百三十九話 エマvsシャドウ・決着?
「……行き止まりか……」
コンコン……ドガァン! ゴールを目指すライは、行き止まりに直面して砕いて進む。
大分砕けたと思っていたが、予想よりも遥かに広くて三割ほどしか壊していなかったらしい。
外から見た宮殿は中々の大きさを誇っていたが、どういう訳か内部はそれよりも広かった。
「さて、先に進むか……」
そして、ライは歩みを進めようと……。
『『『──────!!!』』』
その時、ライの目の前にバハルが出したであろう毒を持つ蛇や蠍、百足などの生物が襲い掛かってくる。
「……成る程。アイツは気を失ったか分からないが……それは兎も角、本人がいなくても設置された罠? は作動するって事か」
『『『………………』』』
呟くように言うライは、有無を言わさずその毒蟲を撃破した。
その蟲達は先程倒したレヴィアタンやグリフォンのように光の粒子になって消え去る。
「……つまり、まだ何匹か毒を持ったり鋭い爪や歯があったりするような、幻獣・魔物やその他の危険生物が潜んでいるって事だな……」
先程まで毒蟲が居た場所を一瞥したライは、そう推測して先に進む。
取り敢えずゴールを目指してゲームクリアを目指すライだった。
*****
──両者は同時に飛び退いた。そして、二人が飛び退いた衝撃で床には小さな穴が空く。
衝撃はそれだけに留まらず、それと同時に辺りは粉砕した。
「"影の手"!!」
シャドウは影を手の形に変換させ、その手で切り裂くようにエマへ振るう。
「ふむ、ただ実態がなくて一方的に攻撃できるだけの手だな……」
そう言いながら跳躍し、その手を避けるエマ。
そして先程までエマが居た場所には、大きな手形が造り上がっていた。
「そうだろ? ……しかし、そんな影で私にダメージを与えられるとは思っていないよな?」
エマはシャドウに向けて挑発を交えた言葉を綴る。
まだエマもシャドウも余裕があり、本気を出していない状態だ。
「ハッハッハ……! ああ、勿論だ。……この程度の技でヴァンパイアを行動不能に出来たらそれはもう奇跡以外の何物でもねえよ!」
そしてシャドウは、エマの言葉に同意するように頷いて返す。
実際、本人も目眩まし程度でダメージを与える事が出来ない。もしくはダメージを受けたとしてもモノの数秒で感知してしまう事は分かっていた。
「つー事で、まだまだ楽しもうぜ……ヴァンパイア。……結局のところ、俺はテメェらをゴールさせなけりゃ勝ちなんだからな。まあ、もうゴールなんてあって無いような物だ。迷路の大半が大幅に砕けたからな!」
シャドウは笑い、迷路の意味が無いと告げる。
実際のところ、今あるのは広くなった空間だけで、ゲームを迷路や迷宮のゴールにした意味を成していなかった。
「そうかそうか。それは悪い事したな……いや待てよ……私はまだそこまで派手に動いていないぞ……? じゃあ仲間が迷惑を掛けたな」
その事について軽薄な笑みを浮かべて謝るエマ。
傍から見れば謝っているようには見えないだろう。
無論、エマも本気で謝った訳では無い。挑発気味に謝ってシャドウの反応を確かめようとしたのだ。
仮にシャドウが、挑発に乗りやすいタイプの者だったらある程度戦闘が楽になる。
頭に血を上らせて戦闘に集中できなくすれば楽に事が運ぶからである。
「いやいや、謝る事は無い! これは戦いだ! 多少の破壊は付き物よ!」
そして診断の結果、シャドウは易々と挑発に乗る戦闘を行いやすいタイプの者では無い事が判明した。
となれば、それなりに工夫を巡らせて戦わなければならない事になる。
「そうか、良かった。……なら、これで心置き無く戦闘に集中する事が出来る……!」
エマはシャドウの言葉に返し、シャドウに向けて構える。
そんなエマを見たシャドウはクッと笑い……。
「ハハ、そもそもテメェは最初から心置き無く戦ってるだろうよ……」
そう告げて影を周りに広げた。
影を放つ動作以外では殆ど動いていないシャドウだが、影があるから動く必要も無いのだ。
仁王立ちしながら余裕のある表情でエマを見るシャドウ。
「…………ふふ」
対するエマも余裕のある状態でシャドウを眺めており、お互いに奥底は見せていない様子だった。
「では……」
「……行くか」
砕けた床を更に砕く勢いで踏み込み加速するエマとシャドウ。
エマとシャドウが踏み込んだ瞬間に床は砕けず、二人が数メートル進んだところでエマとシャドウが居た場所は砕ける。
「はぁっ!」
「"影の拳"!!」
続いてエマの拳とシャドウの影がぶつかり、それが衝撃波を起こして砕けた床を吹き飛ばす。
その破片は壁にぶつかって壁ごと消えるが、関係の無い事である。
「やあっ!」
「"影の爪"!」
ギィン! 続いてエマの爪とシャドウの影爪がぶつかり、爪なのにも拘わらず金属同士が衝突したような音が鳴り響いた。
「…………」
「…………」
ザザザ……! 互いに弾かれたエマとシャドウは、ほんのりと埃を巻き上げて止まる。
「「…………!!」」
勢いが止まった瞬間、エマとシャドウは再び床を踏み砕いて駆け出す。
そして、二人の風圧によって埃は全て消え去った。
「はっ!」
「"影の壁"!!」
エマはシャドウへ拳を放ち、シャドウは実態のある影で壁を造ってその拳を防ぐ。
しかしその影は硬い訳では無く柔らかかった。
そして影はエマの拳を包み込んだあと、ゴムやトランポリンのようにエマを弾き飛ばす。
「伸縮だけじゃなくて硬度も自在か……!」
弾かれたエマは縦に一回転し、そのままシャドウより数メートル離れた場所で着地した。
ただ弾かれただけなのでエマにダメージは無く、防いだのでシャドウにもダメージも無い。
「ハッハッハ! テメェは近距離専門だもろうからな! 少しでも距離を取った方が有利に戦える! "影の槍"!!」
刹那、先端の鋭利な影が空気を切り裂いて数メートル先のエマに向けて放たれた。
その影は一直線で突き進んで行く。
「……ふむ、別に近距離も遠距離も関係の無い事だろう。どちらかは倒れるのだからな……」
ヒュッ! 真っ直ぐに向かって来た影に対し、軽く顔を反って避けるエマ。
その勢いでエマの金髪がハラハラと数本落ちるが、エマ自身には傷一つ付いていない。
「ああ、そうだな。が、優位を保つ……ってのは結構重要だろ?」
その瞬間、シャドウは多くの影を詠唱せずに放つ。
詠唱すれば魔法・魔術の威力が上がるのだが、当てるだけならば言わなくても良さそうである。
「……だが、優位を保ったとしても攻撃が当たらなければ意味が無いだろう?」
その影を殆ど動かずに避けるエマ。その影は空気を切り裂き、エマ自身はゆっくりと歩みを進めてシャドウへ近付いていく。
その刹那、
「……!」
エマの姿が少し揺らいだと同時に、エマの姿が消えた。
霧になったのか、それとも本当に消えたのか定かではない。
「……成る程な……」
そして、それを見たシャドウは自分も影になって姿を消す。
見えない場所からの攻撃を受けない為に影になったのだが、シャドウの居場所はエマも気付いているだろう。
エマとシャドウは、動じない相手にどのような攻撃を仕掛けるのかが重要だった。
(……さて、シャドウとやらは何処に潜んでいるのか……)
エマは霧になって辺りに散らばり、あらゆる影を眺めてシャドウの姿を捜索する。
自分を実態に戻して待てばシャドウも影で攻撃してくるだろうが、そうなればまた同じ事の繰り返しで埒が明かないだろう。
かといってこのまま霧状で漂っていたとしてもゲームクリア出来る訳では無い。
残ったライ、レイ、フォンセはゴールに向かっているかもしれないが、何らかのトラブルに巻き込まれている可能性も低くない。
そもそも、エマが霧から戻るつもりが無いと知られればシャドウはライたちの元へ向かう筈である。
要するにエマは、シャドウ本人を見つけて叩いた方が早い。という思考に至ったという事なのだろう。
しかし、今も霧状で漂っている理由はもう一つある。
(何処に潜んでいるのかは概ね分かっているのだがな……)
そう、エマの五感は既に影と化したシャドウを捉えているのだが、そのシャドウが偽物か分からないから動き難いという理由だ。
「……ふう、やはり面倒だ。破滅覚悟で向かうとするか……どうせ直ぐ治るし……」
そして、エマは呟きながら霧状から人形に戻った。
取り敢えず既に見つけたシャドウを片付けようという思考に変えたからである。
「来たか……」
その瞬間、エマに向けて多くの影が放たれる。
影は全て先端が鋭利であり、高速で突き進んでいた。
「……まあ、この程度なら問題無い」
その影を確認したエマは、シャドウの影を避けながらシャドウの元に駆け寄る。
のんびり歩くのも悪くないが、今は急ぎなので別なのだ。
「ほら、貴様も姿を現せ!」
そしてエマはシャドウが居ると推測した場所に向けて蹴りを放ち、勢いで床を砕く。
それによって造られた穴から、不自然な動きの影が現れた。
「ハッ! そうかよ! ならテメェも一々霧にならないでくれよ。俺は普通よりは優れた探知力を持っているが、探知力はヴァンパイアに劣るんだからよ!」
鼻で笑いながら自分の意見を述べるシャドウ。
エマはふうっと一息吐き、
「……分かった」
「…………!!」
シャドウが立っている場所を踏み砕いた。
エマの攻撃によって宮殿は揺れ、床の大理石を浮き上がらせるが崩れる心配は無さそうだ。
「っぶねー……殺す気か?」
「ああ」
エマの拳を避けたシャドウは少しだけ距離を置いて話をし──
「まあ、殺しはしないが……少し眠ってろ!」
──ている間にエマはシャドウを狙う。
「話している暇は無ぇか……! "影の豪雨"!!」
瞬間、シャドウはその攻撃も避け、先程よりも威力が高い影を大量に降らせる。
その影は天井に当たり、天井を貫通して更に砕きながら降り注ぐ。
一撃一撃は凄まじく、影が突き刺さった床には小く深い穴が空いていた。
「……全部は躱せそうに無いな」
しかし、エマにとっては身体が一瞬で砕けるレベルでなければ問題無い。
仮にこの影がエマに数百本ほど突き刺さっても直ぐに再生するだろう。
「……ああ、だがしかし……俺の狙いはそうじゃない……。当たるか当たらないかはどうでも良い事なんだぜ?」
そしてシャドウは、不敵な笑みを浮かべて唐突にエマへと話した。
「……何っ?」
話されたエマ本人はピクリと眉を動かしてその反応を示す。
シャドウはニヤリと笑い、説明するように言葉を続けて話した。
「ハッハッハ……俺は今影を使って天井に穴を開けたんだ……。今日はこの街にしては珍しく晴れている……まあ要するに、宮殿の外にはそりゃあもう快晴の青空が広がっているだろ?」
「!?」
そして、エマはシャドウの意図を理解した。
シャドウが今まで行っていた攻撃は大量の影を降らせたり、大量の影をエマ目掛けて放ったりと、中々に派手な攻撃だった。
そう、それは全て、砕けた天井からエマの意識を反らせる為のモノだったのである。
「……うぐ……! ……日光……!」
カッ! それによって砕かれている天井からは目映い光がエマとシャドウを照らし付けていた。
エマは片手で顔を覆い、もう片手で傘を開こうと──
「"影の機銃"!」
「…………!」
──刹那、エマの片腕ごと傘を影で吹き飛ばすシャドウ。
しかし当然だろう。ヴァンパイアのエマが持つ傘は日除け、それはシャドウも見て分かる事だからである。エマの身体には無数の穴が空き、そこから真っ赤な鮮血が噴き出す。
そして吹き飛ばされた傘は二、三度床に当たって転がっていく。壊れていないのは特殊な繊維を使っているからだろう。
「……ッ!」
日光に照らし付けられたエマは膝を着き、そのまま床に伏せるよう倒れ込む。
汗を掻かない筈のヴァンパイアにも拘わらず、エマは汗を噴き出して顔を青ざめていた。
汗と血で視界が悪くなる中、エマにとっては灼熱の日差しがエマを照り続ける。
この日差し、エマでないヴァンパイアだとすれば既に灰と化していただろう。
「チェックメイトだ……」
そんなエマに向けて片手を突き出したシャドウは片手を上に翳して影を纏い──
「そーら……よっと!」
「…………!?」
──高速で近付いて来た、誰かの重い拳に殴られて吹き飛ばされた。
殴り飛ばされたシャドウは宮殿の残った壁を幾重にも突き破り、瓦礫を巻き上げて吹き飛んで行く。
「……ラ……ライ……」
「ほら、大丈夫か? エマ……」
シャドウを吹き飛ばした者──ライ。
エマは弱々しくライの名を呼び、ライはエマの傘を広げてエマを日差しから隠す。
「……わ、悪い……。迂闊だった。……まさか天井を崩すとは……予想出来る事だったのだが……油断禁物とはこの事だな……」
傘に入り、申し訳なさそうに謝りながら告げるエマ。
数ある相手の行動パターンで、ヴァンパイアを倒す為に日光を使うのは正当方である。
その事を予想できていたエマだったが、相手の出方を窺いつつそれを対策するのは少々厄介だったらしい。
「そうか……。まあ……取り敢えず……この日差しの中じゃエマはロクに動けなさそうだな……あとは任せてくれ……」
「ああ、そのつもりだ。……まあ、ライなら一人で余裕だろう」
エマの無事を確認したライは立ち上がり、埃が上がっている遠方を眺める。
エマはライの言葉に頷いて返し、最後に一言。
「……あと、アイツは自分をもう一人創り出すぞ……」
「……そうか。分かった……」
エマが話したのはシャドウは分身? を創るという事。
つまり倒したと思っても油断するなと告げたのだ。ライはエマの言葉に頷いた。
「イテテ……オイオイ……何だあの拳は……ガキの癖して随分と重い一撃を放つじゃねえか……。将来有望だねぇ……」
そして、埃の中からはゆっくりとシャドウが歩み寄って来ていた。
シャドウは頭を掻くように小さな欠片などを払っており、強者を目にしたからか笑みを浮かべている。
「ハハ、悪かったな。幼い少女を虐待している悪いお兄さんがいたからな」
「オイ。貴様らの方が年下だぞ」
ライはシャドウの言葉に返し、その事に突っ込むエマ。
しかしライが言うように、傍から見ればいい年した大人が幼児を苛めていたようにしか見えない。
「ハッハッハ! 言うじゃねえか! なら、俺の相手はテメェに変更で良いのか?」
「ああ、問題無い」
ザザッ! シャドウは話ながら影を放出し、ライは拳を握り締める。
互いに構え、戦闘体勢に入ったその時──
「「「………………!?」」」
──耳を劈く、巨大な爆音が、当たり一体に響き渡った。
そしてそれと同時に、宮殿全体が崩れ落ちた。
「……どうやら……あっちの決着も付いたみたいだな……。この気配……フォンセか……」
「……ああ、どっちが勝ったかは知らねえが……決着は付いたらしい……この気配……ルミエだな」
それによって生じた埃で視界が悪い中、ライとシャドウは互いに言葉を綴った。
二人は自分の仲間で誰が戦っているのか理解し、その上で構え直す。
「まあ、どっちが勝っていても……」
ザッ……ライが拳を握り直して脚を広げ、
「俺たちの戦闘が止む理由は無え……だろ?」
ザッ……再び影を放出して当たりを包み込むシャドウ。
「じゃあ、終わったら教えてくれ。私は日光で弱っているから少し寝る……」
傘の下のエマは目を閉じる。
そしてこの瞬間、ライvsシャドウ……互いのリーダー同士の戦闘が行われようとしていた。
ライとシャドウは知らないが、二人の仲間は殆ど動けない状態にある。
今、"ウェフダー・マカーン"の最終戦が始まろうとしていた。




