百八十話 一時的な休戦
──"ラマーディ・アルド"・廃墟と化した市街地。
ライとシヴァの争いによって塵一つ残らなかった"ラマーディ・アルド"の街。
そして、その街の中心にはライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人とシヴァ、一人の側近、ズハル、ウラヌス、オターレドの五人が居た。
白熱した戦いとは対照的に、街は全体的に冷え込んでいる。
それもその筈。魔族の国は冬であり、特に"ラマーディ・アルド"は更に寒い街だからだ。
「……」
そしてそのように冷え込む街中、シヴァはしゃがみ込んで地面に手を着け──
「"修繕"」
「「「…………!!」」」
「「……へえ?」」
──『街を直した』。
地面に手を触れ、軽い魔力を流しただけである。
にも拘わらず、シヴァは片腕を負傷しながら"ラマーディ・アルド"の街を全て元通りにしたのだ。
それを目の前で見たレイ、フォンセ、リヤンは驚愕し、ライ、エマは感心する。
因みにキュリテはシヴァの万能感を知っているので特に反応は示さなかった。
「ふぅん……成る程な。街中なのに所構わず暴れる事が出来た理由はこれか……アンタ、そういや本来は創造の為に破壊するんだっけ……」
感心した様子のライはシヴァに向けて言い、シヴァが街中で暴れる事が出来た理由も推測する。
創造の為に破壊を行う天候神、兼、破壊神のシヴァ。
街を修復したシヴァはゆっくりと立ち上がり、ライたちの方を向いて言葉を続ける。
「ああ、その通りだ。それは俺の親父だったシヴァの役目だが、力と名を受け継いだ俺が出来ない訳ないからな」
それは街の修復など容易であるとの事。
誇りや驕りなど無く言ったシヴァ。
恐らく父親の力なので自分の力とは思えず、複雑な心境なのだろう。
そして、ライも似たような心境になった事がある。
ライが今まで快進撃を行う事が出来ていたのは殆ど魔王(元)の持つ力のお陰である。
なのでライは己が自立すべく為に、あまり重要では無い戦闘では魔王の力は使っていないのだ。
「……で、もう一度確認するけど……本当に引き分けで良いのか? 俺はまたこの街を、この国を征服する為に攻めるつもりだけど……」
そして、ある程度話を終えたところでライは改めて確認する。
ライは侵略者。そしてシヴァは国を治める支配者。
つまり、互いに敵対する立ち位置なのは依然として変わり無いという事である。
先程の戦いはシヴァの決めたルールだったが、ライは侵略者を野放しにしても良いのか気になったのだ。
「ハッ、何度も言わせるなよ。テメェを野放しにしたとして、無益な破壊はしないらしいからな。それに……『俺にダメージを負わせたテメェが気に入った』」
「……へえ……?」
つまり、シヴァはまたライと戦いたいのだ。そう、久々に己へダメージを与えたライと。
無論の事征服される訳にはいかないが、魔族の本能は戦闘・競争。それには逆らえないのだろう。
しかし、環境によってはライやフォンセのように戦いを好まない者も現れる。
それはさておき、つまり再戦したいのはシヴァも同じだからこそライを捕らえずに野放しにしているのだ。
「……けど、俺にチャンスを与えたとしてこの街、この国が征服されたらどうする?」
「クハハ……チャンスは与えるが、テメェに負けるつもりもこの国を征服させるつもりもないぜ?」
ライはシヴァへ質問し、シヴァは笑みを浮かべながら即答で返した。
それだけ言ってシヴァは歩みを進め、
「あと……次は俺の側近を全て総動員させるつもりだ。俺が思っている以上にテメェらの力は優れていたからな。今日中か明日か明後日か……テメェらの挑戦は何時でも受けて立とう……」
ライと擦れ違う際に、ライの方へ一瞥も向けずに話した。
「そうかい。……じゃ、俺もなるべく早くに再戦を望むよ……のんびりしていられないからな……」
そんなシヴァに返すライ。ライもシヴァへ一瞥を向けずにそのまま通り過ぎて行った。
「楽しみにしてるぜ……」
「楽しみに待ってな……」
最後に一言だけ言い合い、ライとシヴァは自分たちの仲間の元へと歩いて行く。
*****
──"ラマーディ・アルド"・砕けていた街。
シヴァ達支配者組みと別れたライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人は、シヴァが再生させた街並みを歩いていた。理由は今日宿泊する宿を探す為である。
街の雰囲気はあまり変わっておらず、道にあった雪も再生している。
幸いにもライとシヴァやレイたちとオターレド、エマたちとズハルの戦闘による死者はおらず、活気のある街が戻っていた。
「オイ……見ろよ……支配者さんと互角に戦っていた……」
「あ、ああ。本当にガキだな……」
「しかし、ガキという事は将来性がある……将来的には支配者さんを……」
「ば、馬鹿……! 支配者さんは割りと温厚だから問題ないが……その側近方に聞かれてみろ! 死ぬぞ!?」
「わ、悪い……そうだよな。万が一にでも支配者さんが負けるなど……」
「ああ、あり得ない……しかし、驚異的存在というのは確かだ……!」
あまり変わっていないのだが、その代わりに支配者と戦ったライの噂で持ちきりだった。
しかし、それもその筈。支配者という存在は希望であり脅威である。
そんな神のような存在である支配者と戦い、今現在大した外傷も無く歩いている少年を見たら誰だって畏怖対象になりうる。
「アハハ……ライの噂が凄いね……」
「あ、ああ……」
そんな中、レイはライに向けて笑って話す。
ライ自身もどういう反応をすれば良いのか分からないが、住人達による威圧? は犇々と伝わっていた。
道を行けば視線が向けられ、中にはライの幼い見た目からか、ライの強さを確かめたそうに好戦的な目を向ける者も居る。
「ふふ、人気者は辛いな。今なら宿を見つけた時も無料で泊めて貰えるんじゃないか?」
「やめてくれよ……"俺は強いんだから無料で泊めろ"って……それもう脅迫じゃないか……」
レイに続いて悪戯っぽい笑みを浮かべ、ライをからかうように話すエマ。
ライは冗談じゃないと返した。そんな事をすれば悪名が広がってしまうからだ。
「ふふ、冗談だ。ライの目的はよく分かっている」
「ああそうか、それなら……」
「世界を征服して己の望む世界を創造するつもりなんだろ?」
「……言い方を考えてくれ……」
ライとエマ。エマは珍しくライが恥ずかしがっているのを見、楽しそうにからかう。
普段から隙を見せないライなので、からかい甲斐があるのだろう。
「……ま、ライの名が広がったとは言え、悪い意味では広がっていないからな。別に大丈夫だろ。良くも悪くも魔族の国に住む住人達は単純だ」
ライとエマの会話を横目に、フッと笑いながらフォンセが言った。
フォンセの言うように、魔族の国ではすんなりと征服が完了する事が多かったのだ。
それは魔族の性格とライの征服方法から来ており、それら二つが奇跡的に噛み合ったので上手くいったのだろう。
「そうだな。その好戦的な性格から人間の国では評判が悪いけど……話せば良い奴ってのが多かったな……好戦的だけど」
ライは好戦的という部分を強調して言いながらフォンセに返した。
実際魔族は好戦的で、何故か街に入ったら戦いを挑まれる事が多かった。しかしも幹部に。
チンピラ風の者ならまだしも、街を治める幹部に戦いを挑まれるのだから驚きだ。
「アハハー♪ 好戦的っていうのは長所でもあって短所でもあるからねー♪ 多分だけど、ライ君が持つ魔王が自然と強者を引き寄せるんだろうねー」
好戦的な幹部たちに絡まれる事を話したライに向け、次は幹部の側近をしていたキュリテが話す。
キュリテの言う事はあながち間違いでは無い。
今までライに挑んで来た者──シュヴァルツや魔族の国幹部たち。そしてエマのような幻獣・魔物。
それらは魔王の力に引き寄せられていたのだろう。
「ハハ……。……まあ、向こうから来てくれるのはありがたいな。目的を達成する為には必然的に戦う事になる者達だし、行く手間が省けるってモノさ」
キュリテの言葉を聞き、年相応の笑みを浮かべて話すライ。
世界を征服する為に旅する中、数ヵ月で強者の面々と出会えたのは幸運だろう。
「けど、今回は勝てなかった。初めて会ったレヴィアタン以来だな、勝負に勝って戦いに負けたのは。レヴィアタンの時は殆どの攻撃が効かなかったし、今回も精々相手の片腕を砕いた程度……。残念だ」
ふと目を細め、遠くを見るように話すライ。
最強を謳われる伝説の生物と、最強を謳われる魔神の支配者に負けるのは別におかしく無いのだが、やはり思うところがあるのだろう。
「でも、ライなら大丈夫だよ……多分……私たちも居るから……」
「……!」
そして、そんなライに話すのはリヤン。リヤンが言うのは珍しく、ライは思わず少し驚いてしまった。
「……ハハ、そうだな。逆に言えばまだまだ成長する事が出来るんだ。俺の成長に終わりは無いさ」
しかしリヤンの言葉を聞き、まだまだ能力の上がる見込みがあると前向きになるライ。
ライが立ち直ったその時、ライたちの目の前に宿っぽい建物があった。
*****
──"ラマーディ・アルド"・支配者の建物内。
「……シヴァ様。傷の方は……?」
「あ? ……そうだな。かなり痛むぜ」
ところ変わってシヴァ、一人の側近、ズハル、ウラヌス、オターレドの五人。
こちらの五人は巨大な建物に戻り、シヴァは側近達による治療を受けていた。
シヴァの片腕は内部から爆ぜており、元々青っぽい体色をしているシヴァの色よりも青紫に染まっていた。
ライの攻撃を受け、片腕を全て砕きながら防いだシヴァのダメージは本人が思うよりも更に激しかったのだ。
「……ま、回復系の魔法・魔術が発達しているから簡単に治療は出来るけどな。だが、久々の痛みを味わいたい気分もある……心地好くは無ェけど……」
己の片手を見、呟くように言うシヴァ。
今まではシヴァに戦いを挑む者が殆どいなかった。
しかし、久々に戦いを挑んで来た相手がシヴァの予想を良い意味で裏切ってくれたのが嬉しいのだろう。
強過ぎる力を持つというのは、自然と対等な相手──即ち強者を求めたくなるのだ。
「俺の寿命はあと数百年か数千年……定かじゃねェが、それでも長過ぎる生だ。他の支配者や封印された幻獣・魔物と戦える機会はそうそうねェが、千年に一回でも対等を楽しめるのは良い事だろ」
砕けた手を握り、クックックと戦いを思い返して笑うシヴァ。
支配者同士は争わないと言うが、シヴァの場合は機会があれば戦いたいのだろう。
魔族というよりは破壊を司る破壊神としての心情だろうか。
「私たち的にはもう少し支配者としての自覚を持って欲しいのですけどね……」
「ハッ、堅い事言うなよ。魔族の本能は戦闘。そして自由だ! 生き物である以上、本能には逆らわないのが一番だからな!」
側近がシヴァに言い、シヴァは軽薄に笑って返す。
やれやれと、一人の側近はシヴァの自由奔放さ加減に呆れたようなため息を吐く。
「ハッハッ。まあ、今現在侵略されているって事実は変わらない。だから俺も戦いを楽しんでいるだけじゃ駄目って事は理解しているぜ? 無論、次に来たときは完膚無きまでに叩き潰すつもりだ」
呆れる側近を横に、軽薄な態度を取りつつ己の立場を理解していると話すシヴァ。
個々がどれ程強い力を秘めていようと、上の者が己の立ち位置や役割を理解していなければ組織として成り立たない。
つまり組織のリーダーには部下を纏める力も必要なのだ。
そういう意味ではシヴァは支配者として役割を果たしていると言える。
本人が好戦的というのと、それに伴った強大な力。そして温厚? な性格。などである。
そもそも、魔族自体が全体的に好戦的。なので魔族が仕えるのには丁度良いのだろう。
「そうして貰わなくては困ります。知っている事ですが、改めて確認しましょう。あの一行はこの国の幹部を全て落としております。そしてシヴァ様が聞いた事には……ハッタリの可能性もありますが最強生物レヴィアタンを倒したと……つまり油断なりませんからね……」
シヴァの言葉を聞き、クドクドと話す側近。
シヴァが見せる余裕の態度から、警戒心が足りないと思っているのだろう。
「うっせーなー……知ってるよ。俺は身を持って体感したんだ。テメェは俺の親か?」
「ふふ……それも言いかもしれませんね……私もただの側近兼侍女という存在よりはシヴァ様へどうこう言える立場の方がより厳しく指導できる……」
側近の言葉を聞き、子供のように駄々を捏ねるシヴァとフッと笑って返す側近。
その側近はシヴァの世話係り的な立ち位置になっているらしい。
「もう既にどうこう言ってんだろ……」
側近の言葉を聞き、逆に呆れるシヴァ。
シヴァは自由を求めているのだが、この側近はまるでシヴァを監視しているかのようだ。
いや、この場合は管理が正しいだろうか。
「まあ、何はともあれ俺は油断し無ェ……油断出来る訳が無ェ。あのガキも本当の全力じゃない事は分かっているからな。次にアイツらが何時来ようと迎え撃てるようにはしておくさ」
そしてシヴァは側近達に向けて話す。
侵略者が強者かどうか分からなかったシヴァだが、確実に強者と分かったので再戦を心待ちにしているのだろう。
「ハハ、シヴァさんにとっては久方振りの相手ですからね。気持ちは分かりますよ」
「ああ、シヴァさんは"退屈"ってのが口癖みたいになっていたからな……」
「……そうね。支配者さん」
シヴァと側近が話、それに便乗するように話すウラヌス、ズハル、オターレドの三人。
シヴァの傷も取り敢えず治し終え、体勢を立て直した。
「いやぁ……支配者と戦ったってのに普通の接客で対応するって……流石プロだな。客を選ばない」
「……まあ、住人からすれば見せ物としても中々楽しめる催しだからな。そういう時以外は無害ってのも知っているだろう」
そしてライたちは見つけた宿に入っており、これから休憩する様子だ。
その会話からするに、取り敢えず宿で休む事は出来そうである。
そしてそう遅くない再戦の時を待ち、一時的な休戦も兼ねて今は今日の疲労を取るライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人だった。




