百二十八話 賢者の石
「……あ、この服良いかも……。うーん、でも"シャハル・カラズ"で買った服の方が良いかなぁ……」
「このアクセサリー類も可愛いよ♪ 私はネックレスタイプが好きかなぁ……あ、でよブレスレットも良いかも……うーん……」
「二人とも……悪魔で情報収集が目的の筈でショッピングは二の次じゃなかったか……。本来の目的を見失っていないよな……」
ライたちが話していた頃、店に入って文化を調べようとしていたレイ、エマ、キュリテだが、その店は予想以上に衣類やアクセサリーが売っていた為、普通の女性であるレイとキュリテはショッピングに夢中だった。
エマはその事に突っ込むが、片手にはエマが気になる小物を持っていた。
「アハハー……確かにねー♪ けど、エマお姉さまだってその手鏡持っているじゃない♪」
そしてその事をエマに話すキュリテ。エマは片手に手鏡を持っており、それを指摘したのだ。
言われたエマは目を細め、手鏡から視線を移してフッと遠くの方を見るように話す。
「ふふ……。私は鏡に映らないからな……私自身の姿を見た事がないんだ。やはり鏡という物に憧れがあるのさ。……自分の目で見れるのはこの金髪と戦いによってに抉られたり抜けたりする時がある赤い目や、戦いによって砕かれる時がある白い歯……そしてこの白い肌くらいだからな……」
つまり、エマは自分の姿を見た事が無いので姿を写す鏡が気になったと言う。
見た事あるのは自分の手で見れる身体の一部と戦闘によって砕け散る身体の一部だけ。
「……へ、へえ……それは大変だね、エマお姉さま……特に目と歯が……」
「う、うん……。けど、そう言えばエマはヴァンパイアだから鏡や写真に映らないんだっけ……」
しかし目と歯の件には若干引いている様子のレイとキュリテ。
姿を見る事が出来ない苦労というものは知らない二人だが、それにしてもエマが行う自身の姿を確認する方法は中々バイオレンスなものである。
「ああ、私は謂わば魂の無い存在。死者が意識を持って動いているのと同じものだ。だから己の魂を映し出すという鏡には映らない。魂というモノが無く、光に拒絶された存在……。不老不死に生物の領域を越えた力……全く、私は本当に恵まれているものだな……」
自嘲するように笑うエマ。
ヴァンパイアというモノは、死者が蘇った姿の完全体のようなモノで、ゾンビやグール、ミイラよりも遥かに優れた存在である。
だがしかし、元々は死者なのだ。死者が何らかの要因によってこの世に生まれた存在という事。
元々が死者じゃない、生まれつきのヴァンパイアであるエマになら魂があっても良さそうなものだろう。
何故なら光に拒絶された存在にも拘わらず、拒絶した日光の下で行動出来るのだから。
「……まあ、こんな恵まれた私を仲間だと思ってくれている魔族と人間が少なくとも数人居るんだ……。感謝しなくてはな……」
手鏡を元あった場所に置き、別の品々を見て回るエマ。
その横顔はどこか切なく、喜びと哀しみが織り交えられたモノだった。
同じ種族の生き物ををあまり──全く見た事が無いエマ。
長い間の孤独で、何をしようとする事も無く血と精気を吸って生きてきたエマには何か思うところがあるのだろう。
「……」
「……」
そして、そんなエマの呟きを聞いたレイとキュリテは互いの視線を確認し、何かを思い付いたように相槌を打った。
その刹那、
「エマお姉さまぁ♪ そんな辛気臭い事言っていないで、エマお姉さまも一緒に見て回ろうよ♪」
「そうそう! あと、エマは自分の姿を見た事が無いって言っていたけど、私とキュリテ、それとライにフォンセにリヤンも口を揃えて美人って言うと思うよ!」
「な……い、いきなり何なんだ!?」
キュリテとレイがエマの肩を掴み、満面の笑みを浮かべて心の底から言葉を綴った。
肩に走った突然の衝撃に焦るエマは両脇に居るレイとキュリテを確認し、困惑の表情を浮かべている。
二人は無邪気な笑みを浮かべており、エマの肩を離す様子は──無い。
「まあまあ♪ 何だも何も、気にしないでさ♪ 折角なんだからエマお姉さまも何か買ったらどうかな♪」
「うんうん! エマも何かアクセサリーを付けてみたり、自分が気になる物を見るのも良いと思うよ!」
「ちょ、ちょっと待──」
グイグイとエマの肩を引き、エマにショッピングを促すレイとキュリテ。
キュリテは購入する事を進め、レイは試着や物色を進める。その勢いは凄まじく、エマは行動出来ない状態だった。
「ほら、この十字架のネックレスとか♪」
「銀を使ったアクセサリー全般とか!」
「シバくぞ貴様ら!」
レイとキュリテがそんなエマに進めたのはヴァンパイア弱点である十字架と銀。無論、おふざけが過ぎた二人はエマによって殴られた。
「もぉ……痛いじゃないのぉ……エマお姉さまぁ……」
「……で、でも本気じゃなかったみたいだね……私も動けるし……」
「次やったら貴様らを私の糧にしてやるぞ!」
エマに殴られ、デフォルメされたようなたん瘤が頭に出来たレイとキュリテ。そんな二人は涙目でエマに話していた。
「……ふう、仕方無い……分かった。降参だ。私も買い物に付き合うよ……」
そして、レイとキュリテの様子を見たエマは呆れたようにフッと笑い、二人へ告げるように両手を挙げて話す。
どうやらエマもレイとキュリテのショッピングに付き合うようだ。
「本当!? やったね! レイちゃん!」
「うん!」
「ふふ、全く……何がやったんだか……」
エマの言葉を聞いたレイとキュリテは喜び、デフォルメされたたん瘤も消える。エマはそんな二人の不器用な善意に対して笑っていた。
「じゃあ、早速他の場所を見てみようよ!」
「うん♪ そうだね♪」
「やれやれ……」
切なそうな顔だったエマはすっかり終わり、レイとキュリテがエマの手を引く。
こうしてレイ、エマ、キュリテの三人はこの店を物色し、ショッピングを続けるのだった。
*****
「ふむふむ成る程……確かにこれは特別な鉱石を魔法と錬金術で配合してある……間違い無い、これは紛れもなく"賢者の石"の欠片だな……」
「へえ、本当に"賢者の石"なのか……。偽物を渡した訳じゃなかったんだな……あの魔女」
一方のライ、フォンセ、リヤンと"ウェフダー・マカーン"幹部の側近であるルミエは謎の魔女? から貰った"賢者の石"の欠片を調べていた。
こうなった経緯はこうだ──
*****
──数分前。
「じゃあ取り敢えず、ルミエは空いている席に座ってくれ。この店は二人席と四人席しか無い様子だったからな。俺たち三人は四人席に座ったから席が空いているんだ」
「そうか? なら……」
先ずライは、ルミエを座る席へ促す。
このカフェ的な店はライの説明通り二人席と四人席のみ。つまりライ、フォンセ、リヤンの三人だとどうしても席が一つ余ってしまうのだ。そしてルミエはその席に座り、楽な体勢になる。
「そうだ、ルミエ。……アンタ……この街の側近だろ? 一つ聞きたい事があるんだが……」
ルミエが座ったのを確認したライは、片手をポケットに手を入れてポケットに入っている何かを握りつつルミエへ尋ねるように話した。
「……? 別に構わないが……。私の素性は明かせないぞ?」
ルミエは"?"を浮かべてライの言葉に返す。
相変わらず素性を明かせないつもりらしいが、ライの質問には答えてくれるようだ。
「この店に来る前……俺たちはちょっとした店に寄ったんだ……。で、その店の近くにある看板に書かれていたのさ──『警告"魔女の館"
この街には度々魔女の館現れる為、魔女に対抗できる手段を持っている者以外は相手にしないでください。
魔女の館に入り、魔女に会った場合は"ウェフダー・マカーン"幹部またはその側近へ』──ってな……」
「……ほう?」
ライが話したのは、この街で始めに寄った魔女っぽい者が居た店。幹部かその側近へ報告するように書かれていた為、一応報告したのだ。
「……で、その店でこんな物を貰った……」
コト、とライはポケットからそれを取り出し、ルミエへ見せるようにテーブルの上に置いた。
置かれた物は血のように真っ赤な石ころ。
「ふむ……。……赤い……宝石? ……いや、石か」
それを一瞥し、軽く触れるルミエは石を上に持ち上げて光に翳しながら石を見た。そんなルミエの動きを見たライはフッと笑って言葉を続ける。
「嘘か誠か……それは"賢者の石"らしい。何でそんな物がこの街にあるのか知らないけど……。幹部の側近なら何か知っているんじゃないかと思ったんだが……どうだ?」
「……!? 賢者の……石だと……!?」
その言葉を聞いたルミエは目を丸くして驚愕し、"賢者の石"の欠片を二度見する。
真っ赤に輝き、日の光を反射している"賢者の石"は赤い宝石のようだった。
「ああ、らしいよ。その魔女? 的な奴曰くな……けど、さっきも言ったように嘘か本当かは分からない。この石は──」
ルミエの反応を見たライは"賢者の石"の欠片を手に取り、どういう経緯で手に入れたのかを話す。
「──って事で、何となくこの石を受け取ったんだけど……魔女っぽい人も使い方分からないらしくてな。本人が分からないのに俺たちが使い方を分かる筈も無く……だからアンタに聞いたのさ。この街出身なら魔女関係の事を結構知っているって思ってな」
「……成る程」
そして話終えたライ。ルミエはライの話を静聴しており、腕を組んで相槌を打っていた。
「ふむ、そうだな。……ならばその欠片を少しの間だけ貸してくれないか? 確か"賢者の石"について書いてある本もあるし……私は"賢者の石"の成分を調べる術が使える」
聞き終えたルミエはライに尋ねるように聞いた。
調べるのが第一だとしても一応ライの所有物なので断りを入れたのだ。
「ああ、良いよ。本物かどうかも分からないし、本物だとしても使い方が分からない。それならルミエに調べて貰った方が良さそうだからな」
「ふふ、そうか」
そしてライはルミエへ"賢者の石"の欠片を手渡した。
ルミエは何処からか取り出した本を片手に、"賢者の石"へ術を使って成分を調べる事にした。
*****
──とまあそういった事があり、現在に至るという事だ。
「取り敢えずこの石は本物だ。……だが、私は錬金術師じゃないからな……残念ながらこの石の使い方は分からない」
その後、"賢者の石"の欠片を本物の石の欠片と断定したルミエはライへその欠片を返す。
本物なのでとても高価な物なのだが、ルミエはそこまで金に対してがめつく無い。
「ああ、ありがとな。けど……"賢者の石"は本物だったのか……。それは凄いな……あの魔女的な人」
石の欠片を受け取ったライは全員に見える位置へ戻し、ルミエに礼を言いながら魔女的な者な対して感心したような声を上げる。
賢者の石は様々な魔法使い、魔女、魔術師、賢者、錬金術師などが挑み、悉く粉砕された石。
そんか物を持っていたあの魔女がただ者で無いのは火を見るより明らかだろう。
「いや、こちらこそ魔女に関した情報提供感謝する。魔女の被害は少ないが……やはり何をしようとしているのか分からない存在は街に対して危険対象となりうるからな……」
ルミエもライに礼を言い、魔女の存在について軽く説明した。
"被害は少ない"とは言っているが、つまりある程度の被害は受けているという事だろう。
危険対象とされているらしいが、確かにその魔女は見た目的な意味ならば危険人物と大差無い。
「……で、俺から聞きたい事はもう無いな……素性は明かせないし……フォンセとリヤンはルミエに聞きたい事とか無いか?」
ルミエとの会話を終えたライは、もう特に聞きたい事も知りたい事も無かった。
厳密に言えばまだまだあるが、その殆どがこの街やルミエ自信についてなのでルミエは答えないだろう。
「……私は別に無いな……」
「……私も……」
ライの言葉に返しつつ運ばれて来た飲み物を口にするフォンセとリヤン。
因みにフォンセが頼んだのはアイスコーヒーで、リヤンが頼んだのは温かい紅茶、そしてライが頼んだのは冷たい紅茶とケーキだ。
「……そうか。……なら、次は私がお前達に聞いても良いか?」
「……?」
そして、それを聞いたルミエはいつの間にか自分も頼んでいたミルクティーを片手にライ、フォンセ、リヤンへ問うた。
ライは"?"を浮かべていたが、直ぐに表情を戻して応える。
「ああ、別に構わないさ。俺だけが質問をするってのは俺自身……少々頂けないからな……」
ライの答えはイエス。
自分たちだけが一方的に質問するのはライ自信に思うところがあったからだ。
「……そうか。じゃあ単刀直入に聞こう……『お前達の目的は何だ』……?」
「「「…………!」」」
ルミエの問いは、まだ隠しているライたちの目的について。
ライ、フォンセ、リヤンはピクリと反応を示し、ルミエに向けてライが返す。
「質問を返すようで悪いんだが……何故そんな事を……?」
ルミエの言葉を聞いたライ。
ライは紅茶をテーブルの上に置き、ルミエの質問から生じた自身の新たな疑問をぶつける。
「フッ……そうか、やはりな。……その様子だと……中々に話しにくい目的があるみたいだな……。そしてお前の疑問だが……それはこの街で何か……そう、情報的な物を集めていたからな。だから何かこの街に関係する目的があるんじゃないかと思っただけだ……」
その質問に返すルミエは、ライの目的が"ウェフダー・マカーン"に関係している事だと推測していた。
まだ征服が目的とは分かっていない様子だが、だからこそライへ質問したのだろう。
「成る程な……」
ライはルミエの推測を聞き、再び紅茶を一口含んで頷く。
そのあとケーキを一口食べ、自分を落ち着かせている様子だ。
「……」
「……」
ライが行った一連の流れを見ていたルミエもミルクティーを一口飲み、ほんのりと甘い水分で喉を潤す。
「「……」」
ライとルミエ、二人の間には得体の知れない緊張感が走っており、近くに居るフォンセとリヤンにもそれが伝わっていた。
「ハッハッハッ! なんだルミエ? なんだか面白そうな事をお客さんと話してんじゃねえか!」
「「……!」」
「「……?」」
そして、その空間に入り込んで来るのはそこはかとなく明るい性格をした者──
「シャドウ……お前か……」
──シャドウ。
"ウェフダー・マカーン"の幹部にして"ウェフダー・マカーン"の警備、経営、その他諸々を行う者。
「ハハ! 何かこの街に関係していそうだしよ……俺も混ぜてくれねえか?」
「これはこれは……幹部さんと側近さんが御揃いで……」
ライ、フォンセ、リヤンとルミエの会話に入り、混ざるシャドウ。
シャドウは不敵な笑みを浮かべてライたちへ話し、ライはそんなシャドウを見て苦笑を浮かべる。
このメンバーにシャドウが加わり、より一層ややこしくなりそうな"ウェフダー・マカーン"のカフェ店内だった。