百七十二話 支配者の刺客
今現在、道には多少の雪は積もっているものの、街は賑わい活気に溢れていた。
しかし、この街だけでは無く今まで寄った街は殆どが賑わっていた。逆に、あまり賑わっていない"ウェフダー・マカーン"などが珍しいのだ。
魔族の国というものは、魔族の殆どに値する性格によって全体的に明るい印象だろう。
そして街から見える小山には大きな城のような建物があり、その建物は何とも言えない威圧感を醸し出していた。
恐らくあの建物にこの国を治める支配者が居ると見て間違いない。
「街中だから道中よりは暖かいけど……やっぱり寒いね……」
「ああ、まあ仕方無いさ。冬らしいからな」
「うん……」
そんな活気に溢れている街並みを歩く六つの影。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテ。
レイ、フォンセ、リヤンは街の温度を身体に感じつつ、その寒さを理解していた。
「ハハ、確かにそうだなぁ。……まあでも、探索するのは主に室内だしあまり寒さも感じなくなるんじゃないか?」
「そうなると良いな。"シャハル・カラズ"で厚着を買っておくべきだった」
「うん」
「同感」
それを聞いたライは話、それに返すフォンセ、レイ、リヤン。
そのような会話をしつつ、賑わいながらも冷え込む道中を進むライたち六人。
「……で、結局はどうするんだ? 探索と言っても今は目的無く歩いているだけ……私やキュリテが大丈夫にしてもライたちは寒さが増すだけじゃないのか?」
そして、そんなライたちに向けて問うのはエマ。
実際、ただ歩いているだけでは身体が温まるという事も無く、薄着という事も相まって身体を冷やす一方である。
「そうだな……じゃ、羽織る服だけでも買っておこうか?」
「うん。それが良いよ……」
「賛成だ」
「右に同じ……」
「あ、私も何か買おうっと!」
「……私は……別に要らないな。探すのを手伝おう」
なのでライは上着を購入しようと提案する。
この街のみならず、他の国の別の街に行く時、少なからず冷える街はあるだろう。
街だけじゃなく森や洞窟を行く時も冷えている可能性がある。
それらを踏まえた結果、そんな場所用に厚着を購入しておくのは良い判断だろう。
レイ、フォンセ、リヤンとキュリテ、エマも賛成し、ライたちは何処かの店に入ろうと店を探す。
*****
──そしてその後、ライたち六人は服屋っぽい店に入っていた。
「……適当に入ったけど丁度服屋だったなぁ」
辺りを見渡し、掛けられている服を見ているライは呟くように話す。
そこで、ふと思い出したようにキュリテへ尋ねた。
「そうだキュリテ」
「んー? なにー?」
キュリテはライの側に近寄り、小首を傾げてライに聞き返す。
その反応を見やり、ライは言葉を続ける。
「此処の街何だけど、この街の名前ってなんなんだ? 看板的な物は無かったし……この街の事を名前すら分からないんだ」
それはこの街の名についてである。
この街に着いて数時間。街の名が書かれた看板なども無く、街の名前が分からない状態だった。
「あー、それねー。……えーと、此処は"ラマーディ・アルド"っていう街だよ♪」
"ラマーディ・アルド"。それが支配者の住む街の名前。
「"ラマーディ・アルド"か……事実上で魔族の国で最後となる街ねぇ……」
「うん。これで最後なんだよねぇ……。じゃあ、私は上着を探すけどライ君もどう?」
教えて貰った街の名をライが呟き、そんなライに向けてキュリテが誘う。
「ありがたいけど俺は俺で探すよ。ありがとな」
「……うん、そっかぁ……残念だね……」
そして、キュリテに誘われたライは断り、キュリテは残念そうに呟いた。
話終えたライは改めて物色を開始する。
此処の店にある衣類は殆どが冬用の服で、客もそれなりに居た。
冬服が多い理由はこの街が寒帯だからなのか、今の季節が冬だからなのか定かでは無いが、取り敢えず品揃えは豊富である。
「あ、これにしようかな……」
「良いんじゃない? 似合ってるよ!」
そして衣服の買い物をしているライたち六人。
こちらではリヤンが選び、レイがリヤンの選んだ上着に賛成する。
「……フォンセ、これはどうだ?」
「フォンセちゃーん! これなんかどう?」
「……え、あ、いや……」
そして、必要の無いエマと他人の服を選ぶのも楽しんでいるキュリテはフォンセに上着を進める。
「……うーん……これにしようかな……」
そして、レイたちと性別が違うライは自分が好む物を探していた。
しかし、お洒落などをするような年頃でも無い為、適当に選んでいる様子である。
そして、そんな風に寒さ対策の為に上着を選んでいるライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの元に、ある影が近付いてきていた。
*****
──"ラマーディ・アルド"・大通り。
「……で、侵略者とやらは何処に居るのか……」
ザクザクと雪を踏む音と共に一人の男性が辺りを見渡し、噂の六人を探していた。
賑わう街中を進み、侵略者の様子を窺う為に淡々と進む。
そんな冷え込む街中で、その者は六人の姿を目撃する。
「……で、取り敢えずこれを買ったけど……キュリテって魔族の国までだし寒さ対策も出来ているのに上着を買う必要があったのか?」
そして、上着を購入したライたちは店の外に出ており、早速購入した上着を羽織っていた。
上着を羽織りつつ、"パイロキネシス"で己の体温を上げる事の出来るキュリテに上着は必要なのかと尋ねている。
「駄目だなぁライ君は……女心ってのを分かっていないよ?」
「……そうなのか?」
キュリテはやれやれと告げ、ライは訝しげな表情で返す。
そして、キュリテは更に続ける。
「そうだよ! 女の子はお洒落が仕事の一つみたいなモノなんだからね!」
「あ、ああ……」
グイッと迫るキュリテ。ライはその圧に押されて頷く。
何はともあれ、キュリテが上着を購入したのは本人の趣味? という奴かもしれない。
──そしてそのような会話をしていたその時、
「……君が侵略者?」
「……ッ!」
「「「…………!?」」」
「「…………!?」」
──何かがライたちの間に入り込み、ライの頬を殴り付けて吹き飛ばした。
殴り飛ばされたライは"ラマーディ・アルド"の建物を幾つも粉砕して大きな土煙を舞い上げながら進み、遠方から大きな爆音が響き渡る。
「……誰だ!!」
「「…………!!」」
「「…………!!」」
「…………」
それと同時にエマが言い、レイ、フォンセ、リヤン、キュリテがその者に構え、その者は黙り込んでいた。
「……何だ!?」
「喧嘩か?」
「……!?」
「……あ、あの人は……!」
「そうか……つまり……!」
そんなレイたちとその者を囲むように住人がザワつく。
住人の様子を見る限り、突然襲ってきたこの者がただ者ではないという事が分かった。
「……えーと、これで終わりか? 何か簡単だったな……」
ポリポリと頭を掻き、レイたち六人の方へ視線を向けるその者。
そして次はレイたちの方へゆっくりと歩みを進め、
「オラァ!!」
「……ッ!!」
そして、上から降ってきたライによって殴り付けられた。
その衝撃でその者の足元に巨大なクレーターが出来上がり、粉塵を巻き上げて道に積もった雪ごと陥落させる。
周りの建物はその衝撃に飲まれ、建物の鉄は拉げて粉砕した。
やがてバランスが悪くなった半径数百メートル程の建物が崩壊して辺りは瓦礫の山と化す。
「……ったく。いきなり不意討ち。一体どういう事だか……好戦的な魔族の国と言っても……ちょっと治安が悪過ぎるぞ……。俺じゃなかったら死んでいたかもな」
ライは深さ数十メートルの穴となったクレーターを眺め、やれやれと呆れたように話す。
身体に土汚れ等はあるものの傷は無く、全くダメージも受けていない様子だった。
「……まあ、ライなら無事か……。当然だな……」
「うん……けど、何だったんだろう……あの人」
そして、そんなライの元にレイとエマが雪を踏みながら近寄って話す。
先ず始めにエマが言い、その後にレイが続けた。
建物が崩れた事によって壁が無くなり、冷たい風が吹き抜けるが、ライたちは上着を羽織っていたのであまり寒さを感じていなかった。
「あー、あの人は多分支配者さんの側近さん……」
そんなレイの言葉に返すのはキュリテ。
キュリテは苦笑を浮かべながら頬を指で軽く掻いて話した。
「……成る程。……つまり、支配者は既に私たちの行動に気付いているという事か……」
それを聞いたフォンセは穴を見て呟くように話す。
たまたま通り掛かってたまたま襲い掛かった可能性もあるが、流石に側近がそれでは立場的に駄目なので支配者が気付いているから刺客として側近を送り込んだと推測する。
立場的に駄目というのは通りすがりの一般人を襲う。みたいな事をしていたからだ。
ライたちが侵略者であると理解していたからこそ、今のように実行に移ったと考えるのが側近としては正しい。
「……ああ、そうだよ。けど、弱いと思っていたら全く違った。成る程、強過ぎるくらいだ」
「「…………!」」
「「「…………!」」」
「……へえ?」
そしてその時、穴の底から声が聞こえてきた。
なのでレイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテは構え、それを聞いたライはフッと笑う。
「いやいや、驚いたよ。こりゃ勘弁だわ。……まさか山程度なら軽く粉砕する拳を放ったというのに無傷とはな……。君強いなぁ……侵略しようと企んでいるのも頷ける」
その瞬間、その者は勢いよく穴から飛び出した。
ライの目の前に降り立ち、身体に付いた土汚れを払う。
「……効いた。結構痛かったぜ?」
そしてゴキリと首を鳴らし、身体の様子を確認したその者はライに向けて笑みを浮かべる。
「いや、アンタも強いよ。かなり強い。……まあ、御生憎のところ俺は頑丈でな……ちょっとやそっとじゃ怪我をしないんだ」
同じように笑みを浮かべつつ、その者に返すライ。
ライは無傷だがその者は多少出血しており、周りに居た住人達はライの攻撃に恐れをなして逃走していた。
好戦的な魔族なので普通なら野次馬として残りそうなものだが、ライと側近とやらの力を目の当たりにしたので身の危険を感じたのだろう。
「そうかい。無傷の君に言われても皮肉にしか聞こえないが、まあ俺を強いと思ってくれたって認識にしておこう……」
その者は構え、ライに向けて笑いながら言う。
辺りは冷え込んでいるが、ライとその者の間には闘争心という名の熱が広がっていた。
「……アンタ、名前は?」
「……『ウラヌス』……!」
その者──ウラヌス。
ライの質問にウラヌスは答え、ライとウラヌスは互いに睨み合って出方を窺う。
*****
──その瞬間、ライとウラヌスは同時に大地を踏み砕き、爆風を起こしながら激突した。
「オラァ!」
「……ッ!」
ライの拳にウラヌスは押され、そのまま吹き飛ばされて建物を粉砕する。
ウラヌスは吹き飛ばされつつも空中で身を捻り、何とか道に立ち、
「そら!」
「……!」
ライの踵落としを頭部に食らって地面に頭を強打した。その衝撃で大地は割れ、大きく沈めて粉砕する。
「やるね……!」
「……!」
ヒュンッと空気を切る音と共に前のめりに倒れた状態で足を突き出すウラヌス。
ライはそれを紙一重で躱してほんの少し距離を取る。
「そこっ!」
「ハズレ!」
刹那にウラヌスがライとの距離を詰め、それを読んでいたライがカウンターのように返す。
それによってウラヌスは吹き飛び、建物を貫通しながら遠方に激突したような埃を巻き起こした。
(まだ使っていないけど……随分と楽だな……楽過ぎて逆に……)
そして、遠方に舞い上がった土煙を眺めているライは、魔王の力を使っていないにも拘わらずウラヌスを押している事が気になった。
【ククク……お前の成長速度はそれ程なんだよ。将来が楽しみなガキだぜ全く】
そんなライに話すのは魔王(元)。
何度も述べた事だが、ライの成長は著しい。
一分一秒ごとに力、速度、耐久が進化しているのだ。
(……へえ? まあ、世界征服を目標にしているし、それくらいは出来ないと意味が無いよな……。何時までも魔王の力を使ってちゃ……俺が征服したって堂々と言えない……)
【……。ククク……ああ、そうだな……】
ライと魔王(元)が話している時、遠方から爆発が起こる。
「やれやれ、これは結構キツいな……死ぬかと思ったよ……」
そして、それと同時に土煙から姿を現すウラヌス。爆音から推測するに、無理矢理瓦礫を吹き飛ばして現れたのだろう。
実際、ウラヌスは中々の傷を負っており、頭、腕、脚。と、至るところから出血していた。
「……しょうがない。『少し本気を出す』としよう」
「……」
──刹那、ウラヌスの空気が変化した。
漂っていた冷気が変わり、冷たくて熱い感覚。なのに身体に感じる冷気は依然として冷たいまま。そんな風に、辻褄の合わないような現象だ。
「へえ? じゃ、俺も少しだけ使うか……(じゃ、魔王。今はまだお前を頼るとするさ)」
【ククク……良いぜ、俺も僅か数ヵ月でお役御免ってのは腑に落ちねェからな……】
その瞬間、ライは漆黒の渦を纏って魔王の力を一割使った。
──その刹那、
「「…………!!」」
ライとウラヌスが超高速でぶつかり合った。
その衝撃によって一際大きな土煙が舞い上がり、
「「そら!」」
両者が身を捻って回し蹴りを打ち合った。
それによって舞い上がった土煙が真ん中から吹き消される。
「……」
「……」
そしてライとウラヌスはその場から姿を消し、次の瞬間には数百メートル先の建物が砕ける。
その瓦礫が地面に落ちるより早く新たな箇所にクレーターが造り出され、クレーターが完成する前に別の建物が粉砕した。
ライとウラヌスは常人では目に追えない程の速度でぶつかり合い、互いが互いを攻撃しているのだ。
「……!」
「……!」
二人は一瞬だけ姿を見せ、再び姿を眩ます。
それと同時に数十戸の建物が砕け散って消し去られた。
二人の動きは見えないが、二人が移動する際に生じる軌跡は見える。
それら全ては残像と化し、不規則な動きで"ラマーディ・アルド"の街全体を進んでいた。
「……」
「……」
そして暫くぶつかり合っていた後、ライとウラヌスは互いに停止する。
街は数分ぶつかった程度とは思えない程の被害を受けていた。
しかしそれも当然。少し睨み合い、ウラヌスはライに向けて言葉を発する。
「よし、オーケー。今回は止めよう。このままじゃ街が大変だ」
「……は?」
ウラヌスが言った事、それは戦いを止めるとの事。
思わずライは素っ頓狂な声が漏れ、緊張の糸が切れたように力が抜ける。
「今回は支配者さんの刺客って形だったが……まあ割りと良い収穫はあった。改めて出直すとしよう。今回は俺の負けだ」
「あ、オイ!」
ライが聞こうとした瞬間、ウラヌスがその場から姿を消し去った。
ライはそれを追い掛ける事も出来たが、取り敢えず戦わないのなら良いと判断してレイたちの元へ戻る。
(まあ、取り敢えず今はウラヌスとやらについて纏めるか……)
突然現れた支配者の刺客──ウラヌスとの戦いは僅か数分、少しぶつかり合っただけで終わりを告げた。
腑に落ち無い事の方が多いのだが、ライは取り敢えず今は支配者について話し合おうと考えるのだった。