百七十六話 ライたち六人vs支配者達三人
──"ラマーディ・アルド"・建物の前。
「食らいなさい!!」
次の瞬間、オターレドは水と雷をエマとリヤンに向けて放出した。水と雷は不規則に動き、翻弄するように進んで行く。
「水に雷……そして天候を雨にした……か」
エマはそれらを避けつつ、呟くように話ながら思考する。
その水は大地を抉り、雷は大地を粉砕した。
「それにしても……雷の割には遅過ぎる速さだ……雷速の攻撃じゃないな……いや、何かを狙っているのか?」
そして、そんな水と雷を見たエマはその遅さに怪訝そうな表情をする。
雷の速度は第三宇宙速度(秒速16.7㎞)以上、第四宇宙速度(秒速300㎞)未満の秒速150~200㎞程度。
通常ならば雷速は。いや、音速ですら目視するよりも速くエマの身体に到達する筈である。
しかし、オターレドが放った雷はゆっくりと見てから避ける事が出来た為、それよりも遥かに遅かったのだ。
「何をブツブツ言ってるのかしら? 独り言が多い人は好かれないわよ!!」
エマが思考を続ける中、オターレドは再び水と雷を放出した。
その二つは辺りの天候と相まって威力が上がり、エマの元へと進む。
「……私は人じゃない」
そしてエマはそれだけ言い、フワリと柔らかな動きでその二つを避けた。
避けたと同時にフッと笑い、
「……あと、私だけに構っていたら隙が生まれるぞ?」
そう言った。
「やあ!」
そしてエマの言葉に続くよう、リヤンが大蜘蛛の糸をオターレドに向けて解き放つ。
「そんな事、言われなくても知ってるわよ!」
オターレドはそう告げてスルリスルリとリヤンの糸を潜り抜け、リヤンの方を振り向いた。
「どうせ貴女、私の攻撃が遅いとでも考えていたのでしょう? 良いわよ。なら、今見せて上げるわよ……私の攻撃の……本来の速度を……!!」
「……しまっ……!!」
「……!!」
刹那、リヤンの身体にバリバリと電流が走り、リヤンは己の力が抜けたように倒れる。
「リヤン!」
エマは慌ててリヤンの元に駆け寄り、
「……そして、私自身が持つ速さもね?」
「……!」
自分の背後へ回り込まれた事に気付かなかった。
リヤンに夢中だったからでも、油断していたという訳でも無い。
ただ純粋で単純な答え。オターレドの速度が速過ぎたのだ。
「"雷"!!」
「……ッ!」
一瞬で背後を取られたエマはそのまま雷を食らい、その身体が赤黒く焦げてしまった。
電撃の衝撃で服は破れ、肉が裂けて雷速で熱が走り回る。
ヴァンパイアのエマじゃなければこの時点で命を失っていた事だろう。
「……」
「……え!?」
そして、それと同時に雨水に紛れて姿を消し去るエマ。
オターレドは思わず目を見開き、素っ頓狂な声を上げて辺りを見渡す。
「ヴァンパイアの……霧になる力……私に有利だから雨を降らせたけど……逆に見えなくなっちゃった……」
思った事を声にして言い、己の平常心を保とうと心掛けるオターレド。
ただ考えるだけでは無音の空間から気が気で無くなる。なので声に出して"音"という名の安心を得ようとしているのだ。
先程オターレドは独り言が多い人は好かれないと言ったが、本人がそれをしてしまっている。まあ関係無いだろう。
「成る程。この空間は貴様が有利なのか……さしずめ天候を操り、天候を具現化して攻撃する魔術師……と言ったところだな」
「……ッ!」
オターレドが考えている時、今度は逆にエマが爪を放ちオターレドへ攻撃を仕掛けた。
ヴァンパイアの持つ怪力と強靭な爪が合わされば下手な剣よりも斬れるだろう。
事実、エマの爪を食らったオターレドは出血した。
「リヤンは既に回復させた……私の血を入れてな…… リヤンの持つ元々の体質から簡単に治ったよ……」
エマは霧から人形に戻り、オターレドに向けて言葉を発する。
リヤンもヴァンパイアの性質を少しだけ持っている。エマの血液はよく馴染むのだろう。
オターレドはピクピクと片眉を動かし、拳を握り締めて一言。
「ヴァンパイアってさぁ……どれくらい殺せば死ぬのかなぁ……」
「……さあ? やってみたらどうだ?」
刹那、辺りの雨水が消し飛んだ。
エマとオターレドがぶつかり合い、二つの衝撃によって水飛沫が飛ぶ。
エマ&リヤンvsオターレドの戦いもまだ始まったばかりである。
*****
──"ラマーディ・アルド"・市街地。
「やあっ!!」
「"炎"!!」
「食らえ!!」
「……ッ!!」
レイが持つ勇者の剣、フォンセが放った炎魔術、キュリテが持ち上げた瓦礫。
それら全てがズハルに命中し、"ラマーディ・アルド"の地形を変えて街全体が大きく揺れた。
「ククク……完全に向こう側だな……キュリテ……テメェ、マジで魔族の国征服に荷担している……仮に侵略者側が捕まったら軽くて追放、重くて死刑だぜ? 考え直したらどうだ?」
そして、それによって生じた土煙の中から結構なダメージを負った様子のズハルが現れ、キュリテに向けて言葉を発した。
ズハルは魔族の国を支える側近としてキュリテを説得しようとしているのだろう。
「……そうかな? 言ってなかったけど、ライ君は魔族の国を征服しているだけじゃなくて何度か幹部の街を救っているんだよ……それに他の幹部さんたちにも戦いたくないなら戦わなくても良いって言っていたし、だからそれは偏見だよ!」
そんなズハルの言葉に返すキュリテ。
実際にライはベヒモスや百鬼夜行やらを退治しており、何度か魔族の国の危機を救っている。
「ハッ、そうかよ。だがな、それでも自分の国を征服していようとする奴にその国の上位の一人であるテメェが荷担しちゃいかんだろうよ……だから粛正しようと動いてんだからな……このままじゃ粛正が粛"清"になっちまうぞ……つまりテメェを排除せざるを得なくなるって事だ……」
刹那、ズハルは足元を震動させて砕く。
恐らくこれが最後のチャンスと警告するという意味で砕いたのだろう。
キュリテの事を砕かなければならないという意味で、だ。
「答えは変わらないよ……!」
「そうか、ガッカリだ……」
次の瞬間、ズハルはレイ、フォンセ、キュリテに向けて駆け出す。
そして、
「「…………!!」」
先ず手始めに、目で追えないような速度で近寄ってレイとフォンセの身体に震動を走らせ、二人の身体を内部から破壊した。
レイとフォンセは内蔵が傷付いた事によって吐血し、その場に伏せるような状態で倒れ込む。
「レイちゃん!! フォンセちゃん!!」
そちらを見やり、レイとフォンセの事を心配するキュリテ。
「テメェもだよ……!」
「……ッ! 二度は食らわ無いよ……!!」
ズハルはキュリテに仕掛け、キュリテは"テレポート"を駆使してその場から姿を消し去る。
「逃げた……訳じゃねェな……仕留めた二人の姿が無ェ……一先ず避難して……」
ズハルはレイ、フォンセ、キュリテの姿が無い事を確認し、キュリテは体勢を立て直す為に二人を連れたと推測する。
「やあ!!」
「死角から攻撃を仕掛ける……ってところだな」
それと同時にキュリテがズハルの上へ移動しており、数十の瓦礫をズハルへ向けていた。
ズハルがキュリテの方を向くと同時に、キュリテはズハルへ向けて数十の瓦礫を弾丸のように飛ばす。
瓦礫の弾丸は空を切り、音速に近い速度で攻め行く。
「下らねェ……」
そしてズハルはその瓦礫に手を翳し──
「特殊な攻撃を扱える超能力が物理攻撃かよ……」
──瓦礫の弾丸を震動させて粉砕した。
砕けた瓦礫はズハルの周りに落ち、ズハルの周りを蜂の巣のような穴だらけにする。
それによってレイたちとズハルが戦っている街は大きな被害を受けるが、側近であるズハルは気にしていない様子だ。
「……はあ!!」
そして、ズハルが瓦礫の弾丸を防ぐと同時に物陰に潜んでいたレイが勇者の剣を振るう。
剣を振るうレイの傷は完治しており、問題無く動けている様子だった。
「ま、テメェらが回復しているのは知っていた。超能力に"ヒーリング"ってのがあるからな?」
その斬撃を避けるズハル。斬撃はそのまま進み、街の建物を切り崩した。
どうやはレイたちが回復しているという事を理解していたらしい。
「まあ、回復した事は普通に分かるか"爆発"!!」
その瞬間、フォンセは爆破魔術をズハルにぶつける。
ズハルはそれも予想していたようだが、爆発の範囲は数百メートル。直撃だった。
「次はテメェか……!」
そして、その爆風の中から火傷のような傷を負ったズハルが現れる。
先程から何度かダメージを負っているのだが、見た目よりもダメージを負っていない様子だった。
「いや、元々三人が相手だったな……さっさと片付けてやるか……」
「「「………………」」」
ザッ……レイ、フォンセ、キュリテは構え、ズハルも構える。
此方の戦闘は終わりに近づいていた。
*****
──"ラマーディ・アルド"・支配者の建物。
「オラァ!!」
「そらっ!」
この場では魔王の力を五割纏ったライとシヴァが攻防を繰り広げていた。
ライは第五宇宙速度でシヴァに拳を放ち、シヴァはそれを防ぐ。
「「…………!!」」
──そして『辺りは消し飛んだ』。
二人が踏み込んだ衝撃によって王間が沈み、そのまま陥落した。
その衝撃は留まるところを知らず、建物全体を大きく揺らして粉砕する。
「「…………」」
しかし何とか建物の形を保つ事が出来、建物そのものが消し飛ぶ事はなかった。
「この城は俺用に特別頑丈なんだが……此処までボロボロにするとはな……五割でこれは誇って良いと思うぜ?」
「……寧ろ、山程度を軽く破壊する俺が暴れてこの被害って……どんだけ頑丈な建物なんだよ……此処は」
その理由はシヴァが述べたように、シヴァが軽く戦っても壊れないようになっているらしい。
それでも山を破壊する威力で暴れても無事なのは流石支配者の家? という事だ。
「……まあ、このままじゃちょっと建物が持たねェな……」
シヴァはそれだけ言い、
「取り敢えず外で戦るとするか……」
「…………ッ!」
魔王の力を五割纏ったライに追えぬ速度でライの懐に移動し、腹部を蹴り抜いた。
それによって口の中に広がる鉄の味と共に嘔吐感を覚えるライ。
「……ほらよ!!」
シヴァはそのままライを王間の壁にぶつけ、ライは壁を貫通して豪雨の降り注ぐ外へ出される。
「……ッ!」
その勢いは収まらず、ライは遠方に吹き飛ばされ、幾つもの山を砕き、貫通し、数百座程粉砕したところでようやく勢いが止まった。
ライが吹き飛ばされた跡の上空には直線上に青空が見えており、風圧だけで上空の雲を吹き飛ばした事が分かる。
「ハッ、随分と手荒く移動させてくれたな……」
シヴァに蹴られた事によって込み上げられた血液を吐き、フッと笑って話すライ。
腹部に強い衝撃を受けて吐血したが、魔王を纏っているからか吹き飛ばされた際のダメージは無かった。
「ハッハッハ! こうでもしなくちゃいけねェだろ! よくもまあ、『俺が蹴った際に数発殴ってくれたな』?」
シヴァは笑い、ライの拳で殴られ青紫色になっている箇所を指差して言う。
それに対し、ライも軽く笑って言葉を続ける。
「ハハ、やっぱり力の差があってもただでやられるのは性に合わない。取り敢えず適当に抵抗はしてみたのさ。アンタが油断してくれていたお陰で数発食らわせる事に成功したよ」
口を拭って血を払い、挑発するように言うライ。
「クハハ! そうじゃなくちゃつまらねェよな! だが、テメェの五割じゃ……俺はほぼ無傷だ! もう少し楽しませてくれや!」
ライの挑発に乗るシヴァでは無く、シヴァは逆に感心していた。
"ほぼ"無傷という事は、少しだけならばダメージを受けたのだろう。
例えほんの少しでも、最強の支配者にダメージを与えられる存在が居た事が嬉しいという事である。
「……ハハ、そうかい。まあ、場所が広くなったのは俺的にもありがたいかな……」
刹那、ライは大地を踏み砕く勢いで加速し、第五宇宙速度でシヴァの元へ向かって行く。
「オラァ!!」
「…………!」
そしてライはそのまま拳を突き出し、シヴァの顔を的確に狙った。
それを受けたシヴァの顔は拉げ、ライが貫通した山を更に砕いて吹き飛ぶ。
「そらっ!」
ライに殴られ、山を砕き山以外の大地を大きく抉りながら第五宇宙速度で吹き飛ぶシヴァ。
ライはそんなシヴァを追い越し、シヴァの背中を蹴り上げる。
(……へえ?)
「…………」
蹴り上げられたシヴァは分厚い雲と大気圏を突き抜け、己が住む星を背後に仰向けの状態だった。
そんなシヴァの目の前には、太陽を背後に佇むライの姿が映り込む。
「──!」
そしてライは空気の無い筈の宇宙で声を上げたように口を動かし、その拳を振るうった。
「────!!」
「────!!」
シヴァはライの拳を打ち付けられ、大気圏外から星に戻るように吹き飛ばされた。
殴られたシヴァはそのまま落下し、第五宇宙速度以上の速度で落ちて行く。
*****
──"ラマーディ・アルド"・周辺の山岳地帯。
一つの光が空から降り注ぎ、轟音と共に巨大なクレーターが出来上がる。
その衝撃によって数座の山が粉砕し、その山に積もっていた雪と共にその破片である土塊が辺りに散らばった。
その衝撃は空を走り、遠方の雨雲を吹き飛ばしたように見える。
「…………」
その光の後でライが降り立ち、辺りに軽い衝撃を走らせて光物が落下した場所を見る。
「ハッハッハ! まさか宇宙から叩き落とされるとはな! いやはや、貴重な体験だったぜ!」
カラカラと、山の破片から造られた瓦礫の山からシヴァが笑いながら立ち上がる。
身体は少し焦げ、多少の汚れが付いている様子だがそれ以外の外傷は無かった。
「……そうか……やれやれ、大天狗ですら多少ダメージを受けた攻撃だったのに無傷かよ……」
そんなシヴァを見たライはシヴァのタフさ加減に呆れる。
普通なら宇宙から叩き落とされた時点で骨すらこの世に残らないだろう。
しかし、シヴァはそれどころか多少の汚れで済んだのだ。
無論の事ライも無傷だが、魔王を宿しているライは別件だろう。
「やっぱ五割じゃ駄目か……」
「オイオイ……今の力も五割だったのか? やっぱ強ェな、テメェはよ……」
そしてライは力を込め、より黒く、より深く、より暗い……漆黒の渦を纏った。
シヴァはそんなライを見て楽しそうな笑みを浮かべている。
そうして魔王vs魔神の戦いは……まだまだ続く。