百八十四話 創造神
──"ラマーディ・アルド"・宿屋前。
翌日、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人は昨晩泊まった宿を後にし、冬の澄んだ空気を感じる冷え込む明けの街中を歩いていた。
変わらず白くて冷たい雪が足元を覆い、ライたちが歩く度に雪の氷晶へ体重が掛かり、ザックザクと心地好い音が鳴り響く。
温かい宿から出たからかライたちの鼻腔へ冷たい空気が入り込み、冬の香りとやらが嗅覚を刺激する。
朝方という事もあって魔族の街は静まり返っており、道行く者達は皆が皆のんびりと散歩をしているような者が殆どだった。
「……で、ライ。本当に今日再戦するのか? 何と言うか……少し早過ぎる気もするが……まあ、別に構わないが……」
そして、冷え込む街を歩くライたち一行の中でエマがライに向けて質問した。
昨晩、あれから少し作戦やらナンヤカンヤやらを話したのだが最終的に作戦という作戦は決まらず、何時再戦するかだけを決めた。結果が今日である。
別段それでも問題は無いのだが、やはり傷が癒したとはいえ昨日支配者であるシヴァと戦った精神的な疲労などがあり、万全とは言い難い状態だ。
「ああ、問題ないさ。疲労や怪我は魔法・魔術で治療した……精神的な意味の疲労はまあ確かにあるけど……シヴァの……ほんの少しでも本気を体感できたのは昨日……この感覚を忘れないうちに戦いたいんだ」
ライはニッと悪戯っぽく笑い、軽く握り拳を作ってエマへ返した。
ライにとって、早いうちにシヴァと一戦交える事が出来たのは幸運だっただろう。
無論の事一歩間違えれば無事じゃ済まなかった可能性もあるが、現在ライは生きている。
今のライが生きているのなら、今より過去の世界に行く能力者が居たとしても、その能力者が過去のライに干渉してもライは死ぬ事は無い。魔王の力によって。
魔王の魔法・魔術無効はあらゆる世界線において効力を発揮し、如何なる者でもライの過去を変える事は出来ないのだ。
何を言いたいのかというと要するに、過去でライを仕留める事は出来ず、今のライは生き続けるという事。
ライは問題なくシヴァと再戦出来るだろう。
「そうか、ならば何も言うまい。ライがそう思うのなら私の心配はただの老婆心だ」
ライの言葉にエマはフッと笑い、次いでレイ、フォンセ、リヤン、キュリテの方を見やる。
「レイたちも平気なのか? 話を聞くに身体を内部から破壊されたと言うが……」
エマはレイ、フォンセ、キュリテを心配していた。
レイ、フォンセ、キュリテの三人は支配者の側近であるズハルと戦い、ズハルの"振動"によって何度も身体を破壊された。
それはキュリテの"ヒーリング"やフォンセの回復魔術、後から駆け付けたリヤンの癒しなどで治療を施されたが、そうそう治るとは限らない。
魔法・魔術はほぼほぼ万能なのだが、全能では無い。
万の事を熟す事は出来るが全てを行う事は出来ないのだ。
何かしらの不具合が生じる可能性もあり得るという事。
「え? うん、大丈夫だよ。私はね!」
「……ああ、私も問題ない。何時でも戦える……と言うより、もう一度挑んで決着をつけたい気持ちの方が上だな」
「同じくー♪ リヤンちゃんの回復技? は凄いからねー♪ 普通の魔法・魔術よりも遥かに効くよ!」
レイ、フォンセ、キュリテの三人は明るい態度でエマに返した。
フォンセは明るい態度とは言い難いが、何はともあれ三人は何とも無いらしい。
「それに、心配をするならエマとリヤンの方だ……。槍のような雨に身体を何十箇所も貫かれたと聞く……ヴァンパイアのエマは兎も角リヤンが心配だ……勿論エマも心配だがな……」
そして、今度は逆にフォンセがエマとリヤンの方を見て告げた。
エマとリヤンも支配者の側近──オターレドと一戦交えている。
勿論昨晩の話し合いでズハルやオターレドのような側近についても話し合っていた。
なのでレイ、エマ、フォンセ、リヤンキュリテの五人は全員がどのような戦闘を行い、どのような攻撃を受け、どのようなダメージを負ったのかも知っている。
昨晩、それを踏まえて作戦会議のような事を行ったのだ。
「ふふ、心配してくれるのはありがたいが……私の不死性は知っているだろう……まあ、シヴァの前ではそれすら通じるか分からないが相手の側近を一人は落としてみたいものだ」
「私も……大丈夫……。エマの不死性を少し使えるから……」
エマとリヤンは、自分は問題ないとフォンセへ言った。
二人はオターレドとの戦闘に置いて槍のような雨を受けた。
それによって身体中へ穴が空いたり色々とダメージを負ったが、持ち前の再生力で回復した。
それでもリヤンは何かしらのダメージがあるかもしれないが問題ないと言う。
「フッ……そうか。ならば何も言わないさ」
フォンセがそれだけ言い、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人は一つの建物の前で立ち止まる。
「さーて……昨日振りのこの場所だ……いや……レイたちは初めてか……」
目立つ、天を突く城のように巨大な建物。
昨日もこの建物へ来たのだが、その建物は昨日よりも遥かに威圧感を醸し出していた。
「どうやら彼方さんも準備は万端という訳か……」
その圧を受け、冷や汗を流して笑うライ。
昨日戦ったのだが、支配者であるシヴァの持つ威圧は如何せん慣れないモノである。
「行くか……」
「「「…………」」」
「「…………」」
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人。
六人は足を進め、閉まっている状態の門を抉じ開けた。
「"炎"!!」
「"水"!!」
「"風"!!」
「"土"!!」
──その刹那、門から入ったライたち六人へ向け、優に百を超越する四大エレメントが放たれた。
「あ、そっか……そういや俺たちは一応侵略者だし支配者に側近以外の部下が居る訳無いか」
そしてライはそれらを──『殴って砕いた』。
"炎"・"水"・"風"・"土"。それらの四大エレメントを全て掻き消して砕く。
砕かれたエレメントは目に見えない程小さな粒子となり、風圧に煽られて吹き消され、そのまま消滅した。
「じゃ……先ずは部下兵を片付けながら行くかぁ……」
「「…………!?」」
「「…………!?」」
ライはそのまま流れに身を任せて揺れるように動き、一瞬で部下兵達の前にその姿を現した。
「オラァ!!」
「「「ぐわああああぁぁぁぁ!!」」」
そして拳を突き出し、部下兵を纏めて吹き飛ばす。
「先ずは支配者さんの元まで行く事が先決だな、こりゃ」
「……やれェ!!」
「「「………………!!」」」
ライが呟いた次の瞬間、敵の兵士達は魔法・魔術、銃や弓矢の武器で応戦する。
「取り敢えずアンタらは邪魔!」
「「「…………な!?」」」
そしてライは兵士達の背後に回り込んでおり、軽く小突いて兵士達を建物の壁に埋め込んだ。そして勢い止まらず、壁を粉砕して兵士達は建物の外へ出た。
「兵士の数……支配者側はどれくらい何だろうな……」
その兵士達に一瞥も向けず、ライは先を見て呟く。
幹部の街は側近を合わせて111人居たが、支配者の街では如何程のモノか分からない。
何もはともあれ、ライたち六人はシヴァ達五人の居る場所へ向かうのだった。
*****
「……なあ、どう思う? テメェらは?」
唐突に、支配者を勤めているシヴァがシュタラ、ズハル、ウラヌス、オターレドへ向けて質問した。
朝方の建物、冷え込む場所、静かな空間。時が時ならのんびりとホットの紅茶かコーヒーでも嗜みたいところだが、そういう訳にもいかない。
「……質問の意図が見えませんねェ。一体どう言う事です? シヴァさん……」
「ああ、全くと言っていい程分からない。どう言う事何ですか支配者さん?」
「私も分かりませんね……何でしょうか支配者様……」
シヴァの問い掛けを聞き、口を揃えてズハル、ウラヌス、オターレドが返した。
三人は訝しげな表情を浮かべており、シヴァの問い掛けの意味を尋ねる。
「オイオイ……数百年側近をやってる古参が俺の意図を分からねェのか?」
王座のような椅子に座るシヴァ。シヴァは笑い、揶揄うように話した。
「たりめーっスよ。俺は"テレパシー"とかを使える訳じゃないんですよ……」
そんなシヴァへ向け、呆れたように返すズハル。
シヴァは楽しそうにクッと笑い、言葉を続ける。
「いや……ただ単に思ったんだ。アイツらがこの国を……後は……世界か? その全てをを征服したとして、その先には何があるのかをな……」
ライはシヴァに魔族の国を征服する事は言ったが、世界を征服する事は話していない。
なのに何故かシヴァはその事を知っていた。
それは兎も角、ズハルは訝しげな表情を更に深めて言葉を発する。
「世界征服? 何ですかそのガキみたいな目標は……? いや、アイツらはガキか……いやいや、ガキなのは四人で残り二人はガキじゃない……。まあどうでも良いか」
ライたちの目標が世界征服という事はズハルも知らない。なのでシヴァの言っている事が全く理解出来なかった。
「まあ、世界征服は良いとして……兎に角俺は見てみたいのさ……"最強"という存在をな……」
王座から立ち上がり、カツカツと小気味良い足音を鳴らして歩くシヴァ。
少し進み、シュタラ、ズハル、ウラヌス、オターレドを背後に移すシヴァ。
「……へえ? つまり支配者さんは"対等"じゃなく、自分より上の存在を知りたいという事ですか?」
シヴァの言葉を聞き、その言葉の意味を考えるウラヌス。
実際、この世界には上が無い。
大多数から見て上という存在の、最上位に位置するのが四つの国を纏める支配者。
しかし、レヴィアタンのように封印されていた生物の中に支配者レベルは何体もいるだろう。
現時点で世界最強の生物は人間の国の支配者とされているが、聖域にはかつて世界を救った勇者も居る。
勇者の存在は悪魔でお伽噺なのだが、魔王や勇者の子孫が居る事からその存在は明らかだ。
無論、シヴァは全知では無いのでレイが勇者の子孫だったり、リヤンが神の子孫だったり、フォンセが魔王の子孫だったり、ライがかつての魔王を連れている事は知らない。
しかし、己よりも遥かに上位の存在を望んでいる。
それは戦闘好きの魔族が故だろう。
そんな世界で、真の強さを秘めている者は誰なのかが気になったのだ。
「ああ、そうなるな。対等じゃなく最上位……同等じゃなく"最強"……実際、僅か数ヵ月って短時間でこの国が落とされそうなんだ……侵略者達には"最強"を期待してしまうぜ……」
クククと笑い、嬉々として話すシヴァ。
シヴァは"対等"な相手を求めていたが"対等"を目にした今、更なる上の"最強"を求める。
そんな事を話しているうちに、何やら辺りが騒がしくなってきた。
「つまり、『こういうこと』……なんですね侵略者さん?」
「……正解!」
ウラヌスがシヴァへ言った、
──その刹那、何かしらの衝撃が建物全体に伝わり、シヴァの居る王間の扉が木っ端微塵に粉砕した。
その衝撃は建物全体を揺らし、辺りには塵の埃が舞い上がる。
その埃は少しの間宙を漂い、何かが通った事によって雲散霧消した。
「よっ。久しぶり、支配者さん。昨日振りの再会だな……」
「ハッハッハ。ああ、そうだな。昨日はよく眠れたか?」
埃が晴れ、王間に居る支配者の姿が明らかになる。
ライが見たのは万全の体勢で大歓迎してくれている様子のシヴァ、シュタラ、ズハル、ウラヌス、オターレドの五人。
ライたち六人とシヴァ達五人は、十数時間振りに敵対する相手と出会った。
「まあ取り敢えず……折角再戦に来たんだ……もう始めても良いのか?」
ザァ。と窓を開けていないにも拘わらず、一筋の旋風がライたち六人の間を吹き抜けた。シヴァの天候神としての力が漏れたのだろう。
微かに残っていた埃がそれによって吹き消され、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人とシヴァ、シュタラ、ズハル、ウラヌス、オターレドの間に妙な間が生まれる。
暫し沈黙が漂ったあと、ライはフッと笑ってシヴァに返した。
「オーケー。もう既に準備は出来ている……さっさとこの街を征服し、この国を征服するさ……」
それを聞き、シヴァはライへ向けた笑みを大きくし、仰々しく両手を広げて話した。
「オーケー! 互いの了承は得た! テメェも俺の部下たちだけじゃ物足りないだろうよ!」
「……つまり?」
戦闘前の前振りか何か分からないが、シヴァは高らかな笑い声と共にライへ話していた。
中々話を進めないシヴァに対し、警戒しながらも尋ねるライ。
シヴァは手を降ろし、一言。
「『俺の世界』へようこそ……」
「……!! ……な!?」
気付いた瞬間、ライが居た場所は──『建物の中ではなくなっていた』。
ヒュウと『暖かい風』が吹き抜け、ライの頬と冷えた身体を温める。
足元には草花が生えており、風に煽られてそれらが揺れる。
辺りを見渡せば遠方には建物のような物や山、丘のような自然物があった。
「此処は……?」
それを見たライは冷や汗を浮かべ、堪らずシヴァへ質問する。
シヴァはクッと笑い、この場所についての説明を始めた。
「見ての通り……テメェらが居た場所とは全く次元が違う……『別の世界』だ!!」
「……ッ、別の世界……? 一体どう言う……」
シヴァの言葉を聞いたライはますます混乱し、困惑した表情で辺りを見渡し続ける。
東西南北、上下左右斜面。全てを何度見渡しても草花が風に揺れて遠方に建物や山が佇む。
「"多元宇宙"……って知ってるよな? 俺たちの生活する世界とは全く異なる世界や全く同じ世界が何十、何百、何千と広がっている理論だ……」
「……あ、ああ……」
"多元宇宙"。シヴァの述べたように自分たちが住む世界とは異なる世界。
"もしも"や"あの時"等と言った言葉が実現したモノ。
例えば、もしも今この瞬間に立ち上がったら、右と左、どちらを行くか考えたら。
あの時ああしていれば、何でこうしなかったんだろう。あの時こうして良かった。と言った、生に置いて数ある選択肢が無数に枝分かれし、大きく分列した世界。
俗にいう"パラレルワールド"の事である。
どう言う事か、ライはシヴァの手によって"パラレルワールド"。いや、それすらとも全く違う世界へ誘われたのだ。
「俺は破壊と創造を司る天候神。全宇宙を破壊し、その後新たな宇宙を創造する。そして、その力は別に破壊しなくても使えるんだ……」
「……! 成る程……」
ライはシヴァの言っている事を理解した。
つまりこの世界は、そういう事である。
「ああ! テメェが思っている通り……この世界は『俺が創造した世界』なんだよ!」
バッと両手を広げ、高らかな声を上げてライに言った。
それと同時に突風が吹き抜け、ライの身体を大きく煽る。
その風によってライの髪が靡き、身体も揺れた。
「テメェと戦うんじゃ、俺たちの世界は狭過ぎる! だから俺が創った俺たちの世界より広い世界にテメェを案内したのさ!」
「…………」
シヴァが創り上げた、ライたちの世界とは違う世界。
これが支配者の力である。
そう、創造神の力を持つ支配者の手に掛かれば星程度なら軽く創れるのだ。
「始めよう! 俺とテメェの戦闘を!! この星の広さは恒星の数千万、数億倍を優に超越する!! 光の速度で移動しても一周するに数年は掛かるぜ! つまり、俺たちが戦いやすい空間って事だ!」
「ハハ……これが支配者……かつての魔王や神に等しき力を宿す者……か……」
ライはシヴァの言葉を聞き、にわかには信じ難かった。
それもその筈。幾ら支配者といえど、重力や空気、その他諸々の要因が起こる事によって完成し得ない星を創るなど、不可能の筈だからだ。
しかし、"不可能"は現在、目の前に存在している。
それは最早生物の領域では無い。
「良いぜ……シヴァ!! この星でアンタを倒し、俺たちの星で世界を征服して見せる!!」
「その意気だ侵略者!! 星程度の創造など容易い!! 俺が求め続けた同じ支配者以外の"対等"を探す事に比べたらな!!」
ライがシヴァへ宣言し、シヴァが高らかに笑う。
シヴァは星を創造する事が出来ても対等の相手を創造する事は出来なかった。
なのでこの状況がかつて無い程嬉しいのだろう。
シヴァが創り出した世界へ移動したライと、その世界を創造したシヴァ。
魔王と魔神。侵略者と支配者。敵対する相手同士の戦いが、今始まるのだった。




