十七話 vs兵隊・vs指揮官
向かって来る兵士達を前に手始めにライは、『大地を砕いた』。
片足で地面を蹴り、粉塵と共に瓦礫を巻き上げ、自分が立っていた場所を破壊したのだ。
土煙によって視界は薄暗くなり、その様子に困惑して立ち止まる兵隊。
ライの狙いはそれだ。
「今だ!!」
刹那、ライの掛け声と共に動き出すレイ、エマ、フォンセの三人。
エマはライが払ってしまった雲を再び引き寄せて、曇天の空模様に変える。
兵隊やライたちの視界が狭まる事によって、数が多い兵隊側は仲間を攻撃してしまう可能性があるので迂闊に攻撃できなくなる。
その隙を突けば四人しかいないライたちが有利になるだろう。
しかし土煙は直ぐに晴れるので、一気に片付けなければならない。
「慌てるでないッ!!! 土煙で我々の混乱を誘おうという魂胆だッ!!! 視界が悪くなるのは両者同じよォ!!!」
指揮官の声で騒ぎ始めていた兵隊が静かになる。
それを見、中々手強そうだ。と、動きながら苦笑を浮かべるライたち。
兵隊は風魔法・魔術を使い、土煙を吹き飛ばす。
視界が晴れ、見渡しが良くなるが、そこからライたちの姿は消えていた。
「「「「「…………なっ!?」」」」」
兵隊は戸惑う。
ちょっと考えれば死角になっている場所にいる。と、直ぐに分かる筈だが、突然消えたように錯覚した為脳の処理が追い付かずにライたちの存在が無くなったように感じたのだ。
そしてその錯覚は、一つの音と共に覚める
「オラァッ!!」
空中からライの声と同時に拳が降って来たのだ。ライは土煙に紛れて跳躍していたのである。
そんな拳は地面に当たり、その衝撃が一瞬で兵隊へ奔る。
「「「「「があああああ!!?」」」」」
大地が沈み、鼓膜を突く轟音が辺りへ響き渡る。建物の窓に振動が奔り、ヒビが入り窓ガラスが砕け散る。
その衝撃はそのまま兵隊を空へ舞い上げ、建物に激突させた。
一気に意識を失う兵隊。他の兵士は後退りをするが、一筋の剣が兵隊を切り裂き、炎が兵隊を包見込んだ。
「「「「「ガフッ…………!?」」」」」
「「「「「ぐわあああ!? 熱い熱いぃぃぃ!!」」」」」
思わぬ奇襲を受けた兵隊は一気に陣形が崩れる。
それを狙い、ヴァンパイアが飛び交って兵隊を襲う。
「クソッ! 何処から!?」
「後ろだ!!」
「いや、前だ!!」
霧に変化したヴァンパイア。──エマは、持ち前の怪力で兵士を掴んで振り回し、投げ飛ばした。
ものの数秒で一気に数が減る。それでもまだ千人以上いるが、これらが全て倒されるのも時間の問題だろう。
立ちはだかる四人を前に、戦意を削がれる兵士達。
ドサドサと、天に舞った兵隊と共に瓦礫が降ってくる。
魔王の子孫とヴァンパイア、そして魔王の力を操るライにばかり気を取られる兵隊だが、勇者の子孫もいるのだ。
かつての伝説が集結しつつある四人に、ちょっと強いだけの兵隊が敵う筈もない。
もう殆どの兵士が満身創痍の状態だった。そのような連結を見せられてしまえば仕方の無い事だろう。
兵隊の中心でそれを見たライは、指揮官を指差して一つの事を提案をする。
「……なあ、指揮官はアンタだろ? 俺から一つ考えがあるんだが?」
「…………っ。何だ……?」
考えがあると言う、ライが放った突然の言葉に警戒しながら返す指揮官。レイは心配そうにライを見やる。
そんな反応を横目に、ライは軽薄な笑みを浮かべて言葉を続ける。
「お互いのチーム……そのリーダーである、アンタと俺で……『一騎討ち』にしないか?」
「…………ッ!?」
指揮官が反応を示し、兵隊からざわめきが聞こえる。
一騎討ちという事は文字通り、ライと指揮官が一対一で戦うという事だ。
その場合、魔王の力を操るライが圧勝するだろう。
そして、一騎討ちで決着をつける。という言葉が意味するものは、指揮官がライに負けた時、その瞬間に指揮官側の敗北が決まるということ。
明らかに指揮官が不利なのである。
指揮官の表情からその思考を読み、ライは言葉を続ける。
「勿論、魔王の力を使ったらお前は何もすること無く、完膚なきまでに叩きのめされるだろう。だから俺は……『魔王の力を使わずにお前と戦う』。俺に勝てれば、俺たちを好きにして良い」
「「「「「…………!!!??」」」」」
指揮官やレイ、エマを含め、全員が驚愕の反応を示す。
確かにそれならば、指揮官側が一気に有利になるだろう。
しかしそうなれば、ライよりも戦闘経験が豊富な指揮官に軍配が上がる可能性が高い。
ライは魔族なので通常の人間よりも身体能力が高いが、しかし経験の差は時に身体能力の差を覆すものだ。
それに加え、指揮官は魔法・魔術道具や、武器を使用する。素手での戦いならばライも勝つ可能性が高いだろうが、それらを駆使されればライが益々不利になる。
そしてライが負けたら、ライたちは大人しく降服するという。
それらの条件を出された指揮官はライに言う。
「……貴様……それを本気で言っているのか!? 貴様らを好きにして良いと貴様が勝手に決めても、後ろの三人は納得するのか!?」
指揮官の言葉を聞いて、あ、そうか。とライが反応する。
そしてライはレイ、エマ、フォンセの方を見、子供っぽく尋ねるように言う。
「なあ、三人は良いか? 俺が負けたら三人も巻き込んじゃうけど?」
「「「…………」」」
暫し驚いて目を丸くしていた三人。勝手に話が進んでいるので入り込む情報が多く、理解が追い付かないのだ。
そんな言葉を聞いて気を取り直し、まずはレイが言う。
「私は……別に良いよ。旅の目的が自分を高める為なんだし、時にはライ自身に全てを任せるつもりじゃなきゃ」
レイは快く了承した。その理由は自分を高める為、何かしらの賭けにも出なければならないからとの事。
そんなレイに続き、エマがフッと笑いながら言う。
「私も構わん。貴様がリーダーだったとは考えてなかったけどな? まあ、私は長生きだ。……というか不老不死だからな。拷問などを受けても、弱点じゃなければ問題ない」
エマも了承し終えた。不死身の身体を持つ為、大抵の事なら何をされても無事だからとの事。
そして最後に、仲間。なのかまだ分からないが、フォンセも言葉を発する。
「ふん。私はどうせ奴隷の身、主の言うことは聞いた事無いがな。……貴様が勝とうと負けようと私には関係ない。好きにしたら良いさ」
そして、フォンセも了承した。のかもしれない。
三人に意見を聞き終え、全員が了承したその後、ライは指揮官に向けて言う。
「という訳だ。俺が負けたら、俺たちは全員アンタらの奴隷同然さ。どうでも良いから、さっさと戦ろうぜ?」
「フンッ!! 生意気な小僧だ!! だったら貴様をさっさと片付けて、貴様ら三人を連行するまでだ!! 此処じゃ戦いにくかろう!! 俺も戦いにくいからな!! ちょうど闘技場がある!! そこで決着を着けようではないか!!!」
そして指揮官も提案に乗り、ライたち四人は闘技場へ入る。
後ろから兵隊もぞろぞろと着いてくるが、今攻撃しようものなら、構わず倒すつもりのライ、レイ、エマ、フォンセ。
闘技場は先程の状態で残っている。怪物の亡骸や砕けた観客席の破片などだ。
そして、数十メートル離れた位置に着き、向き合うライと指揮官。
「魔族といえど、男に二言は無いな!!? 小僧ォ!!!」
「当たり前だ。俺は負けないからな」
ライと指揮官は互いに声を掛け合い、互いに構えを取る。ライは素手、指揮官は長い槍を片手に持っていた。傍から見ればライが圧倒的に不利だが、ライは気にしている様子が無い。
そして次の瞬間、その構えと同時に戦いは開始した。
「……オ、ラァ!!」
まずライが様子見を兼ね、小さな瓦礫を拾って指揮官へ投げ付ける。
魔族の力で投げられた瓦礫は常人なら目で追えない速度に到達し、真っ直ぐ指揮官へと向かう。
「甘いわァ!!」
そんな瓦礫の破片に向けて槍を横に薙ぎ、指揮官は小さな瓦礫を砕いてそれを防いだ。
どうやら指揮官の身体能力も常人のそれを凌駕しているらしく、そんな訳でライは指揮官に向かって走り出した。
「オラァ!」
指揮官に向けて前進したライが拳を放ち、指揮官がそれを避ける。
そしてライの拳が闘技場の地面にという音と共に、地面には小さな穴が開く。
「ハッ! 魔王の力を使わないだけでそれほどまでに威力が落ちるのか!! だったら楽に勝てそうだァ!!!」
そんな穴を見た指揮官は余裕の表情で槍を振り回し、ライへ突き刺そうと嗾ける。ライはそれを全て見切り、紙一重で躱した。
「ソラッソラッ!! ソラソラァ!!!」
躱されると同時に、指揮官はリズミカルに槍を突き刺す。
その槍は空気を突く音を響かせ、それをライは全て躱す。が、指揮官には中々隙ができないので攻撃を食らわせることも出来ない。
なのでライは少ししゃがみ、払うように指揮官の足に蹴りを入れる。
「ウオッ!?」
足を蹴られ、バランスが崩れたので傾いてしまい、指揮官に隙が生まれた。その隙を突き、ライは即座に立ち上がり拳を放つ。
「オラァッ!」
「ぐはっ……!」
そんなライの拳が指揮官の鎧を貫通し、鈍い音が鳴る。それと同時に指揮官は後ろの壁へと吹き飛ばされた。
その威力で壁にはヒビが入り、辺りに土煙を巻き上げる。壁に激突した指揮官の肺からは空気が漏れ、指揮官は吐血した。
「どうした? 俺は魔王の力を使っていないんだぜ? 随分と吹っ飛んだな?」
「……ぐぬぬ……!!」
ライは一瞬で壁に詰め寄り、指揮官を見下すように見る。
──しかし実を言うと、ライ自身が自らの力に驚いていたのだ。
確かに魔族は人間よりも遥かに力が強く、能力も高い。だが、経験豊富の指揮官をたった一発殴っただけでこれほど追い詰められるとは思っていなかったからだ。
自身を誤魔化す事も兼ねて、指揮官を見下すライ。
「ダァッ!!」
そんなライに向け、槍を横に薙ぐ指揮官。ライは跳躍して躱しつつ距離を離す。
指揮官は立ち上がりながら血を拭い、ライに向けて言い放った。
「フン……! 確かに普通の魔族よりは強いようだな……だったら俺も本気を出そうか」
その言葉からするに、どうやら指揮官は本気じゃなかったらしい。
思い返せば、確かにこの者は 槍を振り回していただけだったのだ。ただ槍を振り回すだけでもかなりの力を要するのだが、それでも全くの本気では無かったようだ。
「貴様はもう終わりだ!」
その瞬間、指揮官は槍に『炎を纏った』。
恐らくこの指揮官は、四大エレメントの一つ。"炎"を操れるのだろう。
武力と魔力を扱う指揮官はライに向け、叫ぶように言う。
「行くぞ!! 小僧ォ!! 焼き払ってくれるッ!!!」
それと同時に地面を蹴り、ライとの距離を詰める指揮官。
槍の先端にはゴウゴウと炎が激しく揺れている。
「ハァッ!!」
「おっと……!」
まず槍を振り下ろし、叩き付けるように攻撃する指揮官。
ライはそれを躱す。
「ダァッ!!」
「…………」
避けられた指揮官は振り下ろした状態の槍を横に薙ぎ、ライの避けた方向へ攻撃を仕掛けた。それによって生じた炎が空気を焦がす。
ライはそれを仰け反って躱す。
「ダラァッ!!」
「危ない……!」
次に指揮官は槍の先端をライへ突き刺すように攻撃する。
ライは跳躍して躱し、そのまま槍の上に立ち、
「ハッ!」
「……させるか!」
グルンッ! と身体を捻り、槍の上で回し蹴りを放つ。
指揮官は槍を上に振り、ライを空へ飛ばして攻撃をさせない。
ライの乗った槍を持ち上げるとは中々の腕力の持ち主だ。
空へと飛ばされたライは体勢を崩す事無く地面に着き、一連のやり取りのあと再び睨み合うライと指揮官。
「……!!」
「……!!」
その刹那、大地を蹴り砕き、加速して指揮官に駆け寄るライ。
そんなライに向け、指揮官は迎え撃つように炎の槍を向ける。
「ホアァッ!!」
そして駆け寄ってくるライに向け、槍を突き刺す指揮官。炎の槍は空気を貫き、熱で焦がしてライの顔を掠った。
そんなライはスライディングのように指揮官の股下を潜り抜け、背後を取る。
「…………なっ……!!!」
それを見て指揮官が振り向こうとした──刹那。
「オラァ!!」
「グブッ!!?」
ライが放った渾身の拳が、指揮官の顔を捉え、指揮官を殴り飛ばした。
指揮官は、三、四回ほど回転して壁に激突する。
その衝撃で闘技場の観客席が激しく音を立てて崩れ落ちた。
しかし、指揮官は瓦礫をどかし、瓦礫の中から辛うじて出て来た。
足取りはフラフラしており、今にも倒れそうだがその滾っている瞳はしっかりとライを捉え、睨み付けている。
魔王の力を使っていなかったとはいえ、重い拳を直接受け尚且つ瓦礫の下敷きになったというのになんというタフさだろう。
諦めず立ち上がる指揮官に対し、ライは素直に感心していた。
「ハア、ハア…………こ、小僧ォ!!! 確かに中々やるようだなァ!!! 魔王の力を使っていないというのに、俺をこのまで追い詰めるとはなァ!!! しかァし!!! 俺とて一つの兵隊を率いているのだァ!!! そう簡単に倒れられるかァ!!!」
指揮官は息を切らし、吐血しながら叫ぶ。
それと同時に再び炎を槍に纏わせ、槍を再び振り回す。
今の指揮官ならば手加減しても勝てるだろう。
しかし、それは侮辱に等しい行為だ。
指揮官の根性に敬意を払い、ライは手加減せずに指揮官を攻撃する事にした。
「流石だな、指揮官さん。けど、俺だってここで負ける訳にはいかない。アンタに敬意を表し、今からアンタを……『完膚なきまでに叩きのめす』!!」
その瞬間、二人は同時に地面を蹴って踏み込む。互いの距離を数センチにまで詰め寄り、ライの腕と指揮官の槍。その二つが命中しうる場所までやって来た。
互いの距離が近づくと同時に、まずは指揮官が仕掛ける。
「ハァッ!! ダァッ!! ダラァッ!!」
炎で燃える槍を突き、薙ぎ、振り回す。その度に炎の軌跡が描かれ、さながら空中へ炎で模様を作り出しているかのよう。
そんな槍をライはその全てを紙一重で躱し、指揮官の懐に攻め込む。
「オラァ!」
瞬間、ライは指揮官の顎に目掛けて拳を放った。
指揮官はそれを何とか避け、炎の槍を横に薙ぐ。
ライは場を離れず、その槍をしゃがんで避ける。指揮官はしゃがんだライに槍を振り下ろす。
ライは横に転がって避け、立ち上がる。
指揮官は避けたライに追撃を仕掛けた。
「ウラァッ!!!」
立ち上がったライに炎槍を突き刺そうとする指揮官。
──がしかし!
「…………なっ……!?」
「………………」
ライは炎槍を、『正面から受け止めた』。
燃えている刃の部分ではなく、柄の部分を持ち、受け止めたのだ。
そして、
「オラァ!」
その腕力を持ってして、金属で造られている槍の柄をへし折った。
愛槍を折られた指揮官が止まっているうちに、ライはトドメを刺す体勢へと入る。
「ハァッ!」
「ブハッ!」
まずは顔に蹴りを入れ、フラついたところに踵『かかと』落としを食らわせた。
頭を蹴られ、地面にぶつかる指揮官。指揮官はその衝撃で地面からバウンドし、ライの膝元に指揮官顔が来る。
その瞬間、
「これで……終わりだァ!!」
ライが指揮官の顔に向け、膝を叩き付けた。
その勢いで指揮官の顔は拉げ、空を舞って吹き飛んだ。
「……ガハッ……!」
指揮官はそのまま落下し、地面に背中を打ち付け、空気が漏れた音と共に動きが止まる。
その瞬間、ライの勝利が決定したのだった。