百八十一話 側近、兼、侍女
──"ラマーディ・アルド"・宿屋。
見つけた宿に入り、部屋分けして休息を取っているライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人。
流石支配者の街という事もあり、その部屋は広くて快適だった。
その部屋分けはライ、レイ、リヤン。そしてエマ、フォンセ、キュリテである。
部屋にはベッドが三つ。日当たりも良好であり、階層もそれなりの為"ラマーディ・アルド"の街を見渡す事も出来た。
天井には一つの照明があり、四隅などの真ん中の照明だけでは届かない箇所にも小さな照明が設置してある。
そしてその窓際には一つのスペース。そこにテーブルがあり、そのテーブルを囲うように椅子が置いてあった。
そこだけでは無く、広い部屋の真ん中付近にもテーブルやソファーがある。
そして今、この街に辿り着いたのが朝方で、現在の時刻は昼刻を少し過ぎた程度である。
つまり、まだ外は明るいのだ。
雪が積もっている事も相まって太陽の光が雪に反射し、目映い光を醸し出していた。
「まだ冷えるけど……やっぱり外より温かいな。……いや、窓を二重にしたり床の熱が逃げないように工夫されていたり……快適に過ごせるようになっているのか……これなら直ぐ温まれそうだ」
ライは部屋を見渡し、その構造や作りを見る。
此処には寒い街故の工夫が施されていた。
この街が寒いからこそ、窓を二重にしたり床の熱を逃がさないようにしたりと、そのような工夫を施しているのだろう。
「うん、温かいよ。これなら一番冷え込む夜も快適に過ごせそう!」
「……うん……」
部屋を軽く見るライに続き、レイとリヤンも部屋を見渡す。
部屋の装飾は前述したテーブルや椅子にソファー、そして壁には絵画のような絵や高そうな時計など、スイートルームに相応しい物だった。
「ハハ、取り敢えず何する? 荷物は置いたし……特にする事も無いけど……」
そして、ある程度部屋を見終えたライはレイとリヤンに向けてこれからどうするかを尋ねた。
取り敢えず休む事が先決なのは変わらないが、寝るのには早過ぎて何かをしようにもする事が無い。
要するに暇なのだ。
「うーん……作戦会議……とか? エマたちの部屋に行ってね」
ライの言葉に先ず返したのはレイ。レイの提案はエマたちの部屋へ行き、シヴァ達支配者への対策を考えるとの事。
「……私は……もう少し温まりたいかな……」
レイに続いて話したのはリヤン。リヤンはもう少しの間のんびりしていたいと言う。
「あー……それもそうかもねぇ。休む為に宿入りしたのに……それじゃ本末転倒かぁ……」
「ハハ、直ぐに意見を変えたな……」
「まあまあ♪」
リヤンの言葉を聞き、レイは休む事優先にした方が良いのかもしれないと言った。
その事に対し、あっさりと意見を変えたレイへ呆れ半分で話すライ。
レイは軽く笑いながらライへ返した。
「うーん……じゃあ、お風呂にでも行こうよ! 温まるならそれが一番手っ取り早いとおもうからね!」
そして続き、レイはライとリヤンに入浴を提案する。
寒い地域では風呂という物がより重宝されるものだ。
何故なら単純に温まるからであり、数分間は温まった状態なので行動もしやすくなる。
「お、いいなそれ。この寒さなら風呂は快適そうだ!」
レイの言葉に同意するよう、ライは言った。
今ライたちの居る部屋が寒いという訳では無いが、外から来たばかりで身体が冷えている。
つまり、一度湯船に浸かって身体を芯から温めてしまえば、熱を逃がさない構造の部屋に居る事でぬくぬくと過ごせるという事だ。
「うん……私も賛成……」
ライに続き、リヤンも賛成するように頷いて返した。
「じゃ、エマ、フォンセ、キュリテも誘おうか」
「うん、そうだね」
そしてライ、レイ、リヤンの三人は結局エマたちの部屋へ向かうのだった。
*****
「中々良い部屋だが……如何せん日当たりが良すぎるな……」
「……エマ? 何故そんな隅っこに……いや、そうか。この部屋は日当たりが良いから……」
「アハハー♪ エマお姉さまには常人が快適な日差しが敵だもんねー♪」
一方のエマ、フォンセ、キュリテたち女性三人の部屋。
こちらもライたちの部屋と同じく日当たり良好で広く、それなり豪華な部屋である。
しかし、日差しが当たらないベッドの隅に隠れるエマは恨めしそうに日光を眺めていた。
それを見てフッと笑うフォンセにキュリテ。
ヴァンパイアのエマは日光が嫌いなのだ。
「全く。何故日当たりの良い部屋が良い部屋扱いなんだ……確かに装飾やその他諸々は良いが肝心の日光対策が出来ていない……魔族もどちらかと言えば夜が本番じゃないのか?」
「アハハ……荒れてるねエマお姉さま……」
「ま、まあヴァンパイアからしたら命の危機だからな……それも仕方無いだろう……うん」
エマは太陽へ向けてブツブツと文句を言い、最終的にはこの宿その物へ文句を言う。
普段は年相応の大人っぽい雰囲気のエマだが、こうして見ると見た目相応の子供その者である。
「取り敢えず、これからどうする? ライたちの所へ行って対策でも練るか……適当に休むか……」
そして、取り敢えずフォンセはエマとキュリテへこれからどうするのかを尋ねた。
理由は言わずもがな。支配者達との決着がついておらず、魔族の国の主力が居る本元である街、"ラマーディ・アルド"を落としていないからだ。
これからの選択によって大きな変化は無いにしても、魔族の国を征服するのになんらかの影響は出る筈だ。
「ふむ、そうだな。休みたいがこうも日差しが強くては休めない……雪の反射で隅にまで届いてくるからな……」
取り敢えずカーテンを閉め、カーテンの隙間から微かに射し込む光を眺めるエマ。
カーテンを閉めたのだが、それでも明るい。エマにとっては辛い環境だろう。
「じゃあ、ライたちを誘って日光が届かなそうな室内に移動するか……此処も室内だがエマが弱る程の日差しがあるからな……」
「……ああ、是非ともそうして貰いたいな」
「アハハ……エマお姉さまの弱味を見るのは新鮮かも……」
フォンセが提案し、エマが同意する。そして弱っているエマの姿は新鮮だと珍しそうに眺めるキュリテ。
「……じゃあ取り敢えず……ライたちの部屋へ……」
"行こうか"とは続かなかった。
「エマー! フォンセー !キュリテー! お風呂入ろー!」
「「「……!」」」
バタンと勢いよく扉を開け、レイがこの部屋に入ってきたからである。
そしてその後ろには当然ライ、リヤンも居る。
「……まあ、浴室なら日差しは無いか……」
「……ああ、多分な。露天風呂でも無い限りは……」
「うん、良いんじゃない♪」
「……? ……あ、そっか……」
レイの姿を確認したエマ、フォンセ、キュリテはレイの言葉に賛同した。
レイは日差し云々の事がよく分かっていないので"?"を浮かべていたが、閉められているカーテンを確認して何の事か理解した様子だ。
そしてライ、レイ、リヤンとエマ、フォンセ、キュリテは浴場へ向かう。
*****
──時を少し遡り、"ラマーディ・アルド"・支配者の建物。
「……そうだ。オイ、今アイツらは何やっているんだ?」
「……?」
唐突に、シヴァが側近へ向けて尋ねた。側近は怪訝そうな表情をする。
此処は依然として寒く薄暗い建物。しかし、今回はその部屋に明かりが点いていた。
そして既に破壊された箇所は修正してあり、風が外から入って来る様子も無く中々に快適な空間へと化している。
そんな場所に居るシヴァが尋ねた事は"アイツら"──つまり侵略者であるライたち六人の事だろう。
「……と、申しますと?」
そんなシヴァの言葉に返すのは側近兼任で侍女をやっている者。
取り敢えずシヴァの相談係やその他の役割を担っているのだろう。
「ああ、アイツらはテメェの事を知らないんだよ。ウラヌスにズハルとオターレドは自然と戦いの最中に自己紹介したが、テメェはまだだったろ?」
「ええ、確かにそうですね……」
「まあ、て事だ。取り敢えず休戦中だし、自己紹介くらいしても良いだろ」
シヴァが話したのはその側近の名。つまりライたちに接触して名だけでも教えておくのはどうだ? 的な事である。
名前を教えたところで特に問題も無いのだ。
「分かりました。では、取り敢えず侵略者一味を探し当て、私の名前だけでも言っておこうと思います」
「おー、まあそう堅くなるなよ。軽く行け軽くな」
畏まる側近と、それに向けて軽薄な態度で話すシヴァ。
シヴァに言われたので、まだライたちへ自己紹介をしていない側近はライたちの元へと向かって行く。
*****
──"ラマーディ・アルド"・宿谷。
「……? "此方の入り口から入って下さい"だって……? なんだこりゃ……」
風呂に入る為、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの五人と別れたライは首を傾げて奇っ怪な看板の前に立っていた。
現在ライが居るのは宿の風呂、その脱衣場である。
脱衣場なのだが、男湯に入り口が二つあり、片方は現在使えない様子だった。
(まあ問題ないけど……上流階級の方々用か……? それなら別に……)
ライがは上流階級の者達が湯殿を貸し切りにし、数人か一人で寛いでいると推測する。
湯を沸かす機械の故障や魔法・魔術の魔力不足の可能性もあるが、それなら片方のみならず両方とも使えない筈だろう。
わざわざ片方の湯殿だけ使えないという事から位の高い者が居るとしか考えられなかった。
【ハッハ! まあ良いじゃねぇか! どのみち風呂に入るって事実は変わらないんだからよ! 細かい事を気にしていちゃ何時まで経っても風呂に入れねえぞ?】
その看板を見て思考を広げるライに対し、魔王(元)が話す。
魔王(元)的にはライの思考が面倒なのだろう。
何故ならライが魔王(元)を宿す事につれ、思考を全て読み取ってしまうからだ。
ライの考えは全て魔王(元)の脳? 耳? に入るので魔王(元)からすれば"鬱陶しい"。この一言で全て済む話。
いや、魔王(元)の性格から鬱陶しいという感覚では無く、もう少し楽に行こう。という感じだろう。
(それもそうだな。気にしたところで俺には関係の無い事だし……この旅をしてきるからか……何かあるんじゃないかと警戒してしまう癖が付いちゃったな……)
魔王(元)の言葉を聞き、少し神経質になり過ぎたなと反省するライ。
敵地という事には変わり無いが、今までも敵地で宿を取っていたのであまり問題は無さそうである。
シヴァの性格から闇討ちなどはしなさそうだからだ。
(取り敢えず此方からか……)
服を脱いだライは看板の無い方の扉へ手を掛け、湯殿へ続く扉を開けた──
「……え?」
「……お、ライじゃないか」
「ん?」
「…………」
「……あ、ライくーん!」
「…………は?」
──そして湯殿には、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの、男湯と女湯の暖簾の前で別れた五人が居た。
「……何でレイたちが?」
そして、そんな五人に向けてキョトンとした表情で話すライ。
裸を見たり見られたりした事は気にしておらず、男湯の扉を開けたらレイたちが居た事の方が気になっていた。
「きゃあ!」
ザパーン! と、レイはライを見るや否や勢い良く湯船に飛び込み、顔だけ出してライの方を見る。
「……どうした……レイ? あ、そうか。そう言えば……男性が女性の裸体を見るってのは駄目なんだっけ?」
そんなレイに疑問を覚えたライは、前にレイが言っていた事を思い出す。
なのでレイが勢いよく湯船に飛び込んだ理由を理解した。
「……けど、俺は確かに男湯の扉を開けたつもりなんだけどな……」
レイの方から視線を反らし、改めて湯殿を確認する。
今ここの浴場に居るのはライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人だけ。
他にも気配を感じるが、ライの視野に映っているのはライの仲間たちだけである。
「うーん……確かにおかしいね……ライ君が男湯に入ったのは私も見たし……」
そんなライの言葉に返したのはキュリテ。
キュリテはライが入ってきた扉を一瞥し、ライに同調するように話した。
「まあ、良いんじゃないか? 世には男女が同じ湯船に入るモノもあるそうだ……おかしい事じゃ無いだろう……」
キュリテに続き、エマも別に良いと話す。
実際、そういった文化がある国や街もあり、男女が同じ湯船に入るのはおかしくない事もある。
「エマとキュリテには羞恥心が無いんだからぁ……」
そんな女性二人に対し、湯船に身体を浸けながらブクブクと恥ずかしそうに赤面させて話すレイ。
「やだなーレイちゃんったらぁ♪ 私はそんな痴女じゃないよー。ライ君は私にとっては生まれたばかりの子供だからね♪ 子供と一緒にお風呂に入るのはお姉さんとして当然だよ♪」
「……何か嬉しくないな……」
「……私もだ。私も子供って事だからな……」
キュリテはそんなレイに向けて言った。
実際、ライは魔族からすれば産まれて間もない子供である。
そして、話に参加していなかったフォンセもキュリテの言葉に呟く。フォンセもキュリテから見れば子供なので総括されていると思ったのだろう。
なのでライとフォンセは子供扱いされる事に複雑な表情を浮かべたのだ。
「……えーと……私はどうすれば良いんだろう……」
「……取り敢えず見てるだけで良いんじゃないか?」
そんなやり取りを傍から眺めるリヤン。
リヤンは話を振られなければ、話に参加する事もない自分はどうすればと悩んでいた。
リヤンにはエマが返し、適当に眺めていれば良いと告げる。
「ふふ、どうせ話すのならば産まれたままの姿で話そうと考えましてね。なのでこうして侵略者の皆様を此処の浴場へ招待しました。しかし異性の裸体を見ても動じないとは、中々に達観しておられる侵略者様ですね……」
その時、何処からともなく一人の女性が現れ、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人に向けて話し掛けてきた。
「ハハ、まあそういう理由で『偽の看板を立て掛けた』っていうのなら納得できるかな……」
そんな女性に向けて話すライ。
そう、ライは最初から自分たち以外に誰か居ると気付いていた。
そしてその女性の言葉から、別の扉から湯殿へ向かう事を促す看板を置いたのも女性と推測する。
レイ、エマ、フォンセ、リヤンも警戒を高めており、先ずはキュリテがその女性に向けて言う。
「……あー、そう言えば『シュタラ』ちゃんはまだライ君たちの前に姿を現していなかったねー」
「……ええ、そうですね」
キュリテが言ったその言葉──シュタラ。それがこの女性の名なのだろう。
シュタラはその言葉に返し、言葉を続けて話す。
「さて、私は自己紹介をする為に来たのですが……キュリテに言われてしまいましたね……はてさて、一体どうしたら良いのでしょうか……」
片手を頬に当て、困ったと話すシュタラ。
その様子を見てると特に敵意がある訳では無いらしい。
「えーと……改めて自己紹介すれば良いんじゃないか?」
そんなシュタラは悩み、悩むシュタラに返すライ。
取り敢えず改めて自己紹介をすれば、それなりに場を繋げる事は出来るだろう。
「そうですね。では、フルネームで自己紹介をしましょう。私の名前は『アルモ・シュタラ』。ご存知の通り魔族の国の支配者にして最強の魔族、魔神の異名を持つシヴァ様の側近、兼、侍女をしております。今回の戦闘には参加しなくても良いと言われましたので参加しませんでしたが、再戦の時に参加するという事を伝える為自己紹介をしました。以後お見知り置きを……」
「ああ……よろしく……ってのはおかしいか……今は一応敵だしな」
アルモ・シュタラ。もといシュタラは裸体で深々と頭を下げて淡々と言葉を綴り、自己紹介を終える。
それに対してライは取り敢えず返した。
「では、湯船に浸かりましょう。罠などはありません。身も心も裸にすれば話し合いも進む事でしょう」
そしてシュタラは湯船に入る事を促した。
武器などを身に着けていない状態なら警戒心も少なくなり、余計な思考は無くなるだろう。
「……ああ、いいぜ。支配者の側近で侍女ならそれなりに知ってそうだからな……」
「ええ、それはそれは。折角ですのでついでに行う予定の戦闘ルールも言いましょう」
ライは側近と侍女をやっているシュタラならば何かしらの情報を得る事が出来ると考え、シュタラはその通りと返した。
そしてついでにシヴァ達支配者のメンバーがどのようなルールで戦闘を行うのか話してくれるらしい。
温泉が醸し出す温かな蒸気に包まれ、視界が白く染まる湯殿。
今そこで、ライたち六人と支配者の側近アルモ・シュタラによる裸の話し合いが始まろうとしていた。