百三十話 迷宮
迷宮が造り出され、ライたちの目の前には天を突く程大きな宮殿が現れた。
全体的に白色であるその宮殿は大きな威圧感を醸し出しており、目に映る白亜の柱と壁が全体的に暗い雰囲気を感じさせる"ウェフダー・マカーン"に異質な雰囲気を漂わせていた。
「この宮殿の内部が迷路になっているのか。……ハハ、これは中々凄いじゃねえか……。アンタが造ったのか?」
それを見ていたライは、素直に感嘆の声を上げ、この宮殿はシャドウが造り出したのかを尋ねる。
シャドウはクッと笑ってその言葉に返した。
「いや、俺じゃねえ……。そもそも、俺は四大エレメントを基本とする魔術を使え無えんだ。この迷路……いや、迷宮って言った方がカッコいいな。迷宮を造ったのは俺の側近の一人だ。もう既に中で待機して居るだろうよ……俺の側近を含めた111人……全ての部下と一緒にな?」
どうやらこの宮殿はシャドウが生み出した訳では無いらしく、側近が造ったらしい。
それにしてもこのような物を造り出すとは、その側近はかなりの腕前のようだ。
「……? 二人が……消えた? いや、移動したのか……いつの間に……」
そして、気付くとシャドウの近くに居たジャバルとルミエの姿も無くなっていた。そんなライに返さず、シャドウはルールを詳しく説明する。
「さて、舞台準備は整った……。そして肝心の細かいルールだが……これは迷路だからな。お前達はこの宮殿其々に用意された人数分の入り口から入ってくれ。初めは全員一人……って事だ。迷宮を進んでいくうちに仲間と合流も出来る。上手く行けば最初だけが一人で他は仲間と行動できるようになるぜ?」
シャドウが話した最初のルール。それは仲間全員で入るのでは無く、一人一人の決められた入り口から入る事。
進んで行くに連れて仲間と出会えば共に行動しても良いらしいが、如何せん広さがどれ程のものなのか分からないので仲間と会えるのは精々二、三人だろう。
「そして二つ目のルールだが、これはルールというよりも攻略法って言った方が良いな。……この戦闘は戦闘と言っているが悪魔で"迷路"だ。クリア方法はゴール地点に辿り着く事。ゴールに辿り着け無ければ仮にお前達が俺とその側近、その部下を全員倒しても失格とする。……あと、言い忘れていたが時間制限付きだ。正しくは時間内にゴール地点へ……一人でも辿り着けりゃあお前達の勝ちとする。勿論、俺と側近、部下はお前達の道を妨害する」
二つ目のルール。ゲームのクリア方法は時間内に迷路のゴールへ辿り着く事。
今回の挑戦者であるライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人が時間内に誰か一人でもゴールに着ければ良いらしい。
しかしその道中にはシャドウやその側近達が攻め来る為、容易にはいかなそうだ。
「まあ、これくらいだな。他にも細かいルールはあるが……面倒だしギャラリーが待っているから気が向いたら話す。だから知らないうちにルール違反を犯していても最初はお咎め無しだ」
こうしてシャドウのルール説明が終わる。
結局はシャドウ自身が面倒だから細かいルールを説明すると言っても最も重要なルールくらいしか説明をしなかった。が、しかしライたちにはそれだけで十分だった。
要するにゴールを目指して進めば良いだけなのだから。
「じゃあ、説明も終わったし……お前達は其々で好きな入り口に入ってくれや。俺は……何処で待機しようか……」
そして、締め括るように話したシャドウの姿も消える。宮殿の中に入ったのだろう。
エレメント系列の魔術は使え無いと言っていたが、もしかしたら移動などの魔術は使えるのかもしれない。
「まあ、良いか。じゃ……俺たちもそろそろ向かおうか……決戦の舞台へな……」
「「…………」」
「良かろう」
「ああ」
「いいよー♪」
レイとリヤンは無言で頷いて返し、エマ、フォンセ、キュリテの三人も言葉を返す。
そして、予め用意されていた六つの入り口に、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人は入っていく。
*****
──"ウェフダー・マカーン"・迷路。
そしてそれは数分前の話。つまり今現在、ライたちは既に迷宮を彷徨っていた。
「……結構広いんだな……迷宮って言うから細い道が沢山重なった物を想像していたけど……そういう訳でも無いんだな……」
ライは目の前に続く道を眺め、その広さに少々驚いていた。
人一人がギリギリ通れるくらいの道を想像していたライだったが、その道は人が横に四人くらい並んでも通れそうな広さがある。
仲間と合流する事は出来ると言っていたが、恐らく仲間と合流しても問題無く通る為の広さなのだろう。
そしてその内部は景観とは裏腹に薄暗く、鈍色の壁や天井、床などしか無い。程好い薄暗さが迷路の楽しみを造り出しているのかもしれない。
「まあそれはそれとして……この広さ……中々に面倒だな……」
ライは一応歩みを進め、辺りを見渡して呟きながら進んでいた。
周りにある鈍色の壁は頑丈そうな材質で、天井まで届いていた。これなら跳躍力が高い者でも飛べる者でも飛び越える事は出来ない。
それだけでは無く、この宮殿の大きさや重さを支えるのに必須な重要物だった。
【じゃあ、壊して進めば良いんじゃねえか? ほら、壁を破壊する行為は禁止にされていねえだろ?】
周りの壁を眺めながら歩くライに向け、飄々とした口振りで魔王(元)──ヴェリテ・エラトマが話す。
魔王(元)は破壊して移動する事を提案した。
しかし、この方法には少々問題がある。それは宮殿の強度だ。
この宮殿は中々の大きさを誇る為、それに伴って柱の数も多くなる。
つまり、その一角を崩せば宮殿全体が崩壊し兼ねないという事。
それを踏まえ、ライは少し考えて──
(良いな。それでいこう)
──快く了承した。
宮殿の破壊行為は禁止事項に無い。細かいルールにはあるかもしれないが、仮にそうだったとしても一回なら反則にらなら無いらしい。
つまり、道を広げるという意味でも壁を砕いた方が良いだろう。
「じゃあ早速……」
【おう、頑張れよー】
ライは魔王を纏わずに拳を構える。この程度の壁なら自分の力だけで砕けるからだ。
魔王(元)もそんな簡単に砕ける壁には興味を持たず、ライ自身に任せるようだ。
「オラァ!!」
放たれたライの拳。それが当たった壁は砕け散り、その破片が辺りに降り注ぐ。
その壁の材料は中々の質量を誇っていたらしく、落ちた場所には小さな穴が空いた。
「さて、こんなもんか……」
一仕事終えたライはふぅ……と息を吐き、瓦礫を踏み越えて砕いた壁の向こう側へ進んでいく。
*****
「うぅ……やっぱり一人は心細いなぁ……けど、ゴールを目指すだけで良いんだったら……少しは易しいゲームかも……」
そして、レイは腰に納めている勇者の剣に手を当てており、辺りを警戒して進んでいた。周りはシーンと静まり返っており、生物の気配は無い。
幽霊などが怖いレイからすれば、中々の恐怖感が与えられている事だろう。
「確か……迷路って壁に手を付いて進めば自然とゴールに辿り着くんだよね……」
そんな中、壁に手を当てて進んでいくレイ。
迷路という物は、入り口から出口へ続く全ての壁が繋がっている為、左右問わず片手さえ付いていれば時間は掛かれど必ずゴールに辿り着けるのだ。
レイはその事を理解していた。なのでこのように進んでいるのである。
「……」
そして、改めて警戒を高めるレイ。
迷路の壁。その向こう側に何が潜んでいるか分からないからだ。
生き物の気配は無いが、敵の側近レベルだと気配を消す事など容易く出来るだろう。
「気は抜けないね……」
レイは辺りを警戒し、前後左右、何処にも気を許す事無く進む。
前後左右、何処にも気を許す事無く。
ガコン。
「……え?」
その瞬間、レイの足元から音が聞こえた。例えるなら何かのスイッチが入ったような、そんな音。
「……」
レイは恐る恐る足元を確認する。前後左右は警戒していたが、足元はお留守だったようだ。
「ま、まさか……ね」
そしてスイッチを踏んでから数秒。レイは高速で頭を回転させた結果、ある一つの事を思い付いた。それは決して良いものでは無いだろう。
「……!!」
その刹那、レイの背後から爆音と共に何かがやって来た。ゴロゴロという転がるような音を出しながら進む物。
それは──
「大きな……鉄の玉……?」
……高速で転がる巨大な鉄の玉だった。
「……ッ!」
その玉は大きな音を立て、勢いよく転がる。ライのような頑丈な者ならばぶつかっても無傷だろうが、身体は普通の人間であるレイは一堪りも無いだろう。
なのでレイは、
「やあッ!!」
──一閃。その巨大な鉄の玉を、勇者の剣で切り裂いた。
切り裂かれた玉は二つに別れ、それぞれがレイの横を通って転がっていき、その衝撃で両脇の壁にヒビを入れる。
「あの勢いで鉄の玉がぶつかってもヒビが入っただけ……頑丈そうだね……」
その壁を一瞥したレイは呟くように言った。
鉄の玉はかなりの速度で転がっていた。それは切ったとしても減速する事は無いだろう。そんな凄まじい勢いの鉄が壁にぶつかったにも拘わらず壁が砕けなかった事実が問題となる原因だ。
今度は足元や天井。つまり上下にも警戒を高めて行動するレイだった。
*****
「ふむ、こんなものか……」
『『『………………』』』
同じく宮殿に入ったエマは、迷路の至るところに配置された毒を持つ虫や蛇を片付けていた。
幻獣や魔物の方が足止め的な意味でも良さそうだが、恐らく入り口付近だから弱い生き物を配置しているのだろう。
「レイなら怖がりそうだが……レイがこの入り口に入らなくて良かった……。この宮殿全体が虫や蛇に対する恐怖で切り裂かれそうだからな……」
誰に言う訳でも無く呟いたエマは、自分がこの入り口から入って良かったと安心する。
レイが虫嫌いなのはいつぞやのペルーダ戦で理解していたからだ。
『グルオオオォォォォ!!!』
そして、虫以外にも生物が居た。
鋭い牙や爪を持ち、黄色の身体に黒い縞模様があるその生物は、
「……虎か……」
虎。凶暴な肉食動物である。
しかしそれは普通の虎では無く、一般的な人間、魔族の身体を見下ろすくらいに巨大だった。
「しかし……大きさ以外は普通の虎であって特別な力を持ったモノじゃない……。なら問題無いな……」
『グルオ……!?』
その刹那、巨躯の虎が……『宙に浮いた』。
無論、エマがヴァンパイアの怪力で殴り飛ばして浮かばせたのだ。
「取り敢えず私の道が一番楽なのかも知れないな……。罠も幼稚……幻獣・魔物の配置も無し……いや、幻獣・魔物は奥に居るのか……」
辺りを見渡し、気を失った虎と辺りに散らばっている毒虫を一瞥して呟くエマ。大したモノも無く、エマは少しガッカリしているようだ。
「まあ仕方無い。さっさと行くか……。まだまだ道は続いている……。前後左右、上下……何処がゴールへ続く道なのかまだ分からないからな……」
しかし、本来の目的は迷路のゴールを目指す事。
なので直ぐに歩みを進め、宮殿の奥へ向かうエマだった。
*****
「"炎"!」
その刹那、フォンセは前に掌を突き出して炎魔術を放出した。
炎魔術は迷路の道を燃やし、瞬く間に迷路全体を火の海に変える。
「敵はまだいないか……」
そしてその炎を確認したフォンセは歩み出す。
フォンセは敵と戦っていた訳ではない。ただ単に行く先へ敵が居ないかを確認しただけである。
「さて、下は危険かもしれないな……これで行くか……"浮遊風"……!」
敵がいないのを確認したフォンセは、下に危険があると踏んで空中を浮遊して移動する事にした。それに加え、飛んだ方が速く移動出来るからだ。
「ふむ、これも罠……なのか?」
『シャァァ……』
そして、フォンセがほんの少しも進む事無く、その道を阻むように床の下から大蛇が現れた。正面に敵は居なかったが床下に居たらしい。
大蛇はチロチロと舌を出し入れており、威嚇するように低く唸っていた。
『シャアァァァ!!』
「……」
次の刹那、その大蛇はフォンセに向かって飛び掛かって来る。
太く長い身体をうねらせ、一直線に向かってくる大蛇。
その牙からは毒と思われる透明な液体が出ており、口を大きく開けていた。
「"炎"……!!」
『ギャ……!?』
そしてフォンセは炎魔術を大蛇に向けて放ち、飛び掛かってきた大蛇を一瞬にして黒焦げにした。焼かれた大蛇はほんの少しだけ痙攣していたが、直ぐに動かなくなる。
「全く手応えが無いな……蛇というものは本来神聖な生き物らしいが……それと強さは関係無いか……」
そう呟き、風を放出して突き進むフォンセ。フォンセも迷路の奥目指して進んでいく。
*****
「あ、オーイ! リヤンちゃーん!」
「あ……キュリテ……!」
そして、リヤンとキュリテの二人は迷宮の中で出会った。
迷宮に入って数分、リヤンとキュリテの場所は近かったらしい。
「……良かった……近くにキュリテの匂いがあったから……」
「私も思考を読んだから分かったよ!」
それに加え、近いと分かれば鼻が利くリヤンと思考を読めるキュリテなら直ぐに出会えるだろう。なのでこちらの二人は出会う事が出来たのだ。
「けど、問題はこれからだねぇ。ライ君やレイちゃん、フォンセちゃんにエマお姉さまと出会えるかどうか……まあ、全員で行動する方が危険だと思うけど……。私たちのように他のメンバーが二人くらいでくっ付いてくれれば良いんだけどねぇ」
出会った二人は歩き出し、キュリテがライたちと合流するかどうかを考える。
ライたちはリヤンとキュリテを除いて四人。リヤンとキュリテを含めて六人。
対してこのゲームは誰か一人でも時間内にゴール出来れば勝てる。
なので、二組みの三チームに別れた方が効率が良くなるのだ。
「うん……そうだね……けど、ライなら一人でも大丈夫そう……」
「アハハー。確かにねぇ♪」
キュリテの言葉を聞いたリヤンは率直な感想を述べる。
それを聞いたキュリテは笑い、リヤンの考えに同意した。確かにライ程の強さならば迷宮など問題無く進めるだろう。
「……ん? あ、分かれ道だよ。リヤンちゃんはどっちに行く?」
そして少し歩き、リヤンとキュリテは二つに別れた道へ出る。
ここに来るまでも何度か別れ道があったのだが、リヤンとキュリテは一瞬で正確な道が分かった。
だが、今回のキュリテはわざわざリヤンへ尋ねる。つまり、"テレパシー"では分かりにくい構造。いや、使うに使え無い状況になっているのだろう。
「うーん……嗅いだ事がある匂いなら右……嗅いだ事無い匂いは左……」
スンスンと鼻を動かし、匂いを辿ってキュリテに伝えるリヤン。
それを聞いたキュリテは言葉を続ける。
「成る程ねぇ。右に行けばライ君たちかシャドウさんにルミエちゃんとジャバル……左に行けば確実に側近さんかぁ……」
進むべき道は二つに一つ。
リヤンの言葉から推測するに右にはリヤンの仲間であるライ、レイ、エマ、フォンセのいずれか、昨日と今日会った事があるシャドウ、ルミエ、ジャバルが居ると考えられる。
逆に左側は嗅いだ事の無い匂い、つまりリヤンが会った事の無い他の側近が潜んでいる事になる。
そしてキュリテが"テレパシー"を上手く扱えなくなったのはライたちのみならず、シャドウ達と外に居る観客の声を拾ってしまうからである。
雑念が多く、上手く拾えないので多くの集中力を消費してしまうだろう。なので、魔力を温存する為にも余計な能力を使わずリヤンに尋ねたのだ。
「やっぱり……ライ君たちの確率が高い右かなぁ……確実にシャドウさんじゃない左も良いけど……」
リヤンに尋ねたキュリテは、先ず自分の考えを話す。
仲間と合流するかシャドウよりも力の劣るだろう側近を倒してゴールへの道を楽にするか。である。
「うーん……キュリテに任せるよ……。私は勘が鋭い訳じゃないから……」
リヤンは少し考え、キュリテに任せる事にした。
実際、幹部の側近として戦闘面や戦略面で経験豊富なキュリテなら的確な判断が出来るだろう。
「うーん……じゃあ、右に行こう。ライ君たちの誰かと合流できるかもしれないし……仮にシャドウさんかルミエちゃん、ジャバルなら倒すよ。それが目的だからね♪ まあ、私はこの国側じゃなけりゃ駄目なんだけど」
キュリテの案はライたちが居る可能性もある右に行くという事。
仮にシャドウかジャバルにルミエだったとしても本来は幹部とその側近を倒すのが目的だ。なので問題は無いのである。
「じゃあ……行く……?」
「うん、勿論♪」
こうしてリヤンとキュリテも迷路を抜ける為、ライたちと合流するかシャドウ達を倒す為に移動する事になった。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人は宮殿の迷路を進み、ゲームクリアを目指すのだった。