百七十五話 天災の化身
「何だか……雲行きが怪しくなってきたな……」
「……うん……」
ライと別れて数分。エマとリヤンは建物の外で待機していた。
快晴だった青空には真っ黒な暗雲が広がり、風も強くなる。
エマは金髪を風で揺らしながら傘をたたんで呟き、それに頷いて返すリヤン。
「果たしてライは大丈夫だろうか……」
「……どうだろう……嫌な予感? 気配? は収まらないけど……」
エマはライを心配し、リヤンもライを心配したように話す。
リヤンの言う予感や気配というのは建物の中から感じる威圧の事であり、それを感じて止まなかった。
「ああ、支配者という者はそれ程までの力を秘めたモノなんだろう……条件が揃わなければ死ぬ事の無い私ですら足が竦んで動き難いのだからな……」
エマはその感覚に浸るリヤンを一瞥して話す。
不死身、不老不死、弱点以外で決して死ぬ事の無いヴァンパイアのエマ。
時には天候を操り、時には催眠術を使い、時にはあらゆる動物に姿を変える力を持つエマだが、そんなエマですら勝てないと確信する"何か"が建物の向こう側にあった。
「……まあ、仕方の無い事よ。どんな生物も生物である限り、真の恐怖には敵わないからね」
「「…………!!」」
その刹那、上空から女性の声と共に水の塊が降り注ぐ。
エマとリヤンはそれを避け、水の塊が降ってきた落下地点には大きなクレーターが造り出された。
「先ずは支配者の……側近と見て間違い無いな?」
その女性の方に視線を向け、支配者の側近と話すエマ。
女性はフッと笑い、空中からエマとリヤンの元へ降り立った。
「……御機嫌よう。侵略者御一行様二名方……私の名前は『オターレド』と申します。この街"ラマーディ・アルド"でこの国を治める支配者様の側近を勤めております。以後お見知り置きを……──そして御免あそばせ……」
次の瞬間、オターレドを中心に暗雲が立ち込めてゆく。
「……この天候は貴様が変えた……という事か?」
そして、それを見たエマがオターレドに向けて質問する。
「ふふ……ええ、そうよ。私たちより貴女達の方が人数が多い……だから各個で撃破する事にしたの♪ 勿論、リーダーはリーダー同士で戦って……ね?」
「……ほう?」
エマが聞きたい事を質問するよりも前に、自分がエマたちの前に現れた理由を話すオターレド。
その言い分からエマたちを侮っているという事では無く、厄介だから一人一つのチームで撃破する事にしたらしい。
「だが、そんな人数は僅差だ。今までのように考えると支配者にその側近が四人……つまり計五人。対する私たちは六人。わざわざ多大なるリスクを背負って一vs数人の戦いに持ち込まない方が良いんじゃないか? 言っとくが……私たちはかなり強いぞ?」
それを聞いたエマは不敵な笑みを浮かべ、挑発するようにオターレドへ話した。
それは本心から思っている事であり、ライたち。つまり自分たちは世界でみてもかなりの強者に入っていると確信しているのだ。
そんな言葉に対してオターレドもフッと笑い、言葉を続ける。
「ええ、そうね。けど……『思い上がらないで下さる』? 貴女達のリーダーと私たち側近は圧倒的な差があるって知っているわ。……けど、貴女達と私たち側近には、『圧倒的な差がある』のよ? 勿論、私たちが百の方だけどね?」
オターレドはライと自分達に圧倒的な差があると告げ、エマたちと自分達では自分達の方が強いと言った。
エマはピクリと片眉を動かし、オターレドに向けて話す。
「ほう? 言うもんだな。生意気な小娘だ……逆に返すとしよう。お前達の強さが百でも千でも関係ない……私たちはお前達よりも遥かに強いからな?」
「……ムッ?」
エマの言葉に対し、眉を顰めるオターレド。
エマにとっては軽い挑発のつもりだったのだが、その反応を見る限りオターレドは割りと子供っぽいらしい。
「……ふふ……まあそう固くなるな……。力の差があっても『手加減してやるから』安心して掛かってくるが良いさ……」
「……エ、エマ……?」
オターレドが子供っぽいと分かったエマは、オターレドに向けて畳み掛けるように言葉を続けた。
そんなエマを見るリヤンはキョトンとした表情だった。
「……ッ! もう怒ったわ! ヴァンパイアの貴女は歳上だろうから敬語を使っていたけど、今はもうそんな気も無くなった! さっさと私が片付けてあげる!」
「ほう……私がヴァンパイアだと気付いたのか……褒めてやろう」
「……」
「私を舐めない方が良いわよ!!」
子供っぽく話すオターレドに、ヴァンパイアと気付いた事を感心するエマ。
そしてリヤンは取り敢えず関わらぬよう、黙っていた。
何はともあれ荒れる天候の中、エマたちも支配者の側近と出会った。
*****
「はあっ!」
その瞬間、キュリテはズハルが崩した建物の瓦礫を"サイコキネシス"で持ち上げ、ズハルに向けて放出した。
「小癪!」
そして、ズハルに向けて降ってくる瓦礫を全てを避けるズハル。その瓦礫は大地を抉り、轟音を立てて土煙を舞い上げた。
「そこっ!」
「……!」
ズハルが避けた所へレイがおり、勇者の剣を振るってズハルの身体に傷を付ける。
大きなダメージは無いが、足を負傷した事によってバランスが崩れるズハル。
「今ね!」
刹那、足を負傷して傾いたズハルに向けて"エアロキネシス"を放つキュリテ。
"エアロキネシス"は空気を切り裂く鎌鼬となり、ズハル目掛けて直進する。
「こんな傷ごときで、支配者の側近を押さえ付けたと思うなよ?」
そしてズハルは改めて踏み込み、体勢を立て直しつつキュリテが放った"エアロキネシス"に向けて手を翳した。
「威力を上げるぞ! "風"!」
それを見たフォンセは、ズハルが何かをする前に風魔術で"エアロキネシス"から生まれた鎌鼬の威力を上げる。
「そして、こんな超能力や魔術で俺にダメージを与えられると思わない方が良い……」
次の瞬間、ズハルに"エアロキネシス"が命中した。
風の凶器と化した"エアロキネシス"は暴風を起こし、周りの瓦礫や地面、他の建物を切り刻み粉砕して広がる。
ズハルの影が暫く暴風の中心にあったのだが、砂煙によってそれも見えなくなった。
「……や、やった……の?」
キュリテはレイ、フォンセの元に駆け寄り、レイとフォンセに寄り添ってズハルの様子を見る。
「……ああ、やったぜ……」
「……!?」
そしてキュリテの後ろからズハルが現れた。
ズハルがキュリテの頭を掴み、それと同時にキュリテの身体が振動する。
それによってキュリテの目や鼻、口から出血してキュリテは倒れ込む。
「俺がお前をな?」
「「キュリテ!!」」
レイとフォンセはキュリテの名を呼び、レイはズハルに向けて剣を構え、フォンセは魔力を高めてズハルへ構えた。
「ククク……超能力で自分を強化出来るキュリテなら多分死んじゃいねえだろうよ。そもそも、だ。俺はキュリテの脳に直接ダメージを与えたが、これは悪魔で静止目的の行動で殺しはしねェ……ゾフルやハリーフのように完全に向こう側へ行ったならやむを得ず殺すが……まだ改心の余地が「五月蝿い!」あ……なんだ?」
その時、レイの放った斬撃がズハルの腕を切り落とした。
ズハルの身体と腕が離れ、鮮血を撒き散らしながらズハルの腕は吹き飛ぶ。
「オイオイ……痛ェじゃねえか……それに少し意識が飛び掛けたぞ……」
ズハルは吹き飛んだ腕に目をやり、その腕を拾おうと屈みながら話す。
口では効いたと言っているが、その素振りからダメージが無いのではないかと錯覚する程だ。
「"土の壁"!!」
「……あ?」
そして間髪入れず、フォンセがズハルの周りに土魔術の壁を造り出した。ズハルは四方の壁に目を移し、
「"圧縮"!!」
グシャッと生々しい音を立て、土の壁はズハルの身体に重圧を掛けてズハルを潰す。
四方から囲んでいたからか潰れた際に生じる血は見えず、辺りには少量の砂埃だけが残っていた。
「「…………」」
レイとフォンセはその壁を見、ゴクリと生唾を飲み込んで少しだけ汗を掻きながらズハルの様子を窺う。
普通ならば潰された時、その時点で身体の機能が停止して死に至るだろう。
しかし、支配者の側近と呼ばれた者がその程度の力しか無いという訳は無い筈である。
「レイ。……取り敢えず……キュリテの手当てをするから見守っていてくれ……」
「……うん。分かった……」
そしてフォンセは直ぐ様キュリテの元に向かい、回復魔術でキュリテの身体を治療しようと行動を起こす。
「……」
レイはじっと土魔術の壁を見、勇者の剣を構えて後退る。
フォンセとキュリテは後ろに居る為、何かがあればその異変に直ぐ気付くだろう。
ズハルは『土魔術で造られた壁の中に居るのだから』。
「甘いんだよ! 小娘がッ!!」
「……」
そしてズハルは、レイの『背後にある地面から』その姿を現した。
「知ってたよ……!」
「……何っ?」
刹那、レイは振り向きズハルの懐を剣で抉った。
意表を突かれたズハルは小さく言い、それに弾かれて少し距離を取る。
「だっておかしいもん! 全方から囲まれたにしても、少しだけなら血が流れる筈だよ!」
ズハルを押し潰したであろう壁からは血が出なかった。
土魔術の壁は完全真空という訳じゃなく、少しの隙間が空いている。
つまり身体がグチャグチャになった場合はその隙間から鮮血が流れる筈なのだ。
ズハルに血が流れるというのはレイの剣でダメージを与えた時に確信した。
「ククク……当然か……。まあ、余程の馬鹿じゃなけりゃ気付くだろうな……」
レイの推測を聞いたズハルは笑みを浮かべ、『切断された自分の腕をくっ付けて』話す。
「……ッ!」
ミチミチと肉同士が混ざり合う音共に、ズハルの腕はくっ付く。
それを見たレイは気持ち悪そうに後退りする。
「ああ、安心しな。俺は回復の魔法・魔術や不死身の能力を持っている訳じゃねェ……肉同士を震動させてくっ付けてんだ……」
ズハルはレイとフォンセに完全にくっ付いた腕を見せ、ニヤリと笑う。本人が言うに、再生の技や能力は無いらしい。
「ズハルさんはちょっと変わってるの……二人はあまり気にしないで……」
「キュリテ……!」
そして、ズハルの腕がくっ付いたと同時にフォンセの治療を終えたキュリテが立ち上がって話す。
レイは一先ずキュリテの無事に安堵した。
「ズハルさん。私はあの二人みたいにはならないから……!」
「ククク……上等だ……。文字通り痛みを身体に刻んで正気に戻してやるよ……!」
キュリテも再び戦闘体勢に入り、それに続くようレイとフォンセも構える。
レイ、フォンセ、キュリテvsズハルの戦いは、まだ始まったばかりだ。
*****
──"シヴァ"とは、破壊と天候を司る、最高峰の神である。
神といっても、かつて世界を創造し勇者に倒されたリヤンの先祖である神とは違う。
独自に能力を上げ、支配者となった者──魔神という意味だ。
その容姿は先程ライが言ったように青黒い肌を持ち、頭には三日月の髪飾りを着けている。
頭には第三の目があり、その目が開くと轟炎を引き起こして全てを焼き尽くすと謂われている。
そしてシヴァが操る天候というモノは主に災害系であり、天災という名の破壊の恩恵を自然に与える。
それによって生き物は洗い流され、土には草木が生えるらしい。
魔族としてでは無く、神としてのシヴァは新たな世界を創造する為の破壊活動を行う役目を担っている。
シヴァは創造の為に破壊し、第三の目から放たれる轟炎によって新たな世界の始まりを告げるとも謂われている。
創造の準備をする為に全てを破壊し、暴風雨で辺りを洗い流す最強の破壊神──それがシヴァだ。
「オ────ラァ!!!」
「速いな……」
その瞬間、魔王の力を三割纏ったライは第三宇宙速度でシヴァの元に向かって拳を放った。
そして口ではその速度を褒めつつ、片手で難なくそれを防ぐシヴァ。
「オラッ!」
「そらっ」
第三宇宙速度の拳を片手で防がれたライは続け様に回転し、勢いそのまま第三宇宙速度の回し蹴りを放つ。
シヴァは軽い掛け声と共にそれを防ぎ、
「どうした? 侵略者はその程度なのか?」
ライの頭に手を翳し、『デコピンでライを吹き飛ばした』。
「……ッ!!」
それを受けたライはその場に留まる事が出来ず、デコピンによって部屋の外まで弾かれる。
「オイオイ……三割をデコピンって……ヤバくね?」
吹き飛ばされたライは部屋の外で片手を地に着け、勢いを抑えて停止した。
「へえ、三割の力であれだけの力を持つのかァ……スゲーじゃん!」
「……な!?」
刹那、ライの背後に回り込んでいたシヴァはライを蹴り飛ばし、この建物から外に追い出す。
「……ッ!」
分厚い壁を突き破り、ライは建物の外──空中にいた。
外は荒れ果てており、暴風と豪雨がライを殴り付けるように降り注ぐ。
「"風"……!」
そして少しだけ風魔術を使い、ビュウっと風を起こしつつ王間のような部屋に戻るライ。
「成る程……。デタラメな力にそれなりの魔術……そして俺の攻撃を二発受けても傷が出来ない強靭な肉体……。……確かに幹部たちを倒した事にも頷ける強さだ。こりゃ俺の側近も余裕で負けるな、間違いなく」
「ハハ、だったらアンタにもさっさと負けて欲しいモノだな……」
「うん、無理!」
ほぼ無傷のライは笑いながら言い、シヴァも笑って返す。
実際のところ、ライには疲れや痛みと言った外的内的問わず、それらの要因によるダメージは無い。
しかし、シヴァは三割どころか一割の力すら使っていない様子で飄々としているのだ。
(ダークが言っていた三割の力でも支配者に勝てないって言葉……全く、随分と信憑性が高いな……嫌になる……)
その様子を見るライは、珍しく弱気になっていた。
だが、それも当然だろう。幹部たちは三割でも互角以上に戦えていたのだが、支配者に至っては互角ですら無いのだから。
【ククク……じゃ、取り敢えず俺たちは五割くらい使おうぜ?】
(ああ、そうしよう……)
そして、そんなライを見る? 魔王(元)は軽薄な笑みを浮かべてライに言った。
今までは幹部たちが持つ最も威力の高い技にのみ使っていた五割だが、この状況では使わざるを得ないだろう。
「さて、シヴァ。取り敢えず少し本気を出す……アンタも二割くらいは力を使ってくれや……」
そしてシヴァに向けて言葉を発し、魔王の力を五割纏うライ。
漆黒の渦がライの身体を包み、ライに流れる血が熱くなる。
「少しの本気……ねェ……ま、考えてやらない事も無い」
「オーケー……」
刹那、ライは第五宇宙速度まで加速してシヴァに向かった。
ライはその場から消え、ライが通ったであろう道には大理石の床が剥がれて窪みが出来る。
「おお、これも速いな……さっきの速度の百倍以下くらいか」
「……ああ」
刹那、ライとシヴァはぶつかり合い、互いが互いを弾き、王間のような部屋の壁に亀裂を入れて粉砕する。
「速さは百倍以下で力は百倍以上……やるじゃん」
「オラァ!!」
そしてシヴァの元に急接近したライはシヴァの腹部へ拳を突き刺し、そのままシヴァを吹き飛ばす。
「あ、そうそう。一つ言い忘れていた……」
吹き飛ばされたシヴァはその場に足を刺して止まり、何かを思い付いたように話そうとする。
「そら──」
無論、そんな話を聞いている暇がある訳の無いライは有無を言わさないように攻撃を──
「……俺、多分お前が思っているシヴァじゃねェから」
「……!」
──そして、ライはそのままシヴァを殴り飛ばした。
ある言葉が引っ掛かったが、取り敢えず殴るだけ殴っておいたライ。
「……シヴァじゃない? 何だそれ?」
「……えぇ? 話聞かずに殴っておいてそれは何だよ」
取り敢えず殴ったライは、一応シヴァに尋ねた。
シヴァはほぼ無傷で起き上がり、困惑した表情で言い、言葉を続ける。
「まあ、言うけど……。……実は伝承で伝わっているシヴァってのは俺の親父の事で、俺は破壊神って謂われているけどぶっちゃけ破壊も創造も関係無いんだわ。親父の力は越えた状態で受け継いだけどさ、親父はシヴァの破壊神という役割が無くなったから俺に全ての力を授けて死んだんだよなァ……」
「……? 何を言いたいのかよく分からないけど……アンタはシヴァって名前と力だけを受け継いだけど伝承のシヴァ神とは関係無い……って事か?」
つまり、シヴァが言いたいのはシヴァの父親は死んでおり、その父親が伝説として扱われるシヴァだと言う。
支配者のシヴァは頷き、言葉を続ける。
「……よく分からないって割には理解しているみたいだが……取り敢えず俺は伝承のシヴァじゃないから……『手加減しなくても良いぞ』……?」
「……」
支配者のシヴァが急に自分の素性を明かした理由。それは、自分は世界が終わった時に創造の役割を果たすシヴァじゃないから、思いっきり戦って欲しいという事。
要するにシヴァは、ライがまだ手加減しているのを理解していたのだ。
「へえ? ……まあ、元々手加減しているつもりは無いけど……それは悪かったな? アンタの楽しみを奪っちまってよ……」
「ハッハッハ……それを理解してくれたなら上々だ。テメェは俺と対等に渡り合える気がする……だから本気を出して欲しいんだよ……」
シヴァがそう言い、荒れる天候が更に荒れた。
ライが突き破った壁からは打ち付ける豪雨と吹き抜ける暴風が通り抜け、王間のような部屋を水浸しにする。
シヴァの素性を理解した事で、ライは改めて構えた。
「……ああ、取り敢えず今はこの力を使うけど、何時かは全力を出してやるよ……」
「今使って欲しいんだけどなァ……ま、いっか……」
対するシヴァもライに構え、呟くように話す。
二人が話しているうちにも暴風雨は強くなり、冷え込む"ラマーディ・アルド"の環境によって更に寒くなる。
王間のような部屋が寒くなる中、ライとシヴァの間には規格外同士の熱が広がっていた。