百四十四話 道中
「……そういえば……何か変な夢を見たな……」
「あ、私も……」
「「「………………?」」」
目が覚めてから、ある程度準備を終えたレイ、フォンセ、リヤン、キュリテの四人と元々起きていたライとエマの二人。
そこで、レイとフォンセの二人が唐突に話しを切り出した。
エマ、リヤン、キュリテの三人は訝しげな表情をして返す。
「……夢?」
そしてそんな二人に尋ねるエマ。
レイとフォンセはエマの問いに頷いて返す。
「うん。……何て言おうかな……。……変な人形の黒い生物? が居て……その生物? が縦横無尽に暴れまわってそれを私が倒そうとする……ちょっとよく分からない夢……」
「……へえ?」
レイの話を聞いたライは何か思うように呟いた。
その理由は夢の内容に思い当たる節があるからだ。
「……私の夢とは少し違うみたいだな……」
「……え?」
そして間髪入れず、フォンセが訝しげな表情でレイに話した。
レイはその事に返し、フォンセは言葉を続ける。
「私が見た夢は私自身が暴れまわり……残忍な方法で人を殺したり……敢えて生かしたりと……中々に酷い事をする夢だった……ああ、勿論する気は無いぞ?」
「……成る程」
そんなフォンセの言葉を聞いたライは、もしやと考える。
レイはかつて世界の全てを救った勇者の子孫。フォンセはかつて世界の全てを支配していた魔王の子孫。
そしてライはその魔王を宿している。これは俗に言うシンクロニシティという現象で、ライ、レイ、フォンセは全員同じでは無いにせよ、近い夢を見たのだろう。
「まあ、そんな事もあるんじゃないか? まだ一年も経っていないけど、割りと長い間旅しているんだし。レイとフォンセはこの国に入る前から仲間だったからな」
そして、その話を聞いていたライはそのような現象があってもおかしくないと話した。
実際には魔王(元)が言うように、レイとフォンセの身に何らかの変化が起こる可能性があるのだが、ライは敢えてその事を話さなかったのだ。
仮にそれをレイとフォンセに話したとしてもどうすれば良いのか分からないからである。
「そういえば……私とリヤンちゃん以外は全員この国以外の場所で出会ったって言ってたねー。いいなー、私もレイちゃんにフォンセちゃんと共感したいなー」
そこで二人の中に割って入り、二人に向けて話すキュリテ。恐らくライも同じ夢を見たのだが、ライ自身がレイたちに教えていない為、ライも似たような夢を見た事を知る者はいない。
唯一知っているエマだが、夢の内容は詳しく教えていないのだ。
「……まあ、魔族の国ももうすぐ終わりだからな。かれこれこの国でも数週間は経っているし、残り数日で共感し合える日が来るかもしれないさ」
キュリテの言葉を聞いたライは軽く笑ってキュリテに返す。
実際、ライ自身が旅してから一年も経過していない。
にも拘わらず、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人は上々の信頼関係を築いている。
キュリテの言った共感とは何を示しているのか定かでは無いが、そのような事も起きるだろう。
「ライ君にそう言って貰えるとありがたいねー♪」
「……何故頭を撫でるんだ……」
そして、ライの言葉を聞いたキュリテも話し相手……ライに笑って返す。
キュリテは笑顔でライの頭を撫でており、まるで子供をあやすような感じだった。その事に対して冷静に突っ込むライ。
「まあまあ、次の街が終わったらもう支配者さんに挑むんだし、もうすぐ別れちゃうんだから少しくらい良いでしょー?」
笑顔のキュリテはライの頭を撫でるのは止めたが、まだ何かしようとしていそうだった。
恐らく何もするつもりは無いのだろうが、やはりキュリテの性格上警戒しなくてはならない。しかしライは、別に撫でられるのが嫌という訳でも無かった。
それはさておき、ライは言葉を続けて話す。
「まあ、確かにあと数週間くらいで別れるってのは本当だな……。けど、残りの街を征服して尚且つこの国その物を征服できなくちゃならない。……それに、幹部の街は了承を得ているけど……幹部の街以外に住む人々は征服されているって知らない筈だからな……そこを考えなくちゃならない」
ライが気になったのは幹部の住む街じゃなく、幹部が住む街以外の街。
その街々にはベヒモス騒動や百鬼夜行の事は伝わっているだろうが、壊滅的な被害を受けた"イルム・アスリー"の事しかライたちの形跡が伝わっていないだろう。
なので、仮に魔族の国を征服したとしてその街々にどうやって伝えようか。という問題が残るのだ。
【片っ端から勝負を挑んで俺に勝てなければこの街は貰う……って宣言すりゃ良いんじゃねえか?】
(何時も通り却下だ。流石にもう分かっているだろ……)
その言葉に応えたのは魔王(元)。そして何時ものように一蹴するライ。
魔王(元)はライが絶対に乗らない事をわざと話したと、即座に理解したライは苦笑を浮かべていた。脳内で。
「まあ、それを考えるのは残りの街が終わってからで良いだろう。前にも言ったが、支配者の強さは底無しだ。勝てるかも分からないからな」
そして、魔王(元)の次にライへ返したのはエマ。
まあ、魔王(元)の声が聞こえている訳では無いので実質的には一番始めの回答者になる。
「ああ、ごもっともだ。……勝つつもりではいるけど、油断できないのも事実だからな。支配者の前にあと一人幹部が居るし、それらの難関を越えてこそ征服者のあるべき姿だ」
エマの言葉に同意しつつ応えるライ。
ライは支配者の力を経験した事は無いが、度々聞く話から凄い力を持っていると理解している。
「ふふ、そうか。……それは余計な心配だったな。杞憂というやつか。取り敢えず私からはもう無いさ」
ライが応え終え、エマは老婆心だったと笑って話を終える。
そして辺りは特に何も言わなそうな雰囲気が漂っていたので、ライ言葉を続けて提案する。
「そうかい。じゃ、そろそろ次の街へ向かった方が良さそうだな。まだ朝方だから少し寒いし、さっさと次の街に行くとしようか……」
「うん、そうだね。結構寒くて……話す気力が……」
「……同じく……」
その事に即答で返すレイとリヤン。
話さなかった理由は寒くて呂律が回らないからとの事。
「そうだな。しかし、確かに寒い事には寒いが……話す気力が無くなる程か?」
ライの提案に同意しつつレイとリヤンへ話すフォンセ。
実際、寒がっているのはレイとリヤンのみで、ライ、エマ、フォンセ、キュリテはあまり寒がっていない。
エマはヴァンパイアなので身体の体温が低く、寒さに強い。しかしライ、フォンセ、キュリテは魔族でヴァンパイアでは無い。
となると、恐らく魔族は人間よりも寒さに強い種族なのだろう。そしてこれにより、リヤンの種族は魔族じゃない事が判明する。
「だって寒いんだもん……」
「うん……」
そしてフォンセの言葉に返すレイとリヤン。
二人は身体を小刻みに震わせており、確かに寒そうだ。
「あ、じゃあ私が"パイロキネシス"で……「「却下……!」」温……。……えー、分かったよ……」
そんな二人に提案するキュリテだが、レイとリヤンはキュリテの提案を即答で却下した。
キュリテ程の実力者なら"パイロキネシス"の温度を調整する事も出来そうだが、万が一を考えたレイとリヤンは断ったのである。
そして、そんなやり取りをする中、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人は歩き出した。
*****
──歩みを進め、少し経った道中。
ライたちは、野宿した場所付近の森を進んでいた。
その道は山道という程険しいという訳では無く、草原や平野という程穏やかな道でも無い道だ。
そんな道が続く道中、ライたちは雑談をしながら歩いていた。
「それで、次の街は何か特別な事があったりするのか? 例えば科学が発達していたり、魔法が発達していたり……異国の雰囲気を取り入れていたり、不気味な雰囲気だったり……寧ろ普通だったり」
ライは、次に行く街の事情が気になっていた。
今までの街は何らかの捻りがあったりしたが、最初に寄った"レイル・マディーナ"は割りと普通の雰囲気だった。
逆に、"イルム・アスリー"や"タウィーザ・バラド"、"シャハル・カラズ"に"ウェフダー・マカー"のようなあらゆる文化の違いがある街も多い。
要するに、次の街は特別な。独特の雰囲気があるのかどうかが気になっていたのだ。
「え? 次の街? ……そうだねぇ……ダークさんの助言? もあったから幹部の名前はまだ言わないけど……街の名前なら教えても良いかなぁ」
ライの言葉を聞いたキュリテはそれに返す。
今までは名を教えたりしていなかったが、街の名なら特に裏切り的な事じゃないので良いと考え、キュリテは言葉を続ける。
「次の街は"マレカ・アースィマ"って言って……幹部の街で唯一王政を行っている国なんだよ。……それだからか、幹部の雰囲気も何か堅いし……ちょっと苦手かなぁ?」
次の街、その名は"マレカ・アースィマ"と言い、王政の街らしい。
キュリテは堅い雰囲気で苦手らしいが、確かに"シャハル・カラズ"のような独特の雰囲気を持っていたり"ウェフダー・マカーン"のように不気味な雰囲気の街が嫌なキュリテにとっては、そういった雰囲気が駄目なのだろう。
「へえ? 王政ねぇ……なら、幹部と王ってどっちが偉いんだ? どちらも街を仕切る立場にある者だけど……」
そして、それを聞いたライには新たな疑問が生まれる。それは二つの立場だ。
幹部も王も、どちらも街を仕切る存在。つまり、魔族の国でも上位に入る権力を持っているという事。
そんな二つが同じ街に居るとなれば、どちらかがより上位に入るのか決めなくては大きく荒れてしまうだろう。
「うーん……確か……強さ的には当然のように幹部の方が強いとして、立場……つまり地位は王の方が高いねー。だからなのか、"マレカ・アースィマ"の幹部は王の護衛を兼ねているよー」
少し考えたキュリテは、王の方が幹部よりも地位が高いと告げた。
そしてそんな王を護衛するのが幹部の勤めと言う。
「へえ……やっぱ王とか王族ってのは護衛される立場なんだなぁ……自分で自分の身を護る為に相応の鍛練は積んでいそうだけど……幹部に護衛されるならそれも殆ど必要無さそうだ」
キュリテの説明を聞いたライは「成る程なぁ……」と、感心したように頷いて返す。
恐らく王というのは何か特別な祖先の血縁者か何かだろう。
その血を絶やさない為に一般よりも上位の地位と安全な護衛を雇う。暴君だった場合は暗殺される可能性もあるが、何はともあれ、一般よりは安全なので国の動かし方としては正しい。
「そうだねー。まあ、その街の王はそんなに悪い噂を聞かないし、恨みを買うような行動も起こしていないから支持率もそれなりだよ?」
ライの言葉に頷きつつ、王の評判は悪くないと告げるキュリテ。
"そんなに悪い噂を聞かない"という事は多少噂はあるのだろうが、上に立つ者はあらぬ噂を広められる事も多い。
なのでその噂の殆どはでっち上げだろう。
「成る程な……けど、支持率がある優秀な王だとしても……いや、優秀だからこそ、そう易々と征服される訳は無いよな。……規模的には"レイル・マディーナ"から一番離れた"マレカ・アースィマ"がデカいな……」
こうしてキュリテの説明を聞き、分かった事は"マレカ・アースィマ"という街の名と王政という事。そして王は評判が悪くないという事だ。
「うーん……それくらいかなぁ……。私が教えられる事は……。一応私は魔族の国側だからねー。街事情は教えたとして、細かい事は伝えられないかなぁ。……まあ、ライ君たちと一緒に他の側近を倒しちゃったりしちゃったからねー。支配者さんは許してくれるだろうけど、表向きはちゃんとしなきゃね」
そしてキュリテの説明が終わる。
キュリテはライたちの仲間だが、本来は魔族の国側の者である。それも幹部の側近という、上位戦力の。
なので、あまり詳しく侵略者に教えるのを控えたのだ。
しかし、キュリテの言葉を聞く限り支配者は情報提供を許すと言う。
支配者は一体どのような性格なのか分からないライたち。
「ハハ……やっぱ支配者は暇なのかねぇ。実際、上位的な立場に居て自由に行動する事は出来ないだろうし……好戦的な魔族なら尚更なあ」
支配者の心情を思い、苦笑を浮かべるライ。
事実、唯一国全体に広がっている"イルム・アスリー"崩壊の話を聞き、直ぐに行動を起こさないのはライたちの存在を知っていながら敢えて手を出していないとしか思えない。
支配者は権力を持っているが故に退屈なのだろう。
「……お、あの街か?」
そして、話ながら歩いていたライたち六人の視界には一つの大きな街が映り込んだ。
中々賑やかな街で、街から響く喧騒が遠くに居るライたちの耳に入って来る。
レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテは手を横にして額に当て、遠くを見るように街を確認した。
「うん。あれが幹部の居る最後の街だね」
ライの言葉に返すのはキュリテ。
キュリテが言うのなら"マレカ・アースィマ"で間違いないだろう。
「じゃあ、行くか……!」
「「うん」」
「「ああ」」
「了解ー♪」
そうしてライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人は"マレカ・アースィマ"に向けて歩き出した。
そして、いよいよ最後の幹部の街に辿り着く。
この街も征服する為に、そして支配者への階段を上る為に準備をするライたちだった。




