十一話 これからの行動・風呂での出来事
宿に戻ると、すっかり日も落ちていた。空には満月の次になる少しだけ欠けた月が笑う。
そんな闇夜の宿にある部屋で三人は、今後の方針について話し合う事にした。
「……何はともあれ、所持金は増えた。ダーベル……いや、ペルーダが渡してくれたのは本物の金貨だったみたいだ。多分、どうせ食うから本物を渡しても問題ない……的な考えだったんだろうな」
「うん、そうだね。でも、これで数ヶ月は持ちそう」
「そうだな、所持金の問題は解決した。さて、次は本格的に国へ攻める算段を練ろうか」
頷くライとレイ。
まずは、周辺に悪名高い国がないかを調べることにする。
「悪名高い国といっても……国王が自国の悪い噂を流すとは思えんな。……ライ。お前、悪名高い国を少しは知っていると言ってなかったか?」
「ああ、少しはな。まあ、奴隷から聞いた話だから信憑性も本よりは高い筈だ。今居るこの街に、近い所から来た奴隷の情報を、俺が知っている限り話す」
ライを見つめるレイとエマ。
ライはそんな二人を見つつ、その言葉を思い出すように綴る。
「……確かその奴隷は、俺の居た街から一五〇キロほど離れている国からやって来た。って言っていたな……。大体二、三日で着いたらしい」
「ほう……。どの方角から来たと言っていた?」
エマはライに、奴隷が来た方向を尋ねる。方角を知る事が出来ればそれだけで目標が決まるかもしれないからだ。
その質問に対し、ライは記憶を辿って言う。
「確か……。俺の街からは南西に一五〇キロで……。俺の街と、この街の距離は大体三〇キロくらい……、つまりこの街からその奴隷の街まで約……一二〇キロくらい……か?」
考えながら話をするライ。悪魔で他人から聞いた話。なので曖昧な部分もあるのだろう。
取り敢えず纏めると、その街までは少々距離があるようだ。
「ふむ……。確かに人間の足ならば大体二、三日くらい掛かるな……。下手したらそれ以上掛かる。それに加え、道中には中々凶暴な幻獣や魔物が居ると聞く」
エマの言った事に、ピクリと反応したライは考えるように言う。
「凶暴な幻獣に魔物……? ここら辺は人間の領土じゃないのか……。いや、国や街はその種族の領土だが、整備されていない道や、自然が溢れる山や森は誰の物でもないという事なのか……?」
ライが言った言葉に、ほう? と、エマが笑って返す。
「ふむ……、中々鋭いではないか。概ねその通りだ。……まあ、誰の土地でも無いが、強いて言えば、『自然の物』というべきか……。整備されていない場所は、『自然体で残っている』という事だ。今では世界が、四つの種族によって棲み家が分担され、それぞれに"掟"が定められている。しかし、数千年前……つまり魔王が支配していた時は弱肉強食、強いものが生き残る世界だった。要するに、自然の物=ありのままの姿という事だな」
つまり、"自然の物"という考え方は、誰にも支配されず、生き物が悠々と過ごしているという事だ。
支配者によって分担された世界は、それぞれに"掟"がある。自然の物にはその"掟"が無い。
良く言えば自由、悪く言えば無法地帯。整備されていない場所は"掟"に縛られるのが嫌になった生き物達が集う場所なのだ。
「成る程。要するに"危険がいっぱい"。って事だな」
「ハハハ……略しすぎ」
ライはエマの話を聞き、自分なりに一番手っ取り早い言葉を見つけて言う。
レイは極端に短くしたライへ苦笑を浮かべて言い、エマも笑いながら続く。
「フフ……そうだな。誰の物でもなく、ルールも無く、危険が多い。……とだけ言えば良かったか。長生きすると長話が癖になってしまって仕方ない。ライの言っている事で正解だ」
「だろ?」
そんなライの言葉を聞き、確かにその通りと同意するエマ。それを聞いたライは言い、隣ではレイが軽く笑う。そのような、賑やかに笑い声が響く三人部屋。
次に向かう街も決まった所で、宿の女将がやって来た。
「盛り上がっている所すみません。湯殿の準備が整いました為、お客様方に入浴を進めております」
その内容は風呂の準備が出来たらしい。
言われて気付く三人。確かに洞窟探索や、ペルーダとの戦いで三人は大分汚れていた。
特にライは、ペルーダの返り血を浴びている。無論真っ赤に染まった者が来たら他の人を驚かせてしまうので多少は落としたが、匂いが付いたままの可能性もある。そして、エマも昼間に汗を掻き過ぎていた。
それらを踏まえ、風呂に入るのは良いかもなと三人は表情で語る。
「分かった」
「分かりました」
「うむ、分かった」
三人が同意するように返し、女将は頭を下げて歩いていった。
その後三人は、部屋にあった服やタオルを持ち、浴場へと向かう事にした。
そんな浴場へ続く宿の廊下は、外から見るより長い気がするものだった。旅の者も結構いるらしく、色んな人とすれ違う事が多い。
それらを眺めるうちに浴場に辿り着く三人。男湯と女湯で別れているので、ライと、レイ・エマは別々にその暖簾を潜った。。
*****
浴場で身体を洗ったあと、湯気の漂う湯船に浸かって一息吐くライ。
辺りを見れば自分以外にも客はいるが、割りと少ない。
「……ふう(良いもんだな。ゆっくりと落ち着けるってのは……)」
【そうだな。まあ俺が風呂に入っている訳じゃねえから分からねえけど】
「…………」
魔王(元)がライの思考に返すよう言い、それを聞いたライはフッと笑って湯に深く入る。
大きい湯船に入るのは初めてなのかもしれないと思考する。
普通サイズの風呂ならば頻繁に入るが、大浴場はライの記憶に無いからだ。
しかし、デカい風呂も良いものだなと考えるライだった。
*****
「フゥ~……。気持ち良いね~」
「そうだな……」
チャプ……と、こちらも身体を洗い流したあと、湯船に浸かる。
ヴァンパイアは流水に浸かることは出来ないが、どうやら風呂は大丈夫らしい。
手を伸ばして、背伸びをしながら言うレイに、返すエマ。
そのような行動をしつつ、一日の疲れが流れるように取れていく錯覚を覚える。
「でも、これからまた進むなら、こんなにゆっくり出来ることも少なくなるのかなあ……?」
伸ばした手を湯船に沈めたレイは、ふと思ったことを口にする。
確かに長旅で野宿が殆どとなれば、風呂に入る機会も少なくなるだろう。
それを聞いたエマは笑ってレイに返す。
「フフ……そうなるな。まあ、温かい湯ではなく、冷たい湖で水浴びでもするしかないだろう」
「やっぱりかあ~」
ブクブクと気泡を作り、湯船に浸かりながら残念そうに肩を落とすレイ。
幾ら汚れが落ちるとはいえ、湖は少し抵抗があった。
「だからこそ、今浸かっている湯を楽しもうではないか」
チャプン……と、白い素肌を左手でさするように触るエマ。
水滴に濡れて、艶やかな金髪がキラキラと輝く。
「うわー。髪の毛が光ってるみたい……」
レイはそれを見て、感嘆のため息を吐きながら言う。
それに気付いたエマはレイを一瞥し、金髪を後ろに纏めながらレイに話す。
「ん、そうか? まあ、ヴァンパイアは餌である人を惹き付けるように、人が好む見た目になれるからな。人というのは輝く物を好きな奴が多い、男でも女でもこの髪や容姿に惑わされ、殆どの場合は簡単に血や精気を吸わせてくれる。男には大人の姿を型どり、女には幼い姿を型どるのが良いという事だ。普段は身体が軽く、小さくて動きやすい子供の姿をしているがな」
「へ、へー……」
幼くも美しい見た目でそれを言われると、仲間であるレイも若干引く。それと同時に、便利ね。と内心で思うレイ。
周りの客は全員、そんなエマの話を聞いている感じではないのでヴァンパイアの事を言っても大丈夫だろうが、少しは警戒しているレイ。
引いている様子のレイを見て、ニヤニヤと笑うエマだった。
*****
(ふー。そろそろ上がるか……?)
時間も経ち、少し逆上せてきたライ。頃合いも良く、そろそろ上がろうと立ち上がる。
その時、後ろに居た者が話し掛けてきた。
「いやー。ペルーダを退治したのは貴方ですね。お見事です」
ピタッ、と動きが止まるライ。
横目でその人物? を確認しようとするが、湯煙とその者の髪の毛で顔を良く見ることは出来なかった。
振り向いてしまえば良いと思うだろうが、『それができなかった』。
「おいおい。折角の大浴場なのに、『そんな物騒な物』持っているんじゃねえよ。お湯が汚れたらどうするんだ?」
その男は、ライの脇腹に短剣を向けていたのだ。
ライだからこそ短剣を確認できたが、短剣はほぼ透明で、湯が反射する色と同化していた。
ライでなく、普通の人間だったらそれに気付く事なく切り裂かれていただろう。
「フフ、すまない。……しかしこうでもしなくては顔を見られてしまうからね。ここ数日中に戦うつもりは無いんだ。顔がバレると風呂から上がった後か、たまたま道で出会ってしまったらその時点で戦闘する可能性が増える。それを避ける為に顔を見られないようにしている訳さ」
「……ふぅん? まあ、顔がバレるかバレないか何て俺的にはどうでも良いけど……、じゃあアンタは……何故俺に話し掛けてきた?」
ライは警戒を解かず、話し掛けてきた理由をその男に問う。ライに問われ、男はわざとらしく考える素振りを見せて答える。
「そうだなあ……強いて言えば、『君に興味があったから』……?」
ピクリと眉を動かし、その言葉に反応するライ。
"興味がある"と言ったが、ライの何に興味があったのだろうか気になるところである。それは魔族の事か魔王の事か、もしかすればライその物にか。
「……じゃあ、俺にそれを言う為だけに俺へと話し掛けたのか?」
そこまで思考をしたライは思考を止め、その言葉を言う事だけが目的だったのかを尋ねる。
男はライの後ろから動こうとせず、言葉を続けるように質問に返した。
「いや、そうではない。ただ、忠告しに来ただけだよ」
「……忠告?」
男が言った言葉に、聞き返すよう発言するライ。忠告という言葉が気に掛かったのだ。
忠告と言うモノは、相手に警戒を促す事。ライはその意味を問い、男は短剣を近付けたまま返す。
「そ、忠告。ペルーダはここら辺の殆どを縄張りにしていた、中々強くて上位に君臨する存在。……それを倒した君は、『ここら辺の幻獣や魔物に襲われる可能性が高い』……ってこと」
「……へえ?」
その言葉が示す意味は、何時かペルーダを倒そうと目論んでいた幻獣や魔物が、己の強さを証明する為、ライをターゲットにする可能性があるという事。
ライを倒せばペルーダよりも自分が強いという事を証明でき、ペルーダの縄張りを自分の縄張りに出来るからだ。
しかし、幻獣や魔物はライがペルーダを倒したと知っているのだろうか? という疑問が出るだろう。
だが、幻獣や魔物の殆どは鼻が利く。
僅かにライが漂わせている、ペルーダに流れていた血の香りが幻獣や魔物は分かるのだ。
「ま、幻獣や魔物が襲ってくるのは別に構わないさ。それで名が広まれば『俺にとって都合が良い』からな」
「……ほう?」
ライが立ち上がり、脱衣場へと戻る。
男はライの目的や魔王の事は知らない。が、益々ライに興味が湧く。
そして風呂よ扉から脱衣場に出るとき、ライは軽い口調で男に向かって一言。
「あとその剣、『折れてるから』変えた方がいいんじゃね?」
「……なにっ?」
突然の言葉に男は、若干慌てたように短剣に視線を移す。
それを見ると短剣は、その根本から折れ、使い物にならない状態となっていた。
「フフフ……ライ・セイブルか……。面白い奴だ。何だか分からないが、凄まじい底力を持っているような気がする……」
誰にも聞こえないような声音で、呟くように、『教えられた筈のない』ライの名前を言う男。
その男も折れた短剣の刃を拾い、湯船から上がるのだった。
*****
そして風呂から上がり、宿に備え付けられている服を着る。この服は"ユカタ"といい、遠方にある島国の伝統的な服らしい。
外の国と文化交流が盛んといわれているこの国だからこその服だろう。
「あ、ライー!」
「お、レイにエマ。レイたちも今上がったのか?」
「うん。そうだよ」
「ああ、そうだ」
風呂上がりのレイとエマに合流し、三人で部屋へと戻る。
ライは風呂での出来事を言おうか悩み、夕食後に言おうと考えた。
三人は軽く談笑をしながら部屋に戻る。そして部屋に辿り着くと、そこには夕食が準備されていた。
「うわー。おいしそう!」
「そうだな。ペルーダと戦ったから腹が減った」
「さて、私はどうするか」
それを見てレイははしゃぎ、ライはレイの言葉に頷き、エマは食べなくても数ヶ月は持つが、どうしたものかと考えている。
その夕食は魚介類を中心としたモノであり、新鮮な魚や横にある和え物。白米に味噌を使ったスープ。様々な食材を油で上げ、醤油とはまた違った汁に付けて食す物など、さっぱりしつつ確かな満足感を得られる物だった。
そして美味なる夕食を終え、少しゆったりとしたあとライは話を切り出した。
「なあ、少し良いか?」
「え? 大丈夫だけど?」
「うむ。何だ?」
話を切り出し、構わないと告げるレイとエマ。
了承を得、そんな二人に向けてライは浴場であった出来事説明した。その内容は道中が危険という事とライに興味を持つ者が居るという事。その他にも起こった事を話すライ。
「成る程、確かに考えられるな。血気盛んな幻獣や魔物も少なくないと聞く。あのペルーダがどれ程の位置に居たのかは詳しく知らぬが、警戒する事に熟した事は無いな」
「まあ要するに、俺の仲間である二人には気を付けて欲しいって事だ。幻獣や魔物は全員が正面から来るという訳でも無いだろうしな」
ライの言葉に頷くレイとエマ。
まあ心配することは無いだろう。と、思っているような表情のライ。
そして夜も更け、眠りにつく三人。エマもどうせ暇だからと、二日振りの睡眠を取るようだ。
その翌日、ライたちは朝食を摂ってから宿を出て、街を後にし悪名高いという国へ向かう事にした。