百四話 百鬼夜行、三人目の幹部・モバーレズvs酒呑童子・決着
──"シャハル・カラズ"、繁華街。
「撃てェ!! 妖怪どもをこの場所に近付けるなァ!!」
「攻撃魔法・魔術を扱う者は遠方からそれらを放ち、援護魔法・魔術を扱う者は刀や槍を扱う者たちの援護しろォ!!」
「「「オオオォォォォォ!!!」」」
モバーレズの城があり、一番警備が厳重な繁華街。此処ではモバーレズの側近と兵が攻め来る妖怪達を相手取っていた。
モバーレズの城はよく見かけるような煉瓦造りの城では無く、堀や塀があり五階建ての塔みたいな城である。
この城は構造上外からの侵入に強く、妖怪達の行動が一ヶ所に制限される為、戦闘を行う部下や側近達が妖怪達を迎え撃つのが多少楽なのだ。
「銃と矢と魔法・魔術を放てッ! 妖どもは行動が制限されている! 攻め方次第では無傷で住民とこの城を護れるぞ!!」
モバーレズの側近が命を下し、それに伴って兵士達は妖怪達へ銃・矢・魔法・魔術を放って妖怪達を消し去る。
「ザラームさんの趣味とはいえ結構安全な城だが……妖怪の数にキリが無ェな……いっその事俺たちが攻めるか? 『サリーア』? 『ロムフ』? 『ラサース』?」
その光景を眺めていた一人の男がサリーア、ロムフ、ラサースという三人の名を呼んで確認を取る。
「ほら、そんな弱気な事言ってないで、ザラームさんが居ない今、私たちのリーダーは貴方何だからね? 『ファーレス』。私たちが攻めれば確かに沢山の妖怪を仕留められるだろうけど、城に避難している住民が危ないでしょ?」
「ああ、そうだ。しっかりしてくれよ? リーダー」
「ほらほら、頑張れ頑張れ、俺も出来るだけ頑張るからよ!」
「……何を頑張るんだよ」
その言葉に返すサリーア、ロムフ、ラサース。ファーレスはその言葉に呆れ、ため息を吐いて返す。そんな事を話しているうちにも、まだまだ妖怪は向かって来ていた。
「まあ、取り敢えず何かを頑張るが……主に前線で戦う俺とロムフで部下たちを援護するか。住民を護る為にラサースは城に残り、その上で城から狙撃で援護。サリーアは持ち前のスピードと術で俺たちを後ろから援護してくれ。無論、住民には危害を加えるな」
「「「分かった」」」
取り敢えず出来る事を頑張ろうと行動に移るファーレスの指示にサリーア、ロムフ、ラサースの三人が頷いて返し、幹部の側近四人は同時に駆け出した。
「そうと決まれば……行くぜェ!!」
ファーレスは、城の上から飛び降りる。その高さは数十メートル程あるが、まあ無傷だろう。
そんなファーレスの着地により、城の元では少量の砂煙が舞い上がる。
「掛かってこいや! 妖怪どもォ!!!」
『『『ギャアアアァァァァァッ!!』』』
ファーレスが着地するや否や、一瞬にして着地の際に舞い上がった砂ごと周りの妖怪達を切り捨てた。
「さあ、テメェらも気合い入れろよ!!」
「「「オオオォォォォォッッ!!」」」
ファーレスの登場により、魔族達の意識も高まっている状態だ。
刀や剣で妖怪達を切り裂いて行き、遠方からは銃や弓矢、魔法・魔術で援護が来る。
「ファーレス! テメェばかり美味しいところ持って行ってんじゃねェぞ!!」
そしてそんなファーレスに続き、同じく城から飛び降りたロムフが槍で貫き妖怪達を串刺しにする。
「俺にも殺らせろォ!!」
そしてそのまま串刺しにした妖怪諸とも、ロムフは槍の先端で切り裂いた。
「本当に楽しそうねぇ……まあ、戦い好きなのが魔族の性分だから仕方無いけど……ね!」
『『『………………!?』』』
そんな様子を眺めるサリーアが放ったクナイによって妖怪達の脳天が貫かれる。戦闘好きな者たちに対してサリーアは、半ば呆れながら援護をしている様子だ。
「おーおー、見る見るうちに妖怪さんの数が減っているねェ……。まあ、俺も減らすけど……」
周りの様子を一瞥しつつタンッ、タンッ、タンッとリズム良く銃を放つラサース。その銃弾は的確に妖怪の眉間や急所を撃ち抜き、妖怪達が絶命していく。
「"シャハル・カラズ"の大本は、俺たちが居る限りそう簡単にゃ奪え無ェぞォォ!!」
刀を振るい、演説するように妖怪達へ告げるファーレス。
城に向かっている妖怪達の勢いは、徐々に下がっていくのだった。
*****
「さて……大天狗は俺たちの足止めが目的って言っていたが……何が狙いなんだろうな?」
大天狗との戦いが終わり、ライは大天狗が言った言葉の意味を考える。
足止めが目的だとすれば、考えられる線はより強力な妖怪達を呼び寄せる事か、自分達が街を襲う時間稼ぎ。"ぬらりひょん殿なら大まかな準備を済ませた"と言った事から、何かを呼び寄せる。という線が一番高いだろう。ライは無言でそう考える。
「……ふむ。やはりライが思っているように、何かを呼び寄せるのではないか?」
「あれ? バレた?」
そしてエマはライの顔からライが考えている事を推測して話した。その思考が読まれた事に対し、頭を掻きながら苦笑を浮かべてエマに返すライ。
「まあ……わざわざ足止めって言ったんだし、普通に考えれば援軍を呼んだか自分の力を溜めているのか、百鬼夜行以外の何かを呼び寄せる為に……か……」
「「「……うん」」」
「「……ああ」」
ライの言葉を聞き、頷いて返すレイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテ。
これらの事から、レイたちも考えている事は一緒なのだろう。
それを聞き、ライはフッと笑って言葉を続ける。
「よし、じゃあ先ずは大天狗が置いていった……」
そのままそちらをゆっくりと振り向き──
『『『ケケケケケ……』』』
「……妖怪達を片付けるか……」
軽く腕を回しながらそう告げた。
大天狗は"置き土産に暇潰しを置いておく"と言った。そう、その置き土産こそ、大天狗が回収して復活させた妖怪なのである。
「ふふ……最近は血や精気を吸う機会が多くて助かる……。これならば暫くは栄養不足に困らなそうだな……」
ライが動くよりも早く、見た目相応の笑みを浮かべてそれだけ言ったエマは闇に姿を消した──次の瞬間、現れた妖怪達は干からびて死んでゆく。
無論、エマに血を吸われて体液が尽きたのだろう。その証拠にエマの口周りには赤い液体が付いていた。
「わ、私も……!」
エマに続き、レイは腰から剣を抜いて横に薙いだ。
その斬撃はライと大天狗が作り出した瓦礫を切り裂き、妖怪達を吹き飛ばした。
「よし、私も……派手にやるとするか……"炎"!!」
フォンセはもう居場所がバレている為、静かにしなくとも良いと考えて炎を放つ。その轟炎は瞬く間に妖怪達へと広まり、広範囲を焼き尽くした。
それによって生じた炎。赤い月に赤い炎が照らされ、より濃厚な赤を生み出している。
「私も……!」
そしてリヤンがフェンリルの速度で移動し、腕をユニコーンの角並みに強化して妖怪達を貫いた。
貫いたと同時にイフリートの魔術を使い、確実に妖怪達を仕留めていく。
「リヤンちゃんって妖怪には躊躇しないんだね……」
キュリテはそんなリヤンを眺め、幻獣・魔物とは戦いたがらないのに妖怪へは容赦せず攻撃を仕掛ける事へ困惑しながら苦笑を浮かべていた。無論、妖怪達は自身の超能力で蹴散らしている。
『『『ギ……ギギ……』』』
エマたちの猛攻により、ライが出る間も無く数を減らしていく妖怪達。この調子ならほぼ無傷で抜け出せるだろう。
『ほほほ……やたら強い子供が居ると聞いて来てみれば……随分と可愛い子達が居るじゃないか……。可愛がってやりたいものじゃなぁ……』
──その刹那、ザァと風が吹き抜けて桜が散り、新たな妖怪が現れる。
それと同時にこの場をほぼ無傷で抜け出せる可能性が大幅に下がったのが感覚で分かった。
「……アンタ……小物妖怪達とは随分オーラが違うな……さしずめ、ぬらりひょん率いる百鬼夜行幹部の一人……と言ったところか……」
桜吹雪と共に現れたこの妖怪は存在だけでただ者じゃないと分かったライは、警戒を高めて妖怪に言う。
この妖怪には大天狗のような、大物の威圧感が広がっているのだ。
『ほほ……そうじゃ。妾は百鬼夜行幹部の一人……"九尾の狐"……名は『玉藻の前』であるぞ……』
──"九尾の狐"とは、鬼の酒呑童子、天狗の大天狗に並ぶ三大妖怪の一つである神獣・霊獣だ。
数万年生きた狐が妖へと化生し、尾が九つに増えて強大な妖力を得たモノだと謂われている。
その力は凄まじく、かつて大国一つを一匹で壊滅させた伝説を持つ。
その後、その大国の近くにある島国へ向かったがそこに住む者によって封印された。
一説によると人間の姿に化ける事も出来、その姿は絶世の美女らしい。
大天狗のように神格レベルの力を持つ大妖怪、それが九尾の狐だ。
「自ら名乗ってくれるとは……随分とありがたい妖怪だな。九尾の狐……いや、玉藻の前と呼んだ方が良いか?」
玉藻の前が名乗り、ライがそれに返すよう話す。
警戒するライに対して玉藻の前はころころと笑って言葉を続ける。
『ほほほ……。妾が元々居た国とは違うが……今世話になっている国では名乗るのが礼儀らしいからのぅ……。だから狐の姿では無く主らに近い人間の姿をしておるのじゃよ……』
九尾の狐は、元々ぬらりひょんや百鬼夜行が棲む島国に棲んでいなかった。
出身国は違うが、数々の大国を滅ぼしても尚、その国によって唯一封印された事からその国に棲む妖怪達の群れへ入ったのだろう。
そう、復讐の為に。
「……へえ? そうかい。……なら、礼儀として俺も名乗った方が良さそうだな。……俺はライ。よろしく」
ライは玉藻の前に返し、自らも名乗る。それが礼儀ならば、敵とはいえ一応返した方が良いのだろうから。
『ほほほ……随分と礼儀の正しい子供だ。嫌いではないぞよ……。しかし、妾も暇だからの……今此処で主らと遊んでやろうじゃないか……』
──その刹那、突如としてライたちの周りに突風が吹き荒れ、桜吹雪で玉藻の前の姿が消える。
『どうじゃ? 華麗で美しい姿じゃろ?』
そして次の瞬間、玉藻の前の背後に九本の尾が生える。その尾を揺らし、少量の砂埃を舞い上げて笑う。
そう、玉藻の前は、赤い月の照らす夜桜に包まれ九尾の狐へと変化したのだ。
「やれやれ。大天狗の次は玉藻の前……いや、九尾の狐が相手か……。……本当の意味で骨が折れそうだ」
『ふふふ……案ずるな……妾も大天狗のように本気を出すという訳では無い。……悪魔で遊戯じゃからのぅ……。さて、主らも狐に摘まれた表情をしたらどうじゃ? ……妾の妖力を体感して……のぅ……?』
赤い月に照らされた闇夜の"シャハル・カラズ"で、夜桜の吹雪が吹き荒れる。
そんな光景の真ん中で目映く神々しい光を発しながら言葉を綴る玉藻の前──もとい、九尾の狐。
大天狗に続き、再び神格クラスの大妖怪と一戦交える事になりそうなライたちだった。
*****
モバーレズと酒呑童子の二人が繰り出す斬撃は、もはや"魔族"の領域と"鬼"の領域を遥かに凌駕していた。
二刀流から繰り出される音速を超越した斬撃とそれを受け流す一刀流の斬撃。
二つの刀は既に数千回は交じり合っている。刃こぼれしないのがおかしいレベルだ。
「ハァ!」
『ハッ!』
再び刀がぶつかり、その衝撃波で切り崩された瓦礫の山が更に細かく切り刻まれる。
刀だけでは無く二人の速度も音速を越えており、移動するだけで小さなクレーターが生み出されてソニックブームを撒き散らす。
刹那、一瞬、瞬く間、どの表現を用いても伝わらない速度で高速の攻防を繰り広げているのだ。
「……」
『……』
ザザッと脚を擦る音。それと同時にモバーレズと酒呑童子の動きが止まり、互いの動きを改めて窺う状態となる。
この二人は肩で息をしているが互いに致命傷となりうる傷は無く、怪我といえば小さな切り傷が殆どだった。
『フッフッフッ……魔族という者はこれ程の実力者だったか……。いや、主が強者というのは初めから知っていた事だな……。しかしまさか一人だけで我と互角とは……』
酒呑童子はモバーレズへ向けて称賛の声を上げる。
元々強い侍と言っていたが、たった一人で此処まで自分と渡り合える事へ感心したのだろう。
「ハッ、テメェのこの強さ……確か前の国では四天王? ……だっけか? ……一人のサムライとその四天王の計五人でテメェを討伐しようとしたのがよく分かる。テメェが相手じゃ、ちょっと強いだけの奴は一人じゃ到底敵わないだろうからな」
酒呑童子の称賛に対し、モバーレズも称賛で返す。
島国で封印された時、一人の侍と四人の侍が酒呑童子の討伐に向かった。
酒呑童子程の強さを誇るのではサシじゃ敵わない。それが頷ける強さなのでモバーレズも称賛を告げたのだ。
「だが、俺もテメェもまだ完全な本気じゃ無ェ……。そろそろケリ付けても良いンじゃねェか……?」
『……ほう?』
そして、モバーレズは酒呑童子に向けて尋ねるように言う。
そろそろケリを付ける──つまり読んで字の如く、この勝負を終わらせようとの事。
それに対する酒呑童子。
『我は別に良いが……主は良いのか? 強者は喜び。我との勝負が終わった時、『貴様は二度と強者と渡り合えぬぞ』?』
これ即ち、モバーレズは酒呑童子の手によって葬られる。
若しくは、その身体でが二度と戦う事の出来無い身体になるとの事。
酒呑童子が何の驕りも無くそれを言う。それを聞いたモバーレズは、高らかに嗤った。
「ククク……ああ、問題無ェ……。まあ、俺が強者と戦えなくなるってのは有り得無ェ事だからな……。俺が決着を着けたいのは、テメェがまだ幹部の一人だからって事だ。……要するに、テメェレベルがまだ数人は残っているって事だろ? 強者は喜び。俺はテメェを倒し、新たな強者と新たな音色を奏でてやるよ……!」
それだけ言い、モバーレズは一本の刀を鞘に納める。
続くように残り一本の刀も鞘に納め、始めに納めた刀の柄を握った。
『……。迷いも曇りも無い……真っ直ぐな眼差し……。面白い……! 主は強者との戦いに心から喜びを感じている! ならば我もそれに答えなければ無骨という事だ! その意思に則り、我も相応の対応をして見せよう……!」
モバーレズの様子を眺めた酒呑童子も刀を鞘に納める。
モバーレズと酒呑童子が繰り出そうとしている技は極限まで集中力を高めたことで初めて意味を為す技。一瞬にして放たれる刃は最高の威力を誇り、敵を切り捨てる必殺の一撃──"居合い切り"だ。
「……」
『……』
ヒュウ。と辺りが静まり、闇夜を包み込む赤い月に照らされた"シャハル・カラズ"の街並みには建物の隙間を抜ける風の音のみが聞こえた。
モバーレズと酒呑童子の周囲が瓦礫の山と化したにも拘わらず、何処からか桜の花弁が舞い散る。
その場にはザラームも居るが、モバーレズと酒呑童子が生み出す極限まで集中力を高めたこの空間には二人しか居ないような錯覚を覚えた。
「『…………』」
長い沈黙がこの場を包み、言い様の無い緊張感が広がっていく。
──次の刹那、
「…………!!」
『…………!!』
モバーレズと酒呑童子の双方が動いてすれ違い、一瞬にして互いが互いの背後に移動した。
「……ッ!」
それと同時に肉の断たれる音と共が響きモバーレズの肩が裂かれ、そこから真っ赤な鮮血が噴き出す。
『……ッ!』
対する酒呑童子も脇腹を裂かれているが、モバーレズ程ダメージが無い。
がしかし、
『成る程……。貴様の狙いは我自身では無く、我の持つ刀か……!』
酒呑童子が持っていた刀は根本からへし折れ、地面に刃の部分が突き刺さっていた。
「ああ。だが、肩を犠牲にしてテメェの刀一本とテメェ自身の脇腹を持っていけたンだ……。上々の出来だろ? まあ、何はともあれテメェも俺もまだまだ戦える。続きといこうぜ?」
軽薄な笑みを浮かべるモバーレズは酒呑童子に向けて勝負の続きを促す。
そんなモバーレズを見た酒呑童子はクッと笑って告げる。
『……いや、これは刀同士の対決だ。貴様は我の愛刀をへし折った。我はお前の肩に小さな傷を付けた程度……。もう、この決闘は貴様の勝ちだ……』
「……あ?」
そう言い、酒呑童子は刀身が折れた刀を鞘に納めた。その行動を疑問に思い、素っ頓狂な声を漏らすモバーレズ。
『我は鬼だ。……だが、刀を扱う者は侍と同義。侍は刀が折れたら負けとなる。……その時点で我は敗北したという事だ』
それだけ言い、赤い月に照らされた闇の中に消えていく酒呑童子。
「……何か腑に落ち無ェな……。まあ良いか」
そんな酒呑童子を見送ったモバーレズは小さく呟く。
こうして、モバーレズvs酒呑童子の対決は"シャハル・カラズ"幹部のザラーム・モバーレズが勝利した。




