地は大きく割れた。
ズハルは一瞬にして何万回も大地を振動させ、レイは神速の剣捌きでそれら全てを防ぐ。
割れた大地は更に割れ、粉微塵となる。
ライは二割使い、レイはズハルと相対する。
こうして魔族の国に置いて行われる、最後の戦いが本当に始まった。




