序章
どこだろう。
暗闇で、何も見えない。
後ろから不意を衝かれた。
頭部への強い衝撃のあと、意識を失った。
身体はまったく動かない。痛みのせいなのか、何かで拘束されているのか。
のんきに分析しようとする、思いのほか冷静な自分に違和感を感じる。
生きるための判断か、あるいは諦めてしまったのか。
「すべて忘れて。もう関わらないで下さい。」
聞き覚えのある声。
魔法使いと名乗った女の子。
「呪います。」
僕に"呪い"をかけるという。
強い意志の宿った声。
魔法使いなら魔法を使えよ。
朦朧とした意識でそんなことを思う。
「・・・・・・・・・て、下さい」
よくきこえない。
僕は思っているより重症なのかな。声も出ないし。
ただ、その女の子の声は、
搾り出すような、祈りのような、そんな悲しい声に聞こえた。
僕の意識は途切れた。
・・・・・・・・・・・・
気がつくと、僕は自分のベッドで寝ていた。
時間を確認する。午前4時。学校に行くにしては早すぎる時間だ。
全身の関節が軋む。そして気持ち悪いほどの汗で気分は最悪だ。
ベッドから降り、身体の節々を確認する。特に問題なく動くようだ。
とりあえず気だるい心身を起こすために、シャワーを浴びる。
覚えている。記憶を消された。
なぜ?いつ?どこで?誰に?どうやって?そしてなんの記憶を?
消されたという事実のみが僕のあたまに残っている。
そもそも記憶を消すなんてこと、簡単にできるのだろうか?
だから中途半端に残ってしまっているのか?
それとも思い出してほしいのか?
答えの出ない疑問が次々に浮かんでは消えない。
どうせなら、あの事件の事も一緒に忘れさせてくれればよかったのに。
ともあれ情報がない。自分にできることはない。
それに、殺されず、生きることを許されているんだ。
これ以上踏み込もうとしなければ、何も起きないだろう。
すっかり忘れて、いつもの日常を送るだけだ。
そんなことを思いながら、僕は二度目の睡眠をむさぼることにした。