十五話 vs兵隊・vs封印された怪物
まずはエマが空に手を翳し、雲を操り太陽を隠した。
ヴァンパイアの天候を操る力だ。これによってエマの行動は多少自由になる。
それは周りの環境に与える影響が多い為普段は天候を操らないのだが、今回は場を整える為にも天候を変えたのだ。
そんな能力を見、兵隊がざわつく。
「お、オイ……天候を変えたぞ……」
「ヴァ、ヴァンパイアだ……! 何故こんなところに……!?」
その兵隊の言葉からするに、どうやらエマが人間でないとは気付いていたがヴァンパイアということは知らなかったらしい。
ヴァンパイアは世界的にも強者の部類に入る魔物。兵隊が怯えるのは仕方の無い事だろう。
「狼狽えるなァ!!! 数では圧倒的に勝っているんだァ!!! 相手はヴァンパイア一人と魔族二人、小娘一人しかいない!!!」
そんな兵隊達の様子を窺い、指揮官が活を入れ兵隊がキリッと纏まる。
騒がしく、住民の事を何も考えていない指揮官だが人望はそれなりにあるらしい。
「一斉にィィィ…………掛かれェ!!!」
そして指揮官が命令を下し、指揮官の率いる兵隊が動く。
それと同時に数千人の兵士達がライたちへ向かって突き進んで行く。
遠距離からは銃・弓、魔法・魔術を、突撃してくる者は剣・槍を構えている。
千を優に越えるそれは驚異的だろう。ちょっとした幻獣や魔物など歯が立たない程だ。
それを見たライは──
「鬱陶しい!!」
「「「「ぐわああああああ!!!」」」」
──纏めて吹き飛ばした。
正面に拳を放ち、その風圧と衝撃で地面が抉れ、数キロ離れている遠方の山が消し飛ぶ。
まるで、嵐が過ぎ去ったような、いや、嵐という表現すら易しく思える程の衝撃だ。
それを見た兵士達は全員後退りをし、その隙を突いたレイ・エマ・フォンセが仕掛ける。
「やあ!!」
まずはレイが兵隊に向け、森を断つ剣を横に振るった。
「ガハッ……!」
それによって周りの建物は切断され、頑丈な筈の鎧すらを切り裂き数名の兵士が倒れる。
「ハァッ!」
次いでエマが霧に変化し、兵隊の中心へ移動してその怪力をところ構わずに振るうった。
「ぐわあ!!」
ヴァンパイア怪力を受けた兵士の鎧は砕け、内部の肉体にダメージが行く。
「食らえ!!」
そしてフォンセが魔術で炎を創り出し、炎魔術が兵士達を包み込んだ。
「あ、熱い!! 熱いィ!!」
兵士の鎧を包んだ炎は兵士の鎧を熱し、その鎧を着ている兵士達を蒸し焼きにする。
兵士は悶え苦むが、鎧が脱げずに生きたまま焼かれる感覚に陥っていた。
「近付くのは危険だァ!!! ならば、矢や銃、魔法・魔術で攻めろォ!!!」
それを見て警戒を高めた指揮官の合図と共に、一斉に矢と銃を放ち、魔法・魔術道具で炎・水・風・土・その他の属性を具現化させる兵士達。
兵隊側の魔法使い・魔術師は一人一つの属性しか操れないが、数を組み合わせることによって四大エレメントの全てを放てるのだ。
「こんな物!!」
そしてライはそれに向けて拳を放ち、それら全てを打ち消し去った。
「「「「…………なっ……!!」」」」
その光景を前に、兵隊は全員が驚愕の表情をする。
それを無視し、大地を踏み砕く勢いで跳躍したライは兵隊の中心に拳を放つ。
「オラァ!!」
その刹那、大地にライの拳がぶつかり、それによって生じた衝撃は耳を劈く轟音を起こし、威力を留める事無く水面に浮かぶ波紋のように広がる。
「まだだァ!!! まずは中心にいる、魔族のガキとヴァンパイアへ向けて矢を放つのだァ!!!」
それを見た指揮官は諦めず命令を下し、矢が風を切る音を鳴らしながらライとエマへ向かって行く。
「「この程度!!」」
次の瞬間、ライとエマはほぼ同時に矢を蹴散らした。
「やぁ!!」
「ハァッ!」
矢が散ると同時に、レイが再び森を断つ剣を振るい、フォンセが魔術で攻撃を仕掛ける。
「「「「うぎゃあああああ!!!」」」」
それを受けた兵隊は叫び声を上げて次々と倒れていく。
まだ子供であろうこの者達は、なんという力を秘めているのか。と顔が青ざめる兵士が多い。
それを見兼ねた指揮官が怒鳴るように言う。
「クソッ!! 退くな!! 怯むな!! 狼狽えるなァ!!奴隷と魔族のガキとヴァンパイアと小娘を殺せェ!!! たった四人の負けたとあったら兵士の名が廃るぞォ!! 兵士達の代わりは幾らでも居る!!! 俺の代わりもなァ!!! 自分を犠牲にしてでも奴らを殺せェェェ!!!!!」
「「「「「ウオオオォォォォォォォォォォ!!!!!!」」」」」
それを聞いた兵隊の怒気が更に上がり、それを見たライは自分を犠牲にしてまで戦う必要があるのかと、問いたくなる。
しかし相手が全滅するか諦めるまで、この戦いは止む事無く続くだろう。
だったら見せるしかない。魔王の力を──
「………………」
──刹那、漆黒の渦が更に深くなった。
ライを包み込む渦は、黒く巨大な竜巻を彷彿とさせるようだ。
今使える限りの魔王の力を半分以下から、半分に上げるライ。それでも本来の魔王が持つ力には程遠いが、これだけでも天地を揺るがす出来るだろう。
「「「「「…………ッ!!」」」」」
そんなライの放つ黒いオーラと雰囲気だけで危険だと分かったか、兵士達は竦んで動けない様子だ。
それもその筈、先程まででも手が付けられなくなった少年が更に強くなったかもしれないのだ。幾ら鍛えられた軍隊だとしても、生物の持つ恐怖心がある事に変わりはないのだから。
「……ッ!! ひ、怯むなァァァ!!!」
しかし、指揮官と兵士は自身を無理矢理奮い立て、戦闘意欲を高める。事故犠牲を好む当たって砕けろの意思なのだろうか気になるところだ。
「「「「「ウワアアアアアア!!!」」」」」
叫び声を上げながらライたちに近付く兵隊。その声は気合いというより自棄に近い雰囲気だった。
それを見ていたライはその勢いに、寧ろ感心していた。勝てないと分かっていても尚、魔王を前にしても尚、戦うことを止めない兵隊へ素直に敬意を表する。
そしてそれを見つつ、眉間に皺を寄せ、目を見開き──
「ダラァ!!」
──敬意を表した上で、兵隊へ拳を放った。
その破壊力は先程の比にならず、目で確認することの出来ない場所まで大地が砕け、一直線に亀裂が入り、地割れに似たような現象が起こった。
その衝撃によって辺りの建物は崩れるように傾き、街全体が大きく振動する。
「まだだァ!!! まだ兵士は半分以上残っている!!!」
しかしそれを見ても尚、諦めようとしない指揮官。そう、ライが吹き飛ばしたのは数百人程度、まだ兵士は数千人以上残っているのだ。恐らくこの指揮官は、全滅するまで戦うつもりなのだろう。
兵隊が再び攻め込もうとした時、『それはやって来た』。
「お、オイ! あれを見ろ!」
一人の兵士が指を差す。その方向にパッと見は何もないが、直ぐに何が来たのかを知る事となった。
「ま、まさか……!!」
──ライの放った衝撃が、『星を一周して戻ってきた』のだ。
「「「「な、何だとォ──!!」」」」
叫ぶ間も無く兵隊は、また数百人ほど吹き飛ばされる。
その衝撃波はそのまま進み、街の建物や遠方の山を消滅させながら直進していた。
恐ろしいのは、この衝撃波がただの風圧。という事だろう。
「クソォ!! だったらもう良い!!『アイツ』を使え!!」
それを見た指揮官は、再び衝撃が戻ってくる事を懸念し、奥の手を使うことにした。
先程述べた、闘技場の怪物を凌駕する怪物だろう。
そんな指揮官の合図と同時に、一人の兵士が小さな坪の蓋を開ける。
それを一瞥した指揮官はさながら勝利を確信したかのようにライへと言う。
「フハハハハハ!!! もうお前達は終わりだァ!!! コイツはあまりに危険過ぎる故、誰にも見られないように、"支配者"によって封印された怪物だ!!!」
「……誰にも見られないように……?」
指揮官の言葉を聞き、その怪物とは何なのかを推測するライ。
周りを見れば、兵隊は全員が物陰に避難しその目を隠すようにしている。
「……!! ま、まさか……!!」
それを見たライは、怪物の正体に気付いた。目を隠すという事はつまり、その目でそれを見てしまった場合何かしらの不具合が起こるという事。
推測を終え怪物の正体に気付いたライは慌て、レイ、エマ、フォンセに向けて叫ぶように言い放った。
「レイ!! エマ!! フォンセ!! 早く隠れろ!! コイツら出そうとしている怪物の正体は──"バジリスク"だ!!!」
「「「…………何っ!!?」」」
『キシャァァァァァーーーーッ!!!!』
──"バジリスク"とは、その姿を見てしまったら、『死んでしまう』と言い伝えられる怪物である。
その見た目は、蛇のような姿に、鶏のような鶏冠を持っている。そしてその大きさは数十メートルと謂われる。
しかし、姿を見たら死んでしまう為、本当の姿は誰も知らない筈なのに、何故伝わっているのだろうか。と疑問に思うところである。
それはさておき、バジリスクが通った跡には、人間を死に至らしめる程の猛毒が残るらしい。
見たら死ぬ。それだけでも驚異的なのだが、逆に、バジリスクに見られてしまえば石になるという。
存在するだけで生き物を死に追いやる怪物、それがバジリスクだ。
レイとエマ、そしてフォンセはライの言葉を聞き即座に移動し何とか闘技場内に入った為、バジリスクの姿を見る事もバジリスクに姿を見られることも無かった。
しかし、
「…………これが……バジリスク……!?」
ライは、『その姿を見てしまった』。見たら死ぬと謂われているバジリスクのその姿を。
威嚇するように舌を出し入れするバジリスク。
蛇に睨まれた蛙は動けないというが、バジリスクの場合は、睨まれる間も無く死に至るが正しいだろう。
「………………あれ? (俺……生きているよな……? 幽霊になった……? ……って訳でも無さそうだし……?)」
そんなバジリスクを前に、ライは異変に気付いた。自分はバジリスクを目にしてしまったのに、何故生きているのだろうと。
困惑している表情と心情のライに向け、魔王は何でもないようにサラッと言う。
【ああ、俺が居るからお前は生きているんだよ】
(…………は? そうなのか?)
曰く、どうやらライが魔王(元)を宿しているのでバジリスクの姿を見たとしてもライが死ぬ事は無く、無事に生きているのだと言う。
聞き返したライに、魔王(元)は説明するよう言葉を続けた。
【ほら、俺って魔法や魔術とかって無効になるだろ?】
(いや知らねえよ)
魔王(元)から出た、初めて聞いた言葉にツッコミを入れるライ。魔王(元)はそんな事を気にする事無く説明を続ける。
【バジリスクの姿を見たら死ぬっていうけどよお、俺には物理攻撃しか効かねえんだ。──"魔法"・"魔術"・"呪術"・"錬金術"・"妖術"・"方術"・"幻術"・"法力"・"超能力"・"神通力"に"仙術"etc.とまあ、俺はこれらを全て無効化するんだよ。……ま、だからこそ剣技を主体とした勇者の野郎には負けちまったけどな……。つまり、俺に直接攻撃をしなけれりゃ俺を倒すことは出来ない=お前が倒されることもないって事だ】
要するに、殴る・蹴る・叩く・切る・打つ・撃つ? 以外の攻撃は、よっぽど強くなければ。それこそ、神や支配者、魔王・勇者レベルが無ければ魔王(元)にダメージを与えることが出来ないのだ。
(成る程……)
ライは魔王(元)の説明を聞き、納得する。かつて世界を収めていた魔王(元)ならば、そのような理不尽的な力があっても頷けるからだ。
魔王(元)はかつて世界を支配しており、本の中でも英雄として描かれる勇者によって討伐されている。
それまでにも、幾多の勇者が送られていた事だろう。その中には物理主体では無く魔法・魔術主体の勇者も居た筈。
つまり、そんな勇者達を返り討ちに出来た理由はそんな魔王(元)の持つ身体の構造にあったのだ。
『キシャァァァーーーーッ!!!』
その刹那、間を置かず再び威嚇するように吼えるバジリスク。
魔王(元)の説明を聞いて、だったら戦えると考えるライは先ず、目の前に居るバジリスクを倒すことにした。
『シャァァァーーッ!!!』
バジリスクは毒液を吐いてライへ攻撃する。
バジリスクを始めとし、幻獣・魔物の毒液や炎は体内で作られた物で、術的な物では無い為、ライ──もとい魔王(元)にも少々ダメージが通るのである。
それをヒョイと躱したライ。ふと見れば、毒液が掛かった場所は溶け、毒ガスを噴き出していた。
(あれが当たったら一溜まりも無いな……気を付けよう)
それを見たライはバジリスクに視線を戻しつつ、毒に気を付ける事にした。まあ元々毒は警戒していたからこそ躱せたのだが。
そしてライは脚に力を入れ、踏み込みと同時に大地を砕きつつ跳躍し、拳を叩き付けようとする──がしかし。
「…………!!」
ライは途中で、その攻撃を急停止した。
しかし勢いは止まらないので別の場所を殴る事によって受け流す。それによって逃げた衝撃は、街に巨大なクレーターを作り上げた。
攻めようとしたライ。そんなライが攻撃を止めた訳は、
(……身体に……毒を纏っている……!)
そう、バジリスクはその体表にも毒を纏っているのだ。
"バジリスクが通った場所に猛毒の液体が残る"と謂われている。つまり、バジリスクはその身体に毒が纏わり付いているという事だ。
ギリギリで拳を止めたライは一安心──
『キシャァァァーーーーッ!!!』
──する暇もなく、バジリスクが新たな毒液を吐いて攻撃を仕掛けた。
周りの隠れている者は全員日陰に居る。その為、体温がライより低いのだ。なので蛇であるバジリスクはライしか狙わないのだろう。
何故なら蛇というものは、"ピット器官"という器官を持っているからだ。
"ピット器官"とは、いってしまえば赤外線を見ることの出来る器官だ。
視力が悪く、夜行性の蛇が獲物を捕る際に使われる器官であり、その器官は赤外線──つまり熱を見ることが出来る。
そういう理由でバジリスクは物陰によって体温が周りの物より低い兵隊やレイたちではなく、表に出ているライを中心的に狙うのだ。
(さて……どうするか……)
ライは直接攻撃が出来ないバジリスクへの攻撃方法を悩んでいた。
拳を放つ際に生じる風圧や衝撃で吹き飛ばすのも良いが、そうした場合吹き飛んだバジリスクが近隣へ被害を及ぼすかもしれないからである。
その被害が凄まじくなるのは、火を見るよりも明らかだろう。
『シャァァァーーッ!!』
そんな思考をさせてくれる訳も無く、バジリスクは続け様に毒を吐き続ける。
バジリスクの口から吐かれ、地面に落ちて道を溶かす猛毒。そして、それを見たライは攻撃方法を思い付いた。
(良し……これで行くか……!!)
辺りを見回すライ。
どうやら住民は全員避難したようだ。その証拠に人の気配がレイ・エマ・フォンセと、兵隊以外感じない。
そしてそれを確認すると同時にライは、手頃なサイズの"石ころ"を拾った。
『シャァァァーーッ!!!』
再び内部で毒を作り出し、ライへ毒を吐こうとするバジリスクは牙から毒液を滴らせていた。
その隙を突いてライは──
「いい加減に……しろォ!!」
──石ころを投石した。
それは石ころとは思えない程の速度を叩き出し、空気を揺らす程の衝撃を纏って大地を抉り、石ころその物を削りながらコンマ一秒も掛からずにバジリスクの腹部? へと激突する。
『キシャァッ!?』
思わぬ攻撃を受けたバジリスクはその衝撃で吹き飛んだ。しかし街からは出ていない。
石ころは完全に消滅したが、バジリスクにダメージを与えることは出来た。
そして石ころならば地面に沢山転がっている。
(良し……! これならイケるぞ……!!)
あっさりと攻撃方法を見出だしたライ。
そしてライは他の石ころも手に取り、これから反撃が開始されるだろう。