プロローグ
過去に戻りたいと、思ったことはあるだろうか?
俺はある、何度も。
俺の名前は、高橋正樹、三十三歳。
黒髪で、ミディアムヘア。
趣味は、ネット、ゲーム、アニメ。
いわゆるオタクだ。
普通の高校に行き、大学には行かず、普通の工場に就職し、今の今まで普通の生活をしてきた。
過去に戻りたいなんて、今日も思っている。
しかも今日は、いつも以上に強く――だ。
ただ戻りたいだけじゃない、毎日ドキドキしてみたい。
そう、俺は今まで普通に生活してきたことを、本気で後悔していた。
なぜ今日は、いつも以上に強く思っているかって?
それは、さっきまで親友の小田拓男と、お酒を飲んでいたからだ。
拓男は、茶髪でミディアムヘア、眼鏡をかけて、少し太り気味。
小学校からの幼馴染で、親友でもあり、オタク仲間だ。
拓男は大学に行き、お互い就職をしてからはあまり会わなくなったが、今日は久々に会って飲みに行く事になった。
昔話に花が咲き、オタク話よりも、学生時代の話で盛り上がったわけだ。
俺と拓男は、あまり目立ったキャラではなかったが、それでも数少ない思い出はある。
しかし、そのほとんどが、まさしく普通の思い出だった。
そんな俺は今、拓男と別れ、千鳥足で帰宅の徒についているところだ。
吐きそうになるほど飲んではいないが、結構酔っ払った。
たぶん明日は、二日酔いだろう。
四月上旬の、夜九時過ぎ。
まだ肌寒い。
アルバイトの帰りだろうか? 一人の女子高生とすれ違った。
……あぁ、学生時代に戻りたい。
戻って、普通じゃない生活をしたい……。
家の近くの、ひと気のない緑道を歩く。
昔はここで、よく想像をしたものだ。
草むらからいきなり妖精が現れて、俺が主人公で、剣と魔法のファンタジーな物語が始まるとか。
当時好きだった人がヒロインで、共に魔王と戦ってハッピーエンドとか。
配役も、無駄に凝っていた想像を……。
その時だった。
「こんばんは! 人間さん!」
……目を疑った。
草むらから、なんと妖精が出てきたのだ。
大きさは、五百ミリペットボトルくらいか。
茶髪で、ふわふわお団子ヘア。
羽が生えて、黒の薄いワンピースを着ている。
言い方は悪いが、虫のようにヒュンヒュンと飛び、キラキラと輝いていて、まさしく妖精だ。
一瞬戸惑ったが、お酒が入っているのと、昔から想像していたおかげか、意外と冷静でいられた。
「今、過去に戻りたいと思いましたね!?」
妖精はそう言って、俺を指差す。
さすが妖精、人の心が読めるのだろうか。
「私、人間を過去に戻すお仕事をしている、妖精のリアです!」
「過去に戻すお仕事ですか……大変そうですね」
「大変ですよー。そこまで思ってなかったりとか、妖精を信じてなかったりした人の場合、記憶を消したりしなきゃだめですからねー」
「……はぁ」
「見極めが肝心なんです。その辺、あなたは当たりとみました!」
「ドヤ顔ですね」
まぁ、俺は当たりだろう。
本気で過去に戻りたいと思っているし、妖精も信じてるっていえば信じてる。
過去に戻すと聞いて舞い上がった俺は、この際いろいろ聞いてみようと思った。
「もし過去に戻れるとしたら、いろいろと変えたりできます?」
「できますよ! 私にできる範囲であれば!」
「例えば、剣と魔法の、ファンタジーでゲームな世界にできたりとか?」
「はいはい、よくある要望ですよ!」
「おー、いいですね」
「いつ頃が、ご希望ですか?」
「……うーん、やっぱ、俺の好きだった人、田中まどかと一緒のクラスだった、高校二年の時ですかね!」
「了解です!」
なんか、笑えてきた。
簡単に要望も通るし、これはテンションも上がる。
「人間さん、私と契約してくれますか!?」
「お金とか、取りませんよね?」
「取りませんよ! 私たちの仕事は、過去に戻った人間さんたちの喜びの大きさで、報酬が決まりますから!」
「じゃあOK!」
「やったー! 私の力じゃ、すぐには世界の構築ができないので、明日の朝からですかね!」
「じゃあ明日の朝になったら、過去に戻ってます?」
「ですです! ご契約ありがとうございましたー!」
お礼を言って、妖精は草むらへと消えていった。
勢いで契約したみたいだけど、まぁ大丈夫だろう。
しかし、面白かった。
また今度、拓男と飲む機会があれば、これは話すしかない。
初めて、幻覚ってやつを見たことを……。
家に帰り、自分の部屋へと戻ろうとする。
「あっ、正樹、おかえりなさい」
「ただいま、母さん。明日は予定ないから、起こさなくていいよ」
「はいはい」
「父さん、ただいま」
「おう、飲みすぎてないか?」
「大丈夫だよ」
もちろん両親には、さっきまで妖精と話してたなんて、口が裂けても言えない。
変な薬でもやっていると思われたら、後々めんどくさいからだ。
ちなみに俺の家族は、両親と、妹の美樹がいる。
一つ年下の美樹は、すでに結婚して家にはいない。
なので今この家には、俺と両親の三人だけが住んでいる。
自分の部屋に入り、電気も付けずベッドに寝転ぶ。
あぁ、やっぱり飲みすぎたみたいだ。
凄く眠い。
これは、妖精も見てしまうわけだ……。
「お兄ちゃん! 起きて! 朝ごはんだよ!」
次の日、美樹の声で目が覚めた。
美樹は、黒髪でポニーテール。
しかもなぜか、高校の制服を着ている。
三十三歳で制服は、コスプレでもさすがにやばいだろう。
「お兄ちゃん! 早く起きて!」
美樹に無理やり起こされて、辺りを見渡す。
俺の部屋だが、いつもと感じが違う。
そう、昔の俺の部屋だ。
時間を確認しようと携帯電話に手をやったが、昨日まで使っていたスマートフォンと違う。
見たこともない、スマートフォンだった。
「……なんだこれ?」
「【ステータスフォン】でしょ! 通称ステホ! 寝ぼけてるの!?」
「……それより美樹、俺って今何歳だっけ?」
「もう! 夢でも見てたの!? 十六歳、高校二年! 今日から授業始まるよ!」
……俺は、本当に過去に戻ったらしい。
あの妖精は、幻覚ではなく、本物だったようだ。
美樹をよく見ると、確かに若返っている。
高校一年生の頃の、美樹だ。
とりあえず十七年ぶりに、高校の制服に着替える。
そのまま美樹と共に、リビングへと向かった。
これまた若返った両親と、対面する。
「おはよう正樹、早く朝ごはん食べなさい」
「おはよう正樹」
「おはよう……母さん、父さん」
流れているテレビのCMに目をやる。
「名刀ファルシオン! 二万九千八百円! 君も今日から、スピードスターだ!」
車のCMのように、剣のCMが流れている。
こんなCM、見たことがない。
流れているCM以外は、いつもの日常。
十七年前の――だ。
朝ごはんを食べ終わり、ボーっとしていると、美樹が急かしてきた。
「お兄ちゃん! 学校行くよ!」
「……おっ、おう。あっ、鞄……」
「はぁ? まだ寝ぼけてるの?」
「えっ?」
「早く早く!」
「……あの、じゃあ自転車の鍵……」
「……正樹」
母さんがため息をついて、俺に語りかける。
「自転車ってあんた……剣があるでしょ、剣が」
……ファンタジーだ。