百五十六話 "嫉妬の魔王"レヴィアタン
「……行くぞ……レヴィアタン……!」
『キュルルルル……』
出来るかどうか分からない状態で魔王の力を七割纏ったライは──
「……!」
『……!?』
────『"第六宇宙速度"……光の速度を越えた』。
一瞬にしてレヴィアタンの後ろに回り込んだライ。
そして後ろに回り込まられたレヴィアタンの身体には──
『……ッ!』
──半径数百メートル程の大きな風穴が空いていた。
どんな武器も通さないと謂われているレヴィアタンの肉体。
ライはその全身鎧を貫き、光を越えた超次元の速度で想像を絶する熱と衝撃を生み出し、不死身の肉体を持つレヴィアタンにダメージを与えたのだ。
『キュ……キ……キュルオオオオオォォォォォ!!!』
そしてレヴィアタンの身体は一瞬にして再生し、怒り狂ったような咆哮を上げてライに向き直る。
「……おお、これはスゲェや! 光の速度を容易く防いだレヴィアタンの身体を貫通した! ……それに、さっきの島が砕けていないって事は……余計な破壊をせず相手を倒せるって事か……。これなら一々土地を造らなくて良いから楽だな!」
ライはその力を実感し、嬉々として自分の両手を見る。
両手を見る理由は自身でも分からないが……恐らく感覚的な意味でその力を実感したいのだろう。
『キュルオオオオオォォォォォ!!!』
その様子を見ていたレヴィアタンはライの強化された力へ更に嫉妬し、身体をうねらせながら近付いて来る。
移動する度に海が荒れるレヴィアタン。迷惑極まりないない限りだ。
「五月蝿えよ……!」
『…………キュル!?』
そして、瞬く間にレヴィアタンの頭付近へ移動していたライはレヴィアタンに踵落としを食らわせる。
レヴィアタンはいきなり伝わった感覚に困惑したような声を上げ、そのまま海へ頭から叩き付けられた。
──そして海が大きく割れた。
レヴィアタンの巨躯を叩き付けた衝撃により、実体の無い海がまるで大地のように割れて水飛沫を上げる。
それはさながら海に現れた断崖絶壁のよう。
前のめりに倒れたレヴィアタンは尾が天に向き、ライが吹き飛ばされた小島を海水で埋める。
「そーらっ!」
『……キュッ!!』
そしてライはレヴィアタンの顔が海に沈んだ瞬間に移動し、レヴィアタンの顔が来るであろう場所におり──レヴィアタンの顔を蹴り上げた。
『…………!!』
ライに蹴り上げられたレヴィアタンはその巨躯を天に昇らせる。
山レベルの大きさを誇るレヴィアタンが浮かぶ姿は、さながら天に架かった巨大なアーチのようだ。
『…………!?』
上空数千メートルまで浮き上がったレヴィアタンは何が起こったのか分からず、困惑しているかのような表情だった。
「まだまだ!!」
そんなレヴィアタンに向け、ライは追撃するように光を越えた速度で突き進む。
一気に優先になったライ。このまま行けば特に苦労せず勝利できるだろう。
『…………!!』
──そして、現実はそんなに甘くなかった。
『キュルオオオォォォォ!!!』
「……な!」
空中に浮かび上がっていたレヴィアタンはその場で身体を回転させ、己目掛けて向かって来るライの方へ向き直る。
山以上の巨躯を誇るレヴィアタンにしては何という速度だろう。
無論、空を飛ぶ事が出来ないライはそのまま。
『キュオオオォォォォ!!』
レヴィアタンの尾によって叩き付けられ──
「……危ねえ……」
──る前に、風魔術で浮遊して避けていた。
ライを狙ったレヴィアタンの尾は空を切り、その衝撃は風圧で下の海を割る。
その衝撃と水飛沫がライに向かって飛んできたが、レヴィアタンの尾が直撃するよりは軽いダメージだろう。
『キュルッ!』
「……あ……」
その衝撃に気を取られていた時、油断していたライはもう一度回転したレヴィアタンの尾が命中する。
尾を叩き付けられたライは海面に叩き付けられて大きな水飛沫を上げ、岩礁を砕きながら海底に沈んで行く。
海には大量の泡が作り出され、一瞬だけ周りの水が無くなった。
『キュルル……』
それを見たレヴィアタンは静かになり、重力に伴ってゆっくりと海面へ──
「余所見してんじゃねえよ!」
『ギュル!?』
──落下する前に、ライの手によって叩き落とされた。
叩き落とされたレヴィアタンは先程のライのように海を割り、岩礁を砕いて海底に沈んで行く。
「…………」
スタッとライは小島に降り立ち、それによって足下へ小さな砂埃が起こる。
そのまま沈んだレヴィアタンの様子を窺い、
『キュルオオオォォォォ!!!』
刹那、レヴィアタンがライに向けて大口を開き、真っ赤で高熱を誇る轟炎を吐きながら海から上がって来た。
「……だろうな……」
無論、ライはそれを想定している。
ライは炎を吐きながら近付いてくるレヴィアタンをヒラリと躱してそのままレヴィアタンの横へ移動しつつ──
「オラァ!!」
『キュッ!?』
──横に移動したライは間髪入れずに蹴りを放ち、レヴィアタンを吹き飛ばした。
吹き飛ばされたレヴィアタンにはまたもや穴が空いて海を抉る。
そんなレヴィアタンが強引に加速されながら遠方の島々にぶつかるのが見えた。
「まだか……」
それを見たライはレヴィアタンが吹き飛んだ方向へ加速し、レヴィアタンのあとを追う。
『キュルオオオォォォ!!』
ライに吹き飛ばされた事によってレヴィアタンは、更に怒り、更に嫉妬しながら炎を吐いていた。
その炎によって海水が蒸発し、辺りに白い霧を作り出していた。それを見るに、どんな生物も頭に血が上ると我を忘れてしまうらしい。
「静かに……」
そんなレヴィアタンに向け、ライは岩礁の欠片を持ち出し。
「しろ!」
その欠片を放り投げた。
『キュ!?』
その岩礁の欠片は光の速度を越えた速度で進み、轟音と共にレヴィアタンの身体を貫通する。
ライの今回の目的は関係の無い島々を護る為、自分の方へ意識を反らさせる為である。
そもそも、レヴィアタンの怒りの原因がライなのだが……それはまあ良いだろう。
『キュルオオオォォォォ!!!』
そしてライの目論見通り、レヴィアタンはライの方を振り向く。そんなレヴィアタンが受けた先程の貫通による傷は既に完治していた。
その岩礁の欠片によって遠方から爆発音が聞こえたが、恐らく気のせい、の筈だ。
「……向いたか……」
こちらを向くレヴィアタンを確認したライは、直ぐ様光の速度を越えて加速する。
「そらっ!」
『…………!!』
そのまま加速したライはレヴィアタンの顔に拳を埋め込み、それによって重く、鈍い音が辺りに響いた。
レヴィアタンの顔は大きく拉げ、それに伴ってその場からレヴィアタンの姿が消え去る。
そして遠方から爆音が聞こえ、次の瞬間に海の水が大きく割れた。
レヴィアタンが飛んだ風圧に、海の水は一瞬気付かなかったのだろう。
『キュルオオオォォォォ!!!』
「……!」
そしてその遠方から灼熱の轟炎がやって来る。
轟炎は大気を焦がし、海水を蒸発させながらライへ向かって来た。
「…………」
ライは炎を一々砕くのは面倒なので、その場で加速して炎に突っ込みつつ抜け出してレヴィアタンの方へ向かう。
「オーラァ!」
『キュルオォ!!』
一瞬でレヴィアタンの方へ移動したライ。
そしてレヴィアタンが吐いたであろう炎にはライが通った道が出来ていた。
ライはレヴィアタンを殴り付け、レヴィアタンも身体を使ってライに仕掛ける。
「…………ッ!」
『…………ッ!』
その衝撃で二人は消え、消えた瞬間に海の水が熱と衝撃で気化する。それは割れるように広がり、二つの水線が軌跡となってその場に残る。
海面にはクレーターと見紛う程の穴が開いたが、直ぐに周りの水で埋められた。
*****
(……で、またこんなところまで吹き飛ばされたな……)
そして遠方の陸地に吹き飛ばされたライは、先程から何度も吹き飛ばされる事に嫌気が指していた。
実際、ライにはダメージというダメージは無く行動も問題無く出来るのだが、何度光を越えた速度で攻撃しても向かって来るレヴィアタンに呆れているのだ。
(……何か……手っ取り早く片付ける方法は無いものかねぇ……)
ライは思考を巡らせ、レヴィアタンを討伐する方法を考える。
レヴィアタンが持つのはどんな武器も通さず、再生力が高い不死身の身体。
それに加えて辺りを容易く火の海に変える事が出来る炎やライの視界を悪くさせる煙。
極めつけば一挙一動で海が荒れ果てる山をも越える巨躯の全身。
と、生物という域は既に超越している力を宿している。
魔王(元)を差し置いて魔王と呼ばれているのも頷ける。それを破壊するのはさぞかし大変な事だろう。
【ハッハッハ! なら、力一杯攻撃すりゃ良いじゃねえか! お前は周りを巻き込まないよう、お前自身が知らねえうちに手加減してんだよ!】
色々思考を巡らせるライに向け、魔王(元)は笑いながら告げた。
それを聞き、ライはハッとする。
(……手加減している……? 俺が? いや、確かに……)
今行っているライの攻撃は、一挙一動で山や島を破壊したり地殻変動を巻き起こしたり、星の表面を抉る程の力である。
しかしその攻撃は魔王(元)曰く、七割が出せる力のうち全くの本気では無いらしい。
七割の力を纏っているが七割も出ていないとはこれ如何に。
しかし言われてみれば、ライは初めて魔王の力を使ったとき軽く手を動かすだけでライの住んでいた街を消し飛ばした。
仮に、もし仮に、その力が魔王の持つ力──『一割の百パーセント』その一割だったとすれば。
(……試してみる価値はあるな……正面が駄目なら……上空だ……!)
そして、ライは全力の七割を使ってみる事にした。
正面からが駄目な理由は関係の無い島々をこれ以上破壊してしまうからであり、上空が良さそうだと言うのは空なら多少砕いても問題無さそうだからである。
『キュルオオオォォォォォォ!!!』
そんな思考を巡らせるライに向けてやって来るレヴィアタン。
レヴィアタンは依然として怒りの状態で我を忘れている様子だった。
「……ハハ、良いぜ。レヴィアタン。テメェに魔王の……全力の七割を見せてやるぜ……!」
『キュルオオオォォォォォォッ!!!』
レヴィアタンは咆哮を上げ、ライに向かって直進する。
(……取り敢えず下に回らなきゃな……)
ライも目の前のレヴィアタンに集中し、光を越えて加速する。
「そらっ!」
『キュルッ!』
ライは光を越えてレヴィアタンの頭に踵落としを放ち、それを受けたレヴィアタンは海を割って沈む。
「そらそらそらそらァ!!」
『…………!!』
それに続き、畳み掛けるようにライは連続して蹴りや拳、諸々の攻撃を仕掛けてレヴィアタンを海底深くに沈めていく。一秒間に放たれる数万回以上の拳。
そして一瞬、刹那、瞬く間に万を軽く超越する攻撃を食らわせたあと、ライは沈んだレヴィアタンの後を追うように海底へ向かった。
『………………!!』
光を越える速度で海底に沈むレヴィアタンは、その圧力によってもがき苦しむ。
レヴィアタンは一瞬にして海底の底を砕き、熱が感じる程の距離まで到達した。
この惑星の──大体真ん中に位置している箇所である。
(……これが核って場所か? ……割りと暑いな……)
そしてレヴィアタンを沈めたライは既にその場所に来ており、自分の身体に力を込めながら集中していた。
集中していた時間は一瞬、刹那、瞬く間……それよりも遥かに短いが……ライからすれば十分過ぎるくらいだろう。
「オ────」
──そしてライは、光を越えた速度で落ちてくるレヴィアタンに向け。
「────ラァ!!!」
──爆発的な拳を放った。
『────────ッッッ!!!』
耳を劈く轟音と共に放たれたライの拳が星の核にある熱を纏い、光の速度を超越してレヴィアタンへと向かう。
その拳はレヴィアタンに当たり、レヴィアタンの山よりも巨大な身体をバラバラに粉砕する。
そしてバラバラになったレヴィアタンは、光を越えた速度で天空高くに舞い上げられた。
レヴィアタンの身体だった物からは鮮血が飛び散り、核の熱によって蒸発する。
「…………」
それを見たライはそのままの体勢で軽く跳躍し、光の速度で上昇した。
その衝撃により、海底に空いた穴は別の岩盤によって埋められたのだった。
*****
(……終わりか?)
──そして、海底から飛び出たライは辺りを見渡し、レヴィアタンの姿が無いのを確認した。
その速度で殴られても身体が少し残っていた様子だったが、どうやら核によってレヴィアタンの身体は完全に蒸発したらしい。
(……何か……呆気なさ過ぎる気もするな……考え過ぎか?)
そんな事を考え、ライはエマ、ブラック、サイフ。そしてハリーフの方へ向かう。
違和感はあるが、レヴィアタンは倒したのだろう。
まだ戦争? は続いている。なので、ライは"マレカ・アースィマ"へ向かったのだ。
こうして、ライvsレヴィアタンの戦いはレヴィアタンが消え去った? 事によって決着がついた。
『…………………………』
────そんな少年を、妬ましく思う肉片が転がっていた事に少年は気付かず、第五宇宙速度で仲間たちの元へ戻るのだった。