十話 決着
三人と一匹は、同時に動き出した。
ペルーダが三人を蹴散らす為に突進し、ライはペルーダの正面から迎え撃つ、その左右からはレイとエマが仕掛ける。
『ギャアアアァァァァァァァ!!!』
「騒が……しい!」
咆哮を上げるペルーダに向け、拳を打ち付ける体勢へと入るライ。
しかしペルーダもライの拳を警戒しているのだろうか、跳躍してそれを躱した。
そして空を切った拳の風圧と衝撃で、先程までペルーダが居た場所が抉れる。
そして、ペルーダが避けた先には、不敵な笑みを浮かべるエマが居た。
「フフフ、私は飛べるんだよ」
ペルーダが跳躍してから落下するまでの数秒、その数秒でエマは一気に距離を縮めて攻撃を仕掛ける。
「ハァ!」
弾丸の如く速度でペルーダと激突するエマ。
『ギアァァァ!! 』
ペルーダも空中ではまともに動けないため、激突によるダメージを諸に受け、空中でバランスを崩したペルーダは倒れるように落下した。
「今だっ!」
その刹那、ペルーダが動けないうちにレイが剣を振り下ろす。
振り下ろされた剣は見事ペルーダに当たり、四本脚のうち一本を切断した。
『ギャアァァァァァ!?』
脚を切断されたペルーダは苦痛の悲鳴を上げる。その切り口からは鮮血が流れ、ペルーダの足元を赤く染めた。
そしてそんなペルーダを休ませる訳も無く、大地を踏み砕いてライが跳躍する。
「オラァ!」
跳躍したライは、空気を蹴り、隕石の如く落下してペルーダに攻撃を食らわせた。
『ギャアアアァァァァァ!!??』
ライの攻撃をまともに食らったペルーダ。ライの放った攻撃の重さで広場の底が抜け、深淵へ落下する。
「……! 下にも空間があったのか」
それを見たライは率直な感想を言い、後を追うように自分も深淵へ落ち行く。
「よし。私たちも行くぞレイ」
「え? でも、どうやって……?」
エマも後に続くよう言うが、レイはその方法が分からなかった。
そう、レイの肉体は普通の少女なのだ。なので落下したら一溜まりもないだろう。
そんなレイに向け、エマが笑みを浮かべて言葉を続ける。
「大丈夫だ。私が運ぶ」
「……それってどうい……うぅぅぅぅ!?」
レイが言葉を返す前にエマはレイを持ち上げ、ライに続くよう深淵へ飛び降りた。
*****
『ギ……ギャア……!』
「……大分弱っているな……」
レイとエマが底に辿り着くと、身体中がボロボロで息をするのも苦しそうなペルーダと、無傷で余裕を醸し出しているライが居た。
『ギャアアアァァァァァァァァァ!!!!!!』
ペルーダはダメージを受けて尚、吠え続ける。
ライは警戒していた。楽に勝てる相手とはいえ、油断はしないのだ。
そして、ペルーダの声に反応するように地面が盛り上がる。
「……何だ……?」
「…………!」
「……ほう?」
ライ、レイ、エマはペルーダから視線を移さず、地面の盛り上がりを一瞥するように見た。
そしてそこからは、
『シャァァァーー!!』
『…………!!』
『…………!!』
大蛇、巨大蠍、巨大百足が姿を現した。
古来より龍というものは、害虫などを従えさせていると謂われる。その事から、この大蛇らは恐らくペルーダに従っているのだろう。
「ヒィ……! 気持ち悪い……!」
「ただデカいだけの蛇、蠍、百足じゃないか。何をそんなにビビっておる?」
レイは悲鳴を上げ、エマは何か怖いことでもあったのか? と、心配している。
ライはチラッとレイたちを一瞥したあと、直ぐに視線をペルーダに戻した。
「成る程……。ダメージは相当あるみたいだが、此処に来れば手下が居る。だから勝てる可能性もあるって事か……」
『ギャアアアァァァァァァァ!!!』
ライの言葉に返事をしたのか、ただ単に威嚇をしただけなのかは分からないが、吠えるペルーダ。
それを確認し、ライはレイとエマに向かって言葉を発する。
「二人とも! この蛇達は任せる! 俺はペルーダを倒しに行く!」
「……わ、分かった……気持ち悪いけど……」
「うむ。心得た!」
それは害虫達をレイとエマに任せるという事。レイとエマにもペルーダは倒せるのだろうが、その距離からライの方が近いので二人には邪魔者である害虫を任せたのだろう。
そしてレイとエマがペルーダの手下を、ライがペルーダ本体を倒すという事で話が纏まり、戦いは再開された。
「ダァッ!」
ライは大地を砕いて粉塵を巻き上げながら跳躍し、高速でペルーダの元へと近付く。
『ギャアアアァァァァァァァ!!!』
ペルーダは迎撃する様に毒の棘と、火炎をライへと放つ。それらは空気を貫き焦がして進み、
「効くかァ!!」
空中で拳を放ったライによって棘と炎を吹き飛ばされた。ライはそのまま空気を蹴り、更に加速してペルーダへ攻撃する。
『ギャアァ!?』
ライの拳を受けたペルーダは、背後の壁に激突しそれを砕いて吹き飛んだ。
「まだまだァ!!」
吹き飛ぶペルーダを追撃する為に後を追うライ。
本気じゃないとはいえ、山を砕き、大地を砕く拳を耐えるペルーダ。
その事からするに、やはり生命力がかなり高いのだろう。
*****
──一方、毒を持つ害虫を相手にするレイとエマはというと。
「いやぁぁぁ!! こっち来ないでぇぇぇ!!」
怯えながら剣を振るうレイ。
普段は大人しく、お淑やかな彼女だが、今のレイは害虫を近付けさせない為だけに森を切り裂く剣を振りまくる。
そしてその威力により、洞窟の至るところに巨大な亀裂が入った。
「お、おお……凄いじゃないか……」
殆どレイが蹴散らしてくれているので、レイが仕留め損ねた害虫しか戦うものがいないエマ。
この調子ならライとペルーダの戦いに入ってくる害虫はいないだろう。
*****
「フッ……、ペルーダ。お前の手下は此方に来ないようだな……。どうやらお前の手下より、俺の仲間の方が強いみたいだ……」
『ギャア……!』
言葉が通じるかは分からないが、挑発するように言うライ。
話し相手のペルーダはと言うと、片手と片脚を失っていて満身創痍だった。
「……どうする? 降参して、次からの食事には制限を付けるなら見逃してやらないこともない」
ライは無闇な殺生を好まない。
なので、闇雲に生き物を殺したりしないという理由ならば見逃しても良いと考えていた。
しかし、
『ギャアアアァァァァァァァ!!!』
ペルーダはそれを聞かず、炎を吐いてライへ攻撃する。その炎は空気を焼き、真っ直ぐにライへと向かう。
「……する気は無い……か……」
結果、交渉決裂。
よって、ライは仕方無くペルーダを討伐することにした。
「…………」
ライは無言で手を横に薙ぐ。
──刹那、『その風圧で炎は消え、ペルーダが吹き飛ばされた』。
『ギャアァァ!!??』
さながら、目の前に飛んでいる虫を払うかのような素振り。
それだけでペルーダの巨躯が浮き上がり、洞窟の岩盤に激突し、洞窟を崩したのだ。
「だったら話は早い、お前を倒す。……それだけだ」
そのまま大地を踏み砕き、ペルーダが吹き飛んだ方向へ向かうライ。
そんなライの放つ移動の際に生じる風圧。ソニックブームで洞窟内が激しく揺れる。
『ギャアアアァァァァァァァ!!!』
ザザザッ、とペルーダは地面に、残りの手足を突き刺して体勢を整える。
そして迫り来るライへ向け、毒の棘と火炎で迎え撃つ。
「オラァ!」
無論、そんなモノはノーダメージのライ。それを防いだライはどんどん加速し、ペルーダに拳を突き付ける。
『ギャア……!!』
その拳を受け、鳴く間も与えられずに吹き飛ぶペルーダ。もう既に洞窟内が滅茶苦茶になっている事だろう。
そして、そのままの勢いで洞窟から、夕焼けが照らす外に飛ばされたペルーダ。
そんなペルーダにライも追い付き、夕焼けに染まった地面へと着地する。
「もう終わりだな。お前の負けだ、ペルーダ……!」
『ギ……ギャア……』
ペルーダは既に虫の息であり、もう吠える気力も無くなっていた。
そんなペルーダを暫く見るライ。その表情は何を思うか定かでは無いが、当のライはトドメを刺すかどうか悩んでいた。
そこに、
「ライ! 無事だったんだ!」
「フッ、流石だな」
「お、レイにエマ。エマは夕日を浴びても大丈夫なのか?」
レイとエマが駆け付ける。
先程の場所から、割りと離れていると思ったがどうやらそうでもなかったらしい。
ライは夕日に照らされるエマを見て少し心配だったが、その疑問を察したエマはそれに応える。
「フフフッ、案ずるな。確かに辺りには柑子色の光で照らされているが、問題ない。私の立っている場所は木の影だからな」
よく見ると、確かに大木の影に立っているエマ。それなら光の影響も少ないか。と、納得するライ。そして三人は改めてペルーダへと視線を移す。
「さて、どうしたものか……」
「殺してしまえば良いではないか。コイツは恐らく、反省する気はないぞ?」
「でも……殺しちゃうの……?」
ライの言葉に返すエマと、それに返すレイ。
エマ的にはさっさと仕留めた方が良いという考えだが、レイ的には複雑だった。
その刹那、突如としてペルーダの身体が発光した。
「……何だ?」
「光ってる……?」
「…………?」
ライ、レイ、エマは警戒するようにペルーダを見る。そんな目映い光は巨躯を包み、ペルーダの身体が縮む。
「ゆ……ゆるして……くれ……!」
小さな光の中から声がする。どうやらペルーダはダーベルに戻ったようだ。
ダーベルになっても、片手と片脚が無いので、立ち上がることは出来ないが許して欲しいと訴える目だった。
「……ダーベル」
「「…………」」
「わ、分かった……! 約束する……! 今度から食事に制限を付けるから……! 無闇に暴れたりしない……。だから……『ヴァンパイアの血を入れて、この傷を治してくれ』……!」
ダーベルの言葉に眉をピクリと動かすライ。ヴァンパイアの血に治療効果があるというのは、伝説にもなっているため誰でも知っていると思うが、幾らなんでも図々しいダーベル。
ライは確認の為に質問をする。
「なあ? 傷が完治したら、本当に……静かに暮らすのか……?」
それは治した場合のダーベルの行動についてだ。
傷が治った途端にペルーダに変身して襲ってくるならば治す必要は無い。その場でトドメを刺す。
「ああ、約束だ! もう迷惑を掛けたりしない! だから、早く! 傷を治してくれ! 俺を殺してもあの世の子供達は喜ばないぞ!」
「……あの世の子供達って……それはお前が言う言葉じゃねえだろ。殺した本人が言っても説得力ねえよ」
焦るように言うダーベル。
怪しい。そして子供を殺ししているダーベルに怒りが溢れるライ。しかしあまりにも惨めな為、仕方なくライは了承した。
「まあ、分かったよ。本当に約束を守れよ? ……エマ、頼む」
「うむ……本当に甘いな、ライは」
ライの言葉を聞き、嫌々ながらもダーベルに自分の血を垂らすエマ。
その血液を受けたダーベルの傷は見る見るうちに癒え、手と脚も生えて完治した。
「おお! おおお!!」
外部のみならず内部の傷も完治し、はしゃぐダーベル。
そもそも、ペルーダの弱点は蛇の様な尾である。なのでその為、傷自体の治りが早いのだろう。
「じゃ、もう暴れるなよ」
クルリと後ろを向いて歩き出すライ、レイ、エマの三人。一先ずライたちは宿に戻ろうとしていた。
そんなライたちの背を見たダーベルもゆっくりと立ち上がり。
(フフフ……馬鹿な奴等だ……。ヴァンパイアは別に良いとして……。あんなに旨そうな魔族の小僧と人間の娘が目の前に居るというのに、易々逃がすわけないだろ……。正面からじゃ敵わない……だったら背後から狙えば良い……!)
静かに身体を変化させるダーベル、もといペルーダ。
ペルーダは全く反省はしておらず、今にもライたちへ飛び掛かろうとしていた。
(行くぞ……!)
ジュルリと、唾液を垂らしながら一気に距離を詰めるペルーダ。その唾液は地面に落ち、土の地面を湿らせる。
『ギャアアアァァァァァァァ!!!』
声を荒らげ、口を開き、補食しようとした──
──その刹那!!
「やっぱり……。始めから反省なんてしてなかったんだな……ペルーダ!!」
『ギャ……!?』
ライが声と共に振り返りながら跳躍し、ペルーダの顔を『消し飛ばした』。
声を上げる暇もなく、蛇の様な頭が消え去る。
ライはそのまま空気を蹴り、尾に向かって拳を打ち付ける。
「……馬鹿な奴だ……。本当に反省していたのなら命を取ることもしなかったのに……。お前が死んでようが生きていようが、あの世の子供達はどのみち喜ばねえよ」
頭と尾が消滅し、ペルーダは絶命した。
尾を消し去ったあとに出血する。身体が消滅したことに細胞が気付かなかったのだろう。
肉体がピクピクと痙攣したあと、完全に停止した。
ライは残念そうに亀のような胴体だけが残った亡骸を見る。
そう、ライが始めから本気になっていたのなら、ダーベルがペルーダとなった瞬間に仕留める事も出来たのだ。
それをしなかったという事はつまり、ペルーダに心から反省する気があれば本当に命だけは助けていたのだろう。
「……さて、今度こそ帰ろうか。……まあ、さっきの街にさっきの宿だけど」
「……そうだね。何で私たちに拘ったんだろう……あの龍……」
「フフ、餌というものは苦労して食べた方が美味なのさ。あの龍にとってのお前たちは最高のご馳走だったのだろう」
三人は会話をしながら夕日に照された道を歩き、街に戻る。
夕日が沈む時に伸びる影、そして淡い柑子色の光は森を照らし、物静かで幻想的な風景を作り出していた。