十六話 vsバジリスク
ライは次々と石ころを投石する。
これ以上建物を破壊せぬよう建物に当てる事だけを気に掛け、特に狙いを絞らず数打ちゃ当たるの精神でバジリスクに攻撃をし続けていた。
しかし、バジリスク自身が避けたりした石ころは近くの建物に激突し、建物を崩してしまう。
そしてバジリスクの身体が頑丈なのか、石ころが途中で消滅して威力が下がってしまうのか、バジリスクはまだピンピンしている状態だった。
『キシャァァァーーッ!!!』
しかしそれでも確かなダメージは受けているのだろう。その証拠に怒りのような声と同時に毒液を吐くバジリスク。
その毒の速度はライにとっては遅い為、難なく避ける事が出来ていた。
「汚い!!」
そして避けるのみならず、ライはその毒に向かって蹴りを放つ。その蹴りの風圧によって毒はバジリスクの元に吹き飛ばされた。
しかし自分の毒では死なないのか、毒によるダメージは全く無さそうだ。
いい加減痺れを切らしているライは悩む。
とにかく毒の身体が厄介なのだ。毒を纏っていなければ殴ると同時に消滅させることが出来るというのに。
試しにライは魔王(元)に聞いてみる。
(なあ魔王。お前って、魔法や魔術は無効らしいけど、お前自身が魔法や魔術を使えたりしねえの?)
それは魔法・魔術についてだ。
前は身体が馴染んでいなかった為、魔法や魔術は使えず、物理攻撃だけで敵を沈めてきた。
しかし、物理攻撃が無効に等しくなる場合の敵はどうすれば良いのか分からなかったのだ。
そんなライの問いに対し、魔王(元)は応える。
【あー、多分使えるぞ? なんせ魔王だからな。それなりに術の数はある。まあ、魔法使いや魔術師。仙人や賢者が相手でも息をするように容易く仕留められるだろうな。お前とも大分馴染んだし、今もある程度は使えるだろうよ】
どうやら魔法・魔術を使えるとの事。
魔王は何も、その腕力のみで世界を支配していた訳では無い。魔法使い、魔術師の上位的存在である仙人や賢者ですら足元にも及ばない程の魔法・魔術が使えるとか。
それを聞いたライは笑みを浮かべ、魔王(元)に言う。
(よし……だったら魔法・魔術を使おう……!! 一番無難な魔術はなんだ?)
【取り敢えず魔術で統一するのな。俺的にはどうでも良いけど。試しに四大エレメントのどれかを使ってみろ】
ライが魔術を使うと言い、それに返す魔王(元)は試しに魔法・魔術の基礎の基礎である四大エレメントから試してみれば良いと告げた。
そして、それを聞いたライは先ず頭の中で炎を纏うイメージをする。
ライの脳内では暖炉や焚き火の炎。そして火山や太陽の熱が渦巻く。すると、身体が熱くなるのを感じた。魔王を纏う時も血が熱くなるが、それとはまた違った感覚だ。
(これか……行くぞ……!!)
熱を感じたあと、手を突き出し、それを一気に放出するイメージを作り上げ──
「"炎"!!」
──凄まじい勢いで掌から炎が放出された。
その炎は空気を焦がし、大気を熱してバジリスクの方へと向かう。その熱量は凄まじく、放っている本人のライですら暑く感じる程だ。
だがしかし、一応試し撃ちなので魔王の力を半分以下に下げている。
にも拘らずそれの勢いは増し、大地を焦がしながらバジリスクへと突き進む炎魔術。
『シャァァァッ!?』
バジリスクは、予想だにしなかったであろう熱を受け、苦しむようにのたうち回るった。
続いてライは四大エレメントの水を思い浮かべる。川の流れ、青い海。思い付く限りの水を想像し、そうしているうちに体内で水が形成されていくような錯覚を覚える。
「"水"!!」
『シャァッ!?』
その刹那、ライの放った矢のように鋭い水がバジリスクに突き刺さる。そしてバジリスクを貫通した。
それを受けたバジリスクは今度は短く鳴き、竦むように怯んだ。ライはその隙を突き、次は風魔術を仕掛け──
「"風"!!」
──ポスッ……と、空気が漏れるような音がライの耳に響き渡った。
「……はい?」
それを見たライは"?"を浮かべ、魔王(元)に聞く。
(……おい、これはどういう事だ?)
魔王(元)は、格好つけて失敗したライに向け、笑いを堪えて言う。
【クク……多分、まだ俺が完全に馴染んだ訳じゃねえから、俺の使える魔術を全て使えるという訳はじゃねえんだろ。四大エレメントの中で……俺は全てを使えるがお前はまだ"火"と"水"しか扱えねえんだよ。まあ、馴染めば馴染むに連れ、四大エレメントとそれ以外の属性を含めた全ての魔法・魔術をお前も使えるようになるだろうがな】
ライの質問に応えるよう、淡々と説明を続ける魔王(元)。
大分馴染んだのかとライは思っていたが、どうやらそういう訳でも無いらしい。
確かにライは物理攻撃メインで戦っていた。なので、魔法・魔術系統の技は上手く扱えないのだろう。
納得したように頷くライ。
しかし、二つのエレメントを使い、バジリスクへの手応えを感じた。
このまま攻め続ければ、特に苦労もせず勝つ事が出来るだろう。
(……良し)
気を取り直して戦闘に戻るライ。改めて構え、バジリスクに向き直る──がそこに、
「……!」
ヒュンッ! と、空気を切り裂きながら弓矢が飛んで来た。恐らく兵士が物陰から放った物だ。
しかしその矢は、ライが居る場所とは全く別である有らぬ方向へ飛んで行く。
まあ狙いを定めていないのだから当たり前だろう。
だがそれでも、バジリスクを見たりバジリスクに見られたりしているライが死なないのはおかしいと思っている筈だ。
なのでライがバジリスクを倒せば、相手の兵隊は降服する可能性も出てくる。
となると、取るべき行動は一つ。
「さっさと終わらせるぞ!! バジリスク!!」
『キシャァァァーーッ!!!』
ライの声と同時に、バジリスクとライが動き出した。
バジリスクが先程までライの居た場所に向け、猛毒の液体を吐く。
ライは大地を蹴り砕き、粉塵を巻き上げ毒液を吹き飛ばして跳躍する。
「炎!!」
その瞬間、ライが空中から放つ灼熱の轟炎がバジリスクの肉体を焦がし、肉体の一部を消し去った。
『シャァーーッ!?』
肉体が焼け、バジリスクは苦しむように暴れ毒をところ構わずに吐く。
その毒は建物や道を溶かし、そんな建物に隠れた兵隊達も巻き添えを食らわぬよう奥の方に逃げているようだ。
地に着き、それを確認するライ。
このままじゃ周りの被害が更に大きくなってしまうので、バジリスクの注意を引こうと考える。
「暴れるなァ!!」
その方法としてライは、凄まじい速度で石ころをバジリスクに投げ付けた。
『シャッ!?』
石ころとは思えない轟音を立てて、石ころが当たったバジリスクは短く鳴いて後ろへ吹き飛ぶように倒れる。
動きが止まったのを確認すると同時に跳躍し、ライは魔術で仕掛けた。
「熱いなら冷やしてやるよ!! "水"!!」
ライは水を勢い良く噴出させ、バジリスクに食らわせる。
ライが放った水魔術の衝撃で地面に大穴が開き、そこに水が溜まる。
『シャァーーッ!!』
水に浸かったバジリスクは予想以上の深さに溺れかけていたが、何とか脱出したようだ。
「まだまだァ!!」
そんなバジリスクを見たライは流れるように、休む間を与えず攻撃を続ける。
水に続いて再び両手から轟炎を放出し、バジリスクを焼き尽くすライ。
『シャァッ!?』
ライが溜めた水をライの炎で蒸発させる。それらの魔術を受け、力が抜けたバジリスクは穴の奥へと沈んで行くのが見えた。
ライは着地し、確認の為にそんな穴の元へ駆け寄る。
『シャァァァァァーーーーッ!!!』
すると怒りと興奮している状態で、我を忘れているバジリスクが這い上がって来た。壁などに容易く登れる蛇。バジリスクもそうらしく、この程度の壁はあって無いようなモノなのだろう。
這い上がったバジリスクは天へと舞い上がり、ライの方を睨み付けるように見ていた。
しかしその身体を見ると、炎と水によって毒の液体が殆ど無くなっていた。炎と水によってその毒液が消えたのだろう。
(……これなら……)
『キシャァァァァァーーーーッ!!!』
バジリスクはライを飲み込まんとばかりに大口を開け、ライに勢い良く降り掛かる。見ても毒でも死なぬなら、その胃液を持ってして消し去ろうと言う思考なのだろうか。バジリスクの考えは分からないライ。
そんなライは──
「オゥラァッ!!」
──バジリスクを『殴り飛ばした』。
『キシャッ!?』
バジリスクは、気付いたら自分が空を舞っている事に驚愕しているかのような表情だ。
そう、バジリスクの身体に纏っていた毒液が無くなったのでライは身体に触れることが出来るようになっていたのだ。
要するに、ライはバジリスクを正面から殴り飛ばせる事が出来る。という訳である。
手応えを感じ、勝てる可能性を考えたライは魔王(元)に言う。
(トドメを刺すぞ魔王!! 出来れば殺生を避けたいが、放っていたらバジリスクによる被害の方が多くなってしまう!!)
【いいぜ。けど、毒の液体がまた生成され始めていやがる……面倒だし、一撃で決めろよ?】
(言われなくとも……!!)
魔王の力を片手に集中させるライ。
漆黒より更に深く、黒い渦がライの片手を包み込む。その腕は今にも動き出しそうである。
重力に伴って落ちてきたバジリスクが、立ち上がる? と同時にライは一気に詰め寄った。
『シャァァァーーッ!!』
威嚇だろうか、それとも別の理由だろうか、バジリスクが舌を出して音を出す。しかし、どちらも今のライには関係無い。
今は、目の前にいるバジリスクを、『消滅させれば良い』のだから。
「これで終わりだ!! 蛇の王!!」
ライは正面に構えるバジリスクに向かって、拳を突き出す。
刹那──
──轟音と共に大地は砕け、空を覆っていた雲は全て消え去る。その衝撃によって街が吹き飛び、一秒も満たぬ時間で世界を数周して衝撃が戻ってくる。
それはさながら……例えるものがない。
どんな天災でも、これほどの威力は出せないのだから。
バジリスクは完全にこの世から消滅した。
放った拳の衝撃は、ライが自分で相殺した。
無論、兵隊がいる場所や、レイ、エマ、フォンセのいる闘技場は残してある。
そして頃合いを見て、ライが叫ぶように言う。
「さあ!! 兵隊達よ!! 決着はついた!! バジリスクは俺の手によってこの世から消滅したぞ!! さっさと出て来て降服しろ!! お前達を殺そうとは考えない!! 降参すれば、俺たちはこの街からさっさと出て行く!!」
演説するかのように兵隊に声を上げて言うライはその威圧感を上げ、相手に降伏を促す。そしてライが話しているとそこに、背後から声がする。
「凄いね……これ全部……ライがやったんだ……」
「フフフ、流石は私を倒した男だ。頼もしい限りだな」
「これが……先祖の力……」
ライの声を聞いて出てきたのは、レイ、エマ、フォンセの三人だった。
バジリスクが消滅した為、命の危機が無くなったから出て来たのだろう。
「「「「「……………………」」」」」
しかし、兵隊からの返事は無い。恐らく色々と考えたり相談したりしているのだろうか。バジリスクが消えた今、兵士達は動くに動けないのが現状だ。
それでも暫く待つと、指揮官が出て来て言う。
「まだだァ!!! まだ終わっていない!!! バジリスクは倒されたが、我らが数千人残っているではないかァ!!!」
「「「「「ウオオオォォォォォ!!!」」」」」
その言葉を聞く限り、どうやら相手はまだ諦めていないらしい。
力の差は歴然。最早相手の兵士達は誰一人、たった一人しか居ないライに、魔王に勝つ事は出来ないだろう。流石に呆れたライは、指揮官へ問うように聞く。
「なあ……? 何で諦めないんだ? 切り札のバジリスクも倒され、俺たち四人にはお前達数千人は『絶対に勝てない』……だろ?」
もう兵隊は、絶対に勝てないとハッキリ言い切るライ。
相手兵士達がライたちには絶対に勝つ事が出来てないと分かっていても、教えないのが親切かもしれない。だが、無駄に兵士達が傷付くよりはそう言い放ち諦めさせた方が親切なのかもしれないと考えそう言ったのだ。
そんな勝つ気しか無いライへ向け、指揮官は説明するように言う。
「確かにそうだァ!! 我らはお前達に、どうやっても絶対に勝てんだろう!! しかァし!! お前達を野放しにして置く方が危険と判断したまでだァ!!!」
指揮官の言った言葉に眉をピクリと動かし、訝しげに首を傾げるライ。そんな反応を横に、指揮官は話を続ける。
「そもそもォ!! 何故我々がたった四人の為に、隣国からも兵隊を引き寄せたと思う!? それはそこに居る魔族の奴隷が『魔王の子孫だと知っていた』からだァ!!!」
「「!!?」」
指揮官の言葉を聞き、見て分かる程に大きな反応を示すレイとエマ。
そういえばレイとエマにはフォンセの先祖が魔王だと教えていなかった。
指揮官は怒鳴るような言葉を続ける。
「それに加え、そこにいる小僧の力ァ!!! 確かにあれは魔王といっても良い程だ!!! 闘技場の兵士からの連絡があった!!! 魔王を宿していると聞いた少年というのはお前のことだなァ!!?」
どうやらフォンセの言葉を聞いていた兵士が指揮官に連絡していたらしい。
「ライ……?」
「……ライ……」
それらの事柄に対し、レイとエマがフォンセに聞こうとしたその時、先に指揮官率いる兵隊が動いた。
「掛かれェ!!! 魔族の奴隷、もとい魔王の子孫!!! 及び魔王を宿しているという小僧、ヴァンパイアに小娘を倒すのだァァァ!!!」
「「「オオオオオ!!」」」
声を荒げ、ヤケクソのように兵隊がライたちへ向かってくる。
バジリスクを倒したら終わりと思っていたが、どうやら違ったようだ。
しかし、数千人『程度』の兵隊ならば特に問題は無い。楽に勝てるだろう。
再開されたライ・レイ・エマ・フォンセvs国の戦いは、終着へと向かっていた。