九話 vsゴーレム・vs ????
──怪物が棲むと謂われる洞窟。
ピチャピチャと、水滴の垂れる音が響く洞窟内。洞窟は薄暗いが、お互いの顔や位置は分かる程度である。
ライたちが洞窟に入ってから数分が経過していた。
この洞窟でも幻獣が何匹か居るらしいが、襲ってくる様子も無い為そのまま歩いて突き進むライたち一行。
しかし生物を襲う幻獣、魔物もいるのでしっかりと辺りを警戒する。
ライが洞窟の様子を見て感想を述べる。
「しかし……特に何も起こらないな。この洞窟。生き物が隠れているのか分からないけど、姿を現さないし」
とまあ、景色が変わらない同じような道を長々と歩き続けているので、流石のライも飽きていた。
「本当だね。この洞窟の距離がどれくらいかも分からないし……」
「ふむ。一理ある」
「確かに暇だねえ」
四者四葉。ではなく、異口同音。
ライたち四人は全員、同じ道が延々と続く洞窟に飽き飽きしていたのだ。
──しかしトラブルというものは、突然やって来るのである。
洞窟内が揺れ、何かが此方に向かってくるような音が洞窟内に響き渡る。
その振動でカラカラと小石が落ちた。何かが起こっていると察したライたちはその音の方を見、構える。
「通り過ぎるだけなら無視するけど……何はともあれ、ようやく暇潰しが出来そうだ……」
「だね」
「フフフ、楽しみだ」
「が、頑張れー!」
ダーベルは近くの岩影に隠れ、応援するように岩から覗く。
そんなダーベルを横に、ライ、レイ、エマは音が近付いてくるのを感じていた。
「……! こ、コイツは……!」
そして、それを見たライたちは声を上げて言う。
それは──
「「「"ゴーレム"!!」」」
──"ゴーレム"とは、魔術師が創る土人形である。
造った主人には絶対服従で、会話なども交わさずただ命令されるがままに操られるのだ。
その怪力は凄まじく、力仕事に使う魔術師もいる。
しかし創り方には手順があり、それを間違えてしまえば暴走すると謂われている。
通常、ゴーレムには製作者である魔術師が近くにいるのだが、ライたちが感じる限りでは人の気配は自分たちしか無い。
恐らく、魔術師が死んだか、ゴーレムを捨てたのだろう。
ゴーレムには"emeth"と書かれた金属片か羊皮紙が貼り付けてあり、それを使うことによって自由に動かすことが出来る。
それを剥がせば動きが停止して、"emeth"の、"e"を消せば土に還ると謂われている。
目の前のゴーレムが動いているということは、まだ金属片か羊皮紙が貼り付いているのだろう。
「……製作者が居ないんだね……」
「ああ、そうみたいだな。こうなるとゴーレムを砕くしかないか……」
「そうだな。そうしよう」
製作者がいないので、このゴーレムは止まることが無い。その為、その身体が朽ち果るまで動き続けるということになる。
ならば仕方無いだろう。ライは、土に還す為にこのゴーレムを破壊することを決意した。
【お、俺の出番か!】
(ああ、今回はお前を使う。魔族自身の力でも倒せると思うけど、それじゃあ少し時間が掛かる。……けど、洞窟そのものを消さないように、指だけに纏う)
【オーケー! もう指だけでも力が使えりゃ良いや!】
刹那、ライが漆黒の渦に包まれ、血が熱くなり、力が溢れる感覚が身体に広がる。
「さあ、行こうか……」
『…………』
ザッ、とゴーレムに向き直るライ。剣を構えて向き直るレイ。身体に力を込めて向き直るエマ。
そんな三人を前にしたゴーレムも戦闘体勢に入っている。
『…………』
ズシン、ズシン、と重い足音を鳴らし、ゴーレムはゆっくりとライたちに近付き──
『…………!!』
──地面を蹴り、加速してその距離を一気に縮める。その速度は中々のモノで、その衝撃が此方にまで伝わって来ていた。
それを見たライはゴーレムに向けて片手を突き出し、
「ほいっ」
──『デコピンで腕を破壊した』。
指を弾く衝撃によって、轟音と共に土煙が巻き起こり、ゴーレムの片手を砕いたのだ。
これはデコピンと言うより、腕ピンとでも言った方が良いのだろうか。
『…………!』
しかしゴーレムは痛みを感じないのか、腕の一本を失ったくらいでは動きが止まる気配が無い。
しかし一瞬怯んだのは確かである。それを見、次にレイがゴーレムの足に向けて走り寄り、
「ハァ!」
岩レベルの強度を誇るゴーレムの足を、剣で切断した。
『…………!!』
ズズーン。という音を立て、片手と片足を失ったゴーレムはバランスを崩して倒れる。
しかしゴーレムは止まらず、何とかして立ち上がろうと試みていた。
「今だ!」
その隙を突き、疾風の如き速度でエマがゴーレムの背後を取り、書かれている"emeth"の、"e"の文字を爪で消した。
『………………』
そして戦闘らしい戦闘は起こらず、サラサラと形が崩れ、ゴーレムは土に還ったのだった。
「ふう……終了」
「やっぱり強いなぁ。ライとエマは……」
「ふん。お前も中々やるではないか。誇って良いと思うぞ?」
あっさりとゴーレムを片付けた三人はそんな風に、暢気な会話をする。
それを見たダーベルはパチパチと拍手をしながら三人へと近付く。
「いやー。スゴいじゃないか! ゴーレムをあんな簡単に倒すとは! 流石私が見込んだ人達だ!」
「見込んだ……って、お前は何なんだよ」
それを見たライは呆れながら、ずっと隠れていたダーベルに視線を移す。
ダーベルはケラケラと笑っている。
やはり胡散臭い……。と、三人が思った。
また暫く進むが敵も出て来ず、難なく洞窟の奥地へ辿り着いた。
「此処に怪物がいるのか……?」
「怪物どころか生き物の気配すらないが……」
「うん……」
洞窟の奥は開けており、とても広い場所だった。がしかし、周りにあるのは岩や石ころくらいで、目ぼしいものは何もなかった。
それを見たライは考えながら言う。
「もしかして……此処がその怪物の巣で、怪物は今何処かに行っているんじゃないか?」
それを聞いたレイとエマも、考える素振りを見せ、頷いて返す。
「うん、私も思った……。だって、こんなに広いのに生き物が棲み着いていないんだもん……。不自然過ぎるよ。洞窟内に水も流れていたのに……」
「私も同意見だ。この場所、洞窟にしては明るく、尚且つ空気も澄んでいる。恐らく、所々空いている穴の向こうには森か何かが広がっているのだろう」
つまり、生き物に取っては空気が綺麗、水があり、敵も少ない。と、理想の三拍子が揃った場所なのである。
それなのに生物が棲んでいないという事は、──『それらを寄せ付けない、絶対的強者が棲んでいる』という事になるのだ。
「……うん。やっぱり気配が無いな。一旦出直すか」
「そうだね……」
「仕方ないか」
一通り見て回ったライたちは、何もなかった事から、後日出直すという意見で纏まった。
そして入ってきた入り口に戻るとき、それが起こった。
広場に耳を劈く程に巨大な音が響き渡り──『天井が崩れた』のだ。
「「「な──!?」」」
突然の落石にライたちの動きが止まる。
そして落石はガラガラと落下し、そのまま出入口を防いでしまった。
「……天井が崩れる気配は無かった……けど崩れた……。何かおかしく無いか……?」
ライは顎に手を当て、今の状況を整理する。
無論、その気になれば洞窟程度、軽く破壊して脱出することも可能だ。
しかし、『何者かによって閉じ込められた』となると、思い当たる人物。いや、生物は一匹しかいない──
「──……なあ、ダーベル。お前……何でさっきから黙っているんだ? まあ、パニックに陥って思考が回らないから黙るしかない……というのなら別だけど……お前って……そんなに『頭と身体が長くて毛深かったっけ』……?」
「「…………!」」
ライの言葉にレイとエマは警戒を高め、ダーベル? から距離を取る。
ダーベル? は、首と足が不自然に伸び、身体からはライオンの鬣ような体毛が生えていた。
「……ダーベル……! まさか……! アナタが……!!」
「………………』
レイの言葉に、無言で笑って返すダーベル?
そんなダーベル? を見、エマがレイに続く様に言う。
「成る程……。ライオンの鬣のような体毛に、蛇を彷彿とさせる胴体……。お前──"ペルーダ"だな……?」
『………………』
ニヤリと笑うダーベル? 不敵な笑みを浮かべる者のその身体は、どんどん巨大化した。
──"ペルーダ"とは、蛇のような頭と尾、そして亀のような甲羅を持ち、ライオンの鬣と似た体毛が身体中から生えているドラゴンだ。
背中には毒のある棘を持ち、口からは炎を吐くとされる。その棘と炎で戦闘をするドラゴン。
生命力が高く、純粋な生き物が好きで子供や美しい女性が大好物なのである。
その為、人里に来ては子供や女性を惨殺し、それを巣へ持ち帰り食すと謂われている。
それだけで無く、家畜を襲ったり作物を枯らしたりと自分勝手に暴れまわる、迷惑極まりない龍なのだ。
巨大化したダーベル、もといペルーダを見てライが言う。
「一般人に成り済まし、子供や女性を自分の巣であるこの洞窟に誘い込み、それを食うのか……。悪どい奴だ……!!」
「同感……!」
「ノーコメント……!」
ペルーダを見上げて構える三人。
ライは子供や女性を食すのみならず、純粋な生き物を虐殺するというペルーダに怒りが込み上げていた。
『ギャアアアァァァァァァァ!!!』
次の瞬間、ペルーダは咆哮を上げ、鼓膜を揺らす轟音が洞窟全体に響き渡る。
龍の姿になると、力を得る代わりに人の言葉を失うようだ。ペルーダの発するその音は騒がしいが、その程度で怯むライたちではない。
(魔王! またお前を使うぞ! 今度は腕と足だ! 洞窟が崩れないか心配だが、ペルーダは生命力が高いと聞くからな……!)
【おう、分かったぜ。俺の攻撃を受けても……──『一発では死なない奴』かも知れないからな! 久々だ! ヴァンパイアは不死性が高いからノーカンだがな】
「行くぞペルーダ……!」
「くっ……!」
「フフ……私を楽しませてもらおうか……」
再び闇を纏うライ。レイも剣を構え、エマはヴァンパイアの力を解放する。
今はペルーダを狩るつもりなのだ。なのでエマがヴァンパイアとバレたとしても、もう関係無い事なのである。
『ギャアアアァァァァァァァ!!!』
再び吠えるペルーダ。先程の遠吠えが威嚇ならば、今の声は戦闘体勢に入ったという意味だろう。
その声と同時に、ライ、レイ、エマの三人は一気にペルーダへと駆け寄る。
「喰らえ……!」
まずはライが、大地を砕く勢いで跳躍し、ペルーダの頭に蹴りを食らわせる。
『ギャアアアァァァァァ!!』
ペルーダは頭を下げてそれを避ける。
今までの敵。といってもほんの数体だが、その敵らは、成す統べなく打ち砕かれた。
なので、ライの攻撃を避ける敵は始めてだった。
ライの蹴りが放つ風圧と衝撃で洞窟の壁に風穴が空き、外の光が洞窟を照らす。
しかし外は森だったので、光は殆ど入って来ない。
無論ライは、洞窟全体とその先にある森を破壊してしまわないように、全く本気ではなかったが。
『ギャア!!』
ペルーダは短く鳴き、空中に留まるライに向かって背中の毒棘を放つ。
「おっとぉ!」
それを見たライは、空中で無理矢理方向を転換し、その時に生じる風圧で棘を全て吹き飛ばした。
「ハァ!」
ペルーダがライに気を取られているうちに、距離を詰めたレイが、剣を振り下ろす。
『ギャアァァァ!!』
ペルーダは、その巨躯から想像できないような速度でそれを躱した。
「くっ……! 速い……!」
「ならば私が居る!」
レイはかわされたことを悔いるが、その後ろからエマが飛び出し、黒き疾風の如き速度でペルーダの後を追う。
『ギャアアアァァァァァァァ!!!』
ペルーダは口から火炎を吐き、エマを迎え撃とうとするが、
「そんなものは俺が消す!」
地に降りていたライが灼熱の火炎に向かって拳を放ち、その風圧で『炎を掻き消した』。
「ハァッ!」
その風に乗り、エマがペルーダの眼前に躍り出て、ヴァンパイアの怪力でペルーダの頭を殴り付ける。
『ギャアアアァァァァ!?』
予想以上に重い拳で殴られたペルーダは悲鳴のような声を上げた。それもその筈、ヴァンパイアの力は岩程度ならば軽く粉砕出来る。それが直撃したのだ、生命力の高いペルーダで無ければ即死だった事だろう。
その隙を突いたライは、再びペルーダへと近寄り、
「オラァ!」
ペルーダの、数十トン以上を誇る体重、数十メートル以上の巨躯。それを、洞窟の天井へ『殴り飛ばした』。
先程崩れて、再び崩れかけていた天井を打ち抜き、ペルーダが天を舞う。
空からは赤い夕日の光が射し込んでいた。夕日に照らされるペルーダは、やがて重力に伴い落下する。
『グ……ギャア……!』
身体を思いっきり打ち付けられたペルーダは苦悶の表情を浮かべた。
しかしまだ息がある。全くの本気ではなかったといっても、ライの攻撃を食らったのにだ。
「へえ、やるじゃん。……ヘンタイモンスター」
まだ起き上がるペルーダに向けて、感心と侮蔑の意味を込めた言葉を言い放つライ。
子供や女性しか狙わないことから、何処かで聞いた"ヘンタイ"という言葉を使う。
『グ……ギャ……』
ノソリと起き上がるペルーダ。身体中は傷付き、至るところから出血している。
しかしその怒りはペルーダを駆り立てた。
何故ならば、『餌如きに殴られた屈辱』がペルーダにあったからだ。
『ギ……ギ……ギャアアアアアァァァァァァァァァァァァ!!!!!!』
凄まじい雄叫びを上げるペルーダ。声によって洞窟は揺れ、カラカラと天井から小さな石ころが降り注ぐ。
その怒りは頂点へ達していた。沸々と込み上げてくる怒り。
ペルーダの持つその底力は如何程のモノだろうか。
「おっと……。キレたな……」
「みたいだね……! (やっぱり私は……)」
「フフフ、そうでなくては面白くない」
本気となったペルーダを前にしても尚余裕を出す三人。
しかしレイは、まだ自分が活躍できていないことを悔やんでいる様子だ。
ライはもう一人にも確認する。
(……やっぱりお前的には嬉しいのか……?)
【ああ、勿論だ。本気じゃないといっても、俺の攻撃を数発耐えたんだからな。それが本気になったら益々楽しみじゃねえか!】
魔王(元)も、本気を出せない制限があるといっても、伸び伸びと戦える環境が嬉しいらしい。
ライ・レイ・エマvsペルーダの戦いが、終結に近付いていた。