百九話 vsヤマタノオロチ
「オ──ラァッ!!」
ライは拳を振るい、八岐大蛇の頭を消し飛ばした。
その頭は消滅し、八岐大蛇の頭の数が数本減る。
『ギャアアアァァァァァッ!!!』
そして頭は再生し、威嚇するように鋭い咆哮を上げる八岐大蛇。
「五月蝿いって……」
ライは大地、つまり八岐大蛇の背中? を踏み砕いて跳躍し、
「……言ってんだろ!」
空中で回転し、纏まり掛けている頭を再び消し飛ばす。
「やれやれ……。纏まり掛けたと思ったら直ぐに頭同士が離れやがる……」
八岐大蛇が再生する事を知っているライは、何も闇雲に攻撃していた訳ではない。
八岐大蛇の頭が再生する時、頭の動きは停止する。停止している隙を突き、頭同士を少しずつ近付けて纏めて消し飛ばそうという魂胆である。
『ガルルァ!!』
「まあ、上手くいかないモノだな」
ライに向かって鋭い牙を光らせながら噛み付いてくる八岐大蛇。
ライは跳躍して避けつつ頭を踏み潰す。頭からは鮮血が噴出し、ライの周り、つまり八岐大蛇の身体を血で染める。
「血が出てくるのがまた厄介だ……視界が悪くなる。……あれ? この再生能力を使えば水不足の国が……いや、気持ち悪いから無理だな……」
その様子を眺め、水不足の国があるとしたらその問題が解決するかもしれないと考えたライは、直ぐに無理だと自己解決する。
八岐大蛇は自然その物の怪物。つまり、その血液を使えば少しグロいが水不足を補えるかもしれないのだ。しかし前述したよう、気持ち悪いので使う気にはかれないだろう。
『ギャアアァァァ!』
「……っと」
そんな事を考えているライに向けて飛び掛かって来る八岐大蛇。
ライは先程のように跳躍して八岐大蛇の攻撃を避けた。
「……まあ、今は八岐大蛇優先だな……」
そして八岐大蛇の背に乗って八岐大蛇を一瞥する。
八岐大蛇は依然として構えており、何度か頭が吹き飛んでいても尚疲れが見えない様子である。
「これは予想以上に長期戦になりそうだな……思い通りに頭が揃う……そんな訳無いか……弱点が頭ってのは八岐大蛇自身が一番分かっているだろうからな……」
八岐大蛇を見上げながら呟くライ。
ヴァンパイアやレヴィアタンとはベクトルの違う不死性の為に八岐大蛇は厄介なのである。
それに加え、レヴィアタン・ベヒモスを遥かに凌駕する巨躯。
酒呑童子は簡単に封印されるかもしれないと言っていたが、八岐大蛇に限ってそれは無いと確信できる強さだった。
「最低でも……「二人いりゃ良いンか?」二人……え?」
そんな八岐大蛇を見ながら呟いたライへ向けて一つの声がした。
そちらを振り向くと、そこには不敵な笑みを浮かべている──
「なら、幹部の俺が直々にこの怪物の相手をしてやるよ」
「アンタは……」
──モバーレズが居た。
モバーレズは腰に一本の刀を差しており、自分の肩に刀の峰を当てながら座っている。
「幹部のアンタが此処に来たって事は……まあ、普通に考えてアンタもこの怪物……八岐大蛇を倒しに来た……ってところか?」
モバーレズに向けて話すライ。モバーレズの目的は八岐大蛇を相手にする事だと推測した。
幹部が居るのならば街の方は側近や部下兵士がどうにかしていると、用意に想像出来た。
「ああ、そうだ。……つーか、この怪物は八岐大蛇か。……それはまた随分な大物が"シャハル・カラズ"……いや、魔族の国で眠っていたもンだ。そらァ妖怪どもも避難するわな」
ライの言葉に返しつつ、楽しそうに笑いながら八岐大蛇の頭を眺めるモバーレズ。
それはまるで新しい玩具でも見つけたかのような表情だった。
「で、大変そうだな。手を貸そうか……? ……いや、手を『貸させろ』」
そのあと、ライの方を見て手伝わせろと言うモバーレズ。
「……ああ、いいぜ。一人で相手にすると時間が掛かりそうだ(まあ、厳密に言えば一人じゃねえけどな)」
それを断る理由も無い為、快く了承するライ。
無論、魔王(元)の事を知らないモバーレズには魔王(元)の事を伏せて話した。
「よし。じゃあ、そうと決まれば……さっさと戦うかァ!!」
ライの言葉を聞き、大地を踏み砕いて跳躍するモバーレズは己の刀を二本にする。
口では遊びと言っているが、八岐大蛇の力量は理解している。なのでモバーレズはただの遊びのつもりではない。
だからのそモバーレズは二刀流を使い、最初から本気で八岐大蛇に挑むのだ。
「ダラァ!」
『『ギャ…………!』』
先ず手始めに八岐大蛇の頭を切り落とすモバーレズ。
無論、再生事は知っているのでライのように頭を近付けて纏める作戦だ。
『ギリャアアアァァァァァッッッ!!!』
「……!?」
その刹那、モバーレズは八岐大蛇が持つ尾を自分の胴体に叩き付けられる。
数千キロ離れた位置にその尾はあった為、ライの時は来なかったが攻撃用に引き寄せたのが今やって来たのだろう。
「だァ! クソッ……!」
『……!』
尾を叩き付けられたモバーレズは吐血して吹き飛ぶが、空中で身体を捻って回転し、刀を振り抜いて八岐大蛇の尾を切り裂く。
しかし、八岐大蛇は少し驚いただけで大きく怯んだりはしなかった。
それもその筈、八岐大蛇は八つの尾も持っているのだから。
「尾か……。厄介だな」
尾とは筋肉の塊、八岐大蛇の巨躯から繰り出される筋肉の塊となれば想像を絶する破壊力を生み出す物だろう。
そして八岐大蛇が再生するのは頭だけでは無く、尾も身体も再生する。
生きている限り、八岐大蛇は永遠に再生し続けるのだ。
倒す方法と言えば頭を全て纏めて消し飛ばすか、眠らせたり酔わせたり。とまあ行動不能にすれば良い。
「生憎酒も睡眠薬も持ち合わせていないし……そもそもこの大きさじゃちょっとした酒や薬じゃ動きが止まらないよな……。睡眠魔術も然別……」
八岐大蛇の厄介さを改めて確認し、ため息を吐くライ。
そんなライに向け、放たれた八岐大蛇の尾が高速で向かってくる。
「俺にもか……」
ライは尾を一瞥した後に跳躍してを避け、そのまま八岐大蛇の尾に掴まる。
「……これなら……」
ライは尾を握りながら着地し──
「どうだ!」
──その刹那、八岐大蛇を……『投げ飛ばした』。
『『『…………!? ──────!!?』』』
突然身体が浮き上がった八岐大蛇は困惑し、声になら無い鳴き声を上げる。
浮き上がったといってもほんの数メートル程度だが、数千キロの身体を数メートル浮き上げるだけでかなりの物だろう。何百何千何万トンあるか分からない程の重さだならである。
投げ飛ばされた八岐大蛇は数メートル吹き飛び、ほんの少しだけ場所がズレる。
八岐大蛇が一歩歩くにも満たない距離だが、外的要因によって移動させられる経験自体が無いであろう八岐大蛇を驚かせるには十分の筈だ。
「良し。何が起こったか分からないで少しの間停止しているな……」
辺りを見渡し、キョロキョロしている八岐大蛇を見たライは狙い通りだと小さな握り拳を作る。
本気で投げれば星を一周させる事も可能だが、場所的にもこの場所が一番戦いやすく、驚かせる事を優先した為にそれをしなかった。それに加え、投げ飛ばした場合はその方が被害が多くなるだろう。
「……あとは消し飛ばさない程度に……」
『ギャ……!?』
ライは続いて跳躍し、八岐大蛇を蹴飛ばした。今度は消し去る程の威力では無い。なのでそれによって八岐大蛇の顔同士が近付く。
「良し……今……」
ライが纏めて頭を消し飛ばそうとした──その時、
『ウオオオォォォォォッッッ!!!』
「……何ッ!?」
──何者かの腕により、ライの身体は吹き飛ばされた。
それは突然現れ、指一本でライ程の大きさがある。それを見る限り、紛れも無く巨人族の一つだろう。
(何でこんなところに巨人が……?)
吹き飛ばされたライは数メートル飛んだところで手を着いて自身を止め、立ち上がって巨人? を見上げる。
「巨人……いや、コイツは……"ダイダラボッチ"か……!」
──"ダイダラボッチ"とは、巨大な人形の妖怪である。
一説では国創りの神とも謂われており、大陸同士を引き離したりくっ付けたりしたという逸話を持つ。
その容姿は天を突く程の巨躯を誇り、人のような見た目にギョロリとした目、頭には毛が数本だけ生えており、下半身以外には衣類を纏っておらずその衣類ですら褌という、随分とラフな格好をしている。
その力は強大で、一説のように国一つくらいならば引っ張れそうである。
国引きの逸話を持つ巨人的な妖怪、それがダイダラボッチだ。
「……百鬼夜行の追っ手か……? それともこの道……八岐大蛇の背をただ通り過ぎただけか……?」
八岐大蛇の頭と同程度の大きさを誇るダイダラボッチを見上げ、このダイダラボッチが何処から来たのかを推測するライ。
しかしダイダラボッチはライの方を見ており、通り過ぎただけ。という感じでは無かった。
「となると百鬼夜行の一員か……」
ダイダラボッチを見たライはダイダラボッチの様子から──八岐大蛇を手伝う為にやって来た百鬼夜行の刺客だろうと推測した。
「……じゃ、倒すか……」
『……!?』
──刹那、ライはダイダラボッチを……『殴り付けて吹き飛ばした』。
八岐大蛇程では無いにせよ、大陸や国を引けると謂われたダイダラボッチを殴って吹き飛ばしたのだ。
殴られたダイダラボッチは何が起こったか分からない様子で吹き飛び、遠方に土煙を舞い上げて激突したあと動かなくなった。
無論、この程度で妖怪は死なない。直ぐにでは無いにせよ、そのうち目覚める事だろう。
「とんだ邪魔が入ったな……」
着地したライは改めて八岐大蛇を見上げ、
『ギャアアアァァァァァッ!!』
「オラァ!!」
八岐大蛇が放出した水を殴り消した。
八岐大蛇はライが着地した瞬間を狙って街一つを軽く飲み込む轟水を放出したが、その水は意図も簡単にライが防いだのだ。
「言うなれば洪水……これが八岐大蛇の持つ、水神としての力か……成る程。厄介極まりないな」
水を防いだライは再び八岐大蛇を纏める為に跳躍して攻撃を仕掛けようという体勢に入る。
その刹那、
「ちょっと待てや! 俺の事も忘れるなァ!」
「……?」
ライと八岐大蛇に向け、一筋の斬撃が飛んで来た。無論、犯人は尾によって吹き飛ばされたモバーレズである。
「オイオイ……俺ごと切り裂くつもりか?」
ライはその斬撃を砕き、八岐大蛇の方へ砕いた斬撃を飛ばしながらモバーレズへ言う。
「ハッ、出来る事ならそうしたいもンだねェ! さっきのも含め、テメェはある程度の物理攻撃とある程度の物理以外の攻撃を無効化出来るみてェだからな!」
モバーレズは軽薄な笑みを浮かべながらライへ言い、刀を構えて八岐大蛇を一瞥する。
「まあ、魔王の身体はそんな体質? 特性? ……的なものだからな。他人とは大分違うのさ」
ライはモバーレズへ説明するように言い、再び八岐大蛇へ向き直る。
「クク……その身体を調べてみたいもンだ……。そんな体質の奴がいるんだな。……まあ、世界は広ェ……攻撃を無効化出来る奴が居ても何ら不思議ではないな。……今はそれより八岐大蛇だッ!」
ライの言葉に返しながらこちらも八岐大蛇へ向き直るモバーレズ。一応、これは協力してくれるという事なのだろうか。
(まあ、何も言ってないけど、協力してくれるようだな)
【ククク……ますます面白くなりそうだ……。もしも俺の身体が封印されても尚無事だったら俺も参加してみてェな……!】
ライはモバーレズの事を考え、モバーレズの性格を笑う魔王(元)。
何はともあれ、八岐大蛇も戦闘体勢に入っている。始めから。
そして、次の刹那──
「「…………」」
──ライとモバーレズは大地を踏み砕き、粉塵を巻き上げて消し去り、そのまま八岐大蛇の元へと向かった。
「オ────」
「ダ────」
ライは魔王の力を拳に込め、モバーレズは鞘に収まっている状態の刀を腰に当てる。
「「────ラァ!!」」
『『『『……………………!?』』』』
『『『『……………………!?』』』』
そして、八つの頭が……『ほぼ』同時に消し飛んだ。
「……チィッ……!」
「失敗か……!」
モバーレズは舌打ちし、ライが続けるように言葉を発する。
八岐大蛇を倒すには、"ほぼ"では駄目なのである。
コンマ一秒とかならばまだしも、先程のライとモバーレズは四つの頭が消し飛んだあと──一秒程掛かってしまった。再生能力の高い八岐大蛇からすれば、この一秒はとてつもない重さの筈だ。
「今のはどっちのミスだ?」
「さァな……。俺かお前のどっちか……って事くらいしか分からねェ」
ライがモバーレズに尋ね、モバーレズが答える。
一秒のラグがあったとはいえ、互いに音速を越える一撃。拳を振り抜く間と刀で切り裂く間など分かる筈が無いのだ。
「じゃあ、一応謝っておく。悪かったな」
「……いや、謝るのは俺の方かもしれない。お前の動きをよく見ていなかったから分からなかった」
「いやいや、それを言うなら俺もだ……」
ライが謝り、モバーレズも謝る。
二人は互いの動きを気にしていなかった為、今の失敗に繋がったのだろう。
「良し。じゃあ謝ったことだし……」
「第二ラウンドと行きますかァ……!」
互いに謝り、直ぐに立ち直って八岐大蛇へ向き直るライとモバーレズ。
まだ戦いは始まったばかり、次の攻撃を仕掛けるライとモバーレズだった。




