百五十三話 海からの来訪者
「"槍の雨"!!」
「はあぁぁぁッッ!!」
連続して降り注ぐ魔力から創り出された槍の雨。
レイは勇者の剣を巧みに操り、その槍を全て見切って弾いて防ぐ。
無差別に降り注ぐそれをいなす姿は、もはや人智という域を超越していた。
「レイちゃん! 此処は私に任せて! "盾"!!」
それをサポートするようシターは上に巨大な盾を創り出し、その槍からレイとカディルを護る。
「ありがとっ! シターさん!」
それを合図に、レイはハリーフへ向けて大きく前進して行く。
レイは剣を握り締め、ハリーフの前へ躍り出た。
「やぁッ!」
「速いな……実に興味深い。人間の力を越えている……」
キキィンと一撃で二度ぶつかり、間を置かない金属音が響き渡る。
それと同時にレイとハリーフは互いに距離を取り、再び迫って激突した。
「はあッ!」
「……」
そしてレイの剣とハリーフが創り出した魔力の槍がぶつかり、火花を散らす。
その衝撃で城の柱が一本切断されたがまあ、多分問題無いだろう。
「そこっ!」
「……ッ!」
続き、ハリーフが弾かれたのを確認したシターは魔力の盾をハリーフへぶつけ、打撃的な攻撃をする。
「そういえば……相手は二人か……」
それを受けたハリーフは口が切れたのか血を吐き、ぶつけられた箇所を自分の手で拭う。
「シターさんを忘れないでよね!」
「……!」
そんなハリーフに向けて剣を振るうレイ。
ハリーフは咄嗟に跳躍して避け、渡り廊下の付近にあった木の上へ移動する。
「フフフ……いいでしょう。ならば纏めて相手しようか……。槍vs剣&盾……何ら不思議では無いですし 」
「敬語かそうじゃないのか、ハッキリしたら!」
言い放ち、ハリーフが居た木を切り裂いてその木を倒すレイ。
ハリーフは斬られた瞬間に跳躍して地面に着地した。
「フフ……そうだな……。……じゃあ敬語は止めよう……。目上の者に敬語を使わなければならないのは面倒だし……私は私らしく……」
その刹那、ハリーフは着地した場所から消え去り──
「貴女達を仕留めましょう"乱れ槍"……!」
──レイとシターの前に現れ、魔力の槍を連続して放出した。
「下がって! "盾"!」
シターは咄嗟に反応し、レイを庇うように前へ出て盾を創り出す。魔力の盾に魔力の槍がぶつかり、金属音を響かせて槍が弾き飛んだ。
「今……!」
シターは少し押されるが、何とか抑えてレイへ指示を出す。
「うん……!」
「……ッ!」
そして、シターが防いだと同時にレイがハリーフへ向けて斬りかかる。
その剣はハリーフの脇腹を薄く切り裂き、ハリーフの服にじんわりと赤い模様が浮き上がる。
無論、血液だ。
「やっぱり強いな……。側近一人に同レベル一人……これは中々……」
斬られたハリーフはレイとシターから距離を取り、薄く切れた箇所を撫でて血を確認して薄く笑う。
この場でハリーフが裏切り者と知る事が出来たのはレイたちにとって中々の収穫だった。
「"槍の雨"……!」
次の瞬間、再び魔力の槍を大量に降らせるハリーフ。
これは攻撃の為では無く意思を反らせる為の槍だろう。
「"盾の傘"!!」
それを理解しているシターは取り敢えず槍を防ぐだけ防ぎ、目の前に居るハリーフからは視線を反らさない。
「やぁ!」
「"槍の牢"!」
キィンと、レイの振るった剣を防ぐ為ハリーフは魔力の槍を縦に並べて牢やのようにして斬撃を防ぐ。
「"直進"……!」
「……ッ!」
そしてハリーフはレイに向けて牢のような槍を一つ進めて突き刺す。
それを受けたレイは肩を貫かれ、その衝撃によって鮮血が床に垂れた。
「フフ……油断大敵だ……!」
「貴方がね! "盾の打撃"!」
次の刹那、シターが魔力の盾をハリーフへ向けて仕掛ける。
「勿論だ……!」
ハリーフはその盾を防ぎ、数本の槍を創り出した。
「"乱れ槍"!」
そして、それをシターに向けて放つ。
大量の槍は空気を貫き、真っ直ぐに加速してシターへ向かう。
「……! しま……ッ!」
「シターさん!」
反応が少し遅れたシターは、咄嗟に盾を創り出す事が……出来なかった。
レイも出血した肩を押さえて動けずにいる。
シターはそれを受け、血塗れになる覚悟を決めた。
──その刹那、
「「………………!!」」
「…………!?」
──大量の槍が、『空中で停止した』。
レイとシターは目を見開いてそれを確認し、ハリーフは驚愕の表情を浮かべてそちらを見やる。
「成る程……貴女か……キュリテさん……」
「当然……!」
そこには片手を突き出し、超能力の"サイコキネシス"で槍を受け止めたキュリテが立っていた。
そんなキュリテの近くにはフォンセもおり、レイとシターを自分たちの方へ連れ戻している。
「ハリーフさん……! いえ、ハリーフ!」
「貴方が裏切り者だったの? 確かに何考えているか分からない時あったけどさ……」
「…………。…………」
そして、別の場所からやって来るマルス、ラビア、リヤン。
気を失っているカディルもフォンセによって比較的安全な場所に置いておかれていた。
ヴィネラの姿が無いのは、避難場所で待たされているからだろう。
「……おやおや……これはこれは主力の皆さんが御揃いで……これはまた随分と御暇のようですね……」
冷や汗を流し、レイ、フォンセ、リヤン、キュリテとラビア、シター、マルスに視線を向けるハリーフ。
まだまだ余裕のありそうな事を言っているがハリーフの冷や汗を見る限り、ハリーフは絶体絶命の大ピンチを迎えているだろう。
「どうやら……これは私が圧倒的に不利なようだね……。仕方無い」
その瞬間、ハリーフは城の渡り廊下から飛び降りた。
このままでは勝てる訳が無いと悟ったので、逃げる為に飛び降りたのだろう。
「させないよ!」
そして、それを見兼ねたキュリテは"サイコキネシス"でハリーフの身体を拘束しようと試みる。
「……!」
飛び降りたハリーフは空中で停止し、そのまま上に引き上げられる。
「……! ハ……"槍"……!!」
空中で止まったハリーフは一つの槍を形成し、それをキュリテに向けて放つ。
放たれた槍は空気を切り裂く音を出して直進した。
「"盾"!」
「…………うっ……!」
そしてその槍を弾くシター。
どうにか逃げる為、ハリーフはあの手この手を考えて一つの事を思い付く。
「……を……なら……! "巨大な槍"……!」
そしてハリーフは……『渡り廊下目掛けて大きな槍を放った』。
「「…………!」」
「「…………!」」
「「…………!」」
レイ、フォンセ、リヤン、キュリテ、ラビア、シター、マルスはそれを見て肩を竦ませ、その槍を止めるべくフォンセとシターが動き出した。
「"土の壁"!!」
「"大きな盾"!」
その二つの壁に巨大な槍がぶつかり、渡り廊下が大きく揺れて振動を起こす。そして、その廊下が崩れ落ちた。
「「…………ッ!」」
「今ですね……!」
それによって一瞬"サイコキネシス"の拘束が緩むのを確認し、"空間移動"の魔術を使ってその場から消え去った。
「……! あの人もあれを使えるの!?」
それを見たレイは驚いたような声を上げ、ハリーフが消えた場所を見やる。
「まあ、使えない事は無いだろうな……精度は落ちるだろうが……」
そして、それに返すフォンセは取り逃がした事を悔しく思うような表情だった。目の前で獲物が逃げたのだ、当然だろう。
「……どいう事?」
フォンセの表情を見、苦々しく尋ねるレイ。移動の魔術を使えるが精度は落ちる。その意味が知りたかったのだ。
「……そうだな……」
そんなレイを見兼ねたフォンセは、自分なりに説明してみる事にした。
「まあ、この街の幹部達は全員少し特殊な魔術を使っているみたいだが……普通の魔術が使えないとは言っていない……そもそも聞いていないが……それは置いておこう」
「うんうん……」
フォンセの言葉に耳を貸し、頷いているレイ。
そんなレイを横目に、フォンセは言葉を続ける。
「……で、肝心の移動魔術だが……アレは四大エレメントを使わない魔力で……空間に隙間を創り、その隙間に入り込む事によって移動を楽にする術……瞬間移動とはベクトルの違う術だが、歩いたり走ったりするよりは遥かに速い移動術だ。要するに、ほんの少しでも魔力があれば使える事の出来る魔術だな。……まあ、普段から使わない者なら精々数十メートルが良いところだろうな」
「……へえ……」
フォンセの説明を静聴していたレイはそれを聞いて納得したように頷いて返す。
数十メートルしか移動できないとなると、ハリーフは味方? であろう"ハルブ・アドゥ・マウラカ"側へ向かったと推測出来る。
「……では、何人か城に残って、残りの者たちはハリーフを追いましょう!」
それを聞いていたマルスはハリーフの後を追おうと提案し、レイたちは頷いて返す。
そして、ハリーフが逃げた方向へ向かうのだった。
*****
「成る程。これは想像以上でしたね……ライさん方にブラックさん方……」
城から移動して"ハルブ・アドゥ・マウラカ"側へ向かったハリーフは、辺りに散らばった鮮血と肉片。そして気を失っている指揮官を見て呟くように話した。
「まあな。生物兵器とやらの力と不死身性は分かったが、所詮はその程度だったかな。精々街を制圧できる程度の強さしか無かった……が、俺たちを相手にするなら国を制圧できる力でもなけりゃな。……で、アンタが内通者さんねぇ……」
そんなハリーフへ返すライ。
ライは相手の指揮官に聞き、城に内通者が居るとは知っていたがその正体がハリーフとは知らなかった。
しかし、顔色を悪くして此方にやって来たハリーフを見る限り、先ず間違いないだろう。
「まさかテメェだったとはな……。シターたちに喧嘩売ったは良いが、返り討ちにされて生物兵器を頼る為に逃げてきた……っつーところか……」
そんなハリーフの様子を見つつ、ブラックはハリーフに向けて言う。
ブラックの様子を見ると少し残念そうだが、元仲間というのはそういうものなのだろう。
「やれやれ……一難去ってまた一難とはこの事ですか……」
肩を落とし、ため息を吐くハリーフ。
因みに敬語なのは相手がブラックだからだろう。
それはさておき、ライはそんなハリーフに向けて呆れたように笑いながら言葉を続ける。
「一難去ってまた一難って……一難という現象を作り出したのはアンタが内通者だからだろ……自業自得が正しいんじゃねえの?」
「ハハ、それもそうだね……。……まあ、取り敢えず相手をしなくてはならないな……」
そう言い、ハリーフは空中に幾つもの槍を創り出した。
「「…………」」
「「…………」」
それと同時にライ、エマ、ブラック、サイフも構え、ハリーフと向き合う。
「"槍の豪雨"!!」
刹那、ハリーフは周りに創り出した槍を全て降らし、ライたちに向けて攻撃を仕掛けた。
「そーら……」
そしてその槍をライは、
「よっと!」
──『全て拳の風圧で消し飛ばした』。
「何っ!?」
その光景に思わず目を疑い、声を上げるハリーフ。
当然だろう。ライの拳が生み出した風圧だけで魔力の槍が消し飛ばされたのだから。
消し飛ばされた槍は魔力の欠片も残さず、風にまかれて無くなった。
「まさか……ただの風圧で消えるとはね……これは予想以上だ……厄介になりそうだとは思っていたが……これ程までとは……」
驚愕したような表情を浮かべるハリーフは、腕を組み直して冷静を保とうとする体勢に入る。
「……しょうがない。……『街を完全に終わらせる』か……」
「「…………!」」
「「…………!」」
その刹那、ハリーフは一瞬にして天を突く程に巨大な槍を創り出した。
その槍の先端はライたちの方に向けられており、周りの空気を揺らしている。
「"破壊の槍"……これを使うと世界の表面が削られてしまうけど……まあ仕方の無い事だね。倒せるとは思え無いけど足止めくらいには使えるだろうさ……」
「……へえ? それはそれは……丁寧な説明ご苦労さん……」
ハリーフはその槍を構え、ライたちに狙いを定めながら淡々と綴った。
それに返すライは特に顔色も変えずそれを眺めている。
「き、貴様ァァァ!!! まだだ!! まだ終わって無いぞ!!」
それに伴い、気を失っていた"ハルブ・アドゥ・マウラカ"の指揮官が目覚めて起き上がる。
「……ありゃ、まだ完全に気を失ってはいなかったのか? それに生物兵器も……」
そんな指揮官を見たライは"?"を浮かべて適当に話す。
それと同時に周りに散らばっている肉片が集まりつつあるソレを見てしまえば、まだ何も終わっていないという事が分かるだろう。
『『『…………』』』
『『『…………』』』
「完全にくっ付いたな……面倒だ……」
不死身の魔族と不死身の巨魔人が再構成され、面倒臭そうな表情をするライ。
実際、面倒なのは事実なので当たり前である。
「もう油断はせんぞ!! そうだ!! 我々は油断していたのだ!! じゃなければ負ける理由など無いッ!!!」
「「「オオオオオォォォォ!!!」」」
指揮官も武器を取り、それと同時に後ろで控えていた兵士達も沢山やって来る。
因みに、ライたちを後ろから援護していた"マレカ・アースィマ"側の兵士達は城の護衛に戻した。
「……しょうがない。やるか……」
「私もやるさ……」
それを見たライとエマは楽にしていた体勢を崩して構え、
「俺たちもやるぞ」
「……ウス……」
それに続くよう、ブラックとサイフも構え直す。
「皆の者ォ!! 掛かれェェェェ!!!」
「「「オオオッオオォォォォ!!!」」」
『『『………………!!!』』』
指揮官の合図により、相手の兵士達と生物兵器達が動き出す。
「「「ォォォォ────」」」
『『『────』』』
「殺れェェェェ────!!!」
指揮官と兵士、生物兵器が真っ直ぐライたちへ向けて駆け出し、
「「…………」」
「「…………」」
それを迎え撃つ体勢に入るライ、エマ、ブラック、サイフの四人。
「……」
天に槍を掲げたまま、それを放つタイミングを窺うハリーフ。
それらが動き出す事によって地鳴りのような音が響き、"マレカ・アースィマ"の街が大きく揺れたような錯覚を覚える。
────そしてライたちとハリーフたちは、『それが錯覚などの生易しいモノでは無い事を思い知らされる』。
『──キュルオオオォォォォォッ!!!』
──次の刹那、"マレカ・アースィマ"全体に大きな咆哮が広がった。
その咆哮により、街の家や建物が大きく揺れる。
街が揺れたのはそれが近付いてきていたからで、家や建物が揺れたのは咆哮の所為だった。
「「「………………!?」」」
「な、何事だァ!?」
『『『………………?』』』
その咆哮を聞いた兵士達、指揮官、生物兵器が停止して辺りを見渡す。
「「…………?」」
「…………?」
ブラックとサイフ、そしてハリーフも己の動きを止めてその声のような音に耳を澄ませる。
「…………今のは……何処かで……」
そしてエマは何やら聞き覚えのある声に反応し、自分の記憶を辿ってその答えを探し出そうと試みていた。
「……ま、まさか……!!」
相手の指揮官、兵士、生物兵器とハリーフ、そしてブラック、サイフにエマが考え出そうとしている答えを……ライは直ぐ様見出だした。
そして、その事から推測される最悪の自体が脳内を駆け巡った。
「…………ッ!! 皆ァ!! この声は……レヴィアタンだッ!!!!」
思い出すと同時に、辺りに居る者たちへ向けて叫び声を上げてその答えを告げるライ。
「「「………………!?」」」
「…………!?」
「……何だって……!?」
兵士達、指揮官、ハリーフがライの言葉に大きな反応を示し、
「レヴィアタン……!?」
「……まさか……!!」
「そうか、この声は……!!」
ブラックとサイフも同様に驚愕し、エマはその正体を思い出した。
『キュルオオオォォォォ!!!』
──刹那……辺りは炎に包まれた。
「……ッ! そうか、此処は海に近い……! 城から波の音が聞こえた……! 『だから此処にやって来た』のか!!」
レヴィアタンが現れた事を推測するライは、"マレカ・アースィマ"が海の近くにあるからと思い、海の方向を見やる。
そしてライ、エマ、ブラック、サイフとハリーフ、"ハルブ・アドゥ・マウラカ"の指揮官と兵士達、生物兵器は、遠方に見えるハリーフが創り出した槍よりも……遥かに巨大な生物の影を見た。




