百二十話 ライvsモバーレズ
「……ふう。これで全員か……?」
額の汗を拭い、一息吐くように話すフォンセ。
「ああ、流石に全員は無理そうだったが……まあ、キュリテと相手の側近達は連れてきたし……取り敢えず兵士らも一つの場所に纏めた……。多分大丈夫だろう」
「うん。私も風魔術を上手く扱えたから、兵隊? ……も傷付けなかったよ……」
そしてフォンセに返すエマと、そんなエマに同調して頷くリヤン。
今回は比較的動ける三人がキュリテや側近、ザラームに兵士達を場所別に集めた。
リヤンとフォンセが大勢居る兵士達を風魔術で運んだのだ。
側近は全員が気絶しており、兵士達も既に戦意喪失している状態だ。
なので、ある程度集めても問題無いのである。
因みにエマ、フォンセ、リヤンの三人は城の前におり、ライとレイに何かあったら直ぐに入れる体勢にしていた。
しかし城の様子は分からない為、中ではどんな状態なのか良く分からない。キュリテの意識が戻れば楽なのだが、ザラームとは死闘だったらしくまだ戻らない状態だ。
先程からキュリテには回復魔術を施しているフォンセとリヤン。
取り敢えず傷は治ったので、あとは意識が戻るのを待つのみだった。
「待てェい!!」
「「「…………?」」」
そして、ある程度落ち着き始めたところでエマたちに向けて声が掛かる。エマたちはそちらを見やり、それを確認した。
「成る程。残兵か……まあ、数十人程度だし……問題無さそうだ」
そこには数人の兵士がおり、その兵士達は刀や銃などの武器、魔法・魔術用の道具を持っていた。
その様子を一瞥するように眺め、残党兵士と推測するエマ。
「舐めるなよ!」
「我々も"シャハル・カラズ"の一員だ!」
「一時的に気を失ったりしたが……それは昔の話だ! もうやられんぞ!」
武器を構え、次々と口にする兵士達。それを聞いたエマはフッと笑い──
「……そうか。なら……」
「「「…………!!?」」」
次の瞬間、エマが兵士達をすり抜け、兵士達の背後に一瞬にして回り込んだ。
「もう少し気を失っていろ……!」
「「「………………」」」
その一瞬にして兵士達の意識を刈り取った。残った兵士に視線をやるエマ、フォンセ、リヤン。取り敢えずエマたちは残兵を仕留める事にした。
*****
ライとモバーレズは向かい合い、互いの出方を窺う。両者共に一度戦った相手とはいえ、油断なら無いのだ。
「ハッ! じっとしていても埒が明かねェ!! 来ねェなら俺から行くぞ!」
次の刹那、モバーレズは刀を二本取り出し、ライの元へ向かって行く。
レイの時は刀一本で戦っていたが、刀一本で戦った時はライに負けているので今回は最初から二本なのだろう。
「行くぜェ!!」
そのまま城の床を踏み砕いて加速するモバーレズ。
自分の城なのだが、別に壊しても良いという考えなのだろうか気になるところである。
「ダラァ!!」
そしてモバーレズは、ライに向けて刀を振るうった。
「おっと……!」
その刀を一瞥して避け、移動するようにモバーレズの死角に回るライ。
「そこっ!」
「……!」
そしてモバーレズへ向けてライは蹴り上げを放つ。
ライの蹴りはモバーレズの顎を掠ったが、直接的に命中はせずモバーレズは仰け反って避けた。
「ほらよっと!」
次いでライは脚を横に薙ぎ、その体勢のままモバーレズへ攻撃を仕掛ける。その蹴りも仰け反って避けるモバーレズ。
「此方も行くぜ……!」
ライの蹴りを避けたモバーレズは二本の刀を向ける。
「その程度……!」
そしてその刀も紙一重で避けるライ。斬撃は飛び、モバーレズの城にある柱や壁を切断していく。
「とは言っても……(使うか……魔王。お前を纏うぞ!)」
まだモバーレズの攻撃を受けてはいないが、本気のモバーレズを相手にするのなら自分だけの力では少々足りないと考え、ライは魔王を纏う事にした。
【ハッハー! やっと出番かァ!! 待ってたぜェ!!】
何時ものようにノリノリの魔王(元)。
今回は殆ど、ライ一人で戦っていた。なのでようやく戦える事に歓喜しているのだろう。
ライの言葉に反応して漆黒の渦がライに纏わり付く。
「さて、これからが本番だ……!」
魔王の力を纏って構えるライ。魔王の力故か、それには何も言えない威圧感があった。
「ククク……テメェもやっと本気か……その黒い何かが力の源って感じだな……」
魔王の様子を見たモバーレズ。
モバーレズはその威圧に冷や汗を流すが、それと同時に多少なりともワクワクしている様子だった。
「行くぞ……!」
次の刹那、ライの姿が消え去り──
「よう……」
「……!?」
──一瞬にしてモバーレズの背後へと回り込んだ。
ライが纏っている力は精々三割。しかしライ自身が成長しつつある為、前よりも上の力が使えるようになったのだ。
「……ハッ! それくらいじゃなきゃ面白く無ェ!!」
「そうかい」
それを感じるや否やモバーレズは背後に刀を振るい、ライはそれを避ける。
「避けたか……」
モバーレズも攻撃の為じゃなく距離を取る為に放った刀なので、特に気にしていない様子だ。
「アンタ……そろそろ一発入れるぞ……!」
「……!」
距離を取ったライは直ぐに駆け寄り、近付き様にモバーレズを吹き飛ばす。
しかしモバーレズも見抜いており、刀を二本使って直撃は避けていた。
「また随分と重くなったな……その拳よォ……!」
吹き飛ばされたモバーレズ。
モバーレズは城の壁を貫通して砕き抜け、外にあった屋根の上に移動していた。
「まあ、こんなもんだ。けど、戦いはまだまだ始まったばかりだ。続きと行こうか?」
そして何時ものように吹き飛んだ者が起き上がった時、既にその場へ来ていたライはモバーレズを見下ろしながら言葉を返した。
「ああ、そうだな……!」
「……!」
刹那、モバーレズは寝転がる要領で身体を捻り、二本の刀をライに向けて斬り付ける。
反応が遅れたライに刀が掠り、小さな切り傷が出来てゆっくりと血が流れた。
物理耐性も上がりつつあるライだが、やはり幹部クラスでは少々ダメージを負ってしまうのだろう。
「そらァッ!!」
「うおっ……!」
続いて身体を回転させ、ライの足に自らの脚を掛けるモバーレズ。不意を突かれたライは転びそうになった。
「そこだァ!!」
「……ッ!」
そしてその隙を突いたモバーレズは刀を突き刺そうと攻撃し、ライの頬を再び掠る。
「……!(油断していたのは俺の方か……! 幹部クラスを相手にするんだ……!油断大敵ってのは理解していたじゃないか……!)」
それを受けそうになったライは反省し、心の中で油断しない事を誓う。そして改めてモバーレズから距離を取った。
【ハッハッハ! 油断も何も、結局は倒す事に変わり無えんだろ? 俺が居るんだ! ちょっとやそっとの傷なら問題無え!】
そんな事を考えるライに向け、魔王(元)が笑ったように話す。
事実魔王によって耐久力も上がっている為、ちょっとやそっとの攻撃ならダメージは受けないのである。
(ハハ、そうかい)
そして次の瞬間、ライは屋根の瓦を蹴り砕いて加速した。
「じゃあ遠慮無く攻められるなァ!!」
「何一人で言ってンだァ!!?」
刹那、魔王を纏ったライの拳とモバーレズの刀がぶつかり合い、屋根の一部が消し飛んだ。
ぶつかり合ったライとモバーレズは互いに弾き飛ばされ、屋根の上を滑るように進んで瓦を砕きながら勢いが止まる。
「オラァ!!」
「ダラァ!!」
勢いが止まったライとモバーレズは、間を置かず直ぐに向かって再び激突した。その衝撃で辺りが振動し、城から再び木材や瓦が落下する。
「オイオイ、人様の家を何だと思ってンだァ?」
崩れ落ち行く城を眺め、刀を構えながら笑みを浮かべてライに話すモバーレズ。
どうやら自分が住んでいるという事もあり、城の無事が心配なようだ。
「ハッ、自分の家を戦場にしたのはそっちだからな。……まあ最も、俺たちが征服しに来たってのもあるけどな……!」
そんなモバーレズに返すライ。
ライの言うよう、自宅を戦場とさせたのは紛れもないモバーレズ。ちょっとやそっとの破壊は仕方無い事だろう。
だがライ自身、自分たちにも原因があると理解していた。
そんなライは警戒しながら構えており、苦笑を浮かべている。
「ザラーム様ァ!!」
「我々部下111人のうち数十人も!!」
「いますよォ!!」
そして次の瞬間、砕けた壁から屋根に向かって飛び降りてくるモバーレズの部下達。
部下達は刀や銃、弓矢を構えており、魔術兵は魔力を溜めていた。
「アンタの部下か……」
そんな部下達の方を一瞥し、直ぐにモバーレズの方へ向き直るライ。モバーレズはクッと笑って言葉を発する。
「ああ、これは攻城戦。俺一人vsお前一人って訳じゃねェからな……部下兵士たちも無論俺の味方だ」
そう、これは部下ありきの攻城戦。まだ部下が残っていればその部下達はライたちを狙うのだ。
「ああそうだ。だから俺も……」
「「「…………!!?」」」
次の刹那、ライ目掛けて向かっていた兵士達が吹き飛んだ。
「容赦せずに倒すつもりだ……」
無論、ライが拳を軽く放ってそのまま吹き飛ばしたのである。
「ハッハッハ! 俺も居るぞ!!」
そしてモバーレズもライに向けて駆け出した。
「……知ってるよ!」
そのモバーレズを止めるライ。刀と拳がぶつかり、兵士達を吹き飛ばす程の風圧が巻き起こる。
「「「まだまだァ!!」」」
互いの動きが一瞬だけ停止して動き出すライとモバーレズ。そんなライに近付く兵士達。
「面倒だ……!」
「……ッ!」
その兵士を見たライは一旦モバーレズを殴り飛ばし、モバーレズとの距離を開けた。
「先ずはアンタらだな?」
「「「…………!?」」」
次の瞬間、ライは兵士達の前に現れていた。兵士達の目にも止まらぬ速度で移動したのだ。
それが原因か、先程までライが居た場所には小さなクレーターが出来上がっている。
「オラァ!!」
「「グハッ……!!」」
先ず手始めに正面の者を殴り飛ばし、屋根から叩き落とす。高所から落下したが、敵の兵士たちも魔族なので屋根から落ちたくらいでは死なないだろう。
「クソッ……! "炎"!」
それを見た兵士は炎魔術を放ち、ライを焼き尽くさせようとする。
「効かないね!」
「……な!?」
それを拳で消し去るライ。ライはそのままその兵士の元に近付き──
「そらっ!」
「「「グワアアアァァァァァ!」」」
兵士の手を掴み、そのまま他の兵士達の方へ投げ飛ばした。
投げられた兵士達も屋根から落ち、土煙を巻き上げる。
「ほらよっ!」
「……!?」
次いでライは近くの兵士の顔に掌を当て、掌底打ちを放つ。それによって城の中へ強制的に吹き飛ばされる兵士。
「ダラァ!!」
「……!」
ガキィン、と響く金属音。
ライが兵士を吹き飛ばしたそのタイミングでモバーレズが刀を振るったのだ。
その刀に対してライは瓦を剥がし、咄嗟に防ぐ。当然のように瓦は真っ二つになったが衝撃を抑えられたのでライにダメージは無い。
「ハッ、吹き飛ばしただけじゃ流石にやられないか……」
「たりめーだ……!」
そして二人は距離を取る。屋根の上にはライとモバーレズが動いた衝撃によって土煙が上がっていた。
「ダラッ!」
「なんのっ!」
次の瞬間にはモバーレズが二本の刀を振るい、ライはそれを紙一重でかわす。
そしてライはそのまま身体を捻り、片手を屋根の瓦に着き──
「ラァ!」
「…………ッ!」
──そのまま片手で回転してモバーレズの顔を蹴り抜いた。
蹴られたモバーレズは屋根の上を吹き飛び、屋根から飛び出す。
「落ちろォ!!」
「ガハ……ッ!!」
次の刹那、モバーレズの上に移動していたライはモバーレズの腹部を殴り、モバーレズを地面に叩き落とした。
モバーレズは高さ数十メートルの城から叩き落とされ、そこの落下地点だったであろう場所には大きな土煙が舞い上がる。
「っ痛ーな……」
ガラガラと、城の下にあった建物に落下して砕かれた瓦礫から現れるモバーレズ。モバーレズは頭を掻いており、その頭からは出血していた。
「まあ、少しの怪我は承知の上だろ? 悪いな」
そんなモバーレズの前に立つのは魔王を纏って黒いオーラを放っているライ。そんなライは、飄々とした態度で言葉を続ける。
「けど、足場が悪くて狭かった屋根からこの場所に移動できたんだ……これで心置き無く戦えるだろ?」
「ククク……ああ、そうだな。心置き無くやり合える……だからこの傷は……テメェの敗北をもって償わせてやろうじゃねェか……!!」
ライの言葉に返しながら立ち上がるモバーレズ。刀は二本とも無事で、直ぐにでも戦えそうな状態だった。
「じゃあ償えないな。俺は負けるつもりは無い……!」
「ククク……テメェは負けるから半ば強制的に償わされるんだよ……!」
刹那、ライとモバーレズの姿がその場から消え去った。それと同時に辺りへ大きな轟音が響き渡り、城を覆う程の土煙が舞い上がる。
「オラァ!!」
「ダラァ!!」
再びぶつかり、瓦礫を風圧で吹き飛ばすライとモバーレズ。
「「……!!」」
二人は互いの顔を一瞥したあと直ぐに離れ、直ぐに近付き──
「そ──!」
「ダ──!」
──ライは脚を繰り出し、モバーレズは刀を繰り出す。
「「────ラァ!!!」」
そしてそれらの激突によって生じた爆風が辺りを大きく振動させた。
「ダラッ!」
「っと……!」
続いてモバーレズは左手の刀をライに振るい、ライはそれを避ける。それによってライの頬から多少出血した。
「ソラッ!」
「……!」
その後右手の刀もライに向け、ライの顔を掠ってライの髪を数本切り落とす。ライは咄嗟に反応した為、仰け反る形となった。
「ゴラァ!!」
「……!」
最後に二本の刀を交差し、それを開くように仰け反ったライへ向けて斬り付ける。
ライは跳躍してそれを避け、
「オラァ!」
空中で身体を捻り、その体勢の状態で拳を放った。
「ハッ、当たらなければ問題無ェ!!」
そしてその拳を避けるモバーレズ。ライは勢い余って地面に拳がぶつかり、辺りにクレーターを造り上げる。
「そして隙だらけだ……!」
そんなライに向けて二本の刀を刺し込む体勢に入るモバーレズ。ライは拳を打った体勢なので直ぐには動けない姿勢だった。
「そう簡単に隙は見せねえよ……!」
「……何っ?」
次の瞬間、ライは大地を抉ってモバーレズの方に小さな壁を物理的に造る。
その壁に一瞬だけ気を取られたモバーレズは一時停止し、ちょっとした隙が生まれた。
「オラァ!!」
「……ッ!」
そしてライは、地面から造った壁ごとモバーレズを蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされたモバーレズは城を貫通し、反対側へと吹き飛ぶ。
「やるじゃねェか……まさか拳を地面に突っ込んだまま引き抜いて壁を造るとは……」
吹き飛んだモバーレズは瓦礫に埋もれていた。
そして既に来ていたライの方へ視線をやり、称賛のような声を掛ける。
「ああ、だけど……まだ大きなダメージを受けた訳じゃないな」
そんなモバーレズに返しつつ、モバーレズの状態を見るライ。
頭から血は流れており、所々に傷のような物はあるが、ダメージはそれ程受けてい無い様子だった。
「だな。……だがそれはテメェにも言える事だ……」
瓦礫をどかし、刀を拾って立ち上がるモバーレズ。動きを見たライは警戒しつつ、少し跳躍して後ろに下がる。
「取り敢えず……城が完全に壊れる前に決着を付けるか……」
「オーケー。まあ、城が壊れるまでに決着が付くか分からないけどな……」
ライとモバーレズは再び向かい合う。
ライは魔王の力を纏っており、モバーレズは二本の刀を構えている。
そんなライとモバーレズの織り成す戦いは、まだ続いていた。