ワケあり令嬢と騎士1
幼馴染に再会するというシチュエーションはよく小説などで書かれていることで、自分の身にそれがおこるなど思ってもいなかった。
それは甘酸っぱく、甘くて甘い青春物語かと思いきや、この二人の場合は違う。
そもそも、幼馴染と言えるほど長い期間一緒にいたわけではない。
単純に数えると約10年ぶりか。もちろん年齢とともに体も成長し容姿も変わっている。
けれど金髪で優しい目元は変わってない。彼の翠色の瞳は今でも綺麗に輝いている。
一方令嬢のほうは黒髪ロングできつめの目つき、こちらも変わっていない。
「久しぶりだね」
「知らない。貴方なんて知らないわ」
ふいっと顔を横に背ける。その様子はいじけているように見えて、彼は口元を緩めたまま。
「会えて良かった」
「だから知らないって言ってるでしょ。私は、会いたくなんてなかった」
その言葉は彼のことを知っていると肯定しているのと同じだということを、彼女は知らない。
「新しく騎士がやってくると思ったら貴方みたいなヘタレなんて。もっと良い騎士他にいなかったのかしら」
屋敷の廊下で偶然会ってしまうとは、どんな厄日か。新しい騎士がやってくることは知っていた。彼がその騎士だということも。
彼女がこんな態度をとってしまうことには理由がある。
「……なんか言いなさいよ」
「嬉しくて何も言えなかった」
純粋な笑み。それが自分には向けられていない気がして不満が増す。
自分ではない誰かに向けられているのだろう。
「そんなにあの子に仕えるのが嬉しくてたまらない?」
「そうじゃないよ」
「だったら何よ。嫌味を言われるのがそんなに嬉しいの? あなたドMなの?」
どちらでもない。それはわかってる。
問いつめるように言っているのは肯定してほしいと思っているから。肯定して、自分に嫌気が差してこの場から立ち去ってくれるのが一番いい。
本当の理由はわからなくていい。
わからないままでいい。
わかってしまえば自分の存在意義を求めてしまう気がする。
「ノノアントがそう思ってるならそうでもいい」
「何よそれ。自分の意思はないの」
これほど嫌なことを言っているのにそれでも受け止めようとしてくるこの男はなんなのか。
器が大きいというよりそれとまた別のものだ。性懲りも無く心を砕く、そういう精神をしている。
「あなた小さい頃からそうだけど、うまくやっていけてるのか心配になってきたわ」
あ、とさりげなくしてしまった失言に気づいた時に手は取られた。異様に顔が近い。
「やっぱり憶えててくれたんだね」
「ち、違うわよ。なにこの手」
「握手。小さい頃よくやってたでしょ」
「そんなこと知らないわ」
冷たく振りほどく。
「いらない子を構っていないで、はやくあの子の元へ行きなさい」
どこかへ行ってとその瞳が辛そうに言ってたから、離れることにした。
彼の眼差しはそんなものだ。同情でしかない。
『握手。こうするとね、気持ちが通じるようになるんだ』
ベッドに一人座ってうつむいている女の子を手をとり、笑顔で少年は言った。きらびやかなそれはノノアントには眩しかった。
『ほら、心が開いてきたでしょ』
眩しすぎた。
「握手で心が開く? そんな子供騙し、子供にしか通じないわ」
自嘲気味に言う彼女は自分を蔑んでいるのか。
それまで暖かい光景を映していた瞳が陰る。
「……私はいらない子なの」