百七十九話 勝敗
ライと支配者のシヴァが本気の戦闘体勢に入り、それによって辺りは大きく揺れた。
それで瓦礫が浮き上がり、小さな瓦礫は消し飛ぶ。
「……!? 何だ、この気配は……!!」
「「…………!」」
「「…………!」」
その気配を一番最初に感じたのは、五感やその他の能力が優れているヴァンパイアのエマ。
次いでレイ、フォンセ、リヤン、キュリテも反応を示した。
「……ッ! シヴァさん……! やる気か……!」
「……避難した方が良いわね……」
そしてこちらの二人──ズハルとオターレド。
二人は支配者であるシヴァの側近をしていた為、シヴァの能力変化には敏感なのだ。
そしてオターレドの言葉を筆頭に、二人は何処かへ消えた。
「戦いの途中で避難するとは……しかし、ライと支配者……確かに避難した方が良いかもしれないな」
「「「うん……!」」」
「ああ……!」
エマはズハルとオターレドの様子を見、側近二人が戦いを放棄する程の力なら避難した方が良いと告げ、それに同意するレイ、リヤン、キュリテとフォンセ。
こちらの五人も安全地帯へ向かうのだった。
「……」
「……」
そして、互いに力を解放したライとシヴァ。
二人は落ち着いた様子で瓦礫の上に立っており、互いが互いを冷静に判断していた。
判断するというのは互いが持つ実力の事である。
ライは七割、シヴァは不明。何はともあれ、互いにそれなりの力を使っているというのは事実。
気付けば周りに生き物の姿は無くなっており、雪も全て溶けていた。しかし冷たい静かな風がヒュウと吹き抜ける。
風に煽られ小さくなった瓦礫の破片がカラカラと落ち、コツンと音を響かせた。
その音が少し反響し、少し経って収まった。
その少しの間は静まり返っており、この世に自分たち以外は居ないのではないかと錯覚する程の静寂だ。
「「…………」」
その刹那、ライとシヴァは大地を踏み砕き──半径数百キロを消し飛ばした。
二人が移動しただけで"ラマーディ・アルド"のその周辺を消滅させ、
「「オラァ!!」」
同時に拳を突き出してぶつかりあった。
それからその衝撃が街に伝わるより速く宙に上がり、衝撃を空中に逃がして街全ての破壊を防ぐ。
それでも尚衝撃は伝わったが、地上で放たれるよりは圧倒的に最小限の被害で押さえられるだろう。
「……チッ、一撃じゃ決められなかったか……!」
「ハッハッハ! 取り敢えず一撃じゃやられなかったしテメェの一撃は防いだぜッ!」
ライの攻撃はシヴァに効いておらず、シヴァは依然として軽薄な笑みを浮かべていた。
そして、ライもシヴァも飛べる訳では無いので瓦礫の上に立ちながら互いを確認した。
「……」
「……」
ライとシヴァ、二人の服は泥や水によって汚れているが目立つ外傷は無い。しかしライには多少のアザがあり、シヴァにはそのような傷すら無かった。
今までの攻撃を踏まえ、シヴァに与えたダメージは不意を付いた六割の力。
第五宇宙速度から光の速度に急変したので緩急の差で攻撃を与える事が出来た。
つまり、早くも全力の七割に対応しているシヴァを出し抜く為には八割の力を解放する必要がある。
(まあ、それを使えたら苦労が無いんだけどな……)
そう思い、気を引き締めるライ。
「……? どうした? 黙り込んで……まあ、黙り始めて数秒だしおかしくはないがな」
黙り込むライに対し、クックと笑って返すシヴァ。
ライはフッと笑ってシヴァに話す。
「……いや、何でもない。ちょっと面倒だな……って考えていただけだ」
「ハッハッ……言うじゃねェか……さっさと負ければ面倒じゃねェぞ? まあ、それはつまらないけどな!」
ライとシヴァは同時に瓦礫の山から跳躍した。
そして瓦礫が『消し飛んだ』。
その衝撃は"ラマーディ・アルド"に伝わり、辺りには瓦礫も無くなって更地と化した。
「オラァ!!」
「軽い軽い!」
ライは光を越えた速度で拳を突き出し、シヴァはそれを容易く防ぐ。
衝撃はシヴァの背後を深く抉る程だったが、シヴァには効いていないようだ。
「……そういや、俺の勝利条件は決めてなかったな……」
「……ッ!」
シヴァは呟きながらライを殴り、ライは更地と化した街を抉りながら吹き飛ぶ。
ライが吹き飛んだ道には深い溝が出来ており、枯れた川を彷彿とさせるモノだった。
「まあいいか。取り敢えずテメェを戦闘不能、再起不能、行動不能の何れかにすれば勝ちで……」
「ハッ、そうかい。全部同じ意味じゃねえかよ……」
シヴァは腕を組みながらライの方を見て言い、ライは口元の血を拭って軽く笑う。
「……てか、アンタは少しでも本気を出すって言ってたけど……全くそんな感じじゃない気がするんだよな……」
ライは立ち上がり、身体に付いた汚れを払いながら呟く。
先程シヴァは少し本気を出すと言った。しかし、ライが見る限りまだまだ余裕を残しているのが分かる。
「ハッハッテメェもだろ? ……いや、テメェの場合は出すに出せない……が正しいか?」
「……へえ?」
シヴァはライの言葉にピクリと反応を示す。
その反応を確認し、シヴァは言葉を続ける。
「……で、さしずめ次の段階にでもイケれば俺に一撃を入れる事が出来る……とでも考えていたんだろ。戦闘経験の浅い考えは丸分かりだ」
腕を組み直し、うんうんと頷きながら話すシヴァ。
ライはシヴァを見て笑った。
「ハハ、そうかい。……じゃあ、考えを現実にしなきゃな……」
「やってみろ。俺もその方が楽しい」
そして二人は再び大地を粉砕し、姿を消して互いに激突した。
「そーらっ!!」
「まだ軽いぜ!」
ライはシヴァに回し蹴りを放ち、シヴァはライの脚に軽く手を当てて反らす。
ライの脚はシヴァに掠る事も無く空を切り、シヴァの横を数キロ抉った。
大きな土煙が舞い上がりつつ、二人の視界が悪くなり──
「そら!」
「ハッ!」
──即座に土煙を掻き消してライが向かう。そしてそれをいなすシヴァ。
二つの動きによって土煙は晴れ、大地が粉砕して新たな土煙が立ち上る。
「「…………」」
ライとシヴァは土煙を晴らして土煙を造った後、大地を軽く踏み砕いて跳躍した。
地面は沈み、巨大な破片が浮き上がる。
それらは轟音を立てて空中に舞い上がった。それによって空中へ足場が出来た。
「行くぞ!」
「ハッハッ! 来い!」
その足場に乗り、砕いて加速するライとシヴァ。
ライは光の速度を越え、シヴァは空に舞い上がったままの足場で待っている。
「……!」
「……?」
そしてライはその場から姿を消した。
それは空気を蹴り、シヴァの居る足場の裏に回り込んだのだ。
シヴァは一瞬ライを見失ったが即座に気付き、
「オラァ!!」
「バレてるぜ!」
光の速度を越えたライを黙視して捉えた。
ライが回り込んだ一瞬、思考が停止したにも拘わらず光の速度を越えるライの動きを捉えたのだ。
「ああ、知ってる」
そして足場は消し飛び、爆音と共に空気を揺らした。
ライとシヴァが生み出した熱と衝撃により、他の足場も全て消し去る。
「そしてまた無傷か……」
「まあな」
依然として土煙が舞い上がっており、ライは頭を掻きながら呆れたように言い、それに軽薄な態度で返すシヴァ。
「……光の速度を越える速さで殴っても無傷とはな……下手すらそれだけで惑星一つを破壊できるってのに……」
そう、生き物が光の速度で移動するだけで星一つが機能しなくなる可能性があるのだが、ライはそれを遥かに超越する速度で攻撃をしている。
にも拘わらず、シヴァはそれを軽く防いでいるのだ。
要するに、惑星一つを破壊する攻撃を苦に感じていないとの事。
「ハッハッ! 破壊ってのは破壊神って謳われていた俺の役目だ。俺は本来のシヴァじゃないけどな!」
ライの言葉に対し、星や世界を破壊する役目は自分の役目と笑うシヴァ。
シヴァの建物で戦っている時に言われたように、どういう訳かシヴァの破壊神としての役割は終わっているらしい。
「ハハ……破壊神を破壊するってのも中々乙なモノじゃねえか……」
「ハッ、俺に一撃入れる事を出来てから言え侵略者!」
会話が終わり、二人は同時に地面を踏み抜いた。
そして、更地である"ラマーディ・アルド"の街に再びクレーターが造り出された。
クレーターは一瞬で広がり、街を飲み込んで広がる。
「オ──」
「そ──」
ライとシヴァは同じタイミングで身体を捻り、同じタイミング拳を後ろに回し、
「──ラァ!!」
「──らよっとォ!!」
ほぼ同じタイミングで拳を突き出した。
速過ぎて目視出来ない程の速度だが、タイミング的には一瞬ライが速かった。
『かつては』宇宙一速いとされていた光の速度なので当然だろう。
しかしシヴァもあまり遅れを取っておらず、そのまま二人は二人へ拳の衝撃を放出した。
「「…………!!」」
そして粉塵を巻き上げ、ライとシヴァの姿が土煙でまたもや消える。
しかし第二波の衝撃が走り、直ぐ様二人の姿は現れ──
「……」
「……」
──刹那の間を置かず消え去った。
そして次の瞬間、ライとシヴァが居た場所から数百メートル離れた場所で爆発が起き、その次にはまた別の場所で粉塵が舞い上がった。
粉塵が消されては現れ、消されては現れを繰り返す。
しかし勿論実際に消えた訳では無く、しっかりと移動したかのような跡が大きく描かれていた。
その跡は流星群が全て地面に落ちたのでは無いかと錯覚する程のモノで、"ラマーディ・アルド"の街は別の惑星のようになっていた。
「ふう……」
「ハッハッ、息が切れてきてんな……もう限界か?」
そして少し経った後、肩で息をしているライとまだまだ余裕で満ちた表情をしているシヴァ。
ライもあまりダメージは無いのだが、同レベルの者と長時間戦った事は無い。
なので齢十四、五のライは体力的な問題で疲労が溜まっているのだ。
対するシヴァは支配者として数百年君臨しており、同レベルの者とも若い頃などで戦っているだろう。
経験の差というものは、同レベルの相手が現れる事で初めて影響するのだ。
「いや、まだまだだな。これで分かったよ。俺には限界が無い……そして、俺はまだ支配者と渡り合える力が無い……だから、今出せる全力の一撃でアンタを倒すさ……」
「……ほう?」
ザッとライは両足を軽く広げ、片手に全神経を注ぎ込む。
ライを取り巻く漆黒の渦は更に黒く染まり、ライがその場に居るだけで抉れた地面が更に深く沈み込む。
「…………」
「…………」
互いに黙り込み、互いに互いの目を見て集中する。
──その刹那、ライの姿がシヴァの前から消えた。
「……」
「……!」
そんな次の瞬間にシヴァの眼前へライの拳が迫っており、シヴァには思考する暇が無かった。
「────!!」
「見事だ、侵略者ァ……!!」
────そして辺りは目映い光に包まれた。
ライが生み出した熱と衝撃によって辺りは発光し、無音で辺りは超新星爆発よりも更に強大な衝撃が生まれていた。
*****
「……ッ! やるじゃねェか……侵略者……」
「……」
──そして、『ライの拳を片手で抑えたシヴァが立っていた』。
「……まさか、レヴィアタンを砕いた全力の七割が防がれるとはな……」
「……レヴィアタン? ほう、アイツを倒したのか……ますますやるな……俺の側近として雇いたいくらいだ……」
超新星爆発を超越する威力を出したライの拳。それを防いだシヴァの手からは煙が立っていた。
その煙は空へと立ち上ぼり、空気にまかれて消える。
「……これじゃ、今回の戦いは俺の負けみたいだな……」
シヴァの手から拳を離し、ため息を吐いて話すライ。
そんなライを見たシヴァはクッと笑って言葉を続ける。
「……いや、テメェは確実に俺へ一撃を与えた……見ろ……」
「……!」
そう言いながらライへ向けて拳を防いだ片手を突き出すシヴァ。
その片手は力無く曲がっており、青黒く変色していた。
「見ての通りだ……俺へ一撃を与えるってのは俺にダメージを与える事。つまり、『片手の骨が粉々になった』今の現状じゃ、俺はテメェに勝った事にはならない……」
シヴァが提案したルール、それはライがシヴァへ一撃でも入れてダメージを与える事。
つまり、今出せるライの全力を防ごうと片手が使用不能になるダメージを負えばシヴァの勝ちでは無くなるのだ。
「……」
それを聞いていたライは目を丸くして驚いていたが、ふと正気に戻ってシヴァへ言う。
「……いや、俺の攻撃は完全に防がれたんだ。確かにアンタへダメージを与えたが、今までのようにどちらかが倒れるまでの戦いだったら確実に俺が負けていた。だから今回は……「じゃあ、引き分けにしようぜ」……俺の負………………え?」
唐突に、シヴァはライへ向けて引き分け宣言をした。
今回のルールはライがシヴァにダメージを与えるか、シヴァがライを不能にするかである。
なので、普通に考えればライの勝ちだろう。勝ちなのだが、ライ自身がそれに納得できない。
そしてシヴァも勝った訳じゃない。なので間を取ってシヴァは引き分けという事にしたのだ。
ライの反応を見、シヴァは笑って言葉を続ける。
「ククク……素直に勝利を認めねェテメェに配慮したのさ……引き分けなら丁度良いだろ」
シヴァはライへ背を向け、横顔を向けて笑っていた。
暫し見ていたライもフッと笑い、
「……ああ、引き分けにしてくれるならありがたい。普通にやってたら俺の負けでこの街を征服なんて出来なかった……つまり、もう一度チャンスをくれるって事だよな?」
「ああ、テメェが頑なにテメェの勝利を認めねェからな。勝利を認めねェなら引き分けにすりゃ良いのさ。俺も今度は片腕を砕かれずに戦うつもりだ……」
こうしてライとシヴァの会話が終わる。
辺りは更地であり、瓦礫どころか草木の一つすら無くなっていた。
ライが殴ったシヴァの後ろは半径数千万キロが抉られており、森や山も消えている。その衝撃は一瞬で星を何百周もして収まったのだろう。
本来なら星どころか周辺の惑星恒星全てを消し飛ばす威力なのだが、この程度の被害で抑えたのは支配者であるシヴァの強さだ。
少し経ち、ヒュウと冷たい風が吹き抜けてライとシヴァの傷を冷やしながら癒す。
土煙も全て晴れ、辺りは静まり返っていた。
こうしてライとシヴァの戦いは引き分けとなり、ライは近いうちに行う予定の再戦に力を入れるのだった。




