百二十四話 魔族の国、五番目の街・五人目の幹部
パチパチと音を立て、漆黒の闇を照らすのは真っ赤な焚き火の炎。
今宵は新月。月も無く、星の光と焚き火の光のみが静かな冬の森を照らしていた。
どういう理屈か、二日も経過していないのに月の形が頻繁に変わる。
一昨日は上弦の月、昨晩は真っ赤な月。しかし赤い月は上弦の月の次に見る事が出来る形のだった為、赤い色以外違和感は無い。
そして問題は今夜の新月だが、場所は違えど同じ国でそんなに変わるものだろうか。
「……すっかり日が暮れたな……まあ、一つの街を征服して一つの街を……解放? 粛正? ……したから当たり前か……」
「そうだねぇ……昨日は百鬼夜行だし……何か疲れちゃった……」
月の事はさておき、その焚き火を囲みながらライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人は昨日と今日起こった事を振り返るように話をしていた。
昨日"シャハル・カラズ"へ到着し、そして百鬼夜行が攻めて来る。それを撃退したあと"シャハル・カラズ"メンバーとの戦闘。
とまあ、たった一日二日で色々あった。
「取り敢えず……昼頃に起きたけどやっぱ眠いな……寝るか」
ある程度話したあと、ライはふわぁと欠伸を掻き横になる。
起きた時間帯は遅かったが、それに付けても一日で様々な事を行った。昨日の百鬼夜行騒動の時に溜まった疲労も完全に抜けておらず、それらが合わさった結果昼頃に起きても眠くなるのだろう。
「うん……そうだね……」
「おやすみ……」
「ああ、お休み……」
「みー……」
「ふふ……見張りは任せておけ」
そんなライの欠伸に釣られ、レイ、リヤン、フォンセ、キュリテも欠伸を掻いて横になる。
"シャハル・カラズ"で睡眠を取ったエマは、また数週間は寝なくても良い状態となっている。それに加え、サリーアから血と精気を少し頂いた為に食事も暫くは摂らなくとも平気だった。
「じゃあ……"土の壁"……そして"巡る風"……」
「えい……」
「ふわぁ……」
ライたちはフォンセとリヤンの土魔術にキュリテの"アースキネシス"で風や幻獣・魔物避け用の壁を造り出し、風魔術と"エアロキネシス"で心地好い風を巡回させて結構快適な空間を創り出した。これならば冬の森でも寒く無く、快適に過ごせる。
「エマは良いのか……?」
「冬だし……寒いと思うよ? ……まあエマには関係無い寒さかもしれないけど……」
そして、その土から造られた建物? の中に入らないエマに対し、ライとレイは訝しげな表情で尋ねた。エマは葉の無い木の上に座り、ライとレイの方を一瞥して話す。
「ああ、今宵は新月……私たちヴァンパイアにとってはこれ以上無い程の快晴だ……折角だからもう少し眺めていたいんだ……。それに、寒いのは苦手ではないと知っているじゃないか。肉体的な機能は既に死んでいるからな。大丈夫だ」
本来、ヴァンパイアという者は夜に活動する。
ライたちに着いて行っているからとはいえ、昼に行動を起こすエマはヴァンパイアの中でも稀少な部類に入るだろう。
そしてそのヴァンパイアだが、その力を最大限に出せるのは新月の夜だと謂われている。
ヴァンパイアの弱点は太陽。元々太陽の光が反射して映し出される月は謂わば力の弱い太陽だ。
その月が無いのなら、ヴァンパイアの枷が無くなったのと同義。つまりヴァンパイアは新月の夜こそ最高の時間なのだ。
「そうか。じゃあ、お休み……エマ。エマの所も開けておくから気が向いたら入ってきてくれ」
「何時でも来てねぇ……」
そう言い、また一つの欠伸をして壁の中へ入っていくライと目を擦りながら入っていくレイ。
そんな二人を見たエマはフッと笑い──
「……ふふ、可愛いものだな……私を心配してくれる仲間というのは……。何かあったら私が護ってやりたいものだ……。私よりも遥かに力が強い者たちだがな……」
──誰に言う訳でも無くそう呟き、再び月の無い漆黒が包み込んでいる新月の夜空を眺めていた。
*****
翌日、ライたちは目覚め、土の壁からまだ冷え込む外に出てくる。
「ふわぁ……おはよう……」
「おはよー」
「ああ……おはよう……」
「…………。………………」
「皆ぁ……おはよー……」
「ふふ……相変わらずだな……」
ライたちは何時ものようにボーッとしており、何時ものように眠そうな目を擦っていた。
そんなライたちに向けて笑みを浮かべるエマ。やはり保護者みたいなものなのだろうかと疑問に思うところだ。
「……というか、結局エマはずっと外に居たのか?」
そして少し経ち、ある程度頭が冴えてきたところで昨晩ずっと外で待機したであろうエマに尋ねるライ。エマは軽く笑ってその問いに返す。
「ああ、少し経ったら行こうかと思っていたが……空を眺めていたら時が経つのを忘れていた。如何せん長生きだからな。ライたちが寝ている数時間などあっという間に過ぎ去ってしまう」
つまり、エマは数千年生きたヴァンパイアの為、人間や産まれて間もないライやフォンセの睡眠時間などほんの刹那に過ぎなく、少しボーッとしているだけで経過してしまうと言う。
「成る程ねえ。確かにエマにとっちゃ俺たちの睡眠時間は一瞬かぁ……」
エマの言葉を聞いたライは妙に納得する事が出来た。
確かに虫やその他の生き物の時間と人間・魔族の時間は大きく異なるからである。長生きのヴァンパイアからすれば、その程度の時間なのだろう。
「さて、取り敢えず次の街を目指して歩くか……」
「「うん」」
「ああ」
「そうだな」
「そうだねー」
そして全員が完全に目覚めたところでライは立ち上がり、次に進むよう促す。
そんなライに続いて立ち上がるレイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの五人。
ライたちは森を抜ける為、次へと進んでいく。
*****
「何か……"シャハル・カラズ"と打って変わって全体的に暗い雰囲気だな……」
それから少し歩いたライたち一行は目的地に辿り着いた。
ライたちが目にしたのは幹部が居るという割には暗い雰囲気に包まれた街があった。
──建物は多く見掛ける煉瓦仕立ての物だが……その建物にはヒビが入っており、その回りにある木は朽ち果てている。
その一件一棟には蜘蛛の巣が張っている物もあり、住んでいる者が居るのかも怪しいものだ。
そして偶然か否か、今日は日の光が差さない曇天の空模様だった。その空はこの街の雰囲気にあっている。
魔法・魔術でこの雲を創った可能性もあるが、それにしても何と言おうか不気味であった。
「確かに全体的に暗いな……。だが、私的にはこのくらいが丁度良い」
しかし元々闇を好むヴァンパイアのエマはその風景や雰囲気が心地好いものらしい。
一応まだ朝なので傘を持っているが、この空を眺めているエマはご機嫌そうにその傘をクルクルと回していた。
「ハハ……寧ろエマは何時もより自由に行動できるかもしれないな……」
エマの言葉を聞いて苦笑を浮かべるライ。日差しを直接浴びないという事は、ヴァンパイアにとって苦痛が少ないという事。
人間・魔族も鎧の上から攻撃を受けた方が直接肌に受けるよりダメージが少ない。それと同じなのだ。
「……まあ、まだ入り口? だけど他の魔族が居ないし……少し見て回りながら色々と探してみるか」
取り敢えずライは苦笑を浮かべつつ見たところ、魔族の姿をまだこの街では確認していない。
此処で見てるだけでは意味が無いとして、ライはレイたちに捜索する事を提案した。
「うん、そうだね。ずっと此処に居てもしょうがないし……何時ものように情報集めた方良いかもね」
その事へ最初に返したのはレイ。レイもライの意見に同意し、この街を少し見て回る提案に乗る。
「ああ、そうだな。此処に居ても仕方無いのは事実だ」
「……同じく……」
「そうだねー♪」
「ああ、過ごしやすそうな街だ……見て回りたい」
フォンセ、リヤン、キュリテそしてエマもライとレイの意見に同意した。
全員が納得してくれたので兎に角、その街の中に入ろうとした──
──その時、
「おお? 珍しいじゃねえか。この街にお客さんが居るなんてなあ。……つか、一人はどっかで見たような顔だぞ?」
「「「…………!」」」
「「「…………!」」」
背後から声が掛かり、街へ入ろうとしたライたちの足が止まった。そしてその声の方を向き、声の主を確認する。
「アンタ……いや、貴方は……?」
ライはその者の姿を確認し、その者が誰なのかを聞く。
つい何時もの癖で"アンタ"と言ってしまいそうになるが、というか言ったが"貴方"と言い直して尋ねた。
初対面か分からないが、初対面の可能が高いのでアンタ呼びは失礼だろうと思った次第である。
「俺か? 俺の事を知らないって事は……外の国から来た奴らか……まあ良い。……俺は『シャドウ』。この街……"ウェフダー・マカーン"の幹部にして支配者さんを除けば魔族の国でも五本……いや、三本の指に入る実力者だ!」
「……成る程……。幹部さんでしたか……」
ライの質問に返す──シャドウ。
シャドウは何の躊躇いも無く自身の名を名乗り、自分が幹部である事を簡単に明かした。
「……ハハ、毎回毎回……大体の街で最初に会うのは幹部だなぁ……」
ライはもう幹部にあった事へ対し、苦笑を浮かべる。
"イルム・アスリー"のゼッルと言い、"シャハル・カラズ"のモバーレズと言い、大体その街で初め、ではないにしてもそれなりに長い会話をする者は幹部だ。
少し違うかもしれないが、"タウィーザ・バラド"でも謎の老婆や引っ手繰り犯を除くとその後に親しく? なったという意味ならばアスワドも初めて話した者に入るだろう。
"レイル・マディーナ"の場合は最初の会話相手がリヤンなので別とする。
何はともあれ、ライは幹部などといった上位層と会う機会が多いのかもしれない。
そしてシャドウがしれっも告げたが、この街の名は"ウェフダー・マカーン"というらしい。
「へえ? って事は今までも幹部が居る街に行った事があるって事か?」
そしてそんなライの言葉を聞いたシャドウは興味深そうにライへ尋ねる。
毎回会うという事は、その街へ行った事があるという事だと分かるからだ。
「はい。俺たちはとある目的で旅しているんですけど……その時に幹部たちとも関わりがありましてね……」
シャドウに聞かれたライは世界征服の事を伏せて話す。
しかし嘘は言っていないので、シャドウも何か疚しい事があるとは思わないだろう。
「へえー! 目的ねえ! この年で大した物だなあ!」
ハッハッハッハッ! と、高らかに笑い声を上げながらライに話すシャドウ。この街が誇る景観とは裏腹に、何とも明るい性格の者だろう。
「ハハ、貴方こそ……。街の雰囲気に似合わず明るい人ですねえ」
そしてその事に突っ込むライ。
この街に長い事住んでいたら性格が変わりそうな物だが、シャドウはぶっちぎりで明るい部類の者である。
「ハッハッハッ! そうか? まあ、そうだな! あと敬語じゃなくても良い!」
再びシャドウは高らかな笑い声を上げてライに返し、敬語で無くとも良いと告げる。
そしてライの言った言葉に対し、少しだけ目を細めて言葉を続ける。
「……昔のこの街は普通の街だったんでな。面白味も無く観光に来る奴も少なかった。だから何か取り組んで観光客を増やそうと思ったんだ。が……何故かやって来ないんだよなあ……」
この街がこんな雰囲気の理由は観光客を増やそうと変わった景観にしたかったらしい。特徴的な街ならば観光客に覚えて貰う事が出来、様々な利点があるからだ。
しかしこのような場所に来るものが果たして居るのだろうか疑問に思うところである。
「へえ? 観光客ねえ……。まあ、街として機能する為には貨幣が必要だろうからなぁ……。けど、こんな雰囲気じゃ逆に近寄りたがらないんじゃないか?」
自分が思った事をシャドウに向けて話すライ。
確かに敬語じゃなくても良いと言われたが、直ぐに敬語を止めるのはどうだろうか気になるところだ。
それはさておき、確かにこの雰囲気では物好きくらいしか近付きたがらないだろう。
「やっぱそうなのかねえ……。まあ、取り敢えず今はこの街の住人もこの雰囲気になれているからな。いずれは変える事になると思うが……今はこのままで良いさ」
ライの言葉にやっぱりかと頷くシャドウだが、まだ暫くはこの景観を残すと言う。
まあ幹部なので本人の意思で自由に模様替えが出来るので問題無い筈である。
シャドウは一通り話終えたのかライたちの方を向き、
「……取り敢えずアンタらはお客さんだろ? 遠慮無くこの街を見て回ってくれ。俺は仕事があるから消えるぜ」
「「「…………!」」」
「「「…………!」」」
そう言い、シャドウはライたちの目の前でその姿を消した。
文字通り消えたのだ。
"テレポート"とも、"空間移動"の魔法・魔術とも違う。何らかの移動法を使ったのだろうか。
「ハハ、何か友好的な人だな……この街の幹部は……」
「アハハ、そういえば幹部たちの集会的なのでも強さの秘訣とかを熱心に聞いてたり……"幹部たちと友達になる!"……とか言っていたかも……。ダークさんが心底面倒臭そうな表情だったな……」
ライがシャドウの様子を見て感想を言う。
キュリテ曰く、元々友好的な性格で他の幹部たちにも似たような対応をするらしい。
「まあ、魔族達は野望を秘めている者も居るが……簡単に敗北を認めたりと中々素直な奴らだったな……」
そんな二人の会話に入るのはエマ。
エマが言うように、確かに他の魔族も全体的に友好的で暗い者はあまりいなかった。恐らく戦闘好きを含め、それが魔族の性分なのだろう。
「ハハ、そういやそうだ……。まあ、取り敢えず目的は達成するつもりだけど……今は今まで通り街を見て回るか……この雰囲気も改めて見てみれば中々興味深いものだし」
そしてシャドウが去り、話もある程度纏まってきたところでライが改めて街の探索を提案する。
「ああ、そうだな。さっきの奴が来なければもう街を見ていた筈だし……さっさとある程度調べて回ろうか」
その事に同意するエマ。
何時もの事ながらレイ、フォンセ、リヤン、キュリテも頷いて返し、早速行動する事にした。
全員の意見が一致したところで、ライたち六人はこの街"ウェフダー・マカーン"を探索する事になった。




