百四十三話 悪
「♪~ ♪~ ? ~♪ ~♪」
ヒュウ。と、冷たい風が流れる場所。そこには鼻歌を歌っているご機嫌そうな者が居た。
しかし一瞬"?"を浮かべ、次の瞬間には鼻歌の音程を変える。
「───様。随分とご機嫌で……」
「ああ、何となーく……あと少しで侵略者? が、俺のところまでやって来そうだからな。今からワクワクが止まらねェのさ」
機嫌が良い者とは──魔族の国を治める支配者。
支配者はシャドウがやられた事に気付いており、侵略者一行がもうすぐこの場所まで来るという事が楽しみなのだ。
「お楽しみのところ、申し訳ありませんが───様……もう少し危機感を持った方が良いかと……」
そして、支配者の側近は支配者に向けて呆れたように話す。
支配者的には楽しみな事だろうが、幹部を多く倒されている国の事としてはもう少し考えてほしいのだろう。
「ああ、知っている。だがな……俺はもっと楽しみたいんだ。この世界で、同じ地位に立っている者以外が挑んで来るという……今しか味わえないこの感覚をな……!」
その言葉と同時に一迅の風が吹き抜け、辺りの気温を一気に下げる。
低下した気温の中、笑みを浮かべる支配者。
そして来るであろうその時を。ただ、じっと待ち続ける支配者だった。
*****
──辺りは戦火により、真っ赤な炎に包まれて染まっていた。
逃げ惑う人々が大勢おり、殺意を込めた目で睨み付ける者も居る。
風が吹くと同時に熱が頬を撫で、小さな火傷を作る。
しかし痛みは感じない。自分の意思に関係無く、俺は辺りを見渡していた。
傷を負ったのに痛みが無い事と、記憶に無い景色が広がっている事、そして俺の意思で行動できない事から……これはアレだと理解した。
……久々だな……"アイツ"に関する"夢"を見るのは。
はてさて、前までは割りと穏やかなアイツの家族? との記憶が蘇った夢だったが……一体何が起こってこんな事になっているんだ?
いきなり戦争中? の、穏やかとは真逆の関係にある状況だが……。
そんな事を考えていると、夢の中のアイツが動き出す。
ゆっくりと歩みを進め、邪魔な家屋や建物を粉砕する。
アイツ目線の辺りの景色から推測するに、アイツは俺と同じくらいの年齢だ……。
まあ、辺りの景色ってのは地獄絵図みたいなモノだが……。
それに、何時かの夢で見たセイブルってのも気になるし……アイツの幼少期に何があったのかも知らない……急に成長し過ぎだよなぁ……いや、まだ十年くらいしか経ってないし……魔族にとってはまだ幼少期か?
「────!!!」
「────!!!」
「────!!!」
「────!!!」
「────!!!」
そんな思考を巡らせていると、誰かが俺? に向けて矢や銃を構えている。
何かを言っており、その目には大粒の涙が浮かんでいた。
相変わらず夢に出てくる者の言葉は聞こえ難く、何を言っているのか分からないな。
一応両親? の会話は一部聞き取れたのだが、この者達は口をパクパク動かしているようにしか見えない。
……まあ、その様子から何を言っているのかは大体理解できるけどな。
つまり、この者達はアイツによって苦しめられた民衆って事だ。
その見た目は人間・魔族どちらか分からないけど……アイツは一体何処で暴れてんだ? 両親は? 仲間は? 一体何がどうなっている事やら……。
「「────!!!」」
「「────!!!」」
……あ。
そんな事を考えているうちに、その者達は砕け散った。
比喩的表現では無く、物理的に砕けたのだ。
辺りには血液が撒き散らされ、目玉や胃、腸、脳……と、五臓六腑を含んだ臓器なども散らばる。
それによって真っ赤な血液とは程遠く、赤黒いベチャッとした肉片が降り注いだ。
気持ち悪いな……。何故夢なのにこんな鮮明なのだろうか……。
ヤダなぁ……この夢の記憶は毎度鮮明に脳裏に焼き付く。つまり、この光景は何度かフラッシュバックする可能性があるんだ。
「──!! ──!!」
そして、残った一人は肉片に向けて泣きながら何かを言う。
恐らく仲間の名を読んでいるのだろう。実力者でなければ生き返らせる事も出来無い、ただの肉の塊と化した仲間の……。
「────!?」
そしてその瞬間、泣いている者の四肢が消え去った。
そこから出血し、その者は地面に頭から倒れる。
「──!! ────!!!」
そして、アイツはその者の出血を止め、死なないように細工する。
…………成る程、中々下衆いな。最低最悪の糞野郎だ。
四肢を奪ってそれを止血した事で、この者は今のうちに死ぬ事は無くなった。……いや、無理矢理生かされて死ねなくなったのだ。
周りには信頼できていたであろう者の肉片や目玉、脳……諸々の臓器があり、アイツはその者を固定した。
つまり、仲間の亡骸を見せるだけ見せてその様子を楽しんでいるんだ。
気付けば瞼も剥がされており、目を反らす事も出来ない。他の者達が来るまで仲間の肉と臓物を見せられる……。
いや、マジで引いたぞ。ったく……胸糞悪いモノ見せるなぁ。起きたら文句言ってやろう。
──そして俺がそう思った次の瞬間、アイツの腕が吹き飛んだ。
その衝撃でアイツの腕があった場所からは大量の鮮血が漏れ、辺りをアイツの血液が大地を染めた。
アイツは視線をそちらにやり、吹き飛んだ腕を再生させる。
「魔王!! 今此処で貴様を葬る!!」
────そこには一人の青年がおり、その青年は俺も見た事のある剣を握っていた。
その声は鋭く、ハキハキとアイツに向けて話す。
だからなのか、その声は俺にもハッキリと聞こえた。しかし、その青年の顔は黒く染まっており、俺に見る事は出来なかった。
だが俺はその剣を見た瞬間、その声を聞いた瞬間に気付いた。その者は……その者こそは……?
「……」
……! いや、違う……この者は俺の知る英雄じゃないな……俺の知る英雄の親か?
「──!! ──!! ──!! ──!!」
そして先程の者達の傷は完治しており、死んだと思われた者も生き返っていた。
生き残っていた者は心から喜び、歓喜を身体全体で表現している様子だ。
回復の魔法・魔術の何れかを使用したのだろうが、それにしても凄い力を秘めている事が分かった。
「お前はまだ未熟な子供だが、それでも容赦せずにお前を倒してやる!!」
その者はハッキリとそう告げ、アイツに向かって飛び掛かる。
この勝負は恐らく青年が負けるだろう。何故なら、伝説ではアイツを倒したのがこの青年じゃないから。
だが、俺は興奮が収まらない。
いやー、夢だというのに、これ程までに嬉しい事なんだなぁ……。
俺の憧れの英雄の……その親? 的な者を見れると言うのは……!
……自分で思って何だが……俺の憧れの英雄の……って"の"が多いな……。"の"という言葉がゲシュタルト崩壊を起こしそうだ……いや、一文字は当てはまらないか?
「──────!!」
──その瞬間、その者の声が急に遠退いた。
──例えるなら耳に水が入ったような、何かが覆い被さるような……そんな感覚に包まれ、俺の意識が夢世界から消えていく。
──ああ、何て事だ。折角憧れの者の親? が見えたのに……しかし、何時も気になるところで夢が終わる。
「────!! ────!!」
──その者の声はどんどん小さくなって行き……。
「──! ──!」
──最後には……。
「────」
────俺の視界が色を写さなくなった。
*****
「…………………………………………」
今は朝方、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人は野宿しており、ライは他の四人よりも先に目が覚めた。
他の四人とは、レイ、フォンセ、リヤン、キュリテの事。
最近のエマは何度か睡眠を取っている。なので恐らく起きているだろう。
「お目覚めか? ライ。今日は早起きだな……それに、何だか嬉しそうだ……」
その予想は的中し、目覚めたライに向けて話し掛けてくる……木の上に居るエマ。
ライは目を擦り、軽く欠伸をしてから応えた。
「ああ、夢を見た。最初は悪夢だったが、その後良い……かは分からないがマシな夢になった……まあ、所詮夢だからな……。別に気にしなくても良い事なんだ」
ただの夢と言い、魔王との関わりを濁すライ。
エマは「そうか」と呟き、木の上から飛び降りてライの正面に降り立つ。
「……で、どうやら目が覚めた様子だが……今はまだ朝方だぞ? もう少し寝ていても良いんじゃないか?」
降り立ったエマはライに向けて話す。まだ朝も早い為、休んでいても良いのではないかとの事。
ライの肌には朝の澄んだ空気が当たり、周りの木々からは自然の匂いがする。
その空気は少し湿っぽくて肌寒いが、それはこの国が冬だからだろう。
木々には水滴が凍り付いた事によって生じる霜柱が造られており、それが淡い日の光に照らされて輝く。
冬の朝というものは寒いのだが心地の好いものである。
無論、冬に野宿というのはそれなりにリスクがあるので、しっかりと寒さ対策はしていた。
「……いや、俺はもう起きとくよ」
そんな冬の空気を感じるライは笑みを浮かべてエマに返す。
その理由はこの空気を感じていたいのと、
(……さて、話を聞かせて貰おうか? 魔王……?)
【ハッ、ヒデー話だぜ……?】
(ああ、言われなくても知っているさ)
──魔王(元)に夢の内容を詳しく聞く為である。
何時もはあまり聞かないが、今回は気になる点が多かったので聞いたのだ。
「……? そうか? 分かった。じゃあ、私はもう少し辺りを見ているとしよう……」
エマはライと魔王(元)が話をしているのに気付かないが、ライの声音からある程度理解して納得する。
そして再び木の上に上り、辺りの景色を見渡していた。
(……さて、早速だがお前って俺くらいの時から下衆かったんだな……。若干引いたぞ?)
それから、ライは魔王(元)に夢の事を話す。
実際、冷酷残忍悪逆非道というのは知っていたのだが、目の当たりにするのとしないのでは大きく違うからである。
【ハッハッハ! たりめーだ。俺は魔王だからな。魔王は一般的に悪で無くちゃならねえ。偽善的な正義よりも全ての敵である悪が無きゃ世界は回らねえよ!】
ライの言葉に返す魔王(元)は、悪を肯定するような口振りで話す。言っている事は血も涙も無いように思えるが、魔王としては当然の態度だろう。
自由の限りを尽くし、全世界から反感を買いつつ世界を治めていた魔王ならば。
(全ての敵ねぇ……ちょっとよく分からないが……まあ、確かに正義だけじゃどうにもならない事もありそうだな……。そもそも、俺のやろうとしている事は傍から見れば悪寄りだし……)
魔王(元)の言葉を聞いたライは、魔王(元)の言葉にも一理あると納得してしまう。
それは極端で全体的に大きくズレており、悪い意味の争いは無い方が良いのだが、それでも"悪"や"敵"という殆どの生物にとって脅威となる存在が居る事によって世界が纏まるのには違いないからだ。
(まあ、最終的には出来る限り争いが無い……俺が理想とする世界を創りたいけど……やっぱり悪事を働くそう言った輩は生まれちゃうんだろうなぁ……)
魔王(元)の考えに多少同意しつつ、完全なる理想郷を創り上げるのは苦難と考えるライ。
【まあ、知能のある生き物は全員が同じ思考の訳無ェからな。好奇心で虐殺してみたいと考える奴も居るだろうよ】
そんなライに自分の考えを告げる魔王(元)。
確かにその通りである。例えばの話だが、虫で形容してみよう。
先ず、好奇心で虫を殺す子供は多い。子供の場合は悪意が無くとも遊んでいたら殺してしまったりする。
そして根本的には関係無いが、大人などなら気持ち悪いから虫を殺す。
つまり、子供も大人もあらゆる理由で虫を殺す者達が居るという事である。
その考えからするに、知能のある生き物を殺す事は罪になるが、その罪を負ってでも殺したいと考える者も多く居る筈なのだ。
つまるところ、魔王(元)が告げたのは趣味で生物殺しをする者が居るのはおかしくないと言う事である。
ライが理想郷を創り上げたとしてもその欲求に駆られる者が居ても何ら不思議では無いのだ。
(だからこそ、そんな輩の欲求を別な方法で解決したりしなきゃな……どうしても無理ならやむを得ないかもしれない……)
魔王(元)の言葉を聞いたライは、征服を終えた場合に生じる"悩みの種"について考えていた。
この国ではは見かけないが、かつて人や魔族、幻獣・魔物は何度もぶつかり合い、戦争を起こしている。
殺戮を趣味としている者からすれば戦場こそが理想郷なのかもしれない。
何故なら敵兵をいくら殺そうと、自国が勝利しているうちは罪に問われないからだ。
つまり合法的に殺人を犯せるのである。ライの望む戦争などが無い世界を創った場合、その者の矛先は別の方へ向かってしまうだろう。
【ハッハッハ! そん時は仕方無ェな! 世界を征服するならお前自身が判断を下さなきゃならねえからな!】
真剣に悩むライを見た? 魔王(元)は、茶化すように笑って話す。
魔王(元)の場合は気に食わなければその場で粛清する。そういった事を行っていたのである意味統制されていた。
しかしライの場合はそういう訳にも行かず、中々難しい事なのだ。
(そうだな。まだまだ俺は未熟だから……支配者に勝利したあとその時支配者に聞いてみるか……我が儘だったり自分勝手って聞くけど……一応国を纏める長だからな……)
魔王(元)の言葉を聞き終えたライは先人である支配者に尋ねる事にした。
支配者に勝利した場合、支配者を仲間に加える。というよりは支配者にとっての幹部のように、その国を任せそうと考えているからである。
罪について話終えたライは、もう一つ気になった事を魔王(元)に尋ねた。
(そうだ、魔王。今までも何度かお前の記憶が作り出した夢を見たが……今回は急にお前が成長していてな……それに、レイと同じ剣を持つ者が夢に見た……。何で突然成長したんだ?)
それは夢の中で成長した"アイツ"と、その者に挑んだ勇敢な青年に付いてである。やはり赤子? から急に成長した事が疑問だったのだろう。
【あ? ……そうだな……それは俺にも分からねえ。俺だってお前が覗いた記憶が何故あの場面にだったのか気になっているからな】
(……へえ?)
その事については、魔王(元)本人もよく分かっていない様子だった。
本人も理解できていない記憶をライが分かる筈も無く、全ての話が終わろうとしていた──その時、魔王(元)はライに向けて言葉を綴る。
【……まあ、あの野郎の親? 的な奴が出てきた理由は……その子孫に何らかの変化が訪れる前兆……的なやつかもな……】
(変化が訪れる……前兆?)
魔王(元)が綴ったのは、その子孫に変化。つまり、何かが訪れるという事。
その何かとは何なのか分からない。身体能力が急激に変化したり、性格が変わったり、何かというのならあらゆる事柄や転機が考えられるのだ。
そしてそれを聞いたライは頭の中で呟くように思った。
(……子孫って事は……。……………………。いや、英雄が子孫なんだ。例え何が起こっても何ら不思議じゃないさ。それでも俺は仲間を止めるつもりは無い。向こうが止めたがるなら別だが……)
少し考え、思い当たる人物について思うライの思考は何が起こってもおかしくないという結論に至った。
(そういや、悪い方向で考えちゃったけど……別に悪い事が起こる訳じゃないな……)
そして結論を出したあと、前向きな変化が起こると考える。
その子孫は世界を滅ぼそうとした二つの要因を消し去った英雄。悪い方向よりも良い方向へ変化する可能性が高いのだ。
【ククク……まあ取り敢えず、その変化は何時起こるか分からねえ。今日か明日か明後日か数週間後か数ヵ月……もしかしたら数年後とかな。今気にしても仕方無えだろ】
(……そうだな)
そうして魔王(元)との話を完全に終えるライ。
気付けば薄暗かった辺りには日差しが包み込み、朝の気配が強くなっていた。
「……ふわぁ……」
「…………眩しいな……」
「……。…………」
「……朝……だねー……」
そして、今回はレイ、フォンセ、リヤン、キュリテの全員が同じタイミングで目を覚ます。
「……」
その四人を見たライはフッと笑い、
「……おはよう。皆」
挨拶をした。
「おはよー……ライ……」
「……挨拶……ご苦労ぉ……」
「おは……よう……ライ……」
「おはよー……ライくーん……」
「ふふ……相変わらずだな……。……毎回言っている気がする……」
そしてライの言葉に返すレイ、フォンセ、リヤン、キュリテと、エマも木の上から降りてくる。
魔王(元)の話を聞き終えたライと、目が覚めたレイ、フォンセ、リヤン、キュリテの四人に元々起きていたエマ。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人は立ち上がり、次の街へ向かう準備をする。