百六十九話 六番目の街・完了
──"マレカ・アースィマ"・城の前。
同盟の話が終わり、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテたち六人とマルス、ヴィネラ、カディル、ブラック、サイフ、ラビア、シターの"マレカ・アースィマ"メンバー七人は城の前に居た。
「これから……支配者さん方の所へ向かうのですね……」
先ずマルスが第一声、支配者の元へ向かうという事に対して苦々しい表情をしていた。
しかし、それは無理も無い。支配者というのはエマの話を聞く限りかつての魔王と同等の力を持っていると言う。
かつての魔王はどれ程のだったのか定かでは無いが、世界を収めていたくらいの力はあると言う事はライが理解していた。
「ああ、支配者を倒す事で俺の……本当の目的の一角を創る事が出来る。その為に俺は支配者を倒して世界を征服する予定だからな……」
ライはマルスに返しつつ、世界征服だけが本当の目的では無いと遠回しに告げる。
「本当の目的? ライさんが掲げる世界征服だけでは無く……ですか?」
その事に気付いたマルスは訝しげな表情でライへ尋ねた。本当の目的とは何か、それが気になったのだろう。
それを聞き、ライは言葉を続ける。
「ああ。けどまあ、無差別に殺戮を繰り返したりするって事は無いから安心してくれ。……というか俺自身、出来れば争いは避けたいんだ。……まあ、征服する予定の者が来て争いを起こさないってのはその方がおかしいけどな」
マルスの言葉を否定せず、争い事は好きじゃないと告げるライ。
本来の目的である理想郷を創るという事は言わなかった。
祖母の死によってそれを目標としたのだが、それによって同情されるのはライにとって何が違うのだろう。
「まあ、それは兎も角……取り敢えずマルス君も王様として頑張ってくれ! 親戚として、セイブルの名を世界に響かせようじゃないか!」
「……え? あ、はい。……え?」
ライは唐突にマルスの肩を叩き、自分の名を広めようと告げた。
その事に対して困惑した様子のマルスだが、まあ当然だろう。
真面目な話をしていたライが突然豹変したのだ。
ライ的には親戚という存在が嬉しいのだが、マルスは依然として突然の事に困惑していた。
「じゃあ、もう話す事も無いし……この街の事も今は関係無くなった。……そろそろ行かなきゃならない」
そんなライは困惑しているマルスを横目に先を進める。
何時ものように、時間は幾らあっても足りないのだ。こうしている時にもヴァイス達の計画は進み、苦しむ者達も居るのだろうから。
最初に幻獣の国へ行けば良いかもしれないが、"マレカ・アースィマ"から幻獣の国への最短ルートは"レイル・マディーナ"で貰った地図によると支配者のマークが付いた先、つまり支配者の街を通り抜けるのが一番早いという事だ。
「お気を付けて下さい、ライさん。僕も日々精進し、ライさんのような力を付けて自分の街は自分で守れるようにします!」
そして、移動しようとしたライに話すマルス。
マルスは一つの街を治める王として、大きな責任を感じている。
ブラックたちに頼っているだけじゃなく、最終的には自分が強くならなければ何かが起きた時に何も出来なくなってしまう。
だからマルスは強くなろうとしているのだ。
「ハハ、マルス君なら大丈夫さ。何故なら、俺と同じ血が流れているんだからな。それに俺と歳も近い。俺はちょっとした事があったからこの強さを手に入れる事が出来たけど……本来ならもっと時間を掛けて成長するべきなんだ」
ライは、魔王の力を使わなくとも幹部の側近くらいなら一人で勝てる力を付けていた。
ライが産まれ育った街を出た時とは天と地程の差が付いただろう。
しかし、それは魔王が持つ力故の事。
──魔王の力がライに宿り、ライの成長を心身ともに早めた。
──一人称が変わり、それを筆頭に性格の大部分が変わった。
──そして今現在、ライは世界を征服出来る力を手に入れた。
それらの変化はライの才能もあったが、殆どは魔王の力が与えた恩恵である。
なのでライは、自分の成長が早過ぎると理解しているのだ。
「いえ、時間を掛けていたのではブラックさんたちに頼りっきりになってしまいます。やはり自分の身と街は自分自身で……!!」
「慌てる必要は無いと思うんだけどなぁ……マルス君なら特に……」
実際、マルスは分からないがライは打撃を殆ど無効に出来る力に成りつつある。
それは魔王の力では無くライが──セイブルが持つ力。
ライの言う慌てる必要が無いという言葉の意味は、その力が宿るかもしれないのに世間を知らずに成長してしまった場合、何かしらのトラブルに巻き込まれる可能性を考えての事。
ライは運良く魔王も宿ったが、物理をある程度無効にする程度の力だったら序盤に戦ったバジリスクの時に死んでいただろう。
「まあ、他人の成長を止める義理は無いさ。マルス君も頑張ってくれよ!」
「はい! ライさんも……えーと……征服を応援するのは魔族の国の立場上止めた方が良いですかね?」
「ああ、多分ね」
これにてライとマルスの会話が終わる。
何はともあれ、ライはマルスの成長を応援するらしい。
「じゃあ、次に会う可能性があるのは幻獣の国で……か。それまでに俺も剣魔術をより鍛えておくとするぜ。何にしても、やられっぱなしってのは俺のプライドが許さねェからな。何れはテメェに再戦を望みたいところだな……」
そして、次に話したのは"マレカ・アースィマ"幹部であるブラック。
ブラックは負けず嫌いらしく、ライにリベンジをしたいとの事。
「ハハ、それは是非とも幻獣の国で役に立てて欲しいものだ……」
ライは苦笑を浮かべながらそんなブラックの言葉に返す。
幹部と戦った時は大抵片腕を怪我する。それは回復魔法・魔術が無ければ熱を持って惨事が起こるだろう。
ライ的にも痛いのは嫌なので取り敢えず適当にあしらう。
「うわーん! ライくーん! レイちゃーん! エマお姉さまぁ! フォンセちゃーん! リヤンちゃーん! キュリテちゃーん! 皆元気でねぇぇぇ!!」
「うわっ!」
「きゃっ!」
「……っ!」
「何事だ……!」
「……わっ!」
「ラビアちゃーん!」
そして、ライたち六人に向けて駆け寄ってくるラビア。
ライたちは押し倒されてしまい、地面に背中を着けながら反応を示した。
そんな中、キュリテは普通に抱き合っており、キュリテとラビアは声だけ泣いている。
「さて、キュリテよ。私の呼び方……貴様が仕組んだ事だな?」
「え……そんなまさかお姉さまぁん♪ 痛っ! 痛い、痛い痛い……!」
ガシッ。とエマはキュリテの頭をヴァンパイアの怪力で掴み、そのまま頭蓋骨を砕こうとしていた。
キュリテは冷や汗を流しつつ、何とかエマの掌から逃れようとジタバタしている様子だ。
「ライ君たちとお風呂に入っていないし、一緒に寝ていないよぉ! だから一晩だけ……!」
「い、いや……遠慮しておく……そうだ。マルス君で……」
「ライさん!?」
ラビアは胸をライの顔に押し付け、身体を左右に動かしながら地面に背中を着けているライを襲っていた。
ライは何とか逃れようと、マルスを売って隙を窺う。
「ふふ……ラビアは相変わらずね。……私からは特に無いわ。今回もあまり戦っていないし、城ではハリーフを逃がしちゃったし……」
ラビアとライたち六人のやり取りを見ていたシターが、遠くを見るように笑いながら話す。
どうやらシターは責任を感じやすいタイプらしく、あまり役に立っていなかった事が自分で許せないのだろう。
「……。……ぶっちゃけ俺も貴女とは話していなかったけど……生物兵器とやらを止めるのに一役買ったんだろ? なら、十分役に立ったって言って良いと思うな……俺は」
ラビアから抜け出したライはそんなシターの様子を見、フォローするように話す。
しかし実際、倒しても再生するのに数が多い生物兵器を相手にしたというだけで役に立っている。
なので、シターは自分が思っているより貢献していたのだ。
「ふふ……ありがと。ライ君。お世辞だとしても嬉しいわ」
「あ、ああ……」
ライの言葉を聞き、励まされた事に対して笑いながらライの頭を撫でるシター。
温かく柔らかい感覚がライの頭に伝わり、あまり味わった事の無い感覚に困惑するライ。
祖母に何度も撫でられ、キュリテにも数回撫でられた頭。
ライが何か違和感を覚えるのは、見た事の無い両親の感覚が伝わるからだった。
「……あら? 赤くなっちゃって……可愛いわね」
「……な!?」
気付けばライは少し照れており、慌てて表情を戻した。
「ハッハッハ! テメェにもそんな一面があったんだな! これは面白ェ!」
それを見ていたサイフは笑いながらライの頭を、バシバシと叩く。その後グシャグシャとその髪を無造作に乱していた。
「オイ、サイフ。その辺にしておけ……面白いのは認めるが……そいつは今から支配者さんの所に喧嘩売りに行くんだからな。あまり遊ぶな」
面白いと言いつつ、サイフの言動を止めるブラック。
面白いと言う言葉が聞こえ、少し口角がつり上がっていたのは気のせいだろう。
「はい。すみませんブラックさん」
そしてピシッと背筋を伸ばし、ブラックに頭を下げるサイフ。
これでは舎弟的な奴である。
「いやはや、しかしこの街を護ってくれたのには感謝している。道中、気を付けなされやライさん方御一行様」
ブラックとサイフがこのようなやり取りをしている中、ライたちに改めて礼を言うマルスの側近であるカディル。
「いやいや、こちらも一宿一飯の恩があるからな。それは戦いが終わった後だったけどそれはさておき……実際、俺が来た事で起こった戦いだ。責任を取ったまでさ。寧ろ……"マレカ・アースィマ"とブラックの部下兵の事を考えると非難される側だからな……」
「ホホ……左様か……」
ライは自分が戦いの引き金になってしまった事へ責任を感じており、それの尻拭いをしたに過ぎないとの事。
非難はされど感謝される筋合いは無いと、中々謙遜なモノである。
「……え……えーと……あ、ありがとう。その……お兄ちゃんの街を護ってくれて……」
そして、最後にヴィネラが飛び出してライたちに話す。
ライと話したのは兵士に扮していた時くらいだが、本人は割りと人見知りのようだ。
「ハハ、いやいや。俺は護っていないさ。君のお兄ちゃんが指示を出して俺たちが行動したんだ。この街を護ったのは紛れもなく君のお兄ちゃんだよ。誇りに持って良いと思うよ?」
そんなヴィネラに向け、ライはマルスのお陰で街が護れたと告げる。
その事にヴィネラは顔がパッと明るくなり、
「そ、そう! お兄ちゃんも頑張ったんだね! ブラックさんたちだけじゃなくてお兄ちゃんも!」
明るい声でそう言った。
自分の兄が褒められるというのは、妹のヴィネラからすれば嬉しいのだろう。
「ああ、俺は嘘を言わないからな!」
そんなヴィネラに笑顔で返すライ。
そのままヴィネラの髪に手を乗せ、不馴れな手付きで頭を撫でる。
「ふふ……」
そんな様子を微笑ましく眺めるエマ。
エマはライの保護者のような立ち位置にいる為、マルスとヴィネラはライにとって同年代の友人のような感覚なのだろう。
「さて、行くと言ってからすっかり話し込んでいたよ。……今度こそ行くとするか……」
マルス、ヴィネラ、カディル、ブラック、サイフ、ラビア、シターと話終えたライ。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人は次の行動──支配者の街へ向けて歩き出す事にした。
「……そうですか……今度こそ行ってしまうのですね……。ライさん、レイさん、エマさん、フォンセさん、リヤンさん、キュリテさん……皆さん、お気を付けて下さい……!」
マルスはそんなライたちを見、表情を真剣にして話す。
支配者の強さは世界的に知られている。支配者の元に向かう予定のライたちが心配なのだろう。
「……ああ、気を付けるよ。マルス君たちも幻獣の国で呼ぶ時まで達者でな!」
心配そうなマルスに向けて笑顔で手を振るライ。
それだけ言って、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人は歩き始める。
残る街はあと一つ。然れど危険度が一番高いであろう場所……。
ライたち六人は進み、マルスたち七人はその背中を眺めている。
一歩一歩、確かな歩みを踏み、進むライたち。
魔族の国征服目前まで迫ったライたち六人は、支配者が居る街まで歩みを進め、止まる事無く真っ直ぐ行くのだった。