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第9話 紗空は...

カーテンの隙間から差す光を浴びながら、本のページをめくるその姿は実に美しかった。穏やかな印象を与える短い髪、すらりと伸びる手足、華奢な体、本に目を落とす整った顔。


本当に、美しいという印象しかなかった。


その人は、部屋に入ってきた俺に気づいたようで、本に栞を挟むと、立ち上がり、俺の方へ近づいてきた。その小走りでこちらにやってくる様は本当に微笑ましい。


そして、彼はこう言った。


「朝倉馨先輩ですね? 僕は、小川おがわ紗空さくといいます。どうぞ、宜しくお願いします」

「あ、あぁ」


彼は、少し恥じらいを見せながらも、しっかりとした口調で話しを進めた。


「先輩をよんだのは他でもありません」


紗空の決意のこもった瞳に見つめられ、俺はゴクリと唾を飲んだ。


「先輩に、馨先輩に、小春先輩と付き合うにはどうすればいいのかを教わりたいんです!」

「......はい?」


なんだか最近「はい?」とか「は?」とかばかり言ってる気がする。いや、大事なのはそっちじゃなくてこの目の前の子が言ったことだろ。


「あの、俺、その六実と付き合ってる......んだけど」

「はい、知ってますよ?」

「じゃあなんで俺に......?」

「それは、実際に付き合ってる人ならコツとか知ってるんじゃないかな、と思ったからです!」


なんだか紗空は胸張って得意げだが、君言ってること結構おかしいぞ。


「もちろん、協力してくれますよね......?」

「あぁ! 任せろ!」


上目遣いで俺に頼む紗空に俺は即答してしまった。いや、本当に凄いから。なんか、心を包まれる感じ、っていうか……。でもまぁ、これだけはきいておかなければ。


「1つ訊くが、お前、男だよな?」

「はい、もちろんですよ?」


その言葉を聞いて、俺は安心するとともに、少し失望した。


「とにかく、僕は六実先輩に告白するつもりなんです。だから、その練習に付き合ってもらえませんか?」

「あぁ、別にいいけど」

「本当ですか? じゃあ、これに着替えて下さい!」


と、渡された服に俺はすぐ着替えた。が。


「おいこれ、女子の制服だろ!」

「はい、やっぱりリアリティが大事だと思うので」

「それもそうか……じゃねぇよ!」


まったくマジで疲れる。でもこの制服意外といいかも……っておいおい。俺が目覚めちゃってどうすんだよ。


「じゃ、始めますね」


紗空が一気に真剣な表情になる。


「あの、小春先輩、話があるんですけど......」

「お、おう」


少し俯き気味に顔を紅潮させながらそう言う紗空に思わず俺も息を飲んだ。


「僕、小春先輩のこと......ずっと好きだったんです!」

「ずっとって、六実この前転校してきたばかりだろ」

「あぁもう、うるさいですね。邪魔しないでくれませんか?」


なんだよこいつ。一応俺手伝ってやってる身だよな?


「あっ、もうこんな時間だ! すみません、先輩ついてきてください!」

「ちょ、おい待てよ!」


俺は急に焦りだした紗空に手を引かれ、多目的室を飛び出した。最近手を引かれること多いなぁ、なんて考えながら、半ば諦め気味に紗空の後を追った。



* * *



「着いた〜っと。じゃ、馨先輩は隠れててくださいね〜♪」

「おい、待てって!」


俺は、紗空に屋上まで引っ張られてきたあげく、現在貯水タンクの裏に隠されようとしている。


俺が完全に貯水タンクの陰に隠れた瞬間。下の階に行くためのドアが唐突に開いた。


「待ったかな?」

「いえいえ、そんなことないですよ」


紗空が顔いっぱいに笑顔を浮かべながら、ドアから出てきた六実のもとへと駆け寄っていく。そして、1つ深呼吸をするとこう言い放った。


「小春先輩のことが大好きです。僕と付き合ってください!」


紗空は目一杯頭を下げ、手を差し出した。


六実は突然のことに驚いたようで、キョロキョロと周りを見回している。そして、その視線がある場所で止まった。あの時と同じように俺を正面に据えて。


見つかったか......!


そう思ったが、俺がもう一度六実を見たときには、その視線は紗空に注がれていた。


「うん、いいよ」


一瞬、状況が理解できなかった。六実はニコッと微笑み、 紗空の手をとった。


「ほ、本当ですかっ!」

「うん、もちろん。これからよろしくね」


彼らはそう笑い合うと、楽しげに階段を下っていった。


一人屋上に残された俺は、人知れず腰を下ろした。なんなんだ、この虚空感。六実と彼女ってのは彼女が口走ったことですらなく、特に特別な関係でもない。そんな俺が口出しできるような立場ではない、何てことわかってる。


「わかってるけど......」


ふざけるな。

そんなことを内心に呟いてしまった。


「ティア。今の聞いてたか?」




反応なし。

いつも無駄に騒ぎ立ててるあいつまでいない。なんでこんなときに限って......。


俺は1つため息をついて立ち上がり、空を見上げた。


雲に隠れて、どれが一番星かなんてわからなかった。






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