百三十三話 リヤン&キュリテvsシャドウ・ライvsアルフ&バハル
「ふう……全く……私のところには弱者しか居ないのか?」
宮殿の迷路を探索するエマは数十人の魔族達を相手取り、軽く倒してため息を吐いていた。
それもその筈、エマはほぼ動かずに近付いて来た者達を片付けただけ。つまり要するに、エマにとってこの者達を相手取るには手応えが全く無かったのだ。
「ぐ……ヴァンパイア如きにやられるとは……」
「だ、だが……他のヴァンパイアを見た事無いぞ……?」
「そうじゃない……取り敢えず強がりみたいな物だ……!」
「がは……」
「……」
口々に話す数人の魔族。
見て分かるようにこの者達は全員、エマに破れたのだ。
その様子を見たエマは、ある事を疑問に思って考える体勢になる。
「ふむ……。私は毎回下っぱしか倒していない気がする……側近も何人か倒したが……下っぱの数が遥かに多いな………」
それはエマが倒してきた魔族の国の敵? 達である。
"レイル・マディーナ"ではキュリテ。"イルム・アスリー"では下っぱ達。"タウィーザ・バラド"ではラムル。"シャハル・カラズ"ではサリーアと愉快な仲間達。と、"イルム・アスリー"と"シャハル・カラズ"でしか主な下っぱと戦っていないのだが、その二つで多くの部下達を倒した為、エマ的にはその印象が強くなっているのだろう。
「あ、相手は一人だ……!」
「そうだ……!」
「いくら力が強くとも……!」
「俺たちが全員でやれば……!」
「勝てない相手じゃない……!」
魔族の兵が集まり、エマを囲うように武器を構え、魔力を溜めていた。
「そうか、ご苦労」
「「「「「ギャアアァァァ!!」」」」」
そしてエマによって一瞬にして吹き飛ばされた魔族達は、殴られた勢いで壁にめり込む。
その衝撃によってエマの周りにあった壁が崩れ落ちる。
そしてエマはその場に居た数十人の魔族達を仕留めた。
「これで全部か……。これを見る限りだと二割程の部下は此処に居たのか……」
辺りを見渡し、気を失った魔族達を眺めたエマはその数から二割くらいがこの場で待機していたと推測する。
幹部の側近を覗いた兵は107人。
つまりこの場には二十数人居るという事なのだ。
「さて、仕方無い。さっさとゴールを目指して進むか……」
エマは呟くようにそう言い、その歩みを進める。
未だ部下以外の敵に出会わないエマは、ため息を吐いて先に向かう。
*****
「"影の爪"……!!」
次の瞬間、手の形をした五つの影がリヤンとキュリテ目掛けて襲い掛かる。
「はあッ!」
そして念力の壁を創り出し、その影をで防ごうとするキュリテ。
しかし、
「……ッ!」
その壁は意味を為さず、その影はすり抜けてキュリテの肩を切り裂いた。
切り裂かれた肩は剣で斬られたような傷が出来、真っ赤な鮮血が流れる。
「……やあッ!」
そんなキュリテを見たリヤンはフェンリルの速度で駆け出し、シャドウへ向けてユニコーンの角のように硬質化した拳を放つ。
「それも無駄だ……!」
「……痛ッ!」
キュリテの方へ行っていた影が戻り、リヤンの脇腹を抉る。
脇腹の肉は取れ、そこから大量に出血した。もう少し深ければ内蔵は傷付き、骨まで見えてしまうかも知れない程の重症だった。
「元々影ってのは実態が無え……だから念力の壁なんぞすり抜けるのさ。……俺の意思によって実態を持たせるかどうかは自由に出来るから、壁を通させる時だけ普通の影に戻せる。……それに加え、俺の影は伸縮自在の変幻自在だ。……まあ、壁で防ぐ事が出来ない切れ味抜群の刃。って覚えてくれりゃ良いさ。事実だからな?」
うつ伏せるリヤンとキュリテを一瞥し、自身の能力を説明する言葉を淡々と綴るシャドウ。
影はリヤンとキュリテから離れてシャドウの元へ戻っており、シャドウの後ろからは手招きするような影がうねっていた。
「まだまだ……!」
「負けてない……!」
そんなシャドウを前にしても尚立ち上がるリヤンとキュリテ。二人は互いに回復能力で傷を再生させる。
その二人を見たシャドウは呟くように言葉を発した。
「やはり、お前達の回復力は些か厄介なもんだな……。もう傷が無くなっていやがる……」
それはリヤンの持つ回復能力とキュリテの持つ"ヒーリング"。
この二つを使われては、シャドウが二人をいくら斬っても直ぐに立ち上がるだろう。
そんな二人に対し、シャドウは面倒臭そうに言葉を続ける。
「まあ、心は痛むが……だったらお前達を立ち上がる気力も無くなるくらい痛め付ければ良いか……。殺しはしねえが……そうでもしなけりゃ立ち上がって来るだろうからな……」
それはリヤンとキュリテの意識を刈り取り、回復能力を使わせないようにするという考え。
確かに気を失ってしまったらリヤンもキュリテも為す術無しだ。
「"影の矢"!」
その瞬間、シャドウは再び影魔術を使いリヤンとキュリテに矢のように降り注ぐ影の攻撃を仕掛ける。
その影は実態を持ち、雨のように降り注ぐ。
「最初から実態があるなら……!」
「私も……!」
その影に向けて"サイコキネシス"を放ち、軌道を反らしてキュリテは防ぎ、防ぎ切れなかった物をリヤンがイフリートの風魔術で防ぐ。
その一撃一撃は殺傷力が高く、リヤンとキュリテが防いだ物以外は床に落ち、床に綺麗な穴が開いていた。
「アレで刺されたら洒落にならないね……」
その穴を見たキュリテは呟くように言った。
事実、綺麗な穴が開くという事は無駄な破壊が無いという事であり、それを食らったら一堪りもないだろう。
無駄な破壊が無ければ威力が逃げる事も無く、確実に標的を仕留める事へ一点に集中しているからだ。
「まだまだ続くぜッ!」
その瞬間、シャドウは再び激しく雨を降らせる。鋭い影の雨を。である。
この矢の中ではそれを防ぐ事で精一杯になってしまい、シャドウへ攻撃を仕掛ける事が出来ない。
なのでキュリテは、
「だったら……リヤンちゃん! 掴まって!」
「うん……!」
矢の雨。その落下地点から"テレポート"を使って雲散霧消した。
「成る程な! つまりお前達は……」
リヤンとキュリテが消えたのを確認したシャドウは、
「俺の死角に回り込むつもりって訳だ……」
その瞬間、シャドウの足元から大量の鋭利な影が出現した。
その影は一斉に突き進み、
「……ッ!」
シャドウの死角に回り込んでいたキュリテの脇腹と肩を射抜く。
しかし、そこにリヤンの姿は無かった。
「……何?」
それを見たシャドウは素っ頓狂な声を上げ、辺りを見渡してリヤンの姿を探す。
「今……!」
「……!」
探し始めたその刹那、シャドウの背後からリヤンが飛び掛かり、シャドウに向けて──
「えいっ……!」
「糸……!?」
──大蜘蛛の糸を放った。
糸はシャドウへ巻き付き、シャドウの自由を奪い取る。
咄嗟の糸にシャドウはもがくが、逆に絡まって糸が取りにくくなっていく。
「成る程、キュリテの"テレポート"自体がフェイクだった訳か……!」
一連の流れを受けたシャドウは推測し、キュリテの行動自体が自分の動きを止める為のものだと理解した。
「そうだよ……! ……そして貴方が動けなければ……私にも攻撃出来る……!」
そのままの勢いでシャドウへ向けて攻撃を仕掛けるリヤン。
リヤンは力を込め、確実な一撃を放つ体勢となる。
「やあァッ……!!」
「面白え! やってみろォ!」
糸で動きにくくても尚、シャドウは近付いてくるリヤンへ両手を広げて堂々と構える。
リヤンはシャドウへ向け、そのまま重い一撃を──
「……だが、俺は動けなくても……問題無えけどな……!」
──放つ前に、シャドウの足元から再び大量の鋭利な影が出現し、空中に浮かぶリヤン目掛けて襲い掛かって来る。
「……ッ!?」
リヤンは突然の影に行動を取れず、鋭利な影が肩を貫通した。
その攻撃によってリヤンの軌道が反れ、勢いそのままで床に激突する。
「これで終わりだ……!」
床に落下して動けない様子のリヤンを見たシャドウは影で糸を切り裂き、手に影を纏ってトドメを刺す体勢にへと。
「させないよ!」
「……!」
入る前に、"ヒーリング"で回復したキュリテが"クリオキネシス"で創り出した氷をぶつけて防いだ。
氷をぶつけられたシャドウは吹き飛び、宮殿の壁に激突して埃を巻き上げる。
「大丈夫!? リヤンちゃん!!」
「キ……キュリ……痛ッ!!」
キュリテは急いでリヤンの元に駆け寄り、リヤンへ安否を尋ねた。
リヤンはキュリテへ答えようとするが、あの勢いで落下したのだ。骨が折れたのか喋るだけで辛そうだった。
「待ってて! 今私の"ヒーリング"で……!」
リヤンの様子を見たキュリテは慌ててリヤンに手を当て、回復超能力の"ヒーリング"を使おうとする。
それを使えば傷が治り、問題無く行動出きるようになる事だろう。
「させるかァ!!」
「きゃあ!」
しかし、それを見ているだけのシャドウではなく、キュリテが完全に治療を終わらせる前にキュリテを切り裂いた。
敵の狙いを阻止する。敵対するに当たって、当然の行動だろう。
「キュリテ……!」
一瞬だけキュリテの治療を受けたリヤンは起き上がり、キュリテの肩を抱いて押さえる。
ほんの一瞬だったので完全に回復していないだろうが、少なくとも骨の治療は終わったらしい。
「お前もだッ!」
「「……ッ!」」
影を放ち、キュリテを抱き抱えたリヤンをキュリテごと切り裂くシャドウ。
シャドウとてゲームをクリアさせない為に必死である。油断もせず黙って見ているだけの筈も無い。
「次は……! 私の番だよシャドウさん!」
リヤンの手に触れた為、今さっきの斬撃以外は少しだけ回復したキュリテ。キュリテはリヤンを庇うように立ち、念力を纏う。
「ハッ、回復能力持ちが二人相手ってのは結構疲れるもんだな……! だが、両方とも倒せば問題無い!」
「そう何度も食らわないよ!」
そんなキュリテに向けて影を放つシャドウ。
キュリテはその影を避け、シャドウとの距離を詰める。
シャドウが放った影は突き進み、背後の壁を切り崩した。
「流石はダークの野郎の側近だ……! だが、俺はそう簡単にゃやられねえぞ!」
シャドウの元へ近付いてくるキュリテに対し、笑いながら話すシャドウ。魔族は強者との戦闘を楽しむ。シャドウは戦闘を楽しんでいるのだ。
「……!」
そんなシャドウに向け、再び絡み付く糸。
シャドウは一瞬困惑するが、直ぐに気を取り直して糸の伸びる方向を見た。
「……私だって……!」
「ハッハッハ! そうか、まだ立てたか! 良いぜ! 二人纏めて掛かってこい!!」
そこに居たのはリヤン。
キュリテのお陰で動けるようになったリヤンはダメージを受けても尚、自分で自分を治療して立ち上がったのだ。
まだ互いに気力のあるリヤンのキュリテ、そしてシャドウ。
こちらの戦いもまだ続く。
*****
「"建造"!!」
「行け! ミノタウロス!!」
『ブモオオオォォォ!!!』
アルフは床や壁の形を変形させてライへ攻撃を仕掛け、バハルはミノタウロスを創り出して放つ。
壁はあらゆる形に変形し、周りを砕きながら進み、ミノタウロスは真っ直ぐにライへ突進する。
「邪魔だァ!!」
そしてライは変形した壁を殴り、そのままミノタウロスも吹き飛ばした。それを受けた壁は崩れ落ち、ミノタウロスは動かなくなる。
「そのミノタウロス……何か弱くねえか? 逸話だと結構強そうなんだが……」
そして、二つの攻撃を軽くあしらったライはミノタウロスの力を見て訝しげな表情をしていた。
そう、本来のミノタウロスは凄まじい力と頑丈な身体を持つ迷宮に棲む怪物。
レイたちから話を聞いていたライは、そんなミノタウロスの強さを知っている。だからこそあの程度の攻撃で終わる訳が無いのだ。
「ああ、これは悪魔で俺が生み出した魔物だからな……。力は本物より大分劣る。それでも普通の魔族や人間なら倒せるが……まあ、お前には役不足だったようだな……」
そんなライに向けて説明するバハルはミノタウロスを消し去った。
バハルが創り出した幻獣・魔物はバハルの魔力の集合体。つまり要するに、本物よりも弱いのだ。
「成る程ねえ……」
それを聞いて納得するライ。
確かに本物レベルの幻獣・魔物を創り出せればこんなところで燻っている訳が無いだろう。
例えばレヴィアタンや大天狗のような幻獣・魔物を創り出せれば魔王を宿しているライレベルの戦力が宿るからだ。
「余所見してんじゃねェよ!! "製造"!!」
そんなライに向け、アルフは壁から武器を造り出した。
その後それを装備し、そのままライへ向かうアルフ。
「そんな物、余所見しても避けられるさ!」
「……ッ!」
そしてアルフが近付いた時、ライはアルフ目掛けて蹴りを放つ。
ライの蹴りを諸に受けたアルフは吹き飛び、宮殿の壁を砕いて遠方に粉塵を巻き上げた。
そしてライは、ふと思い付いたように残ったバハルへ向けて言葉を発する。
「そういや……この宮殿を造った奴を倒してもこの宮殿は崩れ落ち無いのか?」
それはこの宮殿の事。恐らく錬金術師であるアルフがこの宮殿制作の大部分を行ったのだろうが、そのアルフを倒しても問題無いのか気になったのだ。
「あー、それは……本人に聞いたらどうだろう?」
それを聞いたバハルは、アルフが吹き飛んだ方向を指差してライに告げた。
「ああ! 問題無ェよ! ……だがな、テメェは俺たちを倒せる事前提で話してんじゃねェ!」
それと同時にアルフがライの元へ高速で近付いて来る。
その身体には汚れと傷があったが、まだ戦う気力は残っているらしい。
「ああ、それは悪かったな」
次いで、返しつつアルフの突進を片手で受け止めるライ。
その衝撃で足元にヒビが入り背後に埃が舞ったが、別にどうでも良い事だ。
「ククク……テメェ……自分の手で俺を止めたな?」
「……? だからどうした?」
そして、ライによって受け止められたアルフは不敵な笑みを浮かべていた。
その言葉を聞いたライは怪訝そうな表情を浮かべてアルフへ尋ねる。
アルフは笑みを浮かべながらライの言葉に返した。
「ククク……テメェの手も物質だろ?」
「……!?」
──刹那! ライの手は膨れ上がり、そのまま破裂した。
ライの肉片が辺りに飛び散り、鮮血と謎の液体が床や天井、壁を濡らす!
生き物の身体も物質である! タンパク質と水分が大部分を占めているが、紛れも無い物質なのだ!
アルフは錬金術師、物質であるならば全てを分解し、再構成させる事が出来るのだッ!!
「…………。……だから?」
「………………………………………………は?」
──そして、実際はそうならなかった。
受け止められたアルフの腕はそのまま、ライの腕も変形すらせずそのままの形を保っていた。
「な、何故だ!? どうしてだ!? 何で何だァ!?」
それから少し経ち、ライに向けて畳み掛けるように質問をするアルフ。
錯乱したアルフの脳内ではどのような思考が繰り広げられているか定かでは無いが、この様子を見る限りただ事では無いだろう。
「あー、その事についてか」
「……!!」
その様子を見ていたライは何かに気付き、アルフはハッとしたようにライへ視線をやる。
そして、その視線を感じたライはアルフの方を向きながらその言葉を続ける。
「多分錬金術で俺の身体を分解しようとしたんだろうが……生憎、魔王は魔法・魔術……そして錬金術や超能力、その他諸々の異能を受けない体質なんだ。悪いな」
「……! 何だと……!?」
ライはアルフがしようとしていた事を理解し、その類いの技は効かないと説明した。
それを聞いたアルフは驚愕の表情を浮かべているが、まあ仕方の無い事だろう。
「……って事で、さっさと離れな!」
「グハッ……!」
説明を終えると同時にライはアルフの身体を蹴り飛ばし、アルフとの距離を取る。
蹴られたアルフは吐血して吹き飛ばされ、何とか数十メートルの距離で堪えるがその顔は苦痛に歪んでいた。
「へえ……まさかそんな体質の者が居るとはなぁ……。興味深い……が、今はそんな事を考えている場合じゃねえな……」
「ああ、俺も油断したが……そうと分かれば物理的に仕掛けるしかねェな……!」
ライとアルフの会話を聞いていたバハルが興味深そうに眺め、蹴られた箇所を痛そうに押さえつつそんなバハルに返すアルフ。
「まあ、そういう事もあるのさ。さあ、続きと行こうぜ?」
ライの事を考えているバハルとアルフに向け、ライ本人が二人へ続きを促した。
それを聞いたアルフとバハルはピクリと反応し、アルフが笑って言葉を綴る。
「ああ、そうだな。この世界じゃ何が起きても不思議じゃねェ……。術を無効化する奴が居ても何らおかしくねェな……!」
「だな、取り敢えずジャバルの次に身体能力が高いお前があっさりやられたんだ。油断禁物に変わり無しだ……」
そのアルフに言葉を返すバハル。アルフとバハルの二人はライへ警戒を高めて構えを取る。
「ハハ、まあ……俺も目的を達成する為にアンタらを倒すけど……悪く思わないでくれよ。俺は目的を達成する必要があるからな……!」
そんな二人に返すライ。
今のところ魔王の力を使わずに戦っても余裕がある感じだが、ライも油断出来ないのは事実である。
「ハッ! ほざけ! テメェは、テメェの目的とやらは此処で終わりだ!!」
「まあ、俺たちが自分の街を簡単に征服されたんじゃ……支配者さんに示しが付かない……俺も俺が出せる最大級の幻獣で攻めるよ……」
そしてアルフとバハルもライに返し、この場に居る三人は全員警戒を高めて構えていた。ライたちの戦いはまだ始まったばかりである。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの戦いもまだまだ続いていた。




