十四話 奴隷の正体
兵士達が集まりつつある中、ライは警戒を解かずに女性へ問い掛けるように言う。
「……何故……そう思う……?」
そんなライの言葉に女性は、不敵な笑みを浮かべて応える。
「ふふ……、お前の態度が答えだ。普通、魔王が居る。なんて言われたら今のお前のように聞き返したりしないだろう?」
「……成る程な……」
思わず納得してしまうライ。確かにその通りだったからである。
普通ならば、"魔王を宿している"なんて言われても、本気にせず流すだろう。
ましてや、悪の象徴であるかのような魔王と比べられれば、本当にその気がなければ必死になって反論する筈だ。
ライの様子を見て、今の話は本当なのか? と、聞きたそうな表情のレイとエマ。
ライが話そうとした時、周りに集まっていた兵士達が叫ぶ。
「魔王だと!?」
「親しげに話しているが……お前達も仲間だな!?」
「そこの奴隷と手を組んでいるのか!?」
「確かに貴様ら三人は見た事のない顔だ!!」
その言葉を聞く限り、どうやら完全に疑われているらしい。まあ、他の者達が逃げた中逃げずに話しているライを見たら怪しくも思うだろう。
そんな叫ぶ兵士達に向かい、女性が一言。
「五月蝿い!!」
「「「「うぐああああああ!!!」」」」
風で兵士達を吹き飛ばした。
それを受け、半数の兵士が吹き飛び残りの兵士達が混乱している。その内に女性は──
「此処は騒がしいな……此方だ! 来い!!」
「は? な、何を……!!」
──ライの手を引いて、ライを拉致した。
「「…………へ?」」
レイとエマは、目の前で起こった、様々な出来事が飲み込めずにいた。
仲間のライが魔王を宿していると言われ、兵士達が反応し、女性は兵士を蹴散らしライを何処かへ連れていった。理解しろと言われても困る事なのは確かだ。
つまり要するに、今さっきライが連れて行かれたという事。
「ちょ、ちょっと待ってえ!!」
「い、行くぞ! レイ!」
ようやく整理がついたと同時に、ライと女性が向かった方向へ急ぐレイとエマだった。
*****
──"闘技場内・某所"。
観客席から少し進んでやって来たのは、"関係者以外立ち入り禁止"と書かれた看板の向こう側だ。
この場所は薄暗く、人気の無い静かな場所。兵士達にも少しの間は見つかることもないだろう。
ライが女性に向かって一言。
「で、何なんだお前は? 何で魔王の事を?」
「ふふ……魔王の事を認めるのだな?」
そんなライの言葉に対し、女性は笑って返した。
その女性の様子を見やり、ライはため息を吐きながら頭を掻いて返す。
「質問しているのは俺だ。今はレイとエマも居ないからな。魔王の事を隠す必要もない」
レイとエマがまだ到着していない為、魔王の事を詳しく知るのは今が絶好のチャンスなのである。なのでライは魔王を宿していると認め、女性に質問を続けているのだ。
そしてその女性はライの質問に応える。
「おっと、それは悪かった。何故知っているのか……という質問に返そう。簡単に言えば……『私に似たような気配がしたから』……とでも言っておこうか」
「……!」
女性の言葉にピクリと眉を動かして反応するライ。
ライの思考には一つの懸念が生まれ、「もしや……」と思ったことを女性に話す。
「……まさか、お前は魔王の側近か……?」
「違う」
即答だった。
魔王は幹部などに、魔族や魔物の中でも選りすぐりの力を持つ者を側近に置いたという。
しかし予想は外れた。女性はクスクスと笑って返す。
「そうだな。──『私の祖先が魔王なんだ』」
「…………なっ!!」
ライは絶句した。
魔王が子供を作っていたという事もあるが、その血縁が目の前に居ることへの事実にだ。
ライの反応を見て、楽しそうに女性は言葉を続ける。
「まあ、力で言えば全盛期の魔王の半分以下……いや、半分の半分のそのまた半分くらいか……? 要するに魔王程の力はないが、魔王の子孫だ。だからお前が魔王を宿している事も分かった」
その女性は魔王の子孫らしいが、その力は魔王よりも遥かに劣るらしい。そのように、女性が綴る言葉。そんな言葉に訝しげな表情をして返すライ。
「へえ? 血縁だから分かったのか……何か現実味が無いな」
「そんな事を言っていたらキリが無い。そういう現象もあると思った方が良い」
取り敢えず、ライが魔王を宿していると知っていた理由は分かった。その女性はそんな事もあるので気にする必要は無いと告げる。
「……じゃあ、それは置いておこう。先ずは名を聞きたい。俺の名前はライ・セイブル。アンタの名前を聞かせてくれないか?」
ある程度話が纏まり、頃合いを見たライが名乗る。先ずは呼び方を知りたい。なので相手の名を聞き出したかったのだ。無論、礼儀として自分が先に名乗った。
そんな名乗った名前を聞き、女性は肩を落として話す。
「そう易々と名前を名乗らない方が良いぞ? 世の中には名前を知るだけで相手を呪う術もあるからな」
それは名を明かすにしても相手を見極めてから明かした方が良いとの事。世の中には名前だけで相手を呪ったり殺したり出来るモノもある。なので一国の王や貴族などのような上層に居る者はそうそう名前を明かさないのだ。
女性の言葉にライはごもっともだ。と、苦笑を浮かべて返す。
「けど、アンタはそんな悪いやつには見えない。名前くらいは聞かせてくれ。俺は魔法や魔術を扱うことが出来ないから多分問題ないだろ?」
ライの言葉に困惑する女性。女性は脅しのつもりで言ったのだが、その脅しは全く効いていなかった。
はあ、とため息を吐き、その女性も仕方なく名乗る。
「……私の名は『フォンセ・アステリ』だ」
一言だけ言い、直ぐにそっぽを向く女性──フォンセ・アステリ。
そんなフォンセの言葉にライは気にせず、笑いながら言う。
「そうか。よろしくな。フォンセ」
「ふん」
互いの名を知る事が出来たライとフォンセ。そしてライはフォンセに向け、他に気になった事を聞くように話す。
「魔王の子孫って事は分かった。フォンセの力についてだが……フォンセは魔法使いなのか? それとも魔術師?」
それはフォンセが使った魔法・魔術についてだ。
取り敢えずライは"風魔法"と言ったが、本当のところは分かっていない。
フォンセは考える素振りを見せずに淡々と応える。
「そうだな。言うなれば『どちらでもない』……が正しいかな?」
何っ? と聞き返すライ。その反応を見て楽しそうにし、フォンセは言葉を続ける。
「私の力は生まれつき使えるんだ。魔法のように陣を描いたり、魔術のように術を結ぶ必要もなくな。無から有を生み出している事から、どちらでも例えられる。だからどちらでもない。まあ、細かい手順を必要としないことから……魔術が近いかな?」
「……成る程……」
言ってしまえば、魔法と魔術の違いというものはドングリの背比べであり、違いというものがないに等しいのだ。
違いと言えばその呼び名と原理くらいだろう。
魔法とは、ある特定の道具を使用し、それに自分の魔力を込める事によって、あらゆる現象を引き起こす事が多い。
対して魔術とは、条件が必要な場合は道具を使うが、大抵は自分の意思で自身に魔力を込め、自然現象を起こすという事。
魔法・魔術の示す自然現象とは、先程述べたように"四大エレメント"などの事だ。
このように、魔法と魔術というものは、似たり寄ったり、五十歩百歩、差がなく、本人の意思の違いで変わるものなのだ。
フォンセが魔術師? だと分かったところで、レイとエマがようやくライの元に辿り着いた。
「やっと見つけた……」
「フフ……その様子を見ると、その女は別に悪い奴ではないのだな?」
ハアハアと、息を切らしているレイと、ライとフォンセの様子を見て争った形跡が無い事から警戒しなくても良いと言うエマ。
ライは二人の方を身やり、そんな二人に向けてフォンセを紹介する。
「レイ、エマ。この女性の名前はフォンセ・アステリというらしい」
「……は!?」
特に何も思わず自分の名前を他人に教えたライを見、フォンセは焦ったように返す。
「おい! 何故私の名前を教えた!? お前の仲間らしいが、私はお前にしか名前を名乗っていないぞ!?」
「おっと、そうか? 悪い悪い」
フォンセの調子が狂う。
ライという少年は悪い奴ではなく、頭が良さそう……というか鋭そうだが、何処か抜けている気がした。
「良し。全員揃ったし、闘技場を抜けるか」
ライの言葉に頷くレイとエマ。フォンセも一応関係あるので取り敢えず頷く。
今は闘技場から出た方が良いという考えには同意見だったからだ。
そして四人は出口へと向かう事にした。
「いたぞ! 魔族の奴隷とその仲間だ!!」
そしてその道中、ライたちは兵隊達に見つかってしまった。しかし、そんなものは大前提である。
フォンセから他にも話を聞く為、ライたちは構わずに強行突破を試みる。
「オラァ!」
「ぐあ……!」
ライは魔王を纏わずに、自分の力で正面の兵士一人に掌低打ちを食らわせた。
兵士は頑丈な鎧を纏っているので、直接攻撃をするのではなく、振動を与えることを目的とした攻撃を食らわせたのだ。
鎧に受けた衝撃を受け流すことが出来ずに、兵士は後ろの数人を巻き込んで吹き飛ぶ。
「よし、行こう!」
ライの掛け声と同時にスタートダッシュを決めるレイ、エマ、そしてフォンセ。
兵士はまだまだ立ちはだかる。
「やあ!」
「うぐ……!」
兵士の一人に向かってレイが、鞘に納めている剣を叩き付ける。ダメージは少ないが、振動で怯んで動けない様子の兵士。
「ハアッ!」
「グハ……!」
続いてエマが、ヴァンパイアの怪力で兵士の鎧を砕く。
「邪魔だァ!」
そしてフォンセが突風を巻き起こし、兵隊を吹き飛ばした。
しかし、出口へ向かう道に兵士はまだまだ待ち構えている。が、ライたちは気にすることなく突破する。
そんなライたちが進み、闘技場を抜けると──
「「「「「………………!!!」」」」」
──ざっと見ただけで千人を凌駕する兵士が居た。
遠方にも人影が大量に見える為、恐らく万は居るだろう。幾多の兵士が闘技場を囲んでいた。それらは全員、槍・剣・銃・弓・魔法・魔術道具etc.を持っていた。
恐らく国中の兵士を集め、隣国からも"空間移動魔法"などで連れてきたのだろう。街には、鎧を纏った兵士しかいないが、よく見れば逃げ遅れている住民もいる。
たった四人の為にこれ程するのかと呆れ、苦笑を浮かべながら、ライは超絶面倒臭そうに言う。
「おいおい……これ全部相手にしなきゃ駄目なのか?」
ライの言葉に返すようにエマが続く。
「うむ。そのようだな。まあ、闘技場内で暴れなければ私たちは逃れることが出来ただろうな」
そして、エマの言葉にレイが続ける。
「でも、フォンセを置いけないよ。魔族って事はライと同じ種族なんでしょ?」
ライとエマは頷き、それを見たフォンセはお人好しだな。と、思いつつ黙っていた。
一人の兵士が前に出て、告げるように言う。
「貴様らァ!! 聞いた話によると、剣を持っている女以外は全員他種族なんだな? だったら今ここで貴様らを処刑する!!」
その理由はとても理不尽だが、仕方の無い事だろう。
自分達とは別の種族が棲む国に入る時、自分達は種族を隠さなければ処刑されることもある。と、エマがいつぞやに話した事だ。
しかし、エマが人間ではないと、何時気付いたのか気に掛かるレイ。その表情から読み取ったライはレイに言う。
「多分、兵士の鎧を砕いたことが原因だろうな。普通の人間じゃ武器か魔法・魔術を使わないと鉄の鎧は砕けないからな」
ライの言葉に、成る程。と納得するレイ。
そしてライが魔族という事はフォンセとの会話でバレてしまい、それが報告されたのだろう。たったの数分で此処まで手を回せるとは敵ながら見事。と考えるライ。
兵士の一人は言葉を続ける。
「しかァし!! 貴様らが奴隷として我らに仕えるというのならば、まだ死人が出ていない事から処刑は免除してやろう!! どうするかはお前達次第だ!! 十秒だけ待ァつ!! 十ゥ!! 九ゥ!! ハァチ!!」
何ともまあ、自分勝手な意見だろう。
しかも、十秒しか待たないということは、奴隷になれと言っているような物だ。
なる気が無い者でも、秒数制限に焦り命を助けて貰う為に奴隷になることを選んでしまう事もあるだろう。
ライたちの答えは──
「「「「断る」」」」
──無論、ノーである。
「六……! よォし!! 分かったァ!! ならば死ねェい!!!」
兵士は途中で数えるのを止め、槍を構える。それと同時に戦闘体制に入る兵隊。
他の兵に命令を下していた事から、どうやらその兵士は指揮官だったらしい。
(行くぞ……! 魔王……! 勿論力は半分以下にするが、今日は全身武装だ。骨が折れそうだからな……!!)
【……良いのか? 今なら俺の子孫って奴以外は誤魔化せそうだぜ?】
ライは魔王を呼ぶ。
魔王(元)はライを気に掛けているのか、レイとエマに明かしても良いのかよ? と、尋ねる。
ライはそれに応える。
(ああ、良い。元々明かそうとしていたんだ。けど、俺の気が弱くて明かせなかった。だったら、今此処で明かす。それでレイとエマが旅から外れようと、敵になろうと、俺は一人でも世界を征服する!!)
ライはとことん本気だった。
ならば何も言うまい。と、魔王(元)は了承する。
そして、ライへ漆黒の渦が纏わりつく。
──血が滾り、熱くなる。はち切れんばかりの闘争心がライを駆り立てて行く。
レイの目からは、黒いオーラが見えると言っていた。それはどんな物なのだろうか、本人は想像も出来ない。
「構えろォ!!! もう住民などは、『どうでも良い』!!! 逃げ遅れた奴らが悪いのだァ!!! 街が消えても問題ない!!! 闘技場に出した怪物よりも危険な怪物を出してしまえェ!!!!!」
「「「「「ウオオオォォォォ!!!!」」」」」
指揮官の言葉に怒気を上げる兵隊。
どうやは街や住民の安否は考えていないらしく、先程の怪物よりも危険な怪物を繰り出すそうだ。
何て奴らだ。ライとレイに怒りの感情が沸々と沸き上がり、エマとフォンセは戦闘に備え、構えている。
そして今、ライ・レイ・エマ・フォンセチームvs"国"という戦いの火蓋が切って落とされた。