百一話 百鬼夜行の偵察隊
「さて、百鬼夜行を何とかしなくちゃな……どうする?」
ぬらりひょんとの一悶着を終え、改めてレイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの五人に尋ねるライ。
今度は怪しい者が無く、普通に話し合える環境だ。
「そ・の・ま・え・にぃ……?」
「……さっきヌーラ? が言っていたのって……何……?」
そして、何事も無かったかのように話すライに向け、キュリテとリヤンがさっきのやり取りは何なのかを尋ねる。
突然知ってしまったその事。二人はその事が気に掛かっていたのだ。
「……え? さっきの……。……ああ!」
ライはリヤンとキュリテの言葉を聞き、先程行ったぬらりひょんとのやり取りを思い出し、"やってしまった"とでも言いた気な声を上げる。
「あ、私もエラトマってのが気になる」
「エラトマ……確か……昔に何処かで……まあ、もう大体分かっているがな?」
「ふふ、ライよ。これ程の異性がライに答えを求めているのだぞ? 私たちに"エラトマ"とやらについて教えて貰おうか……?」
リヤンとキュリテに続き、聞いた事の無い名前を聞いたレイ、エマ、フォンセもライに尋ねる。
そう、その事。"エラトマ"という言葉について。その事に対し、キュリテとリヤン。そしてレイ、エマ、フォンセの全員が気になっているのだ。
「これはリヤンとキュリテに言わなきゃだな……」
ライは観念し、ため息を吐きながら何時か明かそうと考えていた魔王(元)について話す事にした。
ライの言葉を聞き、ライの前に集合するレイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテ。
魔王(元)の事を知っているレイ、エマ、フォンセが集まった理由は三人が先程述べていたように、"エラトマ"についてだろう。
「先ずはリヤンとキュリテだ。……実は今まで黙っていたけど……俺にはかつて世界を支配していた魔王が宿っている」
「魔王……魔王って……。………………えぇ!?」
「…………!」
ライの言葉を聞き、長い間を置いて驚愕の表情を浮かべるキュリテと無言で表情だけを変えるリヤン。
「……魔王……」
「……?」
そして、ライは魔王を宿していると言ったのにも拘わらず、あまり驚いた様子じゃないリヤンが気に掛かる。
普段から無表情でほんの少しの変化しか無いリヤンだが、魔王の事を話したにも拘わらず薄い反応だった事が問題なのだ。
何故ならそう、魔王という存在は生きとし生ける全ての者が知っている存在なのだから。それを宿していると言っても反応の薄いリヤンが気になったのだ。
「……。あまり驚かないって事は……リヤンにも何か秘密がある……って事か?」
その様子を見たライは、リヤンも自分と同じような境遇に居るのかと推測する。
勇者の子孫という似たような境遇でもレイは驚いた気がするが、まあそれは置いておこう。
「……うん……。……ライと似たような境遇って言うのかどうかは分からないけど……私ってほら……神様の子孫らしいから……」
「「……え?」」
「……は?」
そして、ライに聞かれたリヤンが唐突に発した言葉に対してレイとキュリテ、ライが反応する。
その反応を見たリヤンはハッとし、少し体勢を低くしながら選ぶように言葉を続けた。
「あ……言い忘れていた……。……私……神の子孫だって……えーと……"イルム・アスリー"? ……で、夢……なのかな? ……それで記憶? が……」
リヤンは出来る限りの説明をする。
リヤン自身も突然夢に見た事柄の為、詳しくは理解できていないので曖昧に言ったのだ。
「ちょ、ちょっと待って! まだよく分からないんだけど、えーと……ライ君が昔の魔王を連れていて、リヤンちゃんが神様の子孫……!?」
突然の出来事が二つ起き、困惑の表情を浮かべてあたふたしているキュリテはライとリヤンに確認を取る。
しかしその反応は当然だろう。完全に昔話、御伽噺、神話でしか聞いた事の無い存在の名が出て来て終いには宿しているや子孫と告げられたのだから。
「ああ、そうらしいな。……じゃあリヤン。俺も言ってなかったが、リヤンも言ってなかったって事で……おあいこにしないか?」
チラリとリヤンを一瞥し、苦々しく笑いながら告げるライは取り敢えず穏便に済ませる事を提案した。
「……うん……私は良いけど……レイとエマとフォンセが……」
そしてリヤンは頷いて返す。それに続き、ライの言葉に返しつつレイたちに向けて視線を送るリヤン。
「さあ、リヤンとキュリテに魔王の事を教えたなら、次は私たちにも"エラトマ"ってのを教えて貰う番だよ?」
そこには不敵な笑みを浮かべるレイの姿があり、そう言った。
それを聞き、ライは頭を掻いて重い口を開きながらライにとっては言いにくい事を告げる。
「いや実は……本当にエラトマってのが何なのか知らないんだ……。多分、魔王の名前か何かだと思うけど……俺はそんなに魔王の素性を調べたりしないからな……あの妖怪は魔王と知り合いだったっぽいっし……(……で、どうなんだ? 本当にぬらりひょんとは知り合いっぽかったが……)」
そしてライはレイたち三人の言葉に返しつつ、魔王(元)に確認を込める為に聞く。
答えるのは良いが、魔王(元)について全く知らないライ。だからこそ本人に尋ねたのだ。
【ああ、ぬらりひょんの野郎は知った顔でな。俺の異名っつーのか? ……の"魔王"って名が広がってからは、俺の名前を知ってる奴なんか聖域にいる可能性があるっていう勇者の野郎や……ぬらりひょんのような数千年前から生きている奴だけだ。……まあ、お前の仲間であるヴァンパイアは長生きだが、お前に宿ってからしか出会った事がねェし、ヴァンパイアが俺の存在を知ったのも"魔王"って名……いや、異名が広がってからだろうな。まあ、今の俺にゃ関係無ェけど】
ライの質問に答える魔王(元)。
ぬらりひょんの事に興味が無いのか、魔王(元)はどうでも良さそうに答えた。
そんな魔王(元)の名を知るものは限られており、大抵の者が"魔王"という異名でしか知らないとの事。
エマがエラトマを知らなかったのは、魔王の異名が広まる以前に出会っていなかったかららしい。つまり、エマは魔王の存在を魔王という異名でしか知らないという事だ。
(随分とまた興味が無さそうに……まあ、魔王に何があったか知らねえが、魔王は過去の事なんて気にしなさそうだからな……)
「……どうしたんだ……? ……いや、魔王に話を聞いている……ってところか……」
黙り込んだライの様子を眺め、訝しげな表情をするエマ。しかしエマは直ぐにライが魔王(元)へ話していると理解する。
エマの言葉を聞いたライはそちらを振り向き、その口を開いた。
「……ああ、そんなところだ。……けど、まだ名前については聞けていない。……だけどヌーラ……ぬらりひょんとは知り合いだったみたいだ」
「「「「「ぬらりひょん!?」」」」」
レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテはライから出たぬらりひょんの名を聞き、驚愕した表情で返す。
それもその筈。ぬらりひょんと言えば妖怪を纏める総大将。この世界に置いて、知らない者は少ない筈だ。
「ぬらりひょんだと……? ぬらりひょんといえば遠方の島国を治める大妖怪……。魔王とぬらりひょんは知り合いだったのか……。……いや、ぬらりひょんはその歴史からも数千年は軽く生きている……確かに世界を支配していた魔王となら知り合いでもおかしくは無いな……」
エマはぬらりひょんの名を聞き、ぬらりひょんの逸話や伝説? から魔王と知り合いでもおかしく無いと考えて言う。
世界を収める魔王と、国を収めるぬらりひょん。何かしらの接点は生まれるのだろうから。
「じゃあ、次は"エラトマ"について聞いてみるよ(……エラトマって……やっぱ魔王の名前か? それとも魔王に関わった者の……?)」
ぬらりひょんの事を告げたあと、ライは魔王(元)へ"エラトマ"の意味を尋ねる。
普通に考えれば魔王(元)名前か名字だろうが、万が一を考えて回りくどく言う。
【そうだな、俺の本当の名前だ。俺の本名は……】
──魔王(元)が名乗ろうとした、その刹那、ライたちが立っていた辺り一帯の建物が……『風の力で吹き飛んだ』。
「何っ!?」
「「「「…………!?」」」」
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人は直ぐ様話し合いの体勢から戦闘体勢に入り、吹き飛んだ建物に注目する。
『フッフッフ……大事な話をしているところすまないが……この街は我々が手にする為、管理する必要がある。つまり貴様らを始末するという事だ。偵察隊の我々だが、戦闘もそれなりに出来る』
そこには背中に生えた黒い羽で空を舞っており、片手には葉っぱのような物を持っている妖怪達が居た。突如として現れたその者を眺め、ライはそれに言葉を発する。
「烏のような羽と嘴に葉のような扇……成る程……アンタ、"烏天狗"か……。人よりも鳥に近い形を持つ違う種類の奴も居るみたいだが……さしずめ"木の葉天狗"……と言ったところか……。烏天狗が三匹に木の葉天狗が五匹……」
──"烏天狗"とは、ポピュラーな妖怪の一つで天狗の仲間である妖怪だ。
その容姿は烏のような黒い羽と嘴を持ち、片手には葉っぱの形をしている扇がを持っているという。
この烏天狗も例外では無く、服装は山伏装束で足には長い一本下駄を穿いており、腰には刀が携わられていた。
その扇は一振りでとてつもない強風を起こし、山の木々を消し去ると謂われている。
烏天狗は剣術と神通力に長けており、その力はとてつもないらしい。
天狗の中でも有名な種類の天狗、それが烏天狗だ。
──そして"木の葉天狗"とは、人に近い形では無く、限り無く鳥類そのものに近い天狗である。
その容姿は烏のような物では無く、どちらかというと雀に近い形をしている。
無論服を着ているが、山伏装束とは違う。
全体的に鳥類だが、手足と顔は人に近いらしい。
あまり戦闘好きという訳では無く、どちらかというと悪戯好きな天狗である。
その悪戯の例には木を倒したような音を上げて人々を驚かせたり、人に化けて相手の持っている銃を自分に向けて撃つよう促し、その銃の弾を素早く抜いて弾は此処にあると馬鹿にしたり……と様々だ。
鳥に似た形をしている悪戯好きな天狗、それが木の葉天狗である。
『正解だ。……だが、だからどうしたと言うのだ。我々の正体が分かっている程度など我が国の者達にとっては当たり前だから……な!』
ライの言葉に答えつつ、烏天狗は葉のような扇を振るった。
「……え? ……わ、きゃ……!」
「……ふむ。自分の力以外で飛ぶのは何時以来だろうか……」
「そんな事言っている場合では無いだろう」
「わわ、わわわ……!」
それと同時に強風が巻き起こり、建物やレイ、エマ、フォンセ、リヤンを浮かび上がらせる。
レイとリヤンは焦り、エマは他人の手で空を飛ぶとはこういうものかと考えており、それにフォンセがツッコミを入れていた。
「キュリテ、レイたちを頼む。俺は、アイツらを沈める……!」
「うん……! 分かったよ……!」
その様子を眺める魔王の力を使って風を無効化しているライと、超能力で浮かないようにしているキュリテはそれだけ交わした。
「行くぞ、烏天狗!!」
次の瞬間、大地を踏み砕く程の勢いで跳躍したライは真っ直ぐに烏天狗の元へと向かう。
「じゃあ、私も……えいっ!」
そして、空に浮かぶレイたちへ向け、キュリテは"サイコキネシス"を放った。
無論、この"サイコキネシス"は攻撃の為に放ったモノでは無く──
「きゃぁぁぁ……ぁ……え?」
「お、止まったぞ。キュリテか」
「そのようだな。キュリテには感謝しよう」
「と、止まった……」
──レイたちを止める為だ。
キュリテの"サイコキネシス"により、キュリテの思惑通りレイたちは空中に浮かんだ状態で停止する。
「オラァ!!」
『『『…………グハッ……!?』』』
そして一方の跳躍したライは空中で身を捻り、烏天狗一匹と木の葉天狗二匹に拳と脚を叩き込んで地面へ叩き落とした。
『フッフッフ……面白い……!』
始めに話し掛けてきた烏天狗はそれを見、腰の刀を手に取って未だ空中に浮かんでいるライへ刀を振り落とす。
「俺は別に面白くねえけどな……!」
その刀をライは、『掌で受け止めた』。
「……!? 刀を……!?」
驚愕する烏天狗。当たり前だ。
天狗という生き物は疾風と見紛う速度で移動する。その速度と共に繰り出した刀がライによって造作も無く受け止められたのだから当然だろう。
「ハッ、悪いな。俺はそれなりに頑丈でそこそこの物理耐性があるんでな……こういうのはあまり効かないんだ」
ライは刀を自分の方に引き、烏天狗の身体を自分の近くに引き寄せた。
「それに加え、現在絶賛成長中だしな……!」
『……ッ!!』
それだけ言い、烏天狗の腹部を蹴り飛ばすライ。
ライによって腹部を蹴られた烏天狗は木造の建物を貫通し、幾重にも破って吹き飛んで行く。
「……これで四人? 四匹? ……か。……は、仕留めた。生きているけどな」
一瞬で空中の攻防を終わらせ、地面に着地したライは空を見上げ、赤い月に照らされている残りの烏天狗と木の葉天狗を見やる。
『成る程……強いな。残りの烏天狗は俺一人……木の葉天狗はコイツら二匹か。良し、多分勝てないから少し工夫して戦うか……』
『ああ、そうだな。我ら木の葉天狗よりも力が上の烏天狗を容易く仕留めた……』
『うむ。些か卑怯な気もするが、仕方あるまい……』
ライの強さを目の当たりにした事で一人の烏天狗が提案し、二匹木の葉天狗が同意して天狗達は疾風と共に駆け出した。
『先ずは視界を奪う……!』
刹那、烏天狗が扇を振るい竜巻を巻き起こす。その扇によって巻き起こった竜巻は勢力を増し、周りの建物を砕きながら突き進んで行く。
建物や木の瓦礫によってライたちの視界は見えにくくなり、夜という事も相まって天狗達の姿が眩んだ。
「……そういう事か……」
ライはそれを一瞥し、天狗達の狙いを理解する。
そして敵の狙いを理解したライは体勢を整え、周りへの警戒を高めた。
『ハッ!』
『ハッ……!』
『ハァ!』
竜巻に姿を眩まし、闇に紛れてライへ一斉攻撃を仕掛ける天狗達。
天狗達は刀や爪のように鋭利な物で切り裂く為に高速で飛び回る。
ライはそれをかわしているが如何せん視界が悪い。そんな天狗達を眺め、天狗達の攻撃をいなしていたライは──
「この行動……作戦としては正しいな……。流石の戦歴……と言ったところか。……それにしても面倒だ……。……うん、よし……『ならば纏めて消し飛ばそう』……」
──『拳を突き出した風圧でその竜巻を消し去った』。
『『『何っ!?』』』
それを見た天狗達の声が重なり、一人と二匹の天狗は驚愕の表情を浮かべる。
ライの拳によってたちまち掻き消された竜巻は消えて無くなり、天狗達の姿が露になる。
「勝てないだなんて自分を卑下にするなよ……アンタらは強い。百鬼夜行でもそれなりの位置だろう……だが、俺はアンタらのような者達からぬらりひょんのような大物を……全てを倒す……。だからアンタらを……手加減せずに吹き飛ばしてやるよ!」
ライはそのまま大地を踏み砕き、轟音と共に粉塵を巻き上げて加速した。
音速を超越したライはソニックブームを撒き散らしながら加速し、一瞬にして天狗達の前に躍り出る。
『『『…………!』』』
天狗達は突然現れたと錯覚する速度で背後に回り込んだライを一瞥し、全員同時に息を飲み込んだ。
「──オラァ!!」
『『『…………ガ……ッ!?』』』
それと同時にライは拳を一人と二匹に突き出し、合計三体を纏めて殴り付ける。
殴られた天狗達は数十戸の建物を砕きつつ貫通し、遠方で壁か何かに激突したのか粉塵や土煙を上げた。
「ふう……。これで全部か」
そんな天狗達を一瞥したライはパンパンと手を叩き、一仕事終えたので一息吐く。
そんなライに向けて歩いてくるのはレイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの五人。
「……さて、話の途中だったが……。どうする? このまま此処で話していたら続々と敵がやって来るだろう。魔王の名はライの中に宿っているのなら何時でも聞けるだろうが……此処ではゆっくりと話も出来ない。なら、どうするか……」
そして最初に、エマがライへ尋ねるように聞く。魔王についての話が途中だったからだ。
エマの言葉を聞いたライはフッと笑って言葉を返す。
「回りくどく言わなくても良いさ……。先ず先に……"百鬼夜行を片付けてから"……って言いたいんだろ? 分かっているよ。……だから、魔王の名よりも百鬼夜行を優先した方が良いだろうな」
ライの意思はもう既に決まっていた。魔王(元)の名よりも優先すべきは百鬼夜行だと。百鬼夜行はライの敵になる事のは間違いないからである。
「ふふ……愚問だったか。なら、さっさと百鬼夜行とやらを倒し、魔王の名と……他にも秘密があれば知りたいものだ」
「ハハ、俺も魔王については詳しく知らないからな。……というか、寧ろ秘密しか無いと思う」
エマの言葉に返すライ。
ライ自身も魔王(元)について何も知らない為、魔王(元)について秘密を知りたいのは事実だ。
こうしてライたちは魔王の名前を後回しにし、先ずは百鬼夜行をどうにかすると決めたのだった。