百六十七話 侵入者
──"マレカ・アースィマ"・闘技場。
ライとブラックの戦いが終わり、霧が晴れるように土煙も晴れる。そして、そんな二人の元へ駆け寄ってくる影が八つあった。
「ライ! 大丈夫!?」
「……大丈夫か? ライ」
「……片腕の負傷……何時も通りだが……だからこそ心配だ……」
「ライ……大丈夫……?」
「ライくーん? ブラックさーん? 無事ー?」
「ブラックさん! 大丈夫ッスかァ!? 今、俺が何とか……!!」
「もう、サイフは慌て過ぎだよ~。ブラックさーん? お疲れ様♪」
「ラビア、貴女は逆に楽観過ぎよ……キュリテ、貴女もね……それはさておき、大丈夫? ブラックさん?」
その影はライの仲間であるレイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの五人とブラックの側近であるサイフ、ラビア、シターの三人。全員が全員、自分のリーダーを心配した様子で見ていた。
「ああ、大丈夫……とは完全に言い切れないけど……まあ大丈夫だ。幹部と戦う時は高確率で片腕を負傷するという事が分かったからな……もう意味無いけど」
「俺は大丈夫じゃねェな……スゲェぞ? 話せるのに身体の感覚が全く無ェんだ……痛みもな?」
そんな自分の仲間たちに返すライとブラック。
実際のところ二人は結構な重症なのだが、本人たちはあまり気にしていない様子である。
取り敢えずフォンセ、リヤン、キュリテの回復術を使える者たちはライとブラックを治療する事にした。
「テメェ……魔法・魔術が効かないらしいけどよ……何で回復系の術は効いているんだ?」
そして治療を受ける中、ブラックはライに気になった事を尋ねた。
魔法・魔術が効かない体質を見抜いたが回復系の術が効くという事実が気に掛かるのだろう。
「ん? ああ、俺は俺に都合の良い魔法・魔術は受けられるのさ……」
「何だよソレ……ズリー……」
ライの告げた言葉に対し、苦笑を浮かべて返すブラック。
フォンセたちの治療により、ライとブラックの傷はみるみる治っていった。
ライの腕に何か冷たい物が乗る感覚が走り、熱い血液を冷やして癒す。
何かが欠如している腕に足りない皮が足され、出血も収まる。
そして、少し経った後にはライとブラックの腕が完治した。
「よし、次はマルス君に話しておかなきゃな」
治療を終えたライは立ち上がり、マルスの姿を探す。
此処に来なかったという事は、観客達の安否を確認する為に東奔西走しているのだろう。
「うし、俺も治った……やっぱスゲェな。治療の魔法・魔術はよ!」
ライに続いてブラックも立ち上がり、ブラックはライの方に向き直る。
「……で、うちの王を探してんのか?」
ライの動きからマルスを探していると推測したブラック。
見ても分かるが一応、ブラックは小首を傾げつつライに向けてどうかを尋ねた。
「ああ……この街を征服はしないけど……マルス君の存在が必要不可欠だからな……俺がやろうとしている事は……」
ライはキョロキョロてマルスの事を探しながら応える。
そんなライに、ブラックは笑いながら言葉を続けた。
「ハハ、うちの王はチビだし直ぐ見付かるだろうよ。戦いも終わったし、俺らも王様を探すとしようかね……」
ブラックもマルスを探すべく、辺りを見渡し──
「「…………!?」」
──次の瞬間、城の方から爆発音が響いた。
ライとブラックはそちらを見やり、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテとサイフ、ラビア、シターも視線を移す。
「……何だ!? 城が爆発を……!?」
「彼処は……確か牢獄がある場所だ!?」
「何故そんな場所が爆発したんだ!?」
「そんな事、俺が知るか!?」
「何故"知るか!"で疑問系なんだよ!?」
「そんな事より城が……!!」
ワイワイザワザワと、観客席に居た者達も騒ぎ始める。
当然だろう。突然城が爆発すれば冷静ではいられない。
「……行くか……!」
「「「うん……!!」」」
「「ああ!」」
それを見たライはレイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの五人に告げ、
「うっし、幹部として確認する必要があるな?」
「はい……!」
「うん!」
「ええ!」
ブラックたちも城へ向かう体勢に入る。
次の爆発が起こったのは、その一瞬後の事だった。
*****
──"マレカ・アースィマ"・城の中、牢獄。
此処は牢獄。文字通り、牢屋の地獄。
"獄"というのは罪人が捕まっているという意味があり、"地獄"というのは生前に悪事を働いた者が送られる場所で、あらゆる鬼が罪人を見張っている。
そして、この地獄を見張っている兵士達は、『全員がその場に倒れていた』。
「……さて、これで全員かな? 極悪人を見張るって割りには手応えが無かったな……。にしても、さっきの爆音は闘技場に聞こえてしまったかな?」
「全くだ。やっぱ闘技場を攻めた方が良かったんじゃない? どうせあの爆音で来るんだろうしさ」
「そうだな、俺もグラオに賛成よ。強者が居なきゃ面白く無ェ!」
「……はぁ……うちの戦闘好きたちは……」
牢獄に侵入した四人によって。
「……さて、グラオ。食べて良いよ」
ヴァイスはグラオに促し、グラオは倒れている兵士達に近寄ってその血肉を貪──
「いや、食うかァ!」
──る事無く、ヴァイスにツッコミを入れる。
「!?」
「いや、驚いたような顔をしないでよ!? 僕は戦闘好きだけど、人間や魔族の肉を食おうとは思わないからね? そういうのは肉食の幻獣・魔物に任せれば良いんだよ!」
ヴァイスに対して冷静? に話すグラオ。
ヴァイスはフッと笑い、言葉を続けて話す。
「ハハ、冗談さ。あまりにも警備が弱過ぎて少しふざけたくなったんだ……」
「だろうね。君がそんな事をするのは分かっていたよ」
「「…………」」
おどけるように笑うヴァイス。
マギアとゾフルはそんなヴァイスを意外に思ったのか、キョトンとした表情で見ていた。
「……さて、此処がハリーフの居る牢屋かな?」
気を取り直し、ヴァイスは他の場所よりも少しだけ豪華な牢屋の前に立っていた。
ヴァイスの言葉を聞き、ライは言葉を続ける。
「多分ね。僕が兵士達から聞いたのはハリーフが居る牢屋は結構豪華って事くらいだけど……兵士の数から先ず間違いは無いと思うよ。それに、中の気配を感じれば普通に分かる」
グラオは兵士から聞いたと言う情報と、その牢屋から感じる気配で推測していた。
実際、戦闘好きなグラオは戦闘によって活性化し、五感が冴えるようになったのだろう。
「うん。先ず間違い無いだろうね……さっさと入って目的を遂行するか……」
ヴァイスは兵士から奪い取った鍵で牢屋を開け、ハリーフの前に立つ。
「……やあ、ハリーフ。久し振り」
「ハハ、来ましたか……ヴァイスさん……」
ギィ、と扉はゆっくり閉まり、ヴァイス、グラオ、マギア、ゾフルは、ハリーフの居る牢屋に全員が入り込んだ。
*****
「……オイ、大丈夫か?」
そして、城に向かって牢獄の前に来たライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人とブラック、サイフ、ラビア、シターの四人。
ブラックは牢獄前で倒れている兵士達に話し掛けており、ライ、レイ、エマ、そしてサイフ、ラビア、シターは牢獄の扉を調べ、フォンセ、リヤン、キュリテは兵士達を治療していた。
「ブ……ブラック……さん……。敵は……この中に……」
ブラックが話し掛けた兵士は途切れ途切れに状況を言い、牢獄の扉に指を差した。
「なら、俺たちは牢獄へ向かう。心当たりがあるからな……!」
「うん……!」
「「ああ」」
そして、ブラックに向けて話すライ。
ライはこの現象を引き起こした人物達に心当たりがあった。思い当たる者達は数人。
ライの言葉に頷くレイ、エマ、フォンセの三人。それを聞き、ブラックはライに向けて言葉を発する。
「……そうか。なら、俺も向かうぜ。恐らくハリーフが言っていた奴らだろ? この街の幹部としてほっとく訳にはいかねェからな」
「俺も行きますよ。側近なんで」
「私も」
「勿論私もよ!」
ブラックは立ち上がり、サイフ、ラビア、シターもブラックに続く。
「じゃあ、ライ君たちは先に行っていて。私は此処で治療して行くから!」
そんなライたちに向けて話すキュリテ。
キュリテは"ヒーリング"を使って治療するので先に行っててくれと告げる。
「分かった! もしかしたら敵が来るかもしれないからキュリテも気を付けろよ!」
「うん!」
ライはキュリテに返し、キュリテはライに返す。
何はともあれ、ライたちは牢獄の中へ向かって行くのだった。
*****
「……さて、ハリーフ。私が此処に来た理由……勿論理解しているのでしょう?」
ヴァイスは不敵な笑みを浮かべてハリーフの拘束を解き、そのままハリーフへ問う。
そんなヴァイスに対し、ハリーフは応える。
「……ええ、理解しておりますよ……。目的は達成しましたが、バロールを使ってたのにも拘わらず、戦いに負けてしまった私……」
ヴァイスの質問に応えた後、ハリーフはフッと笑って続けた。
「……今度は負けませんよ……」
「そうですか。その言葉を信じても良いんだね?」
ヴァイスがそれだけ言い、二人の会話は終了する。
ヴァイスはハリーフを解放し、次の場所へ向かった。
「……まあ、幹部の側近というものは優秀な人材に変わり無い……私の計画には必要不可欠なのさ……。……では、優秀かどうかはさておき、一応"ハルブ・アドゥ・マウラカ"の人達も助けるとしようか……生物兵器を実験出来る街は少ないからね……」
そして、ヴァイスは他の牢屋の鍵も開けて"ハルブ・アドゥ・マウラカ"の指揮官と兵士達を解放する。
しかし、幹部の側近という肩書きを持つハリーフは兎も角、"ハルブ・アドゥ・マウラカ"の者達は人体実験を出来る貴重なモルモットとして必要なだけで、優秀な人材という部分には入っていない。
「あ、ありがとうございます! ヴァイスさん!」
無論、その事はヴァイスが考えているだけで指揮官や兵士達は知らず、助けて貰ったと勘違いしているようだ。
「ハハ、貴方達も"必要"ですからね……」
実験材という事を仄めかせながら話すヴァイス。
都合が良いのには変わり無く、好感度を上げて損は無い。
「……さて、解放したし……そろそろお暇するとしよう……厄介な奴らがやって来るだろうし……」
「ま、僕的には来てくれても良いんだけどねぇ……」
「ああ、俺もだ。リベンジをしたい」
「本当に二人は……」
ヴァイスは帰る体勢に入り、グラオとゾフルは軽薄な態度で話していた。
それを見ていたマギアは呆れた様子だったが、もう慣れているのだろう。あまり多言せずに終わらせた。
「オイオイ……もう帰るのか? もう少しのんびりしたらどうよ? 何か生き返ってる奴も居るし……」
「ああ、そうだ。もう少し寛いで行けよ……つか、懐かしい顔も見えるなァ……え? ゾフル。……隣のガキの言葉を聞くに……何か関わりがあったみたいだな?」
「「「…………」」」
「「…………!?」」
そしてその時、背後から二つの声が掛かり、ヴァイス、グラオ、ゾフルはニヤリと笑い、マギアとハリーフは驚いたように反応を示す。
「もう来ましたか……街に居た時はまだ闘技場で戦っていたと言うのに……」
「ハハ、既に戦いは終わったみたいだね……。その証拠に傷が無い。治療済みみたいだ」
そこに居たのは世界征服を目論む少年──ライと、"マレカ・アースィマ"の幹部であるブラック。グラオは二人の様子を見て戦いが終わった後と推測していた。
「やっぱりアンタらだったんだな……まあ、ハリーフの仲間って聞いていたし……別におかしくはないな……」
そんなヴァイス達に話すライ。
ライはある程度の推測をしていたので特に驚きは無く、淡々とした態度を取っていた。
「ククク……俺は良いぜ……このまま帰るってのはやっぱしつまらねェ……リベンジマッチを願いたいところだ……」
ライの姿を見、テンションが高まりつつ好戦的な態度となるゾフル。
ゾフルはライに一度完全に負けているので再戦を望んでいるのだろう。
「何言っているだゾフル。シュヴァルツにゾフルは戦っているんだ……次は僕の番だろう……。最近強敵と戦っていないから退屈なんだよねぇ……久々に戦いたい」
そんなゾフルを制し、前に出るグラオ。
グラオは人間・魔族・幻獣・魔物、それらの中でどの種族かは分からないが、やけに好戦的である。
「ハハ、いいぜ。二人纏めて掛かって来たらどうだい? 俺は問題ない……」
「「何をォ!!」」
ライは挑発するように掌を向け、それを返して笑いながら告げる。
ゾフルとグラオは同時に声を上げてライに返した。
「勝負は一対一でしょ! もしくは僕一人対複数! そうじゃなきゃつまらない!」
「全面的に同意だ! 群れなきゃやっていけない雑魚共と俺らは違うんだよ!」
──と、グラオとゾフルはライの誘いに乗らず、どちらがライと戦うかで争っている様子だ。
「オイオイ……俺は眼中に無ェのか? 割りと決めて登場したつもりなんだが?」
そんなやり取りを見ていたブラックはグラオとゾフルに話す。
それを見て聞き、グラオは笑いながら言葉を続ける。
「ハハ、勿論君も対象さ……。ライよりは弱いんだろうけど、それでも強敵に変わり無いからね。どんな性格、どんな容姿、どんな奴でも強敵は良い……。僕だって戦えるなら誰でも良いって訳じゃないんだよ?」
曰く、無視をしていたつもりでは無いとの事。
実際問題、グラオとゾフルは強敵を望んでいる。強敵なら戦いたい。シンプルな答えだ。
「へえ? 以外だね。……私はグラオって"戦えれば何でも良い!"って人だと思ってた」
そんなグラオに意外そうな表情で話すマギア。
グラオはマギアを一瞥し、フッと笑って言葉を続ける。
「どんな人だよ? 戦えるのは良いけど、弱者を一方的に倒してヒャッハー! したい訳じゃないからね? 僕は強者弱者問わず、無差別に戦闘を挑む輩とは根本的に違うのさ。己の力を振り翳したいだけの奴は、言ってしまえば吹いて吹き飛ぶ埃だよ」
グラオの望む戦いは互いに譲らない攻防戦。
本人にとっては弱過ぎず、強過ぎるくらいが丁度良いのだ。
「まあ、どちらでも良いさ。どの道アンタらとは何れぶつかるんだ。それが早まるくらいどうって事無い……!」
「……ほう?」
ライは構え、ヴァイスはフッと笑う。
笑い混じりに、ヴァイスは言葉を続けて話した。
「しかし、生憎のところ私たちは忙しいんだ。此処で油を売っている暇が無いくらいにはね……それに、今の君たちと戦っても私たちに利点は無い。そもそも私たちはグラオくらいしか勝機が無いからね。無駄な消耗は避けるさ……」
「ヴァイス様! 此処は我々に!!」
「ええ! 足止めくらいは……!!」
「皆様は早く!!」
それだけ言って後ろを振り向くヴァイス。
ヴァイスが助け出した指揮官や兵士達はライたちに向けて構えを取っていた。
ヴァイスらを先に帰し、自分達は残るつもりなのだろう。
「ほら、グラオ、ゾフル。君たちも構えを解きたまえ。『今じゃない』。彼らが名を上げるまで待つんだ……『私たちは幻獣の国に用がある』からね……シュヴァルツも割りと良い調子らしい……」
「……幻獣の国?」
ヴァイスはグラオとゾフルに促し、ライはヴァイスが言った幻獣の国という言葉が気に掛かる。
幻獣の国と言えば、世界を構成する四つの国の、その一つだからだ。
「……ちぇ、しょうがないか……」
「……しゃーねーな……。けど、グラオしか勝てないってのは心外だな?」
ヴァイスに促され、グラオとゾフルは構えを取ってマギアの手で何処かへ消える。
ヴァイス、グラオ、マギア、ゾフル、ハリーフが消え、その場には指揮官と兵士達のみが残っていた。
「……しょうがない。取り敢えず大脱獄を防ぐ為に兵士達を相手にするか……」
「そうだな。他のところに居る兵士達はサイフたちが向かった。多分問題は無ェだろ……」
ライとブラックは面倒臭そうに頭を掻きながら兵士達に構える。
それから数分後、兵士達は半数以上が捕らえられ、自体は沈静化した。
これにてヴァイスらとのやり取りは終わる。
「じゃあ、後は征服じゃない俺たちの考えを話す時か……」
「……そういやそーだったな。色々あって忘れてた」
それから自体を沈めたライはブラックに話、ブラックは思い出したように告げる。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人とブラック、サイフ、ラビア、シターの四人は再び城の貴賓室へ向かい、ライが思い描いている考えについて話し合いを行うのだった。