百十五話 城の前
「通すなァ!! 相手はヴァンパイアとはいえたった一人だ!!」
「そうだァ!! 殺ろうと思えば行ける筈だァ!!」
「無茶言うなァ!!」
刹那、叫んでいた兵士達の意識が刈り取られた。
「悪いな。昼間で完全に力を使える訳じゃないが……貴様らなど傘を持ちながらでも片付ける事は容易なんだ」
──ヴァンパイアのエマによって。
エマは昼間という事もあり力が通常より弱いが、己が持つ特殊能力でそれを補うのは容易く出来た。
「さて、城まではあとどれくらいだ……」
「そう易々と行かせ……「邪魔だ」ガ……グハァッ……!?」
そして、何かを言いながら飛び掛かってきた兵士を片付ける。
「うーむ……数が多いのが少々面倒な事だな……。側近レベルを除いて106人か……。ここに居るのは精々数十人だが……」
次々と攻め来る兵士達を蹴散らすエマは、それでも数が多い事に嫌気が差していた。
何時もなら問題無いが、傘を差しているとはいえ日差しが強い。
ヴァンパイアのエマにはこの日差しの中で、その動き一つにも結構な労力を使うのだ。
天候を変えれば良いかもしれないが、それによって世界の気候がおかしくなったら大変である。
魔法・魔術で気温を操るだけならまだしも、エマの場合は天候その物を変えてしまう。魔法・魔術とは勝手が違い、中々扱い難いのだ。
「ふむ……。……良し……こうするか……敵が多いなら敵を味方にすれば良い……」
「「「…………!?」」」
そして、エマは催眠を使って兵士達を操った。
エマの近くに居た兵士達の動きが止まり、兵士達の目から光が消え去る。
「さあ……傀儡達よ……仲間同士で潰し合うが良い……」
「「「…………」」」
その瞬間、エマの合図により催眠状態になった兵士達が刀や魔法・魔術を使って仲間に襲い掛かる。
「……」
「……!?」
催眠兵士が刀を振り落とし、キンという金属音を鳴らしながらその刀を押さえる仲間の兵士。
「や、止めろォ!! 俺たちの事が分からないのか!?」
その兵士は催眠状態にあると気付き、何とか目を覚まさせようとしているみたいだが、まあぶっちゃけ無理だろう。
「……」
予想通り傀儡の兵士は止まる事無く、仲間の兵士へ向けた攻撃を止めない。その刀を振るい、本気で切り捨てるつもりの催眠兵士。
「ふふ……じゃあ、この場に居る兵士を半分くらいは操ったから全てを頑張って倒すんだな……。まあ安心しろ、殺すような催眠術は掛けていない。お前達か操られた兵士、どちらかが気を失えば自動的に停止するさ……」
それを楽しそうに眺め、淡々と言葉を綴りながら傘を回して優雅に歩くエマ。
「……き、貴様ァァァ!!」
仲間と戦う兵士が恨みの声を上げる。だが無視するエマ。
今はさっさと城に向かってライたちと合流する事が優先だからだ。
「悪く思わないでくれよ? これは"チーム戦"だからな……」
フフフフフ……と、エマは不気味な笑みを浮かべてその場を立ち去る。
数十人の兵士達を足止めしたエマは優雅に歩きながらモバーレズの居る城へと向かうのだった。
*****
「リヤン!」
「任せて!」
レイが合図を出し、リヤンが使えるようになった"蜘蛛の糸"で兵士達の動きを止める。
「ぐ……!」
「この……!」
「取れん……!」
蜘蛛の糸に絡み付けられた兵士達は必死の表情で蜘蛛の糸から抜け出す為に藻掻くが、藻掻けば藻掻く程糸が絡まり、ますます抜け出せなくなる。
「そらよっと!」
「「「グアアアァァァァァ!!!」」」
そして抜け出せない隙を突き、ライが軽く小突いて兵士達を吹き飛ばした。
「っと……もう此処まで来たんだな……」
そして、ライは上を見上げて話す。
そこには石垣の土台があり、その上には大きな建物が建ててあった。
「着いた……改めて見ると大きいなぁ……」
「うん。……けど、ベヒモスとか程じゃない……」
そう、ライたちはゴール付近──いや、スタート地点となるモバーレズの城へ辿り着いたのだ。
「ふふ、やはりライたちも来たか……。……まあ、幾らかの差でライたちの方が早かったみたいだがな……」
「「「……!」」」
するとそこに、傘を持ちクルクルと回しながらライたちへ話し掛ける者が居た。
美しき金色の髪を靡かせ、ルビーのように紅い目を光らせるその者──
「キュリテはザラームとやらと戦っている。だから私だけだ」
──無論、エマである。
「エマ。……そうか、キュリテはザラームとねえ……側近同士の対決って訳かぁ……」
ライはエマの方を振り向き、エマの言葉を聞いてキュリテの事を知る。
勿論ライは心配していないので、反応したところはかつての仲間同士の対決というところだった。
「取り敢えず、二人は居ないけど全員揃ったし……そろそろ城に……」
──"乗り込むか"とは続かなかった。
「「「「…………!!」」」」
ダンという銃声が響き、ヒュヒュンと風を切りながら幾つものクナイが天空から降り注いだからである。
「早速御出座しかぁ!!」
ライは銃弾を見極めて素手で防ぎ、空から降り注ぐクナイは全員が避ける。
「銃にクナイ……"狙撃手"に噂で聞いた"忍び"……って奴か……!」
銃声が聞こえた方向とクナイが降ってきた方向を眺めるライ、レイ、エマ、リヤンの四人。
「……!」
次の瞬間、遠方から飛んできた何かによってエマの肉体が斬り付けられた。
「「……ッ!」」
続いてレイとリヤンも斬り付けられ、小さな傷口から鮮血が流れる。
「……。これは……!」
ライはその犯人を目で追う事が出来た。
そして石ころを拾い、その者に向かって──
「……止めるか!」
「……!?」
──投石した。
石ころは音速を越え、大地を抉りつつ石ころその物を削りながら加速する。
そして石ころが地面に着いたと同時に大地は粉砕してクレーターを造り出し、強烈な爆音と粉塵を巻き起こす。
「……ッ!? なんてデタラメな力を持っているの……!!」
その者は石ころとは思えない程の衝撃に思わず停止してしまい、驚愕の表情を浮かべながらライに向かって話す。
「いえ、成る程。貴方が……ねぇ……。ザラームさんと決闘して勝ったってのも嘘じゃ無いみたいね……」
その者は警戒しつつもライの方に視線をやり、ザラーム──つまりモバーレズに決闘で勝ったのが本当だと確信した。
「ああ。……で、アンタは? まあ、モバーレズの側近ってのはその動きを見れば分かるけど……」
ライは決闘で勝利した事を肯定し、一応その者に尋ねるよう言葉を発した。
モバーレズの側近という事はその実力から容易く推測出来る。問題はその名だ。
「あら、失礼。名乗り遅れたわね。……私はサリーア。魔族の国の街"シャハル・カラズ"幹部ザラーム・モバーレズの側近を務めているわ」
そしてその者──サリーアはライの質問に答える。
名乗るのが礼儀と教えられている為、割りと簡単にその名を示してくれるのだろう。
「じゃあ、早速……戦闘不能になって貰うわよ」
刹那、サリーアの周りに煙が立ち込める。煙幕だ。煙幕を使ってライたちの視界を奪うという作戦なのだろう。
「ふん、こんな物……!」
「……!」
そしてその煙幕を掻い潜り、エマがサリーアの前に現れた。その手には力が込められてとり、何時でも攻撃を仕掛ける事の出来る体勢となるエマ。
「貴女……」
煙幕を物ともしないエマを見たサリーアは目を丸くして驚き、両手の指にクナイを差し込むように持ちながら構える。
「ふふ……私は他人よりも五感が優れている……それに、本来は闇夜を飛び回るヴァンパイアだからな?」
エマはそんなサリーアに向けて余裕の表情で話す。
元々五感が優れているというのもあるが、エマは夜目が利く。そして肌全体が敏感な為、少しの変化に気付くのだ。
それを聞いたサリーアはクナイを持ちながら跳躍し、
「……知ってるわよ!」
「……なにっ?」
クナイを放った。そしてエマが驚きの声を上げる。
しかしそれはサリーアの動きに対した驚きでは無く──
──ダンッと放たれた、的確にエマへ狙いを定めた銃弾についてだ。
今は煙幕が張られており、狙撃手からもエマたちの様子が見えにくい筈である。にも拘わらず、狙撃手は完璧なコントロールでエマを狙い撃つ。
「随分と優秀な仲間が居たものだ……そいつも側近か……」
これ程の実力者が雑魚とは考え難く、エマは側近の一人が城の上から狙っていると推測した。
「ふふ……それはどうだろうね……」
仲間の情報は話さないサリーア。
サリーアは話しながら煙幕に紛れ、ライたちの死角からクナイを放つ。
「「「…………!」」」
ライたちは紙一重でそれを避け、レイとリヤンはサリーアを、ライはサリーアの居場所に気付いているのでサリーアでは無く狙撃手を探す。
「煙が……邪魔だな!」
そしてライは拳を振り抜き、その風圧で煙幕を消し去った。
「あら、もう消えちゃった」
他人事のように話すサリーアはライたちから距離を取り、遠方からクナイや手裏剣を放つ。
「オラッ!」
ライは拳を振るい、風圧でクナイと手裏剣を吹き飛ばした。
「見つけたぞ……!」
そして狙撃手を発見し、そちらへ向かおうと──
「待って……ライ……」
──したところで、予想だにしていなかった人物──リヤンに止められる。
「リヤン? 何故……?」
ライは訝しげな表情でリヤンに尋ねる。その間にもクナイや手裏剣、銃弾が向かって来るが気にせず吹き飛ばしていた。
そんなライに向けてリヤンは深呼吸をし──
「……私も……自分の力で戦いたい……!」
「……!」
──力強く、そう言った。
普段は大人しく、戦闘の場面でも敵が来たら相手をするというリヤンがその口でそう言ったのだ。
それを見て聞いたライは目をパチクリとさせ、その後に口元を緩ませる。
「……分かった。じゃあ狙撃手は任せたぞ!」
そして、緩ませたと同時にライは間を置かずリヤンへ返す。
神の子孫であるリヤンは、今後の世界征服旅で必ず重要な存在になると、そう確信していたからだ。
それを聞いたリヤンはパアッと明るくなり、
「ありがとう……! ライ……!」
炎魔術と風魔術を組み合わせ、ライが見つけた狙撃手の元へと向かった。
パアッと明るくなったのは炎の光。つまり感情の変化の例えでは無く、リヤンは物理的に明るくなったのだ。
「じゃあこの忍び……えーと……確か女性の忍びはくノ一って言うんだっけ? ……の相手は……」
「私一人で十分だ!」
次いでライがサリーアの相手を誰にするか考えた時、エマが自ら即答で名乗り出る。実際に今現在も交戦中の為、特に断る理由も無いだろう。
「分かった。じゃあ、俺たちで城に入ろうレイ!」
「うん!」
残ったライとレイは互いに意思を確認して門から城へ入って行く。
「ふふ……」
そして、そんな二人を見たサリーアは不敵な笑みを浮かべてライとレイを見送る。
「……? 何がおかしい?」
そんなサリーアを疑問に思ったエマは警戒を解かずにサリーアへ尋ねた。突然笑みを浮かべたのだ。怪訝に思うのも無理は無いだろう。
サリーアは笑みを消さず、笑いながら言葉を続ける。
「うふふ。……実は、一番お城の中が厳重に固められているのよ……」
「何だ。そんな事か……」
サリーアが言い、エマが返す。
城の中が幾ら厳重だろうと、ライたちが立ち止まる理由にならないからだ。
「まあ良い。貴様を倒したら私も向かうのだからな……」
「あら? 私ってそんなに舐められてるの? ちょっとムカつくわね……」
それだけ話し、エマとサリーアは再び向かい合う。
こうしてもう一つの戦闘が始まるのだった。
*****
「まあ、残った兵士の全員がこの城を警備していても何ら不思議じゃないな。入り口付近と、城の中からも気配がする……」
「……うん」
いざ城へ突入しようとするライとレイ。だがしかし、そこには外に居た兵士よりも遥かに多い兵士が居た。
そして城の中からも気配がする為、残った数十人の兵士は全員城の警備をしているのだろう。
「此処が貴様らの墓場だ……!」
「飛んで火に入る夏の虫……って奴だァ!」
「年貢の納め時だァ!」
「袋の鼠だ……!」
「ククク……鴨が葱背負ってやって来たな……」
「年寄りの冷や水とはこの事だ……」
各々《おのおの》に口を開き、ライとレイをあたかも追い詰めたような発言をする兵士達。
この数は面倒この上無いだろう。なのでライは──
「五月蝿い!」
「「「「「「グッハアアアァァァァァ!!!」」」」」」
──何時ものように軽く拳を振るい、そのまま兵士達を吹き飛ばした。
「さあて……城を賭けた城の中での戦い……やっと攻城戦っぽくなって来たじゃねえか……!」
「うん……! 私も負けない……!」
兵士達を前に、戦闘体勢に入るライと勇者の剣を構えるレイ。
この陣を突破し、ライとレイは城に向かおうとする。
*****
「…………!」
ダンッダンッダンッとリズム良くリヤンへ向けて放たれる銃弾。その弾丸は直進し、音速に近い速度で放たれる。
リヤンはそれを当たらぬように避けつつ、銃弾を燃やしながら突き進む。
しかしその弾道は的確で、動き続けたり攻撃しているにも拘わらずリヤンへ幾つか掠っていた。
「凄い命中力……!」
そして、炎魔術と風魔術を組み合わせて高速で向かっていたリヤンは狙撃手が居るであろう建物の前に辿り着く。
「……上……?」
蜘蛛の糸を使い、リヤンは建物の出っ張りに糸を引っ掛けて登る。
イフリートの魔術でも良いのだが、慎重に行く必要がある為に蜘蛛の糸で登ったのだ。
そしてリヤンは窓? のような場所からそこへ入る。ガラスなどが張られている訳じゃないが、第一印象は窓っぽい。であった。
「はい、お疲れ~」
そしてそこの窓のような場所から入ったリヤンへ向け、一つの銃口を向けられてしまった。
「……!?」
次の瞬間、有無を言わせない速度で銃口から銃弾が放たれた。
リヤンは銃口を向けられた瞬間に避けた為無傷だったが、一瞬でも反応が遅れたら脳天に風穴が空いていた事だろう。
「……!」
「此処は窓や空気を通す所じゃなく、この銃を放つ場所なのさ……鉄砲狭間……って言うんだけど……まあ良いか」
狙撃手は、飄々とした態度を取りながら説明っぽい口調でリヤンに向けて話す。この枠は窓ではなかったらしく、銃を放つ為にある穴らしい。
「俺の名前はラサース。君の名は?」
そして、自ら名乗る狙撃手──ラサース。
名乗ると同時にラサースは、目の前に居るリヤンへ向けて名前を尋ねた。
「……リヤン……」
突然聞かれた事に困惑しつつ返すリヤン。
それを聞いたラサースはニヤリと不敵な笑みを浮かべ──
「オーケー、リヤン。よろしく! ……そしてサヨウナラ……!」
「……!?」
──タンッタンッタンと、先程よりも軽い音が鳴らした銃弾をリヤンへ向けて放った。
銃口が向けられていた為、ある程度は予想がついたリヤン。
しかし本当に突然だった為、二発ほど掠ってしまう。
「此処は戦場だよー? 油断はいけないなァ。……俺がフェミニストじゃなかったら死んでいたね、確実に」
「……」
それは、殺ろうと思えば何時でも出来るという自身の裏返し。
口ではフェミニストと言っているが、恐らく今のは威嚇発砲だ。次こそ当てるつもりだろう。
「……油断しない方が良いのは……」
「……?」
呟くように話しつつ体勢を立て直すリヤン。ラサースはそんな言葉に"?"を浮かべていた。
「そっちもだよ……!」
「……!」
刹那、ラサースへ向けてリヤンは蜘蛛の糸と土魔術を放った。
それはラサースの腕に掠り、土による小さな打撲を受け片手に糸が絡まった状態で壁に叩き付けられる。
「……ハハ、成る程。油断していたのは俺の方だった訳か。人は見掛けによらないなァ」
無論の事ラサースは腕に付いた糸を取り、改めてリヤンへ構える。
「"シャハル・カラズ"幹部ザラーム・モバーレズの側近、ラサース! いざ、参る」
「えーと……ライの仲間……リヤン・フロマ……行きます……!」
銃を構え、名乗りながら話すラサース。
リヤンも負けじと名乗り、幻獣・魔物の力を身体に纏う。
「いざ尋常に……勝負……!」
「臨むところ……!」
そしてリヤンvsラサースの勝負も始まった。
フォンセとロムフ、キュリテとザラーム、エマとサリーアにリヤンとラサース。互いの手駒が揃いつつある戦場。
そうして攻城戦は、その戦いにより激しさを増すのだった。